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第 8 章  人的資本が地域経済に及ぼす影響

2. 先行研究

1)地域の豊かさの評価

日本を取り巻く環境変化による働き方の変化に伴い、生活の糧である収入に大きな格差 を生じている。1980 年以降から所得分配の不平等度を示すジニ係数3が上昇を示し、1980 年 に 0.314 であったものが 1992 年には 0.365(スウェーデンは 0.220)と欧米諸国の水準に 達している(橘木,2015)。一方、相対貧困率が 1985 年に 12.0%であったものが、2012 年 には 16.0%に上昇して、他の主要先進国の中では米国に次いで第 2 位の高さとなっている(ス エーデンは 5%台)4。これらの変容を生じさせた要因については、高齢化、情報通信技術(ICT)、 グローバル化などの雇用環境の変化、そしてそれらに伴う国の制度変化など種々なモデル が挙げられている(橘木,2015)。 

図 8-1 に 3 大都市圏と、県民所得の最も低い沖縄県の時系列変化を示すが、ここ 15 年間 の所得の変化は、リーマンショック後の 4 年間の落ち込みを除けば、極めて小さい。 

8-1  県民所得推移

(出所)内閣府「県民経済計算」. 

3 ジニ係数は不平等の指標を示す統計量で、完全平等の時に0、完全不平等の時に1を取り、値の高いほど 不平等の程度が高い。当ジニ係数は再分配後の所得についての値である。

4 経済協力機構(OECD)編(2014)『格差拡大の真実』.

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000

2001 2005 2010 2015

県民所得(千円/人)

年度

東京都 愛知県 大阪府 全県計 沖縄県

雇用環境の変化に伴う働き方の変容による格差生成の径路については、以下の 3 つの説 が主なものである。 

①  少子高齢化:年齢階層別にみると高年齢層ほど所得格差が大きいため、日本におけ る人口構成が高齢サイドにシフトすると全体の格差は大きくなる。統計に表れる 2000 年以降の所得格差拡大の主要要因は人口高齢化であり、年齢内の所得格差の拡 大は小さい(大竹,2006)。 

②  ICT 化:ICT は高賃金・高スキル層の業務と補完関係にある一方で、中間層の業務 と代替的な関係にある。このため中間層の雇用が減少し二極化が進むとの説がある

(スキル偏向的技術進歩仮説)(池永,2015)。 

③  グローバル化:先進国の非熟練工程が発展途上国に移転され、先進国では非熟練労 働への需要が減り、熟練労働の需要が増大する。貿易の効果として、先進国での生 産財が熟練労働集約的財に特化する産業の構造変化(ヘクシャー=オリーン・サミ ュエリソン・モデル)(大鹿・藤本,2006)。

次に 1990 年代末以降の格差拡大の要因として、製造業務の派遣労働の解禁(2004 年)、 適正な労働条件の確保等を盛り込んだパートタイム労働法の改正施行(2007 年)などの政 策・制度の変更に求める説がある(労働政策研究・研修機構,2012)。日経連は、1995 年に 雇用制度改革の方向として長期雇用を「長期蓄積能力活用型従業員」と呼ばれる管理職、

総合職、基幹職に限定して、それ以外の専門職や一般職は有期雇用契約のパートタイム労 働者、派遣労働者そして請負労働者に代替していく方針を打ち出した。その結果、2006 年 から 10 年間で非正規従業員は 4.5%増加して正規従業員の割合は 62.5%にまで減少してい る。このような非正規従業員の増加は、1986 年に制定された労働者派遣法の制定とその後 の改正により強まった(労働政策研究・研修機構,2012)。

2)産業構成と県民所得の推移

都道府県別の若者の失業率比較から、地域における雇用環境の格差を問題にしている説 もある(太田,2010)。特に日本は南北に細長い地形からなり、交通や地政学的違いにより 多様な産業が形成されてきた。それに伴い独自の文化圏が形成され、各地の慣習にはこれ らの文化が埋め込まれている(径路依存性の強い慣習)。このため経済活動により得られる 47 都道府県の一人当たりの県民所得は表 8-1 に示すように、上位 3 位(東京、愛知、静岡)

の平均所得の 3,685 千円と下位 3 位(沖縄、鳥取、高知)の 2,178 千円には、1.74 倍の違 いがある。 

地域に雇用を創出する施策としては、産業集積の振興を中心として施策が進められてき た(松原,2013)。特に高度成長を支えてきた中小企業がグローバリゼーションの時代に徐々 に衰退してきた時代背景もあった。中村(2011)は、地域の産業集積については長年に渡 り丹念に調査され、多くの研究者が独自の「産業集積」概念を定義していると説明してい る。 

8-1  県民所得の類似性評価 順位  県民所得 

(千円/人) 

県民所得成長指数a  県民所得の変化 の大きさb

産業構成比率  1 次  2 次  3 次  上位 

3 県 

東京都 愛知県 静岡県

4,844  3,445  3,281 

三重県  岩手県  宮城県 

0.288  0.244  0.239 

東京都  三重県  愛知県 

336  221  199 

青森県  高知県  宮崎県 

滋賀県  静岡県  愛知県 

東京都  沖縄県  神奈川  下位 

3 県 

長崎県  宮崎県  沖縄県 

2,305  2,262  2,054 

山口県  滋賀県  鳥取県 

0.011  0.001  -0.005 

沖縄県  福岡県  鹿児島 

48  45  38 

神奈川  大阪府  東京都 

北海道  沖縄県  東京都 

栃木県  長野県  福島県  a:(2015年度県民所得/2001年度県民所得)-1で表す. b:2001年〜2015年の県民所得の標準偏差. 

(出所)内閣府「平成27年度県民経済計算」.

Piore and Sabel(1984)は 1970 年代に資本主義の危機を乗り越えて  栄した国の分析 から、著書『第二の産業分水嶺』において、少品種大量生産の巨大企業が支配する経済は 衰退し、多品種少量生産を柔軟にこなす「柔軟な専門化」の中小企業が主役を占める経済 であると述べている。この好例が米国のシリコンバレーで、最先端技術を駆使する中小企 業が活躍すると同時に、ベンチャー起業が盛んな地域を形成している。こうした地域では、

中小企業間の複雑な水平的なネットワークが形成され、情報化時代に適応していると見な されている。 

Krugman(1991)によれば現代の国際貿易をリードするのは国という経済単位ではなくて、

むしろ空間的にはるかに小さな産業集積地である。また、市場メカニズムが投入費用の最 小化の方向に働けば特定の地域に集積し、世界貿易はこれらの集積の間で行われる。この ため国際貿易を推進するには産業集積が重要であると主張する。 

Porter(1990)は「競争優位」という概念を導入して、世界経済の中で国の競争優位の 重要な要因として産業クラスターの形成を提案した。国際競争力の持つ商品は、特定の地 域で直接、間接的に関わる多くの企業群から生出される。そして従来主張されていた投入 費用の最小化とともに差別化、静的効率と動的な学習、システム全体としてのコストとイノ ベーションの潜在可能性を挙げている。 

47 都道府県の 2001 年から 2014 年の県民所得の増減(成長指数)と県民所得の関係を調 べた結果を図 8-2 に示す。成長指数の高い地域は県民所得が高い傾向が見られた。

8-2    県民所得の成長指数と所得水準の関係

(  注)成長指数:2015年の県民所得/2001年の県民所得-1、県民所得は2015年度の値. 

(出所)内閣府「平成27年度県民経済計算」

3)企業の雇用創出力

企業の雇用創出能力は、市場に参入後の経年変化で測定される。企業の成長については 代表的な二つのモデルが提案されている。一つは Jovanovic(1982)が提案したモデルで、

企業は参入直後には自身の経営能力は正確には把握できていないが、時間が経つにつれて 情報量が増え自己評価も正確になっていく。日常の経営を通じて経営能力が高い企業は成 長し低い企業は淘汰されるのを観察することで自己の能力を把握していく「受動的学習モ デル(Passive Learning Model」。そしてもう一つは Pakes and Ericson(1995)が提唱し たモデルで、企業の参入後に探索的投資により企業効率を高めることに成功した企業が生 存する「積極的探究モデル(Active Exploration Model)」。PLM と AEM の違いは、開業当初 に保有する経営能力と開業後の探求のいずれかを企業のパーフォーマンスの説明因子とし て重視するかの点にある(橘木・安田,2006)。 

日本における産業構成の変化について過去 10 年との比較を行ったところ、製造業におい ては PLM モデルの説明力が高く、小売業においては AEM モデルの説明力が強いようである。

このように過去の実証研究では国、産業によってどちらのモデルの説明力が高いかは異な る。この視点から雇用創出能力を算定する場合には、企業規模とともに企業年齢を考慮す る必要があることを示唆している(橘木・安田,2006)。

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000

-0.050 0.000 0.050 0.100 0.150 0.200 0.250 0.300 0.350 県民所得(千円/人)

成長指数(2015/2001)

ドキュメント内 企業ライフサイクルにおける組織行動の研究 (ページ 156-160)