第 4 章 鉄鋼業の事業成熟における選択と集中
4. 企業合併の目的についての仮説
高炉 5 社は鉄鋼業が成熟期に入り、度々のリストラクチャリングを経てきた。企業合併 の目的に関しては、合併による市場支配力増大仮説や経営効率化仮説など、従来から様々 な議論が行われてきた。この理由として、近年の合併に関する理論的なアプローチにより、
企業合併の要因をより本質的に理解し、各種の動機を整理し、そして客観的で合理的な考 察が可能となったからである。
宮島(2007)は、1990年代末から急速に増加した合併・買収(M&A)の要因と成果につ
新日鉄住金 JFE
いて検証し、過剰設備のもたらす経済ショックや企業統合法の整備に動機を見出している。
花枝・胥鵬・鈴木(2010) は、「サーベイ調査」より
M&A
の動機は「市場シェアの拡大」、「事業の選択と集中」、「成熟・衰退産業の事業再編」を挙げている。M&Aの経営成果につ いては、効果があったと回答した企業が多かった。
我が国では、1997 年の独占禁止法改正と持株会社の解禁による規制緩和が
M&A
の増加 の大きい要因であるとの説がある。これまでは、寡占企業は暗黙のカルテルにより各社の 最適な生産量を維持するため、社会厚生を損なうとされてきた。また、寡占化によりイノ ベーションを阻害して、ロックインに陥る弊害を生じる事例が指摘されている。一方、川 端(2004)は、鉄鋼業においては海外からの安価な鋼材との競合、原料メーカーや大口ユ ーザの世界的な合併による巨大化により利潤が低下していることを指摘し、日本の鉄鋼業 も合併によって規模の経済による対抗の必要性があったことを示した。さらに冨浦(2004)は、合併により世界シェアを高めることで、利潤増大を通じて、合併後の社会的厚生を増 大させる可能性を示している。こうした理論的な研究のインプリケーションを実証的に確 認するため、以下では合併前後での経営成果を解析することで、合併の動機とその成果を 検証する。
1) 市場支配力
花枝ら(2010)によると、アンケートで最も選択の割合が多かった
M&A
の動機は、「市 場シェアの拡大」であった。冨浦(2004)は、バブル崩壊以降、経常損失を4回も経験し、資本市場において鉄鋼メーカーの評価は下がってきたとしている。さらに高炉5社による 協調体制においても企業間格差が拡大してきた。このため協調的寡占と同質的競争によっ て、高炉メーカーの全てが安定した利益を享受することは困難な状況になってきた。合併 によるシェアと利潤に関するこの命題を、後の実証分析の第1の仮説として検討する。
仮説
1:合併により寡占化を進め市場支配力を高めることで超過利益の向上をはかる。
2)効率性目的
合併による事業の再編成について、実際に企業はどんな目的を掲げているのであろうか。
上田(2013)によると、公取委の年次報告書から水平合併の目的に関連するものを回答の 比率の高いものから順にあげると、
① 管理費用の節減
② 総合化・生産・販売の一貫化
③ 販売力・資本調達力の強化
④ 人材の確保・活用
⑤ 技術力の強化
がピックアップされている。①はシナジー効果や学習などによる企業の経営効率向上であ り、②と③は規模の経済性の発揮、④と⑤は労働・資本の生産性向上と考えることができ る。ここでは合併がこうした経営管理・生産・販売・流通・研究開発などの分野で効率性 を高め、限界費用を低くする可能性があると考え、合併の効率性向上について仮説 2 を検 証する。
上田(2002)によると、衰退企業は継続生産に資金を供給するのに十分なキャッシュフ ローを生み出さず、減損する可能性が高い資産を保有している。 会社は償却を記録するこ とによって資産の減損を認識し、これはマイナスの引当金調整につながる。短期(1年以内)
のキャッシュフローと収益の差から予測される会計発生高は、衰退傾向にある企業にとっ て、異常な負の値を発生させる可能性がある。これらの議論からは、次のような予測が導 かれる。
仮説
2:合併により重複する部門の削減により生産性の向上がはかれる。
3)設備保全のための財務体質強化
成熟企業は成長の機会が限られている製品を販売している、それは運転資金への多額の 投資が、長期的な売上成長を生み出す可能性が低いことを意味する。ただし、これらの商 品には積極的に購入を行う顧客基盤があるので、営業活動によるキャッシュフローがプラ スになる。成熟した企業は、現在の収益性を維持すること(品質管理、販促費、合理化さ れた生産プロセスを通じて)と運転資金への投資は、将来の衰退を予測して決定を下す。
この時には、運転資本は会計発生高を引き下げる。企業ライフサイクルの視点から、合併 行動を解析するため仮説を設定した。
仮説
3:鉄鋼業では、先進国の市場成長が見込めない中で、老朽化した運転資本の保全の必
要性から企業合併がおこなわれた。
4)不確実性の縮減
佐久間ら(2017)によると、多くの先行研究において、
M&A
後の企業業績は必ずしも改 善されるとは限らず、むしろ悪化するケースが多いことを指摘している。このため、環境 変化に対する自己防衛行動であると見なされる。特に、日本企業においては、従業員の雇 用を重視する傾向があるため、事業の継続が目的であるとの仮説である。自社にとっての事業環境変化をできる限り縮減するために、双方が共生を目指して対等な立場で経営統合 するとの解釈である。
企業は、成熟した事業から成長の機会を目指して多角化を進める事例については、越田
(
2015)が分析しており、企業の多角化行動は組織の存続の動機となる。これらの異なる
観点から
M&A
行動を比較するため、不確実性の縮減行動の成果を検証する。仮説