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組織変化に及ぼす電場の影響

ドキュメント内 水素誘起転がり疲れの発生条件と水素の起源 (ページ 125-134)

3 転がり疲労寿命試験と水素侵入

3.3 フッ素系グリース潤滑下の転がり疲れ

3.3.3 組織変化に及ぼす諸因子の影響

3.3.3.3 組織変化に及ぼす電場の影響

転がり軸受の外輪と内輪間に発生した電位差によりグリースが分解され,それに起因し た水素が軸受鋼に侵入し,組織変化を伴ったフレーキング損傷が発生することが報告され ている[33].組織変化に及ぼす電場の影響を調べるため,ガイドディスクとディスク試験片 間に電圧を印加した実験を行った.印加電圧の大きさは110mVとした.これは,標準電極

電位1.23V vs SHEより十分小さい.また,ディスク試験片をプラスに印加した場合とマイ

100μm R.D.

500µm 50µm

120

ナスに印加した場合の2種類の実験を行った.実験条件は,電圧を印加したこと以外はTable 3-10と同様である.

Table 3-11に実験結果を示す.ディスク試験片をプラスに印加した実験は,繰返し数6.4 x

107回でフレーキング損傷を生じずに振動レベルの上昇により試験が停止した.実験後のデ ィスク試験片への水素侵入量は0.398ppmであった.ディスク試験片をマイナスに印加した 実験では,繰返し数が 9.0 x 107 回の時点で試験を打ち切った.実験後の水素侵入量は

0.362ppm であった.ディスク試験片をプラスおよびマイナスに印加したディスク試験片表

面の光学顕微鏡像と断面プロファイルをFig. 3-44a,Fig. 3-44bにそれぞれ示す.また,断面 観察結果をFig. 3-45に示す.

Figure 3-44aおよびFig. 3-44bから,ディスク試験片をプラスに印加した場合は,ディス

クがマイナス印加された場合に比べ.トラック外での表面酸化が激しく,トラック幅が広 く,また,摩耗深さが深いことが分かる.これは,表面反応の激しさを示唆する結果であ ると考える.Figure 3-34より,電圧印加を行わない条件では,繰返し数の増加に伴い摩耗が 進行していることが分かる.電圧印加した条件下において,繰返し数と摩耗の進行度を比 較してみると,ディスクをプラスに印加した試験片では,マイナス印加した試験片に比べ,

繰返し数が少ないが摩耗量は大きい.これは,電圧を印加したことによって,転がり接触 表面反応性が変化したことを示唆する.

Figure 3-45より,プラスに印加したディスク試験片内には組織変化が見られる.電圧の印

加方向が組織変化の有無に関係していることが予想される.また,この印加方向と組織変 化の関係は,一般的なカソードチャージ(陰極チャージ)による水素チャージの方向とは逆で ある.これは白色組織の再現試験でよく用いられるカソードチャージ状態とは異なるのメ カニズム,たとえばのちに示す応力腐食割れ(Stress Corrosion Crack, SCC)のような状態を示 唆する.

転がり接触表面層の特性が電圧印加の向きによってどのように変化したかを知るため,

XPS分析を行った.プラスに印加したディスク試験片のXPSスペクトルをFigure 3-46a,マ イナスに印加したそれをFigure 3-46bに示す.深さ方向分析では,30秒間のスパッタを合計 9回行った.スパッタレートは2.9nm/minであった.

Figure 3-46aから,ディスク試験片をプラスに印加した場合は,純鉄を示す707eV付近の

ピークが見られる.つまり,表面活性が維持されたことを示す.また,フッ化鉄を示す685eV 付近のピーク強度と酸化鉄を示す 530eV 付近のピーク強度を比べると,フッ化が進行して いることが分かる.531eV付近のピークは,OHやCOOHを含む空気中の汚れが付着を示し ている.これは,最表面をスパッタすることで取り除かれる.また,C(1S)スペクトルに注 目して見ると,最表面層においては,285eV付近にピークが見られる.これは,空気中の汚 れに起因するものである.1回のスパッタ後に見られる283eV付近のピークはカーバイドを 示す.転がり接触表面に対し80度の角度を持つ白色組織に沿ったクラック状のものが表面 に達し,それに合わせてカーバイドが再析出したものと考えられる.

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Figure 3-46bから,ディスク試験片をマイナスに印加した場合,フッ化鉄のピーク強度と

酸化鉄のピーク強度を比較すると酸化の方が強いことが分かる.純鉄の露出はなく,また,

カーバイドに対応するピークは見られない.

ここで,フッ化と酸化の尺度を比較する.フッ化鉄を示すピークと酸化鉄を示すピーク の面積比を各層でとった結果をFig. 3-47-1に示す.また,1回のスパッタを行った層におけ るフッ化鉄ピークを基準として各層でのフッ化鉄ピークとの比をFig. 3-47-2 に示す.これ によりフッ化鉄が深さ方向に対しどの程度形成されているかを知ることができる.同様に,

酸化鉄のピーク比をとった結果をFig. 3-47-3に示す.

ディスク試験片をプラスに印加した場合,Fig. 3-47-1から,フッ化が強く生じていること が分かる.また,Fig. 3-47-2から,フッ化鉄の比強度はが,深さ方向に対して,マイナス印 加の場合より大きい傾向にあることが分かる.Fig. 3-47-3から,酸化鉄,水酸化鉄の比強度 は,ほぼ一定であることが分かる.これらから,ディスク試験片が陽極となる場合は,フ ッ化が促進されたと考えられる.また,フッ化鉄の生成によって,化学摩耗が進行し,摩 耗量増大につながったと考えられる.これは6章で検討するSCCとみなされる現象と定性 的に合致する.なお,SCC はアノード溶出(ここでは鉄イオンの溶出)を伴う現象と規定 される.

摩耗には硬さが関係しているので,フッ化鉄層(フッ化鉄のみで形成されておらず,フッ 化鉄と酸化鉄が混在している)の硬さの評価を行った.繰返し数6.4 x 107回のプラスに印加 した試験片を用いた.圧子を荷重20mNと100mNで転がり接触表面に押し込んだ.比較の ため,転がり接触を受けていないトラック外の硬さ測定も行った.荷重 20mN の場合,押 し込み深さは約0.3µmであり,荷重100mNの場合,約0.8µmであった.押し込み深さが大 きくなれば,母材の硬さの影響を受け,母材硬さに近づく.フッ化鉄層に対し,十分に押 し込み深さが小さければ,フッ化鉄層の硬さを評価できる.薄膜厚さの1/10 以下の押し込 み深さなら,母材の影響が少なく,その硬さを知ることができると考えられる.フッ化鉄 層の厚さを測定していないため,押し込み深さ 0.3µm が妥当な値かは不明だが,母材硬さ に対する相対的な評価は可能である.

硬さ試験の結果をFig. 3-48に示す.押し込み荷重が20mNの場合,転がり接触表面の硬 さが小さいことが分かった.押し込み荷重100mNにおける接触面内外の硬さは母材硬さの

780HV に近い値となっている.よって,接触面のフッ化が促進されれば,フッ化鉄は母材

よりもやわらかいので,摩耗も促されると考えられる.ばらつきの大きさは,フッ化鉄層 の不均一さによるものと考えられる.

電圧の印加方向は転がり接触面特性そして組織変化の有無に影響している可能性がある.

疲労試験初期における印加方向の影響を見るため,繰返し数がおよそ7.0 x 106回の時点で 転がり疲れ寿命試験を打切り,その影響を評価した.組織変化はこの時点では観察されな かった.フッ化と酸化の程度は,印加方向による違いはあまり見られなかった.しかし,

ディスク試験片が陽極となる場合は,フッ化鉄強度が深さ方向に対し高いまま維持されお

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り,摩耗量は大きかった.このことから,繰返し数の増大に伴い,フッ化が進行していく と予想される.

陽極では,電子が奪い取られるので,酸化反応が起きる.考えられる反応の一つとして 次の化学反応がある.

HF FeF H e

Fe 2 2 2 2 (3-6)

フッ化水素が十分に存在すれば,この反応は促進されると考えられる.また,フッ化水素 の結合から切れた水素の鋼内への侵入が促進される可能性もある.大野らによるフッ化水 素の生成メカニズムをFig. 3-49に示す[31].フッ化水素の生成を促すためには,水が必要で ある.酸フルオライドの加水分解により生成したカルボン酸のカルボキシル基(-COOH)が,

機械的せん断などによって,ヒドロキシ基(-OH)に切断された場合を考えると,ヒドロキシ 基は,陽極において次のように酸化される可能性がある.

HOOe

OH 2 4

4 2 2 (3-7)

この反応において水が生成される.生成した水は加水分解時に再び消費される.一連の反 応により,フッ化水素の生成速度は,電圧を印加しない場合に比べ,大きくなり,そして,

フッ化鉄の生成も促進されると考えられる.

以上のように,転がり接触による表面膜特性の変化が,鋼内部の組織変化に影響を及ぼ すことが示唆された.

Table 3-11 Results of static-electricity-applied tests Cycles Disk

specimen

Hydrogen content, ppm

Wear width, mm

Wear depth, µm

White structure

6.4 x 107 Anode 0.398 1.04 32.07 Formed

9.0 x 107 Cathode 0.362 0.67 6.31 Not formed

7.0 x 106 Anode 0.371 0.60 2.84 Not formed

7.0 x 106 Cathode 0.361 0.68 2.61 Not formed

Fig. 3-44a Micrograph and cross section profile of disk specimen positively charged 0.5mm

0.5mm 20µm

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Fig. 3-44b Micrograph and cross section profile of disk specimen negatively charged

Fig. 3-45 Cross sections of disk specimens;

(a) Specimen positively charged and (b) Specimen negatively charged 0.5mm

0.5mm 20µm

100µm

(a) (b)

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Fig. 3-46a XPS spectra of disk specimen positively charged;

Sputter rate 2.9nm/min, sputtering time 30s x 9layers 700

710 720

730 Binding Energy, eV Fe(2p)

680 690

700 Binding Energy, eV F(1s)

525 530

535

540 Binding Energy, eV O(1s)

275 280

285

290 Binding Energy, eV C(1s)

125

Fig. 3-46b XPS spectra of disk specimen negatively charged;

Sputter rate 2.9nm/min, sputtering time 30s x 9layers

Fig. 3-47-1 Intensity ratio of iron fluoride to oxide and hydroxide

0 30 60 90 120 150 180 210 240 270 0

2 4 6

Sputtring time, s

Int ens it y ra ti o F /O

Disk specimen positively charged Disk specimen negatively charged

700 710

720 730

Binding Energy, eV Fe(2p)

680 690

700

Binding Energy, eV F(1s)

525 530

535 540

Binding Energy, eV O(1s)

275 280

285 290

Binding Energy, eV C(1s)

126

Fig. 3-47-2 Relative intensity of iron fluoride

Fig. 3-47-3 Relative intensity of oxide and hydroxide

0 30 60 90 120 150 180 210 240 270 0

0.5 1 1.5

Sputtering time, s

R elativ e in ten sity F /F

Disk specimen positively charged Disk specimen negatively charged

0 30 60 90 120 150 180 210 240 270 0

0.5 1 1.5

Sputtering time, s

R elativ e in ten sity O /O

Disk specimen positively charged Disk specimen negatively charged

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Fig. 3-48 Relationship between hardness of rolling contact surface and applied load

Fig. 3-49 Mechanism of hydrogen fluoride generation [31]

400 600 800 1000 1200

20mN 100mN

V ic ke rs ha rdne ss , H V

Track

Outside of track

20mN 100mN

Applied load

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