第 2 章 企業のライフサイクル
6. ライフサイクルに関する仮説の検証
増加している。
Dickinson(2011)の分類方法では、表 2-3 に示すように、いずれの業種も成熟に分類さ れているが、動的変化は把握できない。 須田・渡辺(2010)は、キャッシュフロー情報に、
売上高成長率、社歴、配当性向を加えた分類により、衰退段階では営業キャッシュフロー が利益情報を上回る仮説が支持されることを検証した。本解析においても、付加価値増減 と生産額の増減は、偏相関係数で 0.9 以上の高い相関を示しており、売上高の成長率は、
成熟企業が衰退に向かっているのかを判定するには有効な基準である。
須田・渡辺(2010)のモデルでは、成熟段階をさらに、成長/成熟、成熟、成熟/衰退に 細分化している。雇用者数で示される人的資本の視点からは、雇用者数と付加価値の変化 から 3 つの類型に分類したが、成熟の中でも成長しているのか衰退に向かっているのかを 判定するには、キャッシュフロー情報に成長会計の情報を加味することが有効であること が示された。
成果と相関係数は高くなっており判定基準に活用できる。解析に使った 9 業種は、表 2-3 のキャッシュフロー情報に関連付けられおり、企業行動を付加することでより精緻の高い 解析が可能となる。製造業においてはいずれの業種も成熟段階にあるが、成長段階にある のか衰退に向かっているのかについては企業行動を加味することで判定が可能である。
図2-6 出荷額と事業所数の変化量の関係
( 注) 2007年度から2017年度の間の変化の値。
(出所)経済産業省「工業統計調査」.
具体的に、キャッシュフロー情報では成熟段階にある 9 業種で判定すると、雇用者は、
図 2-5 に示すように輸送機械を除く 8 業種で減少している。付加価値は、電気機械、情報 通信、電子部品、金属製品の業種では減少している。一方で、鉄鋼業、化学工業、一般機 械、食料品の業種では増加している。輸送用機械では、雇用者も付加価値も増加している。
そして、事業所数は 9 業種とも減少している。事業所数の減少と雇用者数の増加は、事業 所の集約化が進んでいると解釈できる。集積効果を加味すると、企業の成長は雇用者数の 増加で判定する方が、実態に近いと想定される。反面、集積効果により雇用者の変化は抑 制されることになる。表 2-4 の出荷額と付加価値の変化に対する相関係数では類似した値 となっている。また、各業種の成熟段階においての動的方向を検証すると、電気機械、情 報通信、電子部品、金属製品の業種では、ライフサイクル段階は衰退傾向にある。一方で、
鉄鋼業、化学工業、一般機械、食料品の業種では衰退傾向にあるものの、経営統合、研究 開発等の企業努力により現状が維持された状態である。輸送用機械は、事業所数が減少し ているものの、出荷量、雇用者、そして付加価値も増加している。キャッシュフロー情報 によるライフサイクル段階の把握は、企業行動と整合性があり、大枠で業種について適用
鉄鋼業 食料品
輸送用機械
電気機械
化学工業
金属製品
一般機械
電子部品 情報通信
-0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6
-0.8 -0.7 -0.6 -0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0
出荷額変化
事業所変化
するには優れた分類法であることが検証できた。
表2-4 各要因間の相関係数*
Δ研究開発 Δ雇用者 Δ事業所 Δ出荷額 Δ付加価値
Δ研究開発 1.000
Δ雇用者 -0.072 1.000
Δ事業所 -0.015 0.725 1.000
Δ出荷額 -0.162 0.745 0.729 1.000 Δ付加価値 -0.182 0.616 0.629 0.953 1.000
( 注)それぞれの要因においては、Δは(2017年の値/2007年の値)-1で表す。研究開発:年間研究開発費、雇用者:
年平均雇用者数、事業所:年平均事業所数、出荷額:年間出荷額、付加価値:年間付加価値。年平均:年初と 年末の平均、年間:事業年度。
(出所)経済産業省「工業統計調査」、文部科学省「科学技術調査」.
3) 仮説3についての検証
仮説
3 PPM
分類法において市場占有率の指標を企業数の変化に活用すれば、業種のライフサイクルと関連付けられる。
図
2-7
に事業所数の増減と付加価値の増減の関係を示すが、両要因間の相関係数は表2-4
に示すように、0.629と良好な関係にある。PPM分析は市場占有率と市場成長率の2
元配 置で、企業における最適な事業のポートフォリオを構築するために考案された。このフレ ームワークを業種に置換えてみると、市場占有率は集積と関連付けられ、市場成長率は付 加価値に関連付けられる。表2-4
に示すように、付加価値と出荷額には高い正の相関関係(2 変数間のピアソンの相関係数は0.953
である)にある。PPMにおける企業間の競争を、事 業を業種に、企業間の競争を国家間の競争のパラダイムに転換すると、それぞれの業種の ライフサイクルの分類が可能になる。このパラダイムで、事業を見ると、分析の対象の製造業においては、国際競争力で優位 にあるのは輸送用機械である。対して鉄鋼業、化学工業、一般機械、食料品は、M&A や多 角化による雇用者削減を中心とする合理化により競争力を維持している。電気機械、情報 通信、電子部品、金属製品の業種は、徐々に競争力を失い縮小傾向にある。図 2-7 に、1997 年から 2007 年までの変化と 2007 年から 2017 年のそれぞれ 10 年間の事業所と付加価値の
変動を示す。PPMの分類からは、電気機械、電子部品、情報通信は淘汰・衰退ゾーンで、
鉄鋼業は成熟ゾーンに、他の業種は成長ゾーンに分類される。この分類は、図 2-5 の人的 資本の指標である雇用者数の変化と整合的であり、企業ライフサイクルにおける成熟・衰 退過程にある業種は人的資本の減少を伴っている。これらの動的解析からは、事業所数が 全ての業種で減少しており、一部の業種を除き事業は停滞傾向にある。
仮説
3
のPPM
分類法の製造業の業種への活用は有効であり、成熟した業種の国際競争力 のトレンドの検証が可能である。仮説3
は今回使用したデータにより、その有効性は検証 された。図2-7 付加価値と事業所数の変化量の関係(2017/2007)
( 注) 2007年度から2017年度の間の変化の値。
(出所)経済産業省「工業統計調査」.
7. まとめ
本研究では、製造業を事例として業種別にライフサイクルのどの段階に直面しているの かを事業環境と会計情報を基に解析した。 キャッシュフロー情報による企業のライフサイ クルの分類は、業種別に解析すると、すべての業種が成熟にあることが分かった。このた め、成熟で停滞しているのか、前の段階の成長や次の段階の衰退へ変動しているかは、成 長会計による動的分析から解釈する必要がある。 しかし、企業は現在の価値を最大化する 動機がある。このため将来に向けての投資や、企業成長の源泉である人的資本の視点から、
ライフサイクルの解析に無形資産と人的資本を要因に含めた解析を行う必要がある。人的 資本と無形資産を考慮した解析は、以前の企業ライフサイクルにおける研究では取り上げ られていない。
本研究での結果は、成熟・衰退のライフサイクルの企業は「成長の源泉である」無形資 産が経営戦略に取り込まれていないこと、そしてある場合には、現在の経営成果を得るた
めに軽視されていることを示唆している。 企業の「成長の源泉である」無形資産は、現在 の利益を損なっても、企業が存続するためには必要である。人的資本と無形資産の蓄積は、
研究開発や普段の工場や事業所の活動より得られ、人的資本として蓄積されるスキルは固 定資産よりもはるかに豊かで複雑である。 将来の研究では、他の種類の経営上の経営判断 の影響、およびそれによって生じる無形資産への影響を調査する可能性がある。 これによ り、企業の「正常」および「異常」行動を正確に識別、類型化、および分析する能力がさ らに向上することが期待できる。