学 位 論 文
企業ライフサイクルにおける組織行動の研究
-企 業 行 動 が 地 域 の 生 活 経 済 に 及 ぼ す 影 響 の 実 証 分 析 -
令 和 2 年 3 月 越 田 孝 久
岡 山 大 学 大 学 院
社 会 文 化 科 学 研 究 科
は じ め に
日 本 経 済 は 1990 年 代 の バ ブ ル 経 済 の 崩 壊 以 降 、そ れ ま で の 成 長 基 調 か ら 一 転 し て 30 年 間 に わ た る 長 期 の 停 滞 状 態 に 陥 っ て い る 。こ の 原 因 に つ い て は 、種 々 の 経 済 理 論 と 指 標 か ら 解 析 さ れ て き た 。 ま ず 、 経 済 の 成 長 理 論 に お け る 代 表 的 な 要 素 で あ る 人 的 資 本 、 設 備 投 資 そ し て 技 術 進 歩 の 動 的 変 化 か ら 解 析 さ れ た 。 そ し て 、 こ れ ら の 理 論 解 析 に 基 づ い て 政 策 立 案 が な さ れ 実 行 さ れ て き た 。 し か し 、 思 う よ う な 経 済 成 長 を 実 現 で き な い で い る 。 我 が 国 の 低 迷 と は 対 照 的 に 、 米 国 、 中 国 は 持 続 的 に 高 い 成 長 率 を 維 持 し て い る 。 特 に 隣 国 の 中 国 は 、 GDP で 米 国 に 次 ぐ 世 界 第 2 位 の 経 済 大 国 に な り 、 国 際 社 会 に お け る 発 言 権 が 増 し て き て い る 。 一 方 で 、 経 済 の 停 滞 し て い る 我 が 国 の 地 位 は 相 対 的 に 低 下 し て き て い る 。
戦 後 の 日 本 は 、 高 度 成 長 を 経 て 欧 米 並 み の 豊 か な 社 会 を 実 現 し た 。 成 長 の 過 程 で の 大 き な 役 割 を 担 っ た の は 、 基 幹 産 業 の 鉄 鋼 業 で あ っ た 。 鉄 鋼 業 で は 、 高 度 成 長 時 代 と そ れ に 続 く 長 い 成 熟 期 に 、 生 き 残 り の た め の 多 く の 企 業 行 動 が な さ れ て き た 。 な ぜ そ の 企 業 行 動 を 選 択 し た か に つ い て は 、 企 業 の 立 場 か ら 説 明 さ れ て き た 。 そ し て 選 択 し た 戦 略 の 帰 結 は 、 理 論 モ デ ル と の 整 合 性 で 検 証 さ れ て き た 。 特 に 1980 年 代 後 半 、多 角 化 戦 略 と し て 多 く の 新 規 事 業 を 手 掛 け た が 、ほ と ん ど の 事 業 は 撤 退 し て 跡 形 も な い 。
多 角 化 事 業 に お い て 撤 退 は し た が 、 生 き 残 り の た め 企 業 努 力 を 最 後 ま で 続 け た 多 く の 事 業 ( 特 に 関 連 事 業 ) が 存 在 し た 。 成 功 し た 事 業 は 、 本 業 と シ ナ ジ ー を 有 し 、 過 去 に お け る 多 く の 失 敗 事 例 を 学 ぶ こ と で 成 功 確 率 を 向 上 さ せ た 成 果 だ と み な せ る 。 単 に 失 敗 事 例 と し て 退 け る の で は な く 、 そ の 真 因 を 探 れ ば 次 に 生 か せ る 仮 説 を 導 き 出 す こ と が で き る 。 新 規 事 業 は 、 研 究 開 発 の 失 敗 や 時 間 の 経 過 に よ る 事 業 環 境 変 化 で 、 製 品 化 に 至 ら な か っ た 事 例 が 多 い 。 ま た 、 多 く の 開 発 案 件 が 不 採 用 と な り 、 事 業 化 に 成 功 す る の は 一 握 り の 案 件 だ け で あ る 。 こ れ ら 多 く の 「 新 規 事 業 の 成 否 は 何 に よ っ て 決 ま る の か 」 の 整 理 と 考 察 に よ る 事 例 研 究 の 蓄 積 が 次 の 事 業 創 出 の 糧 と な る 。
筆 者 は 、 高 度 成 長 期 の 1975 年 に 鉄 鋼 業 (川 崎 製 鉄 ㈱ )に 就 職 し 、 38 年 間 エ ン ジ ニ ア( 退 職 ま で の 17 年 間 は 、新 規 事 業 の 育 成 が 中 心 業 務 で あ っ た )と し て 新 規 事 業 の 創 成 を 目 指 し 、 事 業 課 題 に 向 き 合 っ て き た 。 こ の 間 、 研 究 開 発 か ら 市 場 開 拓 を 出 発 点 に し て 多 く の 貴 重 な 経 験 を 積 ん で き た 。 定 年 前 に 、 こ れ ま で 携 わ っ て き た セ ラ ミ ッ ク (窒 化 ホ ウ 素 )事 業 の 引 き 継 ぎ の た め 、職 場 に お け る 次 代 の 後 継 者 へ 技 術 伝 承 を 行 っ て い た 。 引 継 者 か ら の 質 問 に 答 え る 中 で 、 過 去 に 経 験 し た 失 敗 事 例 が 苦 い 思 い 出 と と も に 思 い 出 さ れ る こ と が 度 々 あ っ た 。
成 功 事 例 は 、う ま く 説 明 で き る が 、失 敗 事 例 に 対 し て は 、「 そ の 時 に ど う し た ら 良 か っ た の か 」 や 「 回 避 で き る 策 は な か っ た の か 」 と い う 問 い に 十 分 に 説 明 で き な か っ た 。 特 に 「 新 規 事 業 の 成 否 を 分 け た 要 因 は 何 な の か 」 の 質 問 に 答 え よ う と す る 中 で 、 経 験 し た 事 例 の 説 明 を 納 得 で き る ま で 考 え 抜 く に は 、 裏 付 け に な る 理 論 と 共 に 類 似 し た 多 く の 事 例 研 究 の 理 解 が 不 可 欠 だ と 痛 感 し た 。
偶 然 に も 岡 山 大 学 で 産 業 組 織 論 を 担 当 さ れ て い る 春 名 章 二 先 生 に 、 単 位 履 修 生 と し て 受 入 れ て い た だ き 、 日 頃 か ら 企 業 人 と し て 疑 問 に 思 っ て い る 課 題 に 向 き 合 う こ と が で き た 。 半 年 間 の 授 業 で 、 経 済 ・ 経 営 に 関 す る 基 礎 知 識 を 少 し ず つ 蓄 積 し て い っ た 。博 士 前 期 課 程 の 論 文 は 、1980 年 代 中 ご ろ に 取 ら れ た 鉄 鋼 業 に お け る 多 角 化 戦 略 の 実 証 研 究 で あ っ た 。 川 崎 製 鉄 ㈱ の 行 動 に つ い て 時 代 背 景 を 踏 ま え な が ら 、 新 規 事 業 の 特 性 を 明 ら か に し よ う と す る 試 み だ っ た 。
筆 者 は 当 該 企 業 に お い て 長 く 新 規 事 業 に 携 わ り 、 企 業 行 動 と し て 「 な ぜ 多 角 化 を 行 う の か 」、「 事 業 を 本 気 で 育 て よ う と し て い る の か 」、「 企 業 文 化 は 変 わ れ な い の か 」 な ど 、 事 業 を 推 進 し な が ら 常 に 疑 問 と し て 持 ち 続 け て き た 。 一 時 の 熱 病 の よ う な 鉄 鋼 業 に お け る 多 角 化 事 業 ブ ー ム は 霧 散 し た が 、 し ぶ と く 関 連 会 社 に 残 っ た 事 業 も あ る 。 し か し 、 こ れ ら の 事 業 の 中 で も 、 他 社 に 売 却 な ど さ れ て 、 い ず れ は 撤 退 し た 多 く の 事 例 が あ っ た 。 関 連 会 社 に 残 っ た 事 業 に つ い て も 鉄 鋼 事 業 に 匹 敵 す る 規 模 に ま で 大 き く 育 つ こ と は な か っ た 。 当 初 、 目 指 し た は ず の 鉄 鋼 業 の 次 の 柱 と な る 事 業 は 、 当 時 の 経 営 者 の 思 惑 外 れ と な り 育 た な か っ た の で あ る 。
「 な ぜ 、鉄 鋼 業 の 中 で 新 規 事 業 が 育 た な か っ た の か 」、こ れ ら の 疑 問 に 対 し て 公 知 と な っ て い る 経 済 ・ 経 営 理 論 を も と に 研 究 を 開 始 し た 。 博 士 前 期 課 程 で は 、 春 名 先 生 の 組 織 経 済 学 講 座 の ゼ ミ 生 と な り 、 成 熟 に 直 面 し た 鉄 鋼 業 界 の 多 角 化 行 動 に つ い て 、 特 に 新 規 事 業 の 存 続 の 要 因 解 析 か ら 事 業 創 出 と 成 長 に 必 要 な 条 件 を 統 計 デ ー タ か ら 探 索 し た 。 企 業 に と り 「 何 の 価 値 を 持 つ の か 」、「 正 し い 選 択 が な さ れ て い る の か 」 の リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン を 設 定 し て 研 究 し た 。 そ の 結 果 、 多 角 化 戦 略 に お け る 事 業 存 続 を 決 定 す る 重 要 な 要 因 は 、 組 織 の 源 泉 で あ る 企 業 文 化 を 通 し た 人 的 資 本 で あ る 点 を 明 ら か に で き た 。
振 り 返 っ て み る と 、 入 学 時 に 大 学 に 提 出 し た 『 研 究 テ ー マ : 企 業 内 の 新 規 事 業 の 育 成 』 は 、 理 論 に 基 づ い た 解 析 が 不 十 分 で 、 出 来 事 に 対 す る 感 想 の み が 記 載 さ れ て い た よ う に 思 わ れ る 。 研 究 で は 春 名 章 二 先 生 、 北 真 収 先 生 、 長 畑 秀 和 先 生 か ら 産 業 組 織 論 、 企 業 戦 略 論 、 統 計 解 析 に お け る 専 門 家 の 視 点 か ら 有 用 な ア ド バ イ ス を 頂 い た 。 最 終 的 に は 、 こ れ ら を 枠 組 み と し た 企 業 の 多 角 化 戦 略 に お け る 存 続 条 件 に つ い て の 研 究 と し て 纏 め る こ と が で き た 。
博 士 後 期 課 程 に お け る テ ー マ は 、 産 業 組 織 論 の 重 要 な テ ー マ で あ る 寡 占 行 動 に つ い て 研 究 す る こ と に な っ た 。研 究 に は 動 的 な 視 点 か ら の 解 釈 が 必 要 で あ る た め 、 最 終 的 に は 、『 企 業 ラ イ フ サ イ ク ル に お け る 組 織 行 動 の 研 究 』に 収 斂 し た 。研 究 の 中 で は 、 成 長 の 源 泉 が 組 織 文 化 を 通 じ て の 人 的 資 本 が 重 要 で あ る 視 点 か ら 、 企 業 行 動 が 地 域 の 生 活 経 済 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て の 研 究 を 加 え た 。
事 業 の 多 角 化 は 、 戦 略 論 か ら の 解 析 が 重 要 に な る た め 企 業 戦 略 か ら み た 事 業 に つ い て の 理 解 が 重 要 で あ っ た 。 こ の 分 野 は 、 北 先 生 か ら 多 く の 事 例 研 究 を も と に 最 先 端 の 戦 略 に つ い て 指 導 を 受 け る こ と が で き た 。 ま た ゼ ミ に も 参 加 さ せ て い た だ き 直 接 丁 寧 な 指 摘 を 頂 い た 。
統 計 学 は 、 得 ら れ た デ ー タ の 解 析 に 必 須 の ツ ー ル で あ る 。 特 に 、 研 究 に お い て 設 定 し た 仮 説 の 実 証 分 析 に は 多 変 量 解 析 が 必 要 で あ る 。 こ の 統 計 解 析 方 法 に つ い て は 長 畑 秀 和 先 生 か ら 、計 算 の ア ル ゴ リ ズ ム か ら オ ー プ ン ソ ー ス で あ る「 R」を 使
い 、 得 ら れ た 結 果 が 統 計 学 的 に 適 切 か ど う か を 評 価 す る 判 定 関 数 の ご 指 導 を 頂 い た 。 教 授 頂 い た 手 法 に よ り 、 結 果 の 正 確 性 を 確 認 す る 事 が で き た 点 は 、 本 論 文 の 信 頼 性 を 得 る た め の 重 要 な ポ イ ン ト だ っ た 。
地 域 経 済 と 国 際 経 済 は 、 戸 前 壽 夫 先 生 に ご 指 導 を 頂 い た 。 豊 富 な 事 例 研 究 の 紹 介 を 頂 き 、 論 文 作 成 は 大 い に 役 立 て る こ と が で き た 。 お か げ で グ ロ ー バ ル の 視 点 か ら 、 企 業 活 動 が 地 域 経 済 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 理 解 を 深 め る こ と が で き た 。 ま た 、 研 究 の 発 表 の 場 と し て 「 生 活 経 済 学 会 」 を 紹 介 頂 く と と も に 、 経 済 活 動 に お け る 企 業 文 化 と 人 的 資 本 の 重 要 性 を 指 摘 頂 い た 。
経 営 成 果 の 解 析 に は 、 財 務 諸 表 の 分 析 が 重 要 で あ る 。 経 営 者 の 意 図 を 読 み 解 く に は 、 企 業 に お け る キ ャ シ ュ フ ロ ー 会 計 の 知 識 が 不 可 欠 と な る 。 中 川 豊 隆 先 生 か ら は 、 会 計 発 生 高 と 会 計 ラ イ フ サ イ ク ル に つ い て 、 最 新 の 論 文 の 紹 介 と 理 論 的 解 釈 の 方 法 を 教 わ っ た 。
本 研 究 を 完 成 さ せ る こ と が で き た の は 、 春 名 先 生 、 北 先 生 、 長 畑 先 生 、 戸 前 先 生 、 中 川 先 生 の 直 接 の ご 指 導 と 、 社 会 文 化 科 学 研 究 科 で 講 義 を 受 講 さ せ て い た だ い た 諸 先 生 方 の お か げ と 深 く 感 謝 し て い る 。
2020 年 3 月
越 田 孝 久
【 目 次 】
序 章 研 究 の 目 的 と 概 要 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1
1
現 状 認 識(研 究 の 動 機 )
2
研 究 の 目 的3
本 研 究 の 課 題 と 検 証 方 法4
本 研 究 の 構 成第1章 先 行 研 究 と 理 論 枠 組 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6
1
先 行 研 究 の 整 理 の 視 点2
企 業 行 動 と 組 織3
企 業 の 脱 成 熟 化 行 動4
成 長 理 論5
企 業 の ラ イ フ サ イ ク ル 理 論6
生 活 経 済第2章 企 業 の ラ イ フ サ イ ク ル ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・26 1 は じ め に
2 先 行 研 究 に よ る 仮 説 の 設 定 3 サ ン プ ル 選 定
4 各 指 標 の 時 系 列 履 歴 5 結 果 の 考 察
6 ラ イ フ サ イ ク ル に 関 す る 仮 説 の 検 証 7 ま と め
第3章 鉄 鋼 業 の 多 角 化 に お け る 存 続 事 業 の 実 証 的 研 究 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 45 1 は じ め に
2 問 題 の 背 景 3 検 証 方 法 4 仮 説 の 検 証 5 結 果 と 考 察 6 ま と め
第4章 鉄 鋼 業 の 事 業 成 熟 に お け る 選 択 と 集 中 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 65 1 は じ め に
2 鉄 鋼 業 に お け る 合 併 の 先 行 研 究 3 鉄 鋼 業 界 の 事 業 環 境 の 履 歴 4 企 業 合 併 の 目 的 に つ い て の 仮 説 5 合 併 に よ る 経 営 成 果 の 分 析 6 仮 説 の 検 証
7 ま と め
第5章 企 業 組 織 か ら 見 た 非 正 規 雇 用 の 増 加 要 因 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 91 1 は じ め に
2 検 討 課 題
3 デ ー タ と 解 析 方 法 4 結 果 と 考 察
5 本 研 究 の 知 見 6 ま と め
第6章 地 域 の 企 業 行 動 か ら 読 み 解 く 雇 用 へ の 影 響 ・・・・・・・・・・・・107 1 は じ め に
2 先 行 研 究 3 課 題 4 調 査 方 法 5 結 果 と 考 察 6 ま と め
第7章 ラ イ フ サ イ ク ル を 考 慮 し た 企 業 の 成 長 要 因 ・・・・・・・・・・・・125 1 は じ め に
2 先 行 研 究 3 課 題 4 調 査 方 法
5 モ デ ル の 検 証 と 考 察 6 課 題 の 検 証
7 ま と め
第8章 人 的 資 本 の 地 域 経 済 に 及 ぼ す 影 響・・・・・・・・・・・・・・・・144 1 は じ め に
2 先 行 研 究 3 仮 説 4 分 析 方 法 5 結 果 と 考 察 6 仮 説 の 検 証 7 ま と め
終 章 ま と め ・ ・・・ ・・・・ ・・・ ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・164 1 発 見 事 実 の 整 理
2 地 域 が 持 続 す る た め の 条 件 3 持 続 可 能 な 地 域 経 済 へ の 提 案
付 録 使 用 し た デ ー タ・・・ ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・170
1
デ ー タ の 内 容2
デ ー タ参 考 文 献 ・・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・190 謝 辞 ・・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・201
図表一覧
序 章
図 0-1 国 内 総 生 産 ( GDP) と 変 動 の 大 き い 産 業 の 履 歴 図 0-2 産 業 組 織 の 活 動 と 地 域 経 済 の 関 係
表 0-1 課 題 に 対 し 使 用 す る 理 論 と 検 証 方 法
表 0-2 各 章 で 使 用 し た 代 表 的 な 分 類 基 準 、 理 論 、 解 析 方 法 の 概 要
第 1 章
図 1-1 産 業 の ラ イ フ サ イ ク ル に お け る 企 業 数
図 1-2 キ ャ シ ュ フ ロ ー 情 報 に よ る ラ イ フ サ イ ク ル へ の マ ッ ピ ン グ
第 2 章
図 2-1 PPM と ラ イ フ サ イ ク ル の 関 係 図 2-2 設 備 投 資 の 履 歴
図 2-3 生 産 性 指 数 の 履 歴
図 2-4 業 種 別 キ ャ シ ュ フ ロ ー 実 績
図 2-5 業 種 別 雇 用 者 数 増 減 と 付 加 価 値 の 関 係 図 2-6 出 荷 額 と 事 業 所 数 の 変 化 量 の 関 係 図 2-7 付 加 価 値 と 事 業 所 数 の 変 化 量 の 関 係
表 2-1 ラ イ フ サ イ ク ル へ の 産 業 組 織 論 ( SBP パ ラ ダ イ ム ) の リ ン ク 表 2-2 キ ャ シ ュ フ ロ ー 情 報 に よ る ラ イ フ サ イ ク ル 段 階 の 分 類 表 2-3 製 造 業 の 代 表 的 な 業 種 の ラ イ フ サ イ ク ル 段 階
表 2-4 各 要 因 間 の 相 関 係 数
第 3 章
図 3-1 川 崎 製 鉄 の 経 営 指 標 の 履 歴
図 3-2 多 角 化 事 業 が 成 立 す る ま で の 要 素 分 類 図 3-3 偏 相 関 係 数
図 3-4 新 規 事 業 の 類 型 分 布
表 3-1 鉄 鋼 5 社 の 多 角 化 事 業 計 画
表 3-2 リ サ ー チ ・ ク エ ス チ ョ ン の 検 証 方 法 表 3-3 新 規 事 業 と 設 定 し た ダ ミ ー 変 数 一 覧 表 3-4 数 量 化 Ⅱ 類 に よ る 判 別 分 析 結 果 表 3-5 各 事 業 の 存 続 に つ い て の 判 定 結 果 表 3-6 事 業 タ イ プ 別 の 存 続 率 と 特 徴
第 4 章
図 4-1 M&A 件 数 の 推 移
図 4-2 国 内 粗 鋼 生 産 量 と 世 界 シ ェ ア の 時 系 列 変 化 図 4-3 輸 出 量 の 推 移
図 4-4 鉄 鋼 各 社 の 従 業 員 数 の 変 化 ( 連 結 ) 図 4-5 原 料 と 製 品 の 相 対 価 格 の 動 き
図 4-6 JFE、 新 日 鉄 住 金 の 発 足 前 後 に お け る 経 常 利 益 の 推 移 図 4-7 新 日 鉄 住 金 の 生 産 関 数 履 歴
図 4-8 合 併 前 後 の 新 日 鉄 住 金 の 会 計 発 生 高 履 歴 図 4-9 合 併 前 後 の 新 日 鉄 住 金 の 生 産 性 変 化 図 4-10 高 炉
3
社 と 日 立 金 属 の 多 角 化 内 容表 4-1 鉄 鋼 5 社 の 経 常 利 益 の 基 本 統 計 量 表 4-2 鉄 鋼 5 社 の 経 常 利 益 の 相 関 係 数 表 4-3 鉄 鋼 5 社 の 研 究 開 発 費 の 基 本 統 計 量 表 4-4 研 究 開 発 費 の 相 関 係 数
表 4-5 鉄 鋼 業 に お け る 主 要 企 業 の 経 営 戦 略 と 成 果
第 5 章
図 5-1 正 規 率 を 目 的 変 数 と し た 決 定 木 法 に よ る 分 類 結 果 図 5-2 雇 用 成 長 を 目 的 変 数 と し た 決 定 木 法 に よ る 分 類 結 果
表 5-1 中 四 国 地 域 の 雇 用 環 境 表 5-2 基 本 統 計 量
表 5-3 解 析 に 使 用 し た 加 工 因 子 の 基 本 統 計 量
表 5-4 正 規 率 の 分 岐 に 基 づ く 要 因 の 平 均 値 と 各 群 に 含 ま れ る 業 種 別 企 業 数
表 5-5 雇 用 成 長 の 分 岐 に 基 づ く 行 動 指 標 の 比 較 表 と 各 群 に 含 ま れ る 業 種 別 企 業 数
表 5-6 分 岐 指 標 の 業 種 別 に 整 理 し た 全 数 検 査 と の 比 較
第 6 章
図 6-1 ル ー ル の ク ラ ス タ ー 樹 形 図 に よ る 分 類 図 6-2 業 種 別 の 雇 用 の 質
図 6-3 業 種 別 の 雇 用 成 長 の 関 係
表 6-1 地 域 別 の 雇 用 関 連 指 標 (全 国 平 均 と の 比 較 ) 表 6-2 解 析 に 使 用 し た 中 四 国 上 場 企 業 の 基 本 統 計 量 表 6-3(a) 正 規 率 に 関 す る ア ソ シ エ ー シ ョ ン 分 析 結 果
表 6-3(b) 正 規 率 に 関 す る ル ー ル に 該 当 す る 業 種
表 6-4(a) 雇 用 成 長 に 関 す る ア ソ シ エ ー シ ョ ン 分 析 結 果 表 6-4(b) 雇 用 成 長 に 関 す る ル ー ル に 該 当 す る 業 種 分 類 表 6-5 中 四 国 地 域 の 就 業 環 境
第 7 章
図 7-1 分 析 対 象 期 間 に お け る 岡 山 県 の 経 済 状 況 図 7-2 業 種 別 の 雇 用 成 長 の 関 係
図 7-3 業 種 別 の 年 齢 分 布
表 7-1 岡 山 県 の 業 種 別 事 業 所 数 と ア ン ケ ー ト 対 象 企 業 数 表 7-2 岡 山 県 企 業 の 課 題 ( ア ン ケ ー ト ) に 関 す る 基 本 統 計 量 表 7-3 解 析 に 使 用 し た 岡 山 県 企 業 の 基 本 統 計 量
表 7-4 重 視 す る 経 営 課 題 と 経 営 成 果 の 関 係 性 の 推 計 結 果 表 7-5 雇 用 成 長 に 関 す る 要 因 推 定 結 果
表 7-6 経 営 成 果 に 及 ぼ す 課 題 認 識 の 影 響
第 8 章
図 8-1 県 民 所 得 推 移
図 8-2 県 民 所 得 の 成 長 指 数 と 所 得 水 準 の 関 係 図 8-3 産 業 組 織 と 生 産 性 、 県 民 所 得 の 相 関 図 表 図 8-4 地 域 別 正 規 雇 用 者 の 比 率 と 社 会 教 育 費 図 8-5 無 業 割 合 と ジ ニ 係 数 の 関 係
表 8-1 県 民 所 得 の 類 似 性 評 価 表 8-2 解 析 デ ー タ の 出 所
表 8-3 正 規 雇 用 者 比 率 に 影 響 を 及 ぼ す 要 因 表 8-4 県 民 所 得 に 影 響 す る 要 因
表 8-5 地 域 の 格 差 ( 収 入 の ジ ニ 係 数 ) に 影 響 す る 要 因
終 章
表 9-1 コ ア ・ コ ン ピ タ ン ス の 活 用
付 録 使 用 し た デ ー タ
1.
デ ー タ の 内 容2. デ ー タ
初 出 論 文 一 覧
本 書 の い く つ か の 章 は 、筆 者 が 発 表 し た 論 文 を 一 部 加 筆 修 正 し た 章 と 新 た に 書 き 下 ろ し た 章 か ら 構 成 さ れ て い る 。
序 章 書 き 下 ろ し
第 1 章 書 き 下 ろ し
第 2 章 「 多 角 化 に お け る 存 続 事 業 の 実 証 的 研 究《 修 士 (経 営 学 )学 位 論 文 》」に 関 連 し た テ ー マ の 書 き 下 ろ し
第 3 章 「 多 角 化 に お け る 存 続 事 業 の 実 証 的 研 究 」『 岡 山 大 学 大 学 院 社 会 文 化 科 学 研 究 科 紀 要 』 第 40 号 , 2015, pp.167-186.
第 4 章 「 多 角 化 に お け る 存 続 事 業 の 実 証 的 研 究《 修 士 (経 営 学 )学 位 論 文 》」に 関 連 し た テ ー マ の 書 き 下 ろ し
第 5 章 「 企 業 組 織 か ら 見 た 非 正 規 雇 用 の 増 加 要 因 に つ い て 」『 生 活 経 済 学 研 究 』 第 47 号 , 2018, pp.1-13.
第
6
章 「 地 域 の 企 業 行 動 か ら 読 み 解 く 雇 用 へ の 影 響 」『 岡 山 大 学 大 学 院 社 会 文 化 科 学 研 究 科 紀 要 』 第 46 号 , 2018, pp.165-184.第
7
章 「 ラ イ フ サ イ ク ル を 考 慮 し た 企 業 の 成 長 要 因 」『 岡 山 大 学 大 学 院 社 会 文 化 科 学 研 究 科 紀 要 』 第 47 号 , 2019, pp.93-112.第8章 「 人 的 資 本 の 地 域 経 済 に 及 ぼ す 影 響 」
第 33 回 生 活 経 済 学 会 研 究 大 会 の 予 稿 集 の 改 定 版 , 2017.
終 章 書 き 下 ろ し
序章 研究の目的と概要
1. 現状認識(研究の動機)
我が国の稼ぐ力は、バブル経済の崩壊(1990 年)以降、急速な少子高齢化とともに鈍化 し停滞している。図 0-1 に示すように、変動はあるものの 1997 年の 534 兆円をピークに 30 年にわたり国内総生産(GDP)は停滞したままである。一方で、国際社会の中では、我が国 の GDP は 2005 年には世界の 9.9%を占めていたが、2016 年には 6.5%まで低下している。こ の間、情報通信技術の進歩に伴い産業構造も大きく変わってきた(深尾・中村・中林,2018)。
多くの産業組織は、対象とする商品により市場投入から消失までに色々な経路を取るこ とが知られている。この視点から、多くの研究が実施されている。また、個々の人生にお いても千差万別のパターンを取る。これらの履歴をライフサイクルと称し、社会構成員全 員がより良い社会厚生が得られるような社会を目指して多くの社会施策が取られている
(橘木・下野,1994)。この社会厚生を最大化する目的で、多くのデータの採取と解析が実
施されてきた。
図 0-1 国内総生産(GDP)と変動の大きい産業の履歴
( 注) 2017年度実績:GDP(名目)=5,451,219億円、製造業=1,129,884億円、情報通信業=266,842億円、農林水産 業=64,829億円
(出所)内閣府「国民経済計算」.
生活経済における社会は、個人、企業そして政府から構成されており、それぞれの役割 を担っている。社会の厚生の最大化には、国内総生産の原資である雇用者報酬を通じた財 の創出における企業の行動が重要である。そのためには生産性を向上させる努力が不可欠 である。
本論文では、成熟から衰退に至る企業ライフサイクルが、雇用の質と創出行動にどのよ うな影響を及ぼしているかを実証的に明らかにする。そして、人的資本の流れと蓄積を通 じて、企業行動が地域経済に及ぼす影響を明らかすることが目的である。
2. 研究の目的
本稿は、企業の保有する人的資本が経営行動の源泉である点を明確にした上で、企業ラ イフサイクルを通して生活経済に及ぼす影響を実証的に分析した論文である。実証分析の 対象として、日本の代表的な基幹産業である鉄鋼業を取上げた。鉄鋼業は、粗鋼生産量が 1970 年代にピークを打ち、その後は需要が徐々に減少してきた。この市場の飽和状態に直 面して、企業が取った行動の動因と成果について、ライフサイクルと人的資本の視点から 分析した。具体的には、1980 年代以降からの市場の成熟に適応していくために高炉 5 社が 行った多角化と寡占化について、生産性の変化を統計的に解析した。
成熟した産業において類似した行動が見られるので、図 0-2 に示す産業構造と企業行動 のパターンと要因を類型化できる。この視点から、産業組織における『構造-行動-成果』
のパラダイムへの人的資本が果たす役割を明確にする。さらに、人的資本が、雇用を通し て地域経済に及ぼす影響を 47 都道府県について解析する。各都道府県においては産業の構 成と規模、集積度に違いがあるので、これらの要因の影響も加味して地域の違いを解析す る。解析結果から、それぞれの地域の特色を生かした持続性について施策提案を行う。
図 0-2 産業組織の活動と地域経済の関係
産業組織 ( 構造 - 行動 - 成果)
雇用形態 (正規、非正規)
人的資本
地域経済
持続可能性
(規制・施策)
3. 本研究の課題と検証方法
地域における生活経済は、雇用により支えられている。このため、地域における生活経 済を理解するには、企業の産業組織の構成とそれを支える人的資本の理解が不可欠である。
そこで、これらの要因を類似した群に纏め、経営指標を説明要因として、雇用の質(正規 比率)を被説明要因として解析整理した。さらに、組織を構成する人的資本が、企業行動 に及ぼす影響を、産業組織論の視点からデータマイニング法(樹木法、アソシエーション 法)により定量的に測定した。分析の対象は、雇用と財務データに関する公開情報の入手 の制約から中四国地域の上場企業を分析対象とした。
そして最後に、地域における人的資本の果たす役割を、企業が抱える経営課題を岡山県 の中堅企業に対しアンケート法により調査した。この調査に基づき、地域の経済を支える 地場産業の経営課題の認識と経営成果の関連の大きさを、産業組織論における、『構造-行 動-成果』の視点から整理することで、人的資本が地域経済に果たす役割を検証した。
これらの解析から、企業における人的資本の育成が安定した雇用成長に重要であること が示された。企業における人的資本の蓄積には、従業員への教育と訓練の投資が必要であ る。実態は業態と規模により様々で、企業ライフサクルの影響についても検証の対象とす る。地域において良質な働く場を提供している企業を見出すため、業種別に企業の雇用成 長性と質を調べた。地域外への販路が雇用創出には有効であるとの多くの事例から、地理 経済学(国際経済学)の視点からも解析を加える。一方で、域内経済を基盤とする企業群 については、市場の衰退に対応した集約化の視点からも考察する。表 0-1 に各課題に対し て使用した理論と検証方法を整理した。
表 0-1 課題に対し使用する理論と検証方法
使用する理論 構造 行動 生活経済
ライフサイクル 製品
事業ポートフォリオ
多角化 経営統合
持続性
産業組織 SBP パラダイム 全要素生産性(TFP)
5フォース
寡占化 投資 国際化
雇用の質と量
人的資本 企業特殊熟練 習熟曲線
労働生産性 研究開発
非正規雇用 学校教育
地域経済 集積 付加価値 県民所得
企業会計 成長会計、キャシュフロー、会計発生高
統計解析法 相関解析、多変量解析、判別分析、樹木法、アソシエーション分析、
時系列解析
(出所)Barney(2002)、Hamel and Prahalad(1994)、Porter(1980)、Mintzberg, Ahlstrand and Lampel(1998)を 参考に筆者が作成。
4. 本研究の構成
本論文の構成は、まず1章では、本論文に関連する先行研究を表 0-1 に示す使用する経 済理論について説明する。また表 0-2 で示す研究の枠組みとなる分類基準について産業組 織論に基づいて整理する。特に、業態と規模の他に企業ライフサイクルと経営戦略の関係 は重要であるので、本研究との関連性を提示しながら整理した。次に、企業の成長の動的 解析は、使用する資本に左右されるので財務諸表からの会計情報を基に解析する。企業の 経済活動の要因解析は統計解析とデータマイニング法を活用するので、指標と解析方法の 概要を説明する。この中で、表 0-2 の人的資本は定量化しにくい指標であるので量的と質 的の両面から整理する。そして最後に、企業活動が地域の経済に及ぼす影響について集積 の経済の視点から整理した。
表0-2 各章で使用した代表的な分類基準、理論、解析方法の概要
( 注) 第1章は先行研究、第8章は第5~7章の課題検証結果を加味して地域の豊かさと格差についての要因につい て解析した。
2章では、本研究の動機となった企業ライフサイクルついて製造業の代表的な業種につ いての解析結果を説明する。最初は、企業が置かれている環境について、1980 年代から現 在までの日本の産業界の環境変化(鉄鋼をはじめとする素材産業の成熟化と情報通信分野 の成長の2極化)に対し取り得たものは何だったのかを『構造-行動-成果』のパラダイム で整理する。事業環境と企業ライフサイクルが多角化と雇用に及ぼす影響を、生産性分析 から企業全般について調べた。そして、戦後の日本の発展を支えた製造業が成熟から衰退 する過程においての存続のための行動を財務会計指標から解析した。
3章ではプラザ合意以降、円が対ドル相場で高騰し、輸出依存度の高い産業を中心に将 来の不安が高まった中で、基幹産業である鉄鋼業の企業行動は、多角化戦略であった。こ の行動の動因は、市場が縮小する中で追い込まれ、鉄鋼各社は成長分野へ事業展開を図っ たものであった。4章では 合併による規模の経済の活用により市場支配力を高める寡占 化について、人的資本と生産性の視点から企業行動を解析した。
これまでの産業組織論は、企業の成果の解釈には多くの蓄積がある。しかし、企業が置 かれたグローバルな環境変化への適応行動の調査をベースに、生活経済に及ぼす影響にま
章 2 3 4 5 6 7
分 対象業種 製造業
類 地域 岡山県
理 人的資本 教育
論 組織行動 ライフサイクル
戦略 成長 多角化 M&A 解 財務会計 ライフサイクル
析 統計解析 時系列分析 判別分析 相関分析 樹木法 アソシエーション 多変量解析 脱成熟
生産性・会計発生高
教育・集積 集積 全業種 中四国
非正規雇用 鉄鋼業
全国
雇用者数
で踏み込んだ解析例は少ない。そこで、5章では、地域の生活経済を支える役割を担う地 場産業の構成と雇用環境に影響を及ぼし、貧困、格差、非正規雇用などの社会にとりマイ ナスの現象を生出している要因を明らかにする。
6章では、中四国の上場企業を対象に、アソシエーション法により要因間の相互の影響 度の大きさを評価することで企業行動の動因を探索した。対象とするデータは、中四国地 域の業種別、県別に分類した上場企業である。それぞれのデータは、設定した課題が明確 になるように選択してある。7章では、岡山県の地場産業の財務データとアンケート調査 を参考にしながら、企業ライフサイクルの視点から雇用行動について考察し研究開発と域 外貿易の重要性を紹介する。8章では、47 都道府県の県民所得と収入格差に影響する要因 を重回帰分析法により抽出した。そして、5〜7章において設定した課題検証から導き出 された調査結果を基に、良好な雇用環境を実現している地域の要因を産業組織と人的資本 の視点から解析した。
終章で、人的資本の視点から本論で解析した結果を整理した。鉄鋼業の事例研究では、
1980 年代後半の事業多角化行動における新規事業について、組織における事業の正当性、
技術差別、設備の自前の要因への人的資本の影響を整理した。次に中四国の上場企業の分 析からは、樹木法により雇用成長と質の変化の視点から4つの企業群に分類して、企業価 値に影響する要因との関連性を検証した結果を整理した。分類に群と業態との関連性を調 べた結果を整理した。地域経済への影響では、地域を中心地域と周辺地域に分類して業種 と規模から検証し、所得と教育格差を生じている要因について整理した。47 都道府県にお ける産業の分析から雇用環境を県民所得と生活指標の差異分析から、高所得で格差の小さ い良質な地域経済を維持するための要因を解析する。
最後に、本論文のまとめと今後の課題について述べる。我が国における雇用環境の顕著 な変化は、現在急速に進行している少子高齢化による勤労者の減少とグローバル化に伴い 加速している情報通信技術進歩である。これらの変化に適応して、地域が持続していくた めの人的資本の育成と雇用環境の整備に必要な要件の提案を行う。
第 1 章 先行研究と理論枠組
1. 先行研究の整理の視点
企業活動は生産の効率化、経済成長を通して、社会保障、生活環境の改善等、国民生活 の広い範囲にわたって影響を及ぼす。本論文は産業組織論での広範囲に及ぶ効果の中で、
企業ライフサイクルを加味した人的資本の生産効率化効果、および経済成長に果たす役割 と効果を定量化する。人的資本が「どのような効果をもたらすか」は、業種、規模そして企 業ライフサイクルにより多様である。
現在、我が国の経済環境は、少子高齢化による急激な変化により社会保障の負担が増大 して、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)1が悪化している。このような状況下で、
生活基盤資本を持続可能な均衡に維持するには生産基盤資本の生産性の向上が不可欠であ る。企業の稼ぐ力の指標である生産性は、設備投資と人的資本の質の向上及びそれ以外の 技術進歩を含む全要素生産性(Total Factor Productivity : TFP)により改善される。こ のため、企業の生産性を計測する場合、各投入資本の比重も重要であり、生産性の変動の 真因を明らかにするには個別に計測する必要がある。従って過去の研究事例における計測 結果と比較、解釈する上で個々の投入資本の比重を明確にすることは極めて重要である。
企業の成熟や地域経済を内生的成長理論や経済地理学の視点から俯瞰すると、我が国の 経済活動は衰退現象が顕在化している。しかし、企業の生産性や成長効果に関するこれま での研究事例は、ライフサイクルにそれほど関心が払われておらず、動的分析においても 企業のライフサイクルの視点を欠く解析が少なくない。ライフサイクルの影響が存在する 場合、精度向上のために何らかの形で経年変化の要因を加味せざるを得なくなり、解析上 の問題が新たに追加される可能性がある。
企業活動に経年変化効果が存在する場合には、生産性に影響する投入資本の推計はさら に困難となる可能性すら存在する。筆者の知る限り、生産性に経年変化の及ぼす影響を議 論した研究事例は見あたらない。しかし、研究事例の中には推計方法には問題が残るもの の、ライフサイクルに関する断片的な知見もいくつか得られている。以上の知見から衰退 程度を見通すことで、生産性の精度を向上させるのに有用な示唆を得ることができる。
これらの問題意識のもとに、本論文は従来の先行研究で必ずしも体系的な整理がなされ ていなかった企業ライフサイクルと人的資本の関係に焦点をあてる。そして既存の企業生 産性や地域経済に及ぼす影響に関する分析結果から、今後に残された研究課題を整理した。
2. 企業行動と組織
1 財政収支において、借入金を除く税収などの歳入と過去の借入に対する元利払いを除いた歳出の差。
青木・伊丹(2001)によると、企業の定義は「生産的資源の集合体で、財やサービスを 技術的な変換をして販売する経済主体」とされている。市場経済における財やサービスの 生産と販売を行うには、競争、協調、協力といった企業間の相互作用が重要である。この 分野の研究は、経済学における産業組織論として発展してきた。産業組織論は、春名(
2008)
によると、企業や産業の実証研究に加えて、企業間の競争と市場構造の分析が理論的・実 証的に行われるとされる。企業活動の解析と共に、活動が社会に及ぼす影響の研究につい ても強い関心を持つ。
産業組織論は、市場構造―企業行動―市場成果の要素で解析される。長岡・平尾(1998)
によると、市場の構造は企業数、集中度、垂直統合の度合い、参入障壁などを意味する。
企業行動は、価格設定、投資、研究開発、ブランドなどの消費者の評判、買収・合併(
M&A
)、 カルテルなどの協調的、競合的行動を指す。市場成果は、適正な価格、品質の水準、新製 品開発などの経済厚生の高さを示す。このため、産業組織論は、全ての企業が超過利潤を あげられない完全競争状態、最適な資源配分効率を達成する状態、あるいは社会的総余剰 が最大である状態と考えている。このため、実際の産業がその状態とどれだけ乖離してい るかを評価する。そして、その原因の解明と乖離( −非効率性2 )を埋めて社会厚生が改 善できるかを追求している。本研究で取上げるのは、現在の日本が置かれている市場構造をライフサイクルの視点か ら俯瞰する。企業が直面している競争と市場構造の観点からライフサイクルの段階は異な る(Klepper, 1996)。例えば、多くの文献(例えば
Gort & Klepper, 1982 ; Klepper, 1996)
によると、模倣や市場参入は、参入段階および成長段階で見られる可能性が高く、市場で の競争が激しいことを示唆している。成熟段階においてはそれほど顕著でないため、競争 はおそらく安定している 。成熟段階にある産業は、脱成熟化行動として多角化行動による 範囲の経済や、水平合併による規模の経済による事業の拡大行動を取る。
Dunn,Roberts and Samuelson
(1988
)は1963
年〜1982
年の米国製造業における新陳代謝として、参入と退 出の相関が高いことと多角化により規模の拡大が起こっていることを見出した。企業は高い業績をあげるため市場構造、すなわち個々の企業が超過利潤をあげることが できるような市場構造を探索する。競争戦略論は主体的にそのような市場構造を作り上げ る方法、あるいはそのような市場構造が現われる条件を追求する。この目的のために、
Porter
(
1980
)らにより高い業績をあげている現実の企業の行動やその企業が属する産業構造が 詳細に調査され、いくつかの興味深い事実が発見されている。本研究は、産業構造の変化を解析し、ライフサイクルにおける企業行動の違いが何に起 因するか明らかにすることを目的としている。また、地域経済を事例に、得られた成果が 社会厚生にどのような影響を与えているのかを検証する。この視点から産業組織論の基本
2 利潤最大化を目指す企業は、最小の費用で生産しようとするが、独占企業の方が費用最小化を実現する のが難しい、この現象をLeibenstein(1966)は、 −非効率性と呼んだ。
フレームである構造(S)―行動(B)―パーフォーマンス(P)の
SBP
パラダイム3を使い 要因間の関連性を解析する4。3. 企業の脱成熟化行動
1)多角化
これまで、企業の多角化については多くの先行研究が発表されている。本節では、研究 の枠組みを決めるために先行研究を整理しておく。多角化理論の代表的先行研究は、
Penrose(1959)により始められた。その後 1970
年前後に多角化が米国の大企業で積極的に進められた背景もあり、多角化とパフォーマンスの関係が
Gort
(1962)、Marris
(1968)、 そしてBerry
(1974
)等によって調査された。系統だった研究としてはRumelt
(1974
) が米国企業のデータを基礎に多角化と業績の関係を導き出している。企業の多角化の源泉は、Catterjee and Wernerfelt(1991)により調査され、内部の知識 の寄与が大きいことが提示された。彼らの研究からは、本業以外の余剰資源の活用により 関連多角化が実施され、内部の財政的余力により非関連多角化が関連付けられた。
Constantinos
(1995
)は、多角化による成長戦略を採用した多くの企業が、成果を上げる ことができずに、本業に回帰した事例を調査した。彼の研究からは、多角化した事業の選 択と集中により収益が大幅に改善されたことが見出された。Grant(1988)は、多角化の 実行において、企業経営の支配的なロジックにより関連多角化か非関連多角化かの戦略が 選択されることを示した。日本で吉原・佐久間・伊丹・加護野 (1981)によって
Rumelt(1974)の分類に準じて
多角化の系統だった研究が進められた。最初は、多角化の研究は米国企業についてなされ たが、吉原他 (1981)に続き、山本(2002)や大坪(2005)が多角化とパフォーマンス について、そして上野(2011)が組織構造について日本企業を対象とした多角化に関する 実証研究を行った。上記の先行研究は以下のように簡潔に要約される。
①
Penrose
(1959
)初期の研究は、Penroseの研究があげられる。彼女は、著書『企業成長理論』の中で、企 業は事業活動から内部に経営資源を自然発生させ、この資源の有効活用のために多角化を 行い、製品あるいは産業の寿命を越えて成長を続けることができるとしている。この理論
3 ハーバード学派のShephard(1985)の考えに基づく(春名,2008)。
4 類似した企業の分析方法として、Barny(2002)は、企業の競争優位性について、経済価値(value)、希 少性(rarity)、模倣困難性(inimitability)、組織(organization)の4つの視点からなるVRIOを提案している。
また、企業の保有する内部能力と外部環境の可能性について、強み(strengths)、弱み(weaknesses)、機会 (opportunities)および脅威(threats)の視点から企業を分析するSWOT分析法が活用されている。
は少数事例の詳しい解析から導出されたもので多角化研究での出発点になっている。
②
Gort(1962)他
上野(2011)によれば、産業組織論における多角化の実証研究は、Gort(1962)によっ て始められた。彼は、高集中産業は産出量で相互依存しているため、当該産業分野での自 由度が少なく既存市場を深耕するよりも新しい製品分野へ多様化しやすいことを見出した。
また彼は製品の多様化は異質性の増大を生じるため製品構成を変化させていく必要がある とも述べている。この考えに基づき米国企業の多角化指数とパフォーマンスの関係につい て実証分析を行った。彼はこの解析において多角化指数を中心変数として初めて取り入れ た。
Marris
(1968
)5は米国の大企業111
社について多角化と企業の規模、成長性、そして 収益性の関係を調査した。Berry
(1974)6はGort
の多角化指数に類した指標として企業の 製品分布に注目した多様化指数により米国企業を調査した。③
Rumelt(1974)
Rumelt(1974)は独立した事業を基礎とする分類体系を開発した。独立した事業とは他
の事業と独立して運営される事業で、企業はこうした独立事業から構成されているとみな した。この考え方により企業を単一事業、主力事業、関連事業、非関連事業に分類した。彼はこの分類方法によりフォーチュン
500
社の中から200
社あまりを選び出し多角化戦略 の分析を行った。企業の製品・市場構造をもとに2
次元のマトリクスをつくり多角化戦略 を論じた。また企業を多角度と関連性により分類して、企業の分類とパフォーマンスの関 係を調べて、非関連多角化が進むと業積が低下していくことを明らかにした。各国における
Rumelt(1974)の分類によると、日本は専業型の比率が高く、英米は日本に比べ多角化
が進んでいる。彼は、米国企業について分類した各種多角化戦略のタイプ別に投下資本利 益率、自己資本利益率、売上成長率、利益成長率を調査した要因分析の結果から、関連・集 約型が利益、成長ともに優れている戦略であることを見出している。
④
Ansoff(1979)
多くの事業間に共通の強みが存在し、単独の事業に比べてパフォーマンスが高くなる効 果をシナジー効果と表現し、多角化の優位性を主張した。シナジー効果と類似の概念とし て、商品やサービスの種類が増加するにしたがって費用が逓減してパフォーマンスが向上 する範囲の経済がある。また、Ansoff(1979) は、企業活動を製品と市場のマトリクスか ら、それぞれの領域を市場浸透戦略、市場開拓戦略、製品開拓戦略、多角化戦略の
4
つの 類型に分類した。 高橋(2006) によれば多角化は、さまざまなタイプが存在すると説明5 岩谷(2009)によるとMarris(1968)はPenrose(1959)の『企業成長理論』を積極的に援用して経済学の中に
『企業の経営理論』(Managerial Theories of the Firm)を確立するのに貢献したと述べている。
6 Gort (1962) は既存製品に対する新製品の品目数と売上高に占める産業分類上の本業比率を多様化率と
して導入した。
している。多角化をさらに細分7すると① 水平多角化、② 垂直的統合、③ 同心的多角化、
④ コングロマリット的多角化に分類されるとした。本研究で取上げる多角化については、
川崎製鉄の新規事業は、Ansoff(1979)の定義した新製品と新市場については該当しない ケースも存在する8。
吉原他(1981)は
Rumelt(1974) の多角化戦略の分類に準じて日本企業の多角化と組
織、パフォーマンスの関係を研究した。経営資源を外部調達の容易さにより可変的資源と 固定的資源に分類している。経営資源の中でも、多角化戦略の遂行とともに組織に取得さ れ、蓄積されていくことが必要な固定的資源こそが重要であると解析している。既存製品 市場の成長率の停滞、既存製品市場の集中度が高い、そして既存製品市場の需要の変動が 大きいことの3点が多角化の決定要因となっていると述べている9。吉原(1986) は新事業を① 脱本業、② 新技術・新製品を生かす機会、③ リストラに 伴う人員の再配置、④ 組織活性化の一環、⑤ 多角化(複数事業による経営の安定)、⑥そ の他の
6
つに分類している10。この新事業の分類を山田(2000
) はさらに新事業の使命と して「機会主導型」、「リストラ型」、「組織活性型」、「柱創造型」の4つの理念型に分類し た11。上野は
Rumelt(1974)が分類した戦略タイプを集約型(C)と拡散型(L)に再分類し
て、集約型が高業績である理由を国内
129
社について調査した。多角化戦略外要因として 産業成長率、市場集中度、企業規模、研究開発比率、そして広告宣伝比率を取上げた。こ の結果多角化戦略の成果の違いは、市場構造でほとんどが説明でき、多角化戦略タイプは これらの成果指標の違いを説明していないことを見出した。具体的には成長性の良し悪し を決めるのは産業成長率や市場集中度といった市場構造であり、収益性の良し悪しを決め るのは研究開発費や広告宣伝費比率といった競争戦略の積極性であった。つまり企業が所 属している産業分野により、成果はほぼ決定的となる。多くの鉄鋼企業が分類される垂直 型(V
)の成果の悪さは素材産業の要因で説明がつくと述べている。彼は鉄鋼産業に属して いながら非関連型(U)へと多角化を進めているような企業もないわけでないが非常に少な いと結論づけている。7 自動車メーカーの多角化の例をとると、 ①水平多角化:自動車メーカーがオートバイの生産に手を広げ る、②垂直統合:自動車メーカーが部品を内製化、③同心的多角化:自動車エンジンの技術を適用して航 空機にまで手を広げる、④コングロマリット:リゾート開発などを手掛ける、に分けられる。
8 上野(1994)は多角化の定義について、その企業にとって新事業と思われる事業への進出といった主観的な 新規性でよいとしている。
9 米谷(1999, pp.44)は高度集中産業で上位企業は産出量において相互に依存しているために、既存市場で成 長しようとすると他の企業の市場を侵食することになり、コストも危険も非常に高くなると述べている。
10 Penrose (1959) によれば、企業は事業活動を通じて組織に多くの未利用資源を生み出し、これが多角化
を通じて企業を成長させる源泉となる。事業活動による資金の蓄積、既存製品に関わる研究開発活動によ り生成される新製品や新技術更に豊富な労働力は新分野進出の大きな源泉となる。
11 米谷(1999)による、1974-1983年での日本の大企業81社に対するアンケート調査(複数選択可)によれば、
製品多様化の動機で上位に挙げられたのは以下の5つであった。①技術の利用可能性(66.7%)、②リスク分 散による経営の安定化(63.0%)、③所属産業の低い成長見通し(55.6%)、④新製品事業化の目途(39.5%)、⑤ 余剰人員の有効利用(23.5%)。
中野・野間(2009)は、日本の多角化企業(13,330社)について多角化を「事業セグメン ト数別」と「多角化の種類別12」に分類して、財務構造と会計・ファイナンスの視点から企 業価値を評価した。その結果、多角化度が高まると事業リスクが低い点と、非関連多角化 ではディスカウント評価である検証結果を得た。
山路(2014)は、繊維産業の
16
社を対象に、成熟事業を再活性化するとともに新規事業 を内部開発して持続的成長を維持しようとした企業行動を産業組織論の視点から解析した。脱成熟化行動の実態を本業との関連で長期にわたり詳細に分析した結果、失敗からの学習 と組織変革の重要性と困難さを指摘している。
2)買収と合併
日本に先立って素材産業の衰退を経験した米国において、鉄鋼、自動車業界は規制によ って参入が制限されたことにより、製品ライフサイクルにおける成長期においても参入が 制限された。このため価格が低下しにくくなり、早い段階での合併により集中度が高くな り、イノベーション意欲を低め、競争力を失ったとされる(小田切,
2000)
。同様に、村松・宮本(1999)は、米国の
80
年代におけるリストラクチャリングでの退出経路として、M&A
の事例を研究した。Deily
(1988,1991) は、米国内の鉄鋼の国内需要が1980
年代に成熟し成長が止まったが、雇用者保護の法的制約から生産性の低い工場を閉鎖することができず、より効率的な 生産方法に切替えることができなかったのが原因であると分析している。さらに、輸入関 税による参入障壁が自由競争の障害になり、競争力を失った点も指摘している。
角(2011)は、日本においては同業種の企業数が多く、世界のトップ企業に比べて企業の 規模が小さい特徴を有する点を指摘している。世界のトップ企業と日本企業の時価総額を 比較すると、規模が桁違いであり、この点がグローバル市場で競争力の違いになっている。
2000
年代に入り国内市場が衰退する中で、企業はグローバル市場での競争に入った。特に 中国は、先端技術の積極的な取り込みと豊富な人的資本により、台頭が著しい。合併と買収はいずれも外部成長の手段とされ、合併は複数の会社が統合され、一つの会 社になる行動であり、買収は他社の所有権を取得することを指す。1998年の独占禁止法の 改定により一定規格に満たない合併は事前の届け出は不要となった(小田切,2000)。1997 年度の合併(2,644社)の形態は、34.0%が水平合併で、14.3%が垂直合併、残りが混合合 併の内訳である(小田切,2000)。時系列変化からは、合併件数の変動と景気循環には明確 な関係を想定することはできない。しかし
1990
年代以降の合併件数の増加の背景には、急 速に進んだ経済のグローバル化と規制緩和の流れが挙げられ、経済環境の変化に即応した 競争条件の整備と競争政策の国際的展開に適切な対応が規制当局に求められたことから、12 「専業」、「関連多角化」、そして「非関連多角化」の3種類に分類。
公取委の合併政策に転換13が見られたことが理由である(上田,2002)
。
2000
年代の鉄鋼業の大型合併は、国際競争力維持のための水平合併であり規模の経済が 目的になった一方で、宮島(2007)が指摘するようにバブル経済の崩壊による長期不況に よる設備・負債・雇用の過剰の処理、事業の再組織化を目的とする点もみられた。特に1980
年代に進められた鉄鋼事業以外の成長分野への参入による多角化戦略は、次なる柱となる 事業を見出せず、合併による事業の選択と集中戦略に見直された。花枝ら(2010)は、上場企業の
M&A
に関するサーベイ調査から、2000年代に急速に増 加した原因について調査した。その結果、近年における大規模合併のほとんどが市場シェ ア拡大を目的とした水平的な合併であったことが明らかになる。一方で大規模な水平合併 を行った後の人員、給与体系、事業部門の状況を調査すると、そのほとんどが合併後に業 績に大きく影響することが明らかになっている。特に70%以上の企業が成熟衰退事業を有
しており人的資本の維持が課題となっている。村山(2013)によれば、研究開発の指標で ある知的財産においてJFE
の特許出願件数が合併前に両社で合わせると約2500
件あったも のが1000
件強まで減少している。鳥居(2001)は、企業行動に含まれる「無駄」、「非効率性」の概念を定式化した
Leibenstein
(1967)の
X-非効率の概念に従って、実現される企業の生産活動の最適化行動からの乖離
の程度を計測することで「技術効率性」を測定した。植草・鳥井(1986)は、フロンティ ア生産関数から「技術非効率」を日本の製造業について観測した。上田(2002,2006, 2013)
は、90年代の製紙業界の合併による非効率性を確率的フロンティアモデルにより計測し、
合併が必ずしも効率性を改善していないことを見出している。
滝澤・鶴・細野(2008)は経済産業省『企業活動基本調査』のデータから上場企業だけ でなく非上場企業を含め
M&A
による総資本利益率(ROA)、キャッシュフロー比率、コス ト比率などの財務指標のみならず生産性を含めて解析した。その結果、合併の効果を高め るには、合併後に一体化するプロセスが重要である点と製造業においてはシナジー効果が 高い点を見出している。人的資本に関係する人件費/資産について合併企業は非合併企業に 比べ低くなることを指摘している。佐久間・中村・文堂(2017)は、M&Aコンピタンスを 組織内に形成するための経験学習と専門組織の設置の重要性について検証した。大型の水平合併は市場における集中度を高め、寡占化が進行することで競争条件に直接 影響を及ぼす。これまで合併規制が行われてきた理由は、市場が成長している事業環境下 では、寡占化の進行により競合企業の参入排除など社会的厚生に悪影響を及ぼすからであ る。一方で、市場が成熟・衰退している事業環境下やグローバル化により海外の輸入品が 自由に購入できる市場では、国内企業の生産性を高めうる合併を抑制してしまうと経済的 損失を生じてしまう。バブル経済崩壊後において、過剰設備を保有したままの企業経営環 境下では、集中度を高めるような戦略の独占禁止法の規制は、経済損失が大きいと考えら
13 企業法制の変更は、①持株会社の設立・転化の解禁(1997年12月)、②合併手続の簡素化(1997年、10 月)、③株式交換・移転制度の創設(1999年10月)、④会社分割制度の創設(2001年4月)などが実施された。
れた。これらの事業環境下のもと、公取委が規制緩和推進と一体となった積極的な競争政 策の展開を図ったとの解釈が可能である(蟻川・宮島, 2006)。近年のM&Aの急増の背景 には、不況によって過剰設備を抱える業種の再編の中で、これまでほとんど研究がなされ て来なかった人的資本への影響について分析する。次節では鉄鋼業の水平合併に議論を絞 り、その目的と成果について理論モデルで考察する。
4. 成長理論
1)内生的経済成長論
Jones(1998)によると、Solow(1956)はコブ・ダグラス型の生産関数と資本蓄積方程
式から構成される基礎的ソローモデルを提案した。彼は、経済成長の究極的な要因は技術 進歩にあることを明らかにした。しかし、技術進歩は外生的に与えられ、技術進歩が生じ るメカニズムに関しては深く分析されなかった。Solow (1957)は、さらにこの点を改良
した「成長会計」の生産関数を提案した。次に、内生的成長論は技術進歩と経済成長の過程それ自体が経済の内生的な動きとみな す
Romer(1986,1990
) やLucas
(1988)らによって展開された。内生的成長論は技術 進歩や人的資本の形成を内生的に説明することを試みた。Romer
(1990
)は技術進歩を集 計生産関数として取り込んで知識の生産過程として位置づけた。彼は、知識のもつ非競合 的な性質やスピルオーバー効果が規模の経済性を生み出し、不完全競争を前提とする成長 モデルを提案した。内生的成長モデルの重要な性質は規模に関する収穫逓増効果にある。Romer
モデルは人口水準の増加、貯蓄率の増加や研究開発部門で働く労働者の比率の増加が成長率の増加をもたらす。
Lucas
(1988
)の人的資本モデルは、人的資本の蓄積に費やす時間を増やすと人的資本の成長率が増大する。
Solow
モデルも内生的経済成長モデルも労働増大的技術変化が、経済成 長率の増加をもたらす。このように、人的資本は成長の重要な要因であることを提案した。Jones(1998)は Romer(1990)と異なる研究開発部門の生産関数を用いて、研究開発部
門の生産性や労働力の成長率が定常成長率を決定することを示した。このモデルは長期的 成長率の差異は研究開発部門の生産性の相違と効率単位で測定した(人的資本を加味した)
労働力の成長率の差異によって説明される。
青木・伊丹(2001)によると、経済成長における企業ダイナミクスの重要性は、
Shumpeter
(
1934
)による「創造的破壊」であり、イノベーションに成功した企業がシェアを拡大し て生産性の低い企業が退出して経済が発展するとされる。Shumpeter(1934)は2
つの仮 説を提案した。第1
の仮説は、企業規模に関するもので、規模の大きい企業の方がイノベ ーションが活発であるとする説である。第2
の仮説は、独占力に関するもので、製品市場 において独占的地位の高い企業ほどイノベーションを活発に行うとの説である。これら2
つの仮説は、情報蓄積、危険資本、企業家精神への影響度から研究されてきたが業態、事 業環境、地域等により仮説に対する支持は異なるとされている。
2)人的資本論
人的資本は、Romer(1986,1990)や
Lucas(1988)らによって展開された内生的経済
成長モデルにより長期的には内生的に決定される要因の中で重要な役割を果たすことが指 摘された。人的資本は、人に蓄積されている知識や技術、共用、経験、ノウハウなどの総 称である。高等教育による技能と知識の向上は人に対する投資と捉え、Mincer
(1958, 1974)、Schultz
(1960
)、Becker
(1975
)らは、賃金や所得水準を教育や社会訓練との関係で整理 して「人的資本」を定義する概念を定着させた。人的資本への投資が企業成長の源泉とすると、設備等の有形投資と同じような収益性を 有することになる。生涯賃金の学歴格差教育投資の収益率の理論を構築したのは
Ben-Porath(1967)であり、そのモデルを計量的に分析できる枠組みをミンサー型の賃金
関数として定義したのがMincer(1974)であるとされている。
Solow
(1956)の外生的に与えられるとされた技術進歩を内生化して持続的経済成長をモデル化した
Romer(1986、 1990)の内生変数として限界生産性の増大に関連付けられる代
表的な5つの考え方がある。・知識の蓄積と規模の経済
・人的資本の蓄積と規模の経済
・生産の学習効果
(Learning-by-Doing)
・R&D
・国際貿易
企業サイドから人的資本を生産要素として捉える場合に、次の代表的な4つの理論的視 点から解析されている。
① スクリーニング論
不完全情報下で高等教育を受ける能力、終了する能力が、個人の直接には観察不能な限 界生産性を顕示する機能を有する点に注目する理論である(Arrow, 1973 ; Stiglitz,
1975)
。Acemoglu and Angrist(2001)は、新たな生産性の高い技術の採用には高い義務教育が有
効であり、国を越えた所得格差の大部分は義務教育と強い相関があることを示した。② シグナリング・モデル
不完全情報下で、潜在的な能力を推定する指標として教育年数を顕示的な標識とする考 え方である。教育の持つフィルタリング機能やスクリーニング機能をも含んだ理論である