第 4 章 鉄鋼業の事業成熟における選択と集中
6. 仮説の検証
1) 仮説1の検証
本研究の対象である鉄鋼 5 社7の事業環境の変化に対応した経営行動が、どのような動 機によるものかを検証する。対象は JFE と新日鉄住金の経営統合と合併について仮説 1 を 検証する。
仮説
1:合併により寡占化を進め、市場支配力を高めることで超過利益の向上をはかる。
検証においては、生産性の分析から、この合併は効率性を大きく改善しているかを見て みる。図 4-7 で合併前後の全要素生産性の変化から効率性を検証すると、合併年は全要素 生産性が大きな改善度を示している。合併後 2 年目以降からは、安定状態に陥っている。
合併による効率性の改善、利益率の上昇、市場評価の高さの点から見てもこの合併により 効率性を向上させた証拠はない。
しかし、生産規模は、大きくなり、合併後の 2013 年には、粗鋼生産量でアセロラルミッ タルに続いて世界 2 位となっている。効率性分析ではどちらの企業にとっても相対的効率 性はやや低下ということであった。また合併時の利益率は双方的な低下ではなくその後も 安定している。このケースについての結果は必ずしも一致しないが、ある程度の対応が認 められる。
日本の鉄鋼業は、鉄鉱石と石炭の原料メーカーが巨大化する中で、価格競争力において 優位であるとは言えない。高級鋼の最大の顧客である輸送用機械業においても、企業の寡 占化が進行しており、価格交渉において劣勢に立たされている。鉄鋼業のみ小規模企業の 存続は危ぶまれる競合環境に在った。これまで見たように、企業合併の効率性の向上は、
資源の補完性に伴うシナジー効果や、規模の経済性の発揮による費用削減と解釈できる。
またそこから派生した利潤増加という形で合併成果が実現される。しかし一般的には、合 併による企業規模の拡大によって、企業内部で様々な非効率性を発生させる側面があるだ ろう。
7 高炉法による粗鋼製造企業:新日鉄、住友金属、川崎製鉄、日本鋼管、神戸製鋼の 5 社を指す。
国内の鉄鋼業の市場においては、新日鉄を中心とした寡占化市場を形成している、経常 利益の基本統計量を表 4-1 に示す。収益の相関係数は、表 4-2 に示すように 0.9 以上であ り、この相関の高さは JFE と新日鉄住金の誕生後も変わっていない。このように、国内市 場は成熟しているのでこれ以上の成長は望めない。Porter(1980)の 5 フォ-スの枠組みで 現状を解釈すると、成長を維持するにはグローバルな市場での巨大化した同業との競合に なる。また、原料の鉄鉱石と原料炭は、中国の増産により需要が増加したため価格変動が 大きく、原料の安定確保の視点から規模が事業継続の大きな要因となってきている。鉄鋼 業の置かれている国際市場においては、中国が粗鋼生産の 50%を占める一方で、図 4-2 に 示すように日本の地位は徐々に低下してきている。巨大化し寡占化の進む海外の原料メー カーと企業の生産動向を睨んだ経営が必要な事業環境の中で、仮説 1 の市場支配力の維持 のために寡占化を進めた仮説は支持される。
表4-1 鉄鋼5社の経常利益の基本統計量
mean sd IQR 0% 25% 50% 75% 100% n 新日鉄住金 2252 1552 2035 143 1257 2009 3292 4517 7 JFE 2482 1812 3536 522 769 2163 4305 5173 15 神戸製鋼所 442 541 525 -191 83 289 608 1832 33 日立金属 329 228 230 -179 212 304 442 962 33 日本鋼管 242 366 359 -438 44 301 404 1010 18 川崎製鉄 346 303 263 -72 166 249 430 1035 18 新日本製鉄 1567 1809 1572 -183 376 877 1949 5976 26 住友金属 659 1060 818 -366 20 282 839 3276 26
( 注)期間:神鋼、日立金属:1985〜2017年、NKK,川鉄:1985〜2002年、JFE:2003〜2017年、住金、新日鉄:1985
〜2010年、新日鉄住金:2011〜2017年、IQR:四分位範囲.
(出所)東洋経済新報社「会社財務カルテ」.
表4-2 鉄鋼5社の経常利益の相関係数
① 1985-2002
新日鉄 神鋼 日立金属 川鉄 住金 NKK
新日鉄 1.000
神鋼 0.888 1.000
日立金属 0.317 0.425 1.000
川鉄 0.888 0.792 0.385 1.000
住金 0.922 0.916 0.338 0.867 1.000
NKK 0.850 0.847 0.289 0.791 0.904 1.000
② 2003-2010
新日鉄 神鋼 日立金属 JFE 住金
新日鉄 1.000
神鋼 0.957 1.000
日立金属 0.833 0.930 1.000
JFE 0.950 0.863 0.681 1.000
住金 0.968 0.861 0.676 0.967 1.000
③ 2011-2017
新日鉄住金 神鋼 日立金属 JFE
新日鉄住金 1.000
神鋼 0.795 1.000
日立金属 0.540 0.380 1.000
JFE 0.903 0.845 0.255 1.000
( 注)期間:2003年〜2017年、新日鉄住金の2003年〜2010年の値は新日鉄と住金の合算値.
2) 仮説 2 の検証
仮説
2:合併により重複する部門の削減により生産性の向上をはかる。
2002 年に日本鋼管と川崎製鉄が経営統合して発足した JFE は、新日鉄住金と共に国内の 2 強体制を最初に成し遂げた。統合の主な目標は、間接費や関連費用の削減、大口割引と仕 様統合による調達コストの削減、最適生産割当による生産費、保全費、物流費の削減、設 備投資の節約、研究開発の効率化などの規模の経済による競争力強化であった。川崎製鉄 と日本鋼管の合併は、鉄鋼の様な同質財で競争するには、小規模企業は生き残るのが難し くなったことが動因になった。鉄鋼業は、国内需要が飽和していく中で早くからグローバ ル化を進めてきた。新興国の参入による世界的な鉄鋼再編の潮流の中で、先進国における M&A が起こっていた背景もあった。
鉄鋼業は、装置産業であり稼働率の向上が収益と直結する。このため、成熟して市場の 成長が望めない事業においては、老朽化して競争力を失った設備は廃棄して、新たに生産 性の優れた最新鋭の設備へのリプレースが必要である。そして、生産性の高い製鉄所に集 約してコストを削減することで競争力を維持できる。この戦略に従って、JFE では、合併 後に品種構成を見直し、西日本製鉄所と東日本製鉄所の
2
か所に生産拠点を集約した。設 備投資には、現状維持のための保守・保全投資と新たな商品のための新規の設備投資とに 分類されるが、設備投資の中身の用途を含めて分類するのは難しい。図4-7
の合併前後の生 産性指数の履歴から、仮説2
は支持された。3) 仮説3の検証
事業を拡大している企業にとって、固定資産への投資8は、成長を支えるための運転資金 への投資を伴う(Bushman, Smith and Zhang, 2005)。一方で、市場が成熟した企業は、
生産性の低い過剰設備が企業の収益を圧迫する。同じ業界の企業同士が合併することによ り、互いの高生産性設備に取引先の生産を集約することで高効率な製造体制となり、コス ト削減に繋がる。そこで、合併の動機として仮説
3
を検証する。仮説
3:鉄鋼業では、先進国の市場成長が見込めない中で、老朽化した運転資本の保全の必
要性から企業合併がおこなわれた。
乙政(
2014
,pp.270-278
)によると、資産の過小計上や費用の過大計上は会計利益の過大(過小)評価に繋がる。しかし、会計的裁量行動を通じた意図的な利益調整を把握する ことは容易なことではないと説明している。この調整額は会計利益と営業活動からのキャ ッシュフローの差額として会計発生高として次式で定義されている。
会計発生高=(Δ流動資産−Δ現金預金)−(Δ流動負債−Δ資金調達項目)
−(Δ長期性引当金+Δ減価償却費)9
営業キャシュフロー=当期純利益−特別利益+特別損失−会計発生高
会計発生高には、非裁量的な部分も含まれているので、非裁量会計発生高をモデルで推 定することになる。
多くの実証的研究では、企業の通常の会計発生高の見積もりを作成するために会計発生 高期待モデルを使用している。
Jones
(1991)は、会計発生高を以下の推定式を用いて推定 している。会計発生高=α+ Δ売上高 + 償却性固定資産+
ただし、
・α、 :回帰係数、定数
.
・ :誤差項、確率変数.
この式を用いて、時系列で最小二乗法(OLS:Ordinary Least Squares)により
i
企業8 企業は、当期の総固定費をより多くの製造単位に配分することにより、1単位当たりの固定費を引き下げ る。
9 Δは期中の増減額を示す。
の
t
期におけるデータを代入することで非裁量的会計発生高を算定している。さらに、会計 発生高から非裁量的会計発生高を控除することで得られる数値を裁量的会計発生高として いる(Jonesモデル)。このモデルでは、売上高は操作不可であるとの仮定を置いている。この点を問題視した
Dechow, Sloan and Sweeney(1995)によって次式が提案された。
会計発生高=α+ (Δ売上高 Δ売上債権)+ 償却性固定資産+
売上高は、納期時期の調整などで裁量的に操作できるため、売上高から売上債権を控 除した変数を独立変数とした(修正
Jones
モデル)。これらのモデルでは、最小二乗法を用 いる上での分散不均一の問題を回避するため、先行研究では独立変数、従属変数、定数項 を期首総資産額で除している。これらの発生主義モデルにより、経営者の通常の会計的裁量行動は、当期の運転資本の 増加とキャッシュフローおよび
1
年以内に発生する収益の変動との間の関連によって捉え られる。これらのモデルは、すべての会計発生高を統一して扱うため、多種多様な会計発 生高がキャッシュフローや収益の変化に関連付けられると予想している。企業の「通常の」会計発生高は、
1
年以内に発生するキャッシュフローと売上高の変化によって予測されると 仮定する。そうすると広く使用されている会計発生高期待モデルにより、隠されている経 営者の会計的裁量部分が明らかにできる可能性がある。合併の評価の実証研究において、長畑・中川(2014,
pp.83-100)が実施した方法により、
会計発生高(
TA
)と会計発生高を営業CF
で割った値を求めた。2000
年から2017
年の新 日鉄住金(2012 年に合併)の会計発生高比率(会計発生高/純資産)と(会計発生高/営業CF)の履歴を図 4-8
に示す。成熟・衰退した企業の合併において、棚卸資産、売掛金、および有形固定資産の価値を 調整するために償却が促進される。 衰退企業は、償却を促進すると予想され、これにより マイナスの会計発生高となる。図
4-8
からは、新日鉄と住友金属が合併した2012
年には過 剰な老朽化の進んだ設備の調整がもたらされたと推定される。川端(2004)によれば、JFEは経営統合後に設備のフル稼働と収益性を重視して、高炉 を
2
基、13
の圧延設備を休止させており、製造コストを削減させた。これらの実績から、合併により、低生産性の過剰設備を廃棄する仮説