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第 5 章  人の一生

第 3 節  結婚

(1)見合いと交際

[相手の条件]

結婚には当人同士の感情よりも、両家の財産が同 程度であることが重視された。そのため、婚姻関係を 取り持つ仲人は、イナニオ(稲ニオ)の数で所有する 田の面積を予測したり、小屋にある薪や、味噌、醤油 の保管量などからその家の経済力などをみて、同程度 の家を探し、婚姻関係を結ばせた。あるいは、結納金 を目的に自分の意志に関係なく結婚させられることも あった。

親族の中から配偶者を探し、親戚同士で婚姻する こともあった。これを「子どもを取り換える」といっ た。ただし、血縁関係が近すぎる者と結婚すると血が 濃くなるために、障がいを持った子どもが生まれると 言われ、避けられた。親族間で婚姻した例として、叔 母が後妻として嫁いだ家に、叔母に会うために出入り していた際に、働き手を探していると言われて同じ家 に嫁いだという人がいる。

また、嫁は重要な労働力とみなされることから、

嫁にもらうなら加美郡の人が良いとも言われた。加美 郡は新沼より耕地が狭く、農作物が少ないため、よく 働くからと言われる。新沼に嫁いできた女性の出身地 は旧三本木町内のほか、大崎市古川や加美町、美里町

(旧小牛田町)、大郷町、大衡村、大崎市鳴子温泉(旧 鳴子町)など、周辺の市町村が多い。

[見合い]

1960(昭和 35)年頃までは、仲人や親戚から相 手方の紹介を受け、見合いをして結婚することが多 かった。実際に見合いの場が設けられるか、事前に相 手の事を知っているかどうかに関わらず、当人同士の 意志ではなく、両家の親の意向によって結婚話が進め られることもあった。昔は恋愛結婚が稀であったこと から、恋愛結婚すると姑に嫌われ、いじめられたとも いう。

1950 年代は戦中に男性が軍に徴集されていた影響 もあり、結婚適齢期の男性の数が少なかったため、女 性は結婚できれば良いほうと認識されていた。結婚話

を持ちかけられた場合、女性の家で断るということも ほぼなかったが、男性側が女性を気に入らないからと 断ることはあった。

見合いは女性の家のロバタ(炉端、囲炉裏端)で 行なわれた。仲人、見合い相手の男性、男性のオンツァ ンが来る。ロバタの席は決まっており、ダナドノ(戸 主)はナカマを背にし、姑はカッテ(台所)を背にす る。客は最も玄関に近い席に座った。

女性は茶を出すときに男性たちの顔をみるだけで、

出し終わるとすぐに離れ、同席はしなかった。しかし、

結婚するかもしれない相手の顔は見たいため、襖を開 けて覗くことはあった。

1960(昭和 35)年頃、見合いしてから結婚する までの期間は長くても半年ほどであった。見合いから 結婚の間に、墓参りをし、先祖に報告することもある。

1970(昭和 45)年頃に結婚した人は、レストランの ような場所で、仲人と本人同士の 3 人で見合いをした。

ある男性は、役場から話があり、同年代の男女が 集まり、協議をするサークルで妻と出会った。桃生郡 などを含めた広域から 20 人以上の人が参加し、三本 木からも何人か参加していた。

[仲人]

婚姻関係を取り持つ世話役をナコウド(仲人)と いう。男性の仲人をテンガサマ(天下様)、女性の仲 人をナコウドガガサマ(仲人ガガ様)と呼ぶ。テンガ サマは婚礼の場で謡をうたえる人が良いとされた。ガ ガサマは、お母さま、おっかさまという意味である。

仲人は結婚話をまとめるまでを役とする場合もある が、多くの場合は結納、婚礼の場に同席して婚姻の承 認役も務めた。

仲人は、家の経済力(水田面積)が釣り合うよう な男女の組み合わせを考えるのが基本だったが、若者 の日常の様子をみて、性格や好みも参考にした。例え ば、あえて女性に話しかけ、受け答えから性格を探っ たり、ニワトリを飼っている家に卵をもらいに行くこ とを口実に、若者の様子をみに行き、女性の好みを聞 いたりしたという。このように、仲人は世話好きで顔 が利き、自転車やバイクを所有しているなど暮らしに 余裕があり、ナコウドグチ(仲人口)といわれるよう な口が達者な人が務めた。何組もの夫婦を同一の仲人 が取り持つことはよくあり、仲人は組み合わせの台帳 を作っていた。

関係を取り持つまでは仲人は男性か女性か一方だ

けだが、結納以後は自分の妻(夫)を伴って 2 人で 仲人として立つ。婚礼の際に仲人が 1 人であること は「仲人が欠ける」といって避けた。ある夫婦の仲人 は、姉の嫁ぎ先の姑で、女性だがテンガサマと呼ばれ ていた。彼女の夫は亡くなっていたため、仮の夫の役 を頼んでいたという。

仲人はシュウギ(祝儀、結婚式)を取り仕切る役 も務めるため、婚姻関係を結ぶ際には仲人はいなかっ たが、式の時だけ仲人を頼むこともあった。これを「頼 まれ仲人」と言った。

仲人料は両家から支払われるが、婿側が 6 割、嫁 側が 4 割で負担したといわれる。1980(昭和 55)年 頃の仲人料は 20 万円ほどであった。仲人料は結婚相 手を引き合わせる世話をしてもらったことに対する謝 礼である。親族間で結婚する場合は、両家を引き合わ せる必要がなかったこともあり、仲人料は平時よりも 引き下げられた。結婚後、仲人との特別な交流はない ことが多いが、子どもの誕生を祝うオシチヤ(お七夜)

には招待する。

[結納前の交際]

結納もしくは結婚するまで相手に会わなかった、

話さなかったという人もいるが、何度か 2 人で会っ てデートをすることもあった。ある女性は大崎市古川 の私立祇園寺裁縫学校に通っていたが、その帰りに夫 となる男性がオートバイで迎えに来て、実家まで送っ てくれた。これがデートだった。しかし、1960(昭 和 35)年頃までは男女が手をつないで歩くと注意を 受けることもあり、恋愛を経て結婚することは一般的 ではなかった。

(2)縁談の成立

[モライジョウ・クレジョウ]

縁談を成立させる結納では、仲人を介して、両家 がモライジョウ(貰い状、貰受状)とクレジョウ(呉 れ状、慶進状、参進状)を取り交わした。

モライジョウは、嫁にもらいたいという趣旨の文 言に、婿の本籍地、氏名、日付、相手方の名前を書い て実印を押し、婿方から嫁方へ送る書状である。クレ ジョウは嫁がせることを了承する文言に、嫁の本籍地、

氏名、日付を書き、実印を押して、嫁方から婿方に返 送する書状である。これを取り交わすのは仲人の役目 である。

モライジョウとクレジョウのやりとりは必須では なかったが、送る場合は文房具店などから市販の用紙 を購入した。古川のニシマキという店では、モライジョ ウ・クレジョウのほかに、昆布やスルメなどの結納の 七色の品も売っていた。受け取ったモライジョウは仏 壇などに保管していた。

[結納]

配偶者が決まると、シュウギ(祝儀)に先立って 結納を行なう。シュウギは結婚することが決まった祝 いの席であるが、結納は縁談を成立させる場であると して、シュウギより重視されていた。

結納は、婿方と嫁方の双方を仲人が行き来して行 なう場合と、どちらか一方の家で済ませる場合があっ た。前者の場合は、次のように行なわれる。

まず、婿方の家に、婿とその父母、本家など親戚 10 名程度が揃い、仲人に結納金、化粧代、モライジョ ウのほか、結納の目録や反物、酒など婿方への贈答品 を預け、婚礼の日程の案を立てる。結納品は上座に置 いた。当人は結納の時は黙って座り、特に何もしない。

婿方での結納が済むと、仲人は嫁方の家に向かう。

嫁方でも嫁、父母、血縁的に近い親戚が待っている。

そこに仲人が加わり、嫁方での結納を行なう。仲人は 婿方より預かってきた贈答品を渡し、婚礼の日取りの 案と、参列者の人数を伝える。嫁方では、仲人に結納 品の受書(受領書)およびクレジョウを渡し、日取り の提案に対する返事、および参列者の人数を言伝てさ せる。袴代を添えることもある。仲人は再び婿方に行 き、預かってきた受書とクレジョウを渡し、婚礼の日 程を確定させた。婚礼は、農閑期にあたる晩秋から冬 に行なう場合が多く、具体的な日としては大安など吉 日が選ばれた。

1 か所に集まってする場合は、嫁側と婿側の間に 屏風を立ててお互いを隠して結納品を交換した。それ が終わると屏風を外して対面した。

簡略的に行なう場合、婿方のみで行なった例もあ る。また、嫁方でのシュウギを結納とする場合もあっ た。1970 年代後半に結婚した人の場合、結納の時に 婚約指輪の交換もした。

[ナイザケ]

結納の席には膳が用意され、シュウギの日取りな どを話し合われた後に酒が振る舞われた。これを、身 内だけが集まり縁談の成立を祝う席の酒であることか ら、ナイザケあるいはナイシュ(内酒)と呼ぶ。この 膳は、シュウギの膳よりも豪華であったとも言われ る。もとは婿方のナイザケで飲んだ酒を、仲人が嫁方 に持って行き、嫁方のナイザケでそれを飲んだ。結納 の後にナイザケが行なわれることから、結納そのもの をナイザケと呼ぶ場合もある。ある人のナイザケでは、

仲人が 1 升の酒を持って行き、嫁方で 5 合、婿方で 5 合を家の人で飲んだ。

[結納金、化粧代]

結納金は嫁入り道具を揃えるための資金とされ、

1950 年代においては 1,500 円程度、1960 年代では 2 万円から 3 万円ほどが相場とされた。婿方が多く負 担することが一般的であった。しかし家によっては、

贈るのは化粧代のみで、結納金はなかった。

結納金は、結納の際に仲人(テンガサマ)が受け 取り、相手方に渡し、受書を預かった。このようなや り取りは礼法に則るという。離婚した場合、結納金を 返すかどうかは、明確な決まりがない。

図 5-1  受 書 ・ クレジョウ

図 5-2 クレジョウ