第 8 章 人的資本が地域経済に及ぼす影響
5. 結果と考察
解析する対象の要因間の関係を調べるために、多変量解析法を使用した。データの分析 は、長畑(2017)の R プログラムにより相関分析と回帰分析により、それぞれの要因間の 影響度を解析する。要因間の擬相関の評価は、偏相関解析と多重共線性を分散拡大要因(VIF)
によりチェックした。
モデルの妥当性については、残差分析により異常値や外れ値が含まれていないことを確 認することで評価した。異常値の検出方法は、残差のプロットにより、ヒストグラム、時 系列プロット、散布図から評価した。要因の当てはまりの良さについては、自由度調整済 み寄与度から判定した。それぞれの要因の影響の大きさについては重相関係数から判定し た。
業の構造変化が生じている説と整合性のある結果となっている。
図8-3 産業組織と生産性、県民所得の相関図表
( 注)単位:県民所得;千円/人、事業所数;所、小規模;%、製造業;%、大企業;%、労働生産性;万円/人.
(出所)表8-2に各要因の出所を記載.
雇用の質は非上場企業では公表されていないので、7 章で解析した岡山県のアンケート調査 からは明らかに出来なかった。このため正規従業員比率の情報の入手できる業種別に分類 した企業群を対象に調べた。
「企業活動基本調査」から 2015 年度に雇用成長の大きかったサービス産業として介護事 業の企業と通信教育関係の企業を、製造業として化学品の事業を手掛けている企業を、そ して小売業としてスーパーが挙げられた。このように、介護業とディスカウント・スーパ
ー業において急速な雇用の成長が見られた。製造業、教育サービス業、飲食サービス業の 雇用成長曲線は急成長した事業分野と比べると穏やかな成長である。急速な成長を支える 人材は、多くが非正規雇用従業員で充当される。製造業は正規従業員の割合は 88.4%である が、小売業では 19.8%と、ほとんどが非正規従業員の雇用となっている。製造業では設備投 資と運転技術の習得に時間がかかるので、小売業のような急速な成長は望めない。受動的 学習モデルを取る企業は、多くのスキルの獲得に制約を受けるためである。一方の大型店 舗の投資に積極的探究モデルをとる小売業は、スキル獲得に時間を要さず容易に非正規従 業員の増員で対応できる店舗投資を業容の拡大に適用できる。
表 8-3 に 47 都道府県別の正規率雇用者比率に影響する要因を多変量分析法による統計解 析結果を示すが、教育投資の高い県は、正規率比率も高い傾向にある。
表8-3 正規雇用者比率に影響を及ぼす要因
分類 要因 係数 標準誤差 t 値 p値 有意水準
定数項 -35.43 37.693 -0.940 0.3532
A 支出 0.027 0.0073 3.817 0.0005 ***
人口増加率 -0.855 0.1642 -5.213 0.0000 ***
B 労働生産性 0.155 0.0693 2.245 0.0308 * 本社流出.流入数 0.016 0.0094 1.741 0.0900 . 特許等出願件数 0.036 0.0125 2.892 0.0064 **
C1 平均寿命 0.883 0.4599 1.921 0.0625 . 女性労働力比率 0.484 0.1388 3.492 0.0013 **
高齢者有業率 -0.542 0.1524 -3.561 0.0010 **
C3 社会教育費 0.205 0.0560 3.667 0.0008 ***
自由度調整済み決定係数: 0.6525
( 注)'***' は、0.1%、 '**' は、1%、 '*' は、5%、 '.' は10%の有意水準で、それぞれの有意性を棄却することを 示している。
3)地域と雇用の質の関係
上場企業の中に業容を急速に拡大して雇用を創出している企業が見出されたので、上場さ れている中四国地域の全ての企業について、業種別に正規従業員の比率と雇用創出係数13を 5 章と 6 章で解析したが、解析の結果では地域による差異は見いだせなかった。しかし業種 による正規従業員比率にはある傾向が見て取れた。つまり、製造業において雇用創出は卸・
小売業やサービス業ほど大きくないものの一定して正規雇用比率は高かった。
13 正規従業員比率=正規従業員/全従業員、雇用創出指数=2016年の雇用者/2011年の雇用者.
図 8-4 に 47 都道府県別の正規率比率と社会教育費14の分布を示すが、社会教育費の高い 県は、正規率比率も高い傾向にあり北陸地域と山陰地域で見られる。これらの地域の特徴 として、世代間の同居比率が高く、地域の絆が強く、子供の学力が高い点が見られる。反 面で、過疎化が進行して高齢者の比率が高く、決して恵まれた雇用環境にはないが、女性 と高齢者の労働参加比率が高い。
地域の良好な雇用環境は、生活にも影響し表 8-3 に示すように社会教育費と正の関係に あり、子供から社会人まで学び続ける環境が充実している。この点は今後ますます知識創 造が企業の成長からは必要なことから、あらゆる年齢層が学び続ける事ができる環境整備 は地域発展には有効な手段だと思われる。
図8-4 地域別正規雇用者の比率と社会教育費
( 注)正規雇用者比率:左軸(%)、社会教育費:右軸(千円/人).
4)人的資本の影響
人的資本の蓄積には、地域全体で雇用を支える良好な労働環境が整備されている点が重 要であることが見えてきた。労働環境を良くするには、女性の社会進出を助ける保育所の 充実や将来地域の中核になる大学新卒者のインターンシップが 100%実施されるなどの施 策が有効である。新卒者の企業とのマッチングは、インターンシップにより人材不足に悩 む中小企業の実態を理解できるため就職先のミスマッチの問題が減少し、大卒者の進路未 定者の低減が期待できる。このため離職率は低くなり企業は良質な労働力を入手できる。7 章の岡山県の企業の 25%がアンケート調査で優秀な人材の不足を上げており、少子高齢化
14 一人当たりの費用:千円/人.
の進行する雇用環境においてはインターンシップを通した採用は労使のミスマッチを避け る有効な施策と考えられる。
発展する地域では、ベンチャー企業を多く創出して地域を活性化することが不可欠であ るとの見解から知識創造が重視されてきた(労働政策研究・研修機構,2007)。しかし、本 研究で取上げた企業について、特許出願を知識創造の指標として成長性、雇用創出、利益 性15について調べたが、件数とは相関が見られなかった。今回の調査対象になっていない従 業員 100 名以下の若い企業や他の地域に存在している可能性は残されているものの、今回 の対象企業では見いだせなかった。収益や成長指標では検出できていないが、じっくりと 技術を磨いているのか、競争が厳しく優位性を持てないのか明確ではない。
今回の研究の統計的評価結果を表 8-4 に示す。県民所得にプラスに影響する因子は、大 学進学率、大企業比率、女性の労働力人口比率、そして労働生産性が挙げられた。一方で、
自営業はマイナスに影響していた。県民の雇用比率が高い地域は、良質な生活経済を営む には恵まれた地域であると言える。この地域では雇用を守る意識が高く、結果として表 8-4 に示す県民所得にプラスの効果を獲得しており、人材育成に適した生活環境を獲得できて いる要因の一つであることを示唆している。
表8-4 県民所得に影響する要因
分類 要因 係数 標準誤差 t 値 p値 有意水準
定数項 668.4 722.12 0.92 0.360175
B 労働生産性 0.320 0.0680 4.70 3.02E-05 ***
大企業 12.68 4.3582 2.91 0.005886 **
自営業 -30.88 8.5053 -3.63 0.000793 ***
C1 女性労働力人口比率 33.86 9.7390 3.47 0.001234 **
C3 大学進学率 14.30 4.2336 3.38 0.001629 **
自由度調整済み決定係数: 0.823
( 注)'***' は、0.1%、 '**' は、1%、 '*' は、5%、 '.' は10%の有意水準で、それぞれの有意性を棄却することを 示している。
人的資本の蓄積には、高等教育が重要である点は内外の多くの研究者により検証されて おりプラスの寄与が大きい。さらに、企業特殊熟練については、スキル偏向仮説でも指摘 されているように、所得格差の要因であることが検証されている(池永,2015)。表 8-4 に おいて、県民所得に大企業比率は他の要因が一定のときにはプラスに働き、自営業は他の 要因が一定のときにはマイナスに働いている。この統計的事実については、大企業ほど従 業員に企業内での教育に投資する事実と整合性がある。総務省「科学技術研究調査」にお
15 成長性=2015年/2001年売上高、雇用創出=2015年/2001年従業員数、利益性=2015年経常利益高/2015 年売上高.
ける、資本金別に調査した研究費は、資本金が 100 億円以上の企業が、全体の 70%以上を 占めており、企業における知識創造は、ほとんどが大企業で行われている結果となってい る。これらの解析から、地域の発展には高等教育による人材育成と継続した知識創造が可 能な安定した雇用の場を増やしていくことが、重要な要因であるとの統計的事実が得られ た。
5)地域の雇用環境の生活経済に及ぼす影響
7 章で解析した岡山県の企業調査から、業種によって雇用の質が異なることが明確になっ た。スキルの蓄積の必要な製造業や一部のサービス業、インフラ関連の企業は正規従業員 の比率が高いことが明らかとなった。他の地域についても同様な傾向があるのかを確かめ るため、47 都道府県についても所得の格差に影響する要因解析を実施した。その重回帰分 析結果を表 8-5 に示す。
本社流入・流出数で示される企業活動の活発な働く場の多い地域は、収入の格差を下げ る。一方で、若者の完全失業率、高齢者有業率、そして有業比率が高い全員参加型の雇用 環境は、収入の格差を拡大させる。また、雇用の質としての正規雇用者比率と生活保護受 給者比率も収入格差を拡大させている。統計解析からは格差を生じる要因について、雇用 環境が重要であり、仕事の場の質と供給が重要であることが推測された。
表8-5 地域の格差(収入のジニ係数)に影響する要因
分類 要因 係数 標準誤差 t 値 p値 有意水準
定数項 0.2411 0.0589 4.093 0.0002 ***
B 本社流出.流入数 -0.0001 0.0000 -2.265 0.0290 * C1 有業者比率 0.0000 0.0000 -2.989 0.0048 **
高齢者有業率 0.0014 0.0008 1.831 0.0746 . 若者完全失業率 0.0031 0.0013 2.435 0.0194 * C2 正規雇用者比率 0.0013 0.0007 1.850 0.0717 . 生活保護受給者 0.0103 0.0021 4.971 0.0000 ***
自由度調整済み決定係数: 0.671
(注1)a:2014年度の「就業構造基本調査報告」から計算。
(注2)'***' は、0.1%、 '**' は、1%、 '*' は、5%、 '.' は10%の有意水準で、それぞれの有意性を棄却することを 示している。
そこで、47 都道府県について、所得格差の指標であるジニ係数と雇用の場の整備指数と して無業比率の相関を調べると、図 8-5 の結果が得られるように正の相関が得られた。特 異点としては東京が挙げられた、東京は働く場はあるもののジニ係数は高い地域である。
スキル偏向仮説によれば、少数の高所得者と多数の低所得者からなる地域であると見なせ