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第6章  年中行事

第 5 節  秋、冬の行事

[盆棚の片付け]

盆棚の片付けは、ほとんどの家で、16 日に行なわ れている。早朝に盆棚を片付け、供え物を盆棚の敷物 にしていたガズに包み、用水路や鳴瀬川に流す。近年 では、用水路が詰まるということや、川を汚してしま うということから、流さずに燃やすといった家が多い。

また円通院からもらった札も昔は供物と一緒に包み、

流していたが、現在では取っておくか燃やしている。

また、ホトケサマがお帰りの時には、オミヤゲモ チを盆棚にあげているという話も聞かれる。

[二十日盆]

8 月 20 日は二十日盆といって、墓参りをする。墓 に供えるものは、茶と線香のみという家から、カワリ ゴハンを作る家、団子・トウモロコシ・花・果物を供 える家までさまざまである。また、この日まで、盆提 灯を飾る家もある。

ある家では、16 日の朝に飾りを下ろすが、棚自体 は 20 日に下しているとのことである。

[送り盆]

8 月 30 日を送り盆とする家もある。そうした家で はこの日まで提灯を飾り灯すものとされる。送り盆で は、墓掃除を兼ねて、墓参りを行なう家が多い。この 日にカワリゴハンを作る家もある。また、家によって は、この日に盆棚から位牌を仏壇に戻す。また、この 日に最後の送り火を行なう家もある。このように、行 なうことは家によって相違が多いが、新沼ではこの日 までを盆とする家もある。

り日、中日、お帰り日の 3 回行く家など、家ごとに 異なる。彼岸の料理としては、カワリゴハン、おはぎ を食べる家が多い。肉魚を避けて精進料理にすると説 明される。ある家では、入日にはカワリゴハンとおは ぎ、中日はカワリゴハンとし、さらに、彼岸の期間に は食べたい時にうどんを汁物の代わりに出すことにし ている。別の家では、震災以前まで、秋彼岸の間にお はぎ、カボチャの煮物、煮しめ、オードブル、酒など のご馳走を食べることにしていた。このほか中日に餅 を搗く家もある。

[秋の例祭]

旧暦 9 月 18 日から 20 日の 3 日間、若宮八幡神社 の秋の祭礼がある。祭りに際して、氏子の家々では餅 を搗き、家族で食べるものとされた。秋の例祭 1 日 目の前夜祭で行なわれる湯立神事に釜を出した家は、

釜を支えている木杭を貰い受ける。この木杭は厄除け になることから、屋敷地のカドグチ(門)の両脇に挿 す。また、湯立神事で使われる湯笹も魔除けの効果が あるとされ、家の柱に貼り付ける。神事に参加した人 は、神事終了後に先を争って湯笹の笹の葉をもらい受 ける。

秋の例祭 3 日目に行なわれる御巡行では、神職と 氏子総代を迎え入れる際、榊、水、塩、ろうそく、祝 儀を用意する。神職と氏子総代が来ると家の者で迎え、

神棚の前で祈祷してもらい、紅白の落雁、若宮八幡神 社の札をもらう。(若宮八幡神社の秋の例祭について は、第 7 章信仰を参照)

[カッキリ]

稲刈りが終わると餅を搗いて家族やテマドリとと もに食べた。これをカッキリという。ニワバライと呼 ぶ家もあるが、後述するニワバライとは別の行事とさ

れる。搗いた餅は、米と酒とともに神棚にも供えた。

食べる際は、アンコ餅、ツユ餅にした。また、餅とと もに赤飯も作る家もある。その家では、神棚に餅と赤 飯を両方供えた。

[下沖の秋祭り]

下沖では、現在、稲刈り後に祭が行なわれる。祭は、

新沼地区コミュニティセンターで行なわれ、下沖クラ ブやタンポポ(詳細は第 3 章社会組織班)に所属す る 20 代から 40 代の夫婦が中心となって開催されて いる。祭では、ステージでの出し物やカラオケ大会、

また、出店も出ている。現在のカッキリに位置づけら れるブラクの行事ともなっている。

[ニワバライ]

11 月か 12 月頃に米を脱穀し、農作業がすべて終 わるとニワバライをする。いずれも、作業場(ニワ)

を使用するのは終わりであり、作業場をキレイに掃除 をするという意味がある。また、餅を搗いて酒を飲む 家もある。

[エビスコウ]

旧暦の 10 月 20 日か新暦の 11 月 20 日に行なわ れる。若宮八幡神社の神職が神札を配りに来るので、

それを神棚に供える。この際、フナなどの小魚を水路 や川から捕ってきて生きたままどんぶりなどに入れて 神棚に供える。また、赤飯も一緒に供える家もある。

エビスコウが終わると、フナは川に返した。今もやっ ている家があるようだが、フナが捕れないためやって いないという家もある。

[お大師]

11 月 3 日、13 日、23 日をオダイシ(お大師)と いい、団子・餅・赤飯などを供えて祀る。

[冬至]

冬至にはカボチャとアズキを混ぜた冬至かぼちゃ を作り食べる。冬至かぼちゃは、アズキカボチャとも 呼ばれる。カボチャは夏の野菜のため、冬までもった カボチャを食べることで長生きできるように願掛けす る意味があると説明する人もいる。

図 6-25 下沖の秋祭り

[水こぼしの朔日]

旧暦 12 月 1 日を水こぼしの朔日という。この日 に豆腐を四角に切り、豆カラと呼ぶダイズの茎に刺し て囲炉裏の四隅に置いたという。豆腐は堅めのものを 使い、ダイコンを豆腐の下に置くときもあった。別の 話者は、旧暦の 11 月 1 日に行なっていたと記憶して いる。

[大黒の迎え]

聞いたことがない、知らないという人が多いが、

二股のダイコンを神様にあげるという話も聞かれる。

『三本木町誌 下巻』によると、大黒の命迎え、女迎 えともいう。また、ダイコンの年取りといって、大黒 天に二股の大根を供え、豆を用いた料理を供えて食べ る習慣がある(宮城県志田郡三本木町誌編纂委員会  1966b:91-92)。

ある話者は、大黒の迎えという名前は聞いたこと がないが、収穫の時にとっておいた二股のダイコンを 神様にあげる行事を行なっていたと記憶している。こ のときには神社から神札が配られたので、その札を貼 るときにダイコンを供えた。また、餅も神様に供えて から食べたとのことである。

1 章 概    要 第 2 章 生    業 第 3 章 社 会 組 織 第 4 章 衣 食 住 第 5 章 人 の 一 生 第 6 章 年 中 行 事 第 7 章 信