第 2 章 企業のライフサイクル
5. 結果の考察
1) キャッシュフロー類型によるライフサイクルの区分の妥当性
キャッシュフロー類型によるライフサイクルの分類では、成長企業は成熟企業よりもプ ラスの運転資本増加を記録し、衰退企業は成熟企業よりもマイナスの運転資本増加を記録 すると予測している。本研究では、代表的な製造業の 9 業種についてライフサイクルを 2006 年から 2017 年の確定年次観測値について検定し、その結果を表 2-3 に示す。表 2-3 に記載
した数値は表 2-2 のライフサイクル段階の数値を示す。ほとんどの業種は、成熟段階にあ るが、事業環境の悪化した 2008 年度には、9 業種のうち 4 業種で財務キャシュが増加し成 長段階に分類され、1 業種で投資を抑制し淘汰段階に移動しているので、衰退業種と分類さ れた。同様に 2011 年に 3 業種で成長段階に移動している。このように、事業環境の変化に 対して、企業は柔軟に借り入れを増やすか、出費を抑制するかの行動を取っている。事業 環境への対応が完了すると元のキャッシュフロー類型に戻っている。
表2-3 製造業の代表的な業種のライフサイクル段階
年度 食料品 化学工業 鉄鋼業 金属製品 一般機械 輸送機械 電気機械 電子部品 情報通信
2006 3 3 2 2 3 2 3 3 3
2007 2 3 3 3 3 2 3 3 3
2008 3 3 2 3 2 2 2 6 3
2009 3 3 3 3 3 3 3 3 3
2011 3 3 2 2 3 2 3 3 3
2012 3 3 3 3 3 3 3 3 3
2016 3 3 3 3 3 3 3 3 3
2017 2 3 3 3 3 3 3 3 3
( 注)2013〜2015年度は全ての業種が成熟段階(記号3)にある。
(出所)日本政策投資銀行『産業別財務データハンドブック』.
前のセクションで述べたように、以前の研究では、ライフサイクル段階を評価するため の年齢、売上増加、資本支出、配当支払い、またはこれらの変数の組み合わせなど変数を 並べ替えている(Anthony & Ramesh, 1992 ; Black, 1998)。しかしながら、これらの方法 の欠点は、ライフサイクルの根底にある企業分布に関して、事前の前提が必須であるとい うことである。 1つの変数(または変数の複合体)のポートフォリオでライフサイクル段 階を分類する方法は、ライフサイクル段階全体にわたる企業観察の一様な分布が記述的で あることを前提としている。逆に、キャッシュフロー類型の分類は、企業の業務の有機的 結果であり、経済理論(すなわち、正規分布)とより良好に合致する。
その理由から、企業のライフサイクルは本質的に循環的であり、企業は、収益構造が最 適化されている成長段階と成熟段階の間のどこかでライフサイクルポジションを維持する。
理論的には、企業は他の段階のどこかからでも衰退する可能性がある。初期の保有資源(金 銭的資源、技術的能力または管理能力など)のレベルは、持続的成長のシグナルである
(Jovanovic, 1982)。このように、衰退企業の中には、参入直後に自己の経営能力を把握し ていないために退出に陥った若い企業が含まれる可能性が高い。
安田(2006)によると、各企業の初期の保有資源は、参入後の経験学習に影響し、企業 のライフサイクルと企業年齢との間に相違を生じさせる。年齢が同じ企業においても、確 率的に経営能力の高い企業は成長し、低い企業は淘汰される。経営資源と経営者の能力差
率的に経営能力の高い企業は成長し、低い企業は淘汰される。経営資源と経営者の能力差 のために、企業はそれぞれ異なる経路依存性で学習することになる。これらの要因のすべ てが、成果と企業年齢との間の不整合を招き、ライフサイクルと年齢との間に非線形の関 係として現れる。
2)人的資本への影響
図 2-5 は、製造業における素材、生活、そして加工関連の代表的な 9 業種について 1997 年から 2017 年の間の従業員の増減率と付加価値の変化について比較している。この結果か らは、付加価値と従業員数の変化には、高い相関関係が確認でき、人的資本の削減はこの 図に示すように付加価値の減少に繋がる。
図2-5 業種別雇用者数増減と付加価値の関係
(注1) 記号の分類:製造業を牧野(2011)の分類方法9に準じて、生活関連型(△):食料品、素材関連型(◇):化 学工業;鉄鋼業;金属製品、加工関連型(〇):一般機械;輸送機械;電気機械;電子部品;情報通信に分類 した。白抜きはプラス、黒抜きはマイナスを表示。
(注2) 2007年度から2017年度の間の変化の値。
(出所)経済産業省「工業統計調査」.
雇用者は、図 2-5 に示すように輸送機械を除く 8 業種で減少している。付加価値は、電 気機械、情報通信、電子部品、金属製品の業種では、減少している。一方で、鉄鋼業、化 学工業、一般機械、食料品の業種では増加している。輸送用機械は、雇用者も付加価値も
9 日本標準産業分類第13回改訂版に準じて製造業 F を生活関連型(中分類の 09〜15)、素材型(16〜24)、加 工型(25〜32)に分類した。
鉄鋼業
食料品 輸送用機械
電気機械
化学工業
金属製品 一般機械
電子部品
情報通信
-0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6
-100.0% -80.0% -60.0% -40.0% -20.0% 0.0% 20.0% 40.0%
付加価値増減
雇用者数増減
増加している。
Dickinson(2011)の分類方法では、表 2-3 に示すように、いずれの業種も成熟に分類さ れているが、動的変化は把握できない。 須田・渡辺(2010)は、キャッシュフロー情報に、
売上高成長率、社歴、配当性向を加えた分類により、衰退段階では営業キャッシュフロー が利益情報を上回る仮説が支持されることを検証した。本解析においても、付加価値増減 と生産額の増減は、偏相関係数で 0.9 以上の高い相関を示しており、売上高の成長率は、
成熟企業が衰退に向かっているのかを判定するには有効な基準である。
須田・渡辺(2010)のモデルでは、成熟段階をさらに、成長/成熟、成熟、成熟/衰退に 細分化している。雇用者数で示される人的資本の視点からは、雇用者数と付加価値の変化 から 3 つの類型に分類したが、成熟の中でも成長しているのか衰退に向かっているのかを 判定するには、キャッシュフロー情報に成長会計の情報を加味することが有効であること が示された。