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第 3 章  社会組織

第 2 節  新沼の契約講

新沼の契約講は、家を単位として加入し、講員の 家で不幸があった際の互助を目的としている。葬儀の 互助に加え、茅葺き、棟上げや屋敷地の土盛りなどの 協同慣行も合わせて行なっていた講もあって、その活 動はさまざまであった。

また、講の範囲はブラクを単位としているものも あれば、家格によって編成されるものもある。加入や 脱退に関しては、現在は任意とするブラクが多いが、

以前、北谷地では加入が義務であった。近年では、葬 儀会社へ任せる家も増え、葬儀の互助の必要がなく なったため講を解散したブラクもある。

以下では、それぞれの契約講について紹介してい く。なお、葬儀での具体的な契約講の役割については、

第 5 章人の一生を参照されたい。

(1)上宿の六親講

[講の沿革と役割]

上宿の六親講には上宿のほぼ全戸が加入していた とされ、葬儀の知らせ・準備・受付の手伝いをした。

ただし、2015(平成 27)年には解散している。

1832(天保 3)年の記録が残されており、江戸時 代末期から続いていた講である。他人同士が六親等の 血縁者のように付き合うという意味から六親講と呼ば れるとの話もあるが、詳しい由来は不明である。また、

後述するが、講員の鍬を一括して研ぎに出していたた

めクワガラ講と呼ぶ人もいる。

講には、各家の代表者が加入していた。加入した い旨を講長に伝えれば審議などは特になく加入できる が、新たに加入する人は、後述する定例の集会で酒 1 升を納める決まりとなっている。講員の交代に年齢制 限はないとされ、講員が死亡した際にその息子に代わ ることが多かったと聞かれる。

六親講で共有管理する土地はないが、定例の集会 で使う茶碗、タンポと呼ぶ酒器、黒塗りの膳は上宿集 会所に保管している。そのほか、講の古い記録などは トウグミ(当組)が保管した。

[講の役職者とトウグミ]

六親講には任期が 2 年の講長、副講長の役職が置 かれていた。なお、任期はあるものの、同じ人が講長 を続けることが多い。講長と副講長は、講への加入順 や年齢、人柄をみながら決めている。この役職を置く ようになったのは昭和のはじめ頃で、それ以前はトウ グミが代表の役割を担っていた。

講に入る家は 3、4 戸で一つの組とされており、上 宿に 8 組ある。この組ごと毎年順番にトウグミ(当組)

を担う。現在トウグミは、定例の集会であるフルマイ

(振舞)の準備や世話を 1 年間担当することになって いる。トウグミのうち代表となる 1 戸はヤドマエ(宿 前)やトウマエ(当前)、またはヤド(宿)と呼ぶ(以 下、ヤドマエと呼ぶ)。ヤドマエは以前、フルマイの 際に家を提供したが、現在は上宿集会所を利用するこ とになったため家を提供することはない。なお、同じ トウグミに所属するほかの家は、ヤドマエを補佐する こととしている。このほか、脱退した人のなかから相 談役を立てることもある。

[規則]

規約としてまとめたものはないが、取り決めや葬 送に関わる役職の分担は、順達帳に記録されている。

上宿の六親講に関する最も古い記録は、1832(天保 3)

年 10 月 14 日に作られた「天保三年六親講振舞順達帳」

である。なお、「上宿六親講旧帳簿収納箱」と書かれ た箱には、上記の記録に加え「慶応四年同振舞順達帳」、

「明治十年同振舞順達帳」、「明治三十二年六親睦講簿」、

「大正十四年六親睦講簿」、「昭和六年六親講役割帳」、

「昭和十一年訃報順番帳」、「昭和二十七年六親睦講  講中當前順番帳」、「昭和三十八年訃報順番帳」の合計 9 冊が納められている。これらに、講の加入者の氏名

と組分け、それに基づいた葬儀に関わる役職の順番、

総会の日時や持ち寄る米の量などが記載されている。

以下には、上記の資料のうち規約に関わる部分に ついて岡山卓也が修士論文において行なった整理をも とに紹介する(岡山 2012)。

天保 3 年(1832)10 月 14 日に書かれた資料は規 約と名簿から始まる内容である。規約に関わる部分は 以下のようになっている。

一 振舞之儀ハ二月十月共ニ日限ノ儀ハ十四日ニ 相定候事

一 指合等御座候節ハ飯米壱升酒米料理代共ニ相 送可申候

一 飯米壱升并上戸之衆ハ赤米壱升下戸之衆ハ五 合ニ相定候事

附り

昔右より先年迄ハ引並壱升充相寄甘酒相作り 候処以来各吟味之上ニ而世話勝ニ相成候義ニ 付甘酒ハ相控ヘ候事

一 念仏肝入給分ハ壱人前ニ付丸代三拾三文ニ御 座候事

附り

先年迄ハ弐拾五文ニ御座候処近年肝入衆間似 合不申候由ニ付当年より改メ三拾三文ニ仕候 事

一 振舞調物町立之儀ハ丸代三拾三文ニ相定候事   右ヶ条之儀ハ連中無間違可相守旨也

上記の規約について、要点をまとめる。ここでは、

振舞の日程、振舞時に持ち寄る米の量、念仏肝入への

「給分」の額、振舞用の物品購入のための徴収金額が 記載されている。振舞の日程は 2 月と 10 月の 14 日 である。また振舞が費用と米を持ち寄って開かれ、「世 話勝ニ相成候義ニ付甘酒ハ相扣ヘ候事」と以前は甘酒 作りのため数日の準備期間をかけて開催されていたこ とが分かる。また、飯米一升と「上戸之衆」「下戸之 衆」と加入者に区別をつけ、赤米で上戸 1 升、下戸 5 合を出すことになっている。

「念仏肝入給分ハ壱人前ニ付丸代三拾三文」との記 述から、六親講員が「丸代」を出し合って給分を「念 仏肝入」に渡していたことが分かる(岡山 2012)。

次に、「慶応四年同振舞順達帳」には、明治初期の ものと思われる規約改正についての加筆がある。内容 は以下の通りである。

一 振舞之儀ハ前十時ニ御出頭相外 候人者金弐拾五銭講中へ悔□

可相出候 夜ハ午後□□□□

附り

夜膳之義者膳後御出頭人ハ 金拾弐銭五り講中悔ニ可相出候事

以上のように、振舞の開始時刻を決定し、「悔」の 金を定めている。具体的には、昼の部に 25 銭、夜膳 に 12 銭 5 厘が課された。この文は書かれた時期は未 詳だが、次の規約改正がされる 1878 年 2 月 14 日の 前の振舞までの間と考えられる。当時の振舞が日中の みの開催でなく「夜膳」との二部構成であったことが 分かる。しかし昼の部と夜膳で、どのような儀礼が行 なわれたのかは不明である。

次に、「明治十年同振舞順達帳」の 1878(明治 11)年 2 月の改訂によると、いくつかの変更点がみ られる。改訂内容は以下の通りである。

一 振舞之儀者先年之通リ旧二月十月   共ニ日限乃儀ハ十四日ニ相定候也

一 指合等御座候節ハ飯米酒米共ニ白玄弐升ニ料 理代共ニ相送可申候也

一 上戸下戸共ニ玄白弐升ツヽ相出し可申候也 一 振舞之節ハ午前十時 御出頭相外候御人者金

弐拾五銭講中悔可相出候也  附り

夜膳之儀者膳後御出頭御人者金拾弐銭五り講 中悔ニ可相出候事

一 右悔ミ金之義宿本より宿本迄巡達帳江添本金 江年ニ二割之利子ヲ相加江無間違相送可申也   但し書面之義者横山愛治郎殿宅ニ而相改候也

まず、振舞の日程が旧暦 2 月と 10 月の 14 日であ ることが確認されている。次に振舞時に出す飯米・酒 米は 2 升ずつで、上戸・下戸の間に設けられていた、

出米の差をなくしている。また「合持之金」を宿本が 2 割の利子をつけ増額した上でトウワタシするように なっている。詳細は不明だがこの利子をつける決まり は、1978(明治 11)年 10 月 14 日に棒線で取り消 され規約からはずされたものとみられる。

また、念仏肝入に対する給料については、、「明治 三十二年六親睦講簿」の 1909(明治 42)年旧暦 2 月記載があり、「金五拾銭」「酒六升」との記述がされ

た後、1924(大正 13)年に金額 1 円・酒 7 升 5 合 と訂正、加筆している。

次に「昭和六年六親講役割帳」における 1938(昭 和 13)年の某家の葬儀時の「定メ」を紹介する。内 容は以下の通りである。

定メ

一、御悔之金拾銭ツゞノ事 一、悔帰シハ清酒弐升ノ事 一、身洗ハ金壱円トス   但シ穴掘及ビ六尺一同ヘ 一、肝入給料ハ壱ヶ年ニ金弐円ノ事   但シ春秋二回給與ス

一、葬式ニ際シテ駕護又ハ一切六尺役ニ於テ寺ヨ  リ持チ来ル事

 右相澤文吉氏宅葬式ノ□合講員一同協議ノ上相定ム

以上のように、「御悔之金」や「悔帰シ」、「身洗」

の金額を定めている。加えて、「肝入給料」「給與」と して、「肝入」に支払う金額についても定めている。「但 シ春秋二回之給與トス」とあり「給料」の支払いは春 と秋 2 回であった。

続いて「大正十四年六親睦講簿」について紹介す る。岡山によれば同史料は、「1938(昭和 13)年に

「御定」として改訂された規約を記し、翌 1939(昭 和 14)年以降、協議と改訂の度に加筆した書類である」

としている(岡山 2012)。以下に書類が改められる 1978(昭和 53)年までの「御定」と改訂について紹 介する。なお、個人名は個人情報保護の観点から●で 伏せる。

御定

 会合時間 毎会合ハ

 春午前拾一時マテ 秋ハ午前拾時マテト定ム  肝入殿ヘ春秋毎ニ各壱円ツツ差上ル事ニ定ム  毎会御膳ノ時間ハ午前拾弐時ト定ム

無断時間延引の者ハ清酒壱升ノ差出シ事ト定ム   昭和拾三年旧拾月拾四日講員決議ノ結果左記    之通リ決定ス

  明拾四年旧二月拾四日以降従来ノ酒量ヨリ弐    升ヲ減ジテ肴料ヘ増之事 以上

一、昭和十四年旧十月十四日●●●●氏宅ニ於テ 講員一同決議ノ結果左之通リ決定ス