− 全単位の取り消され,留年しても,不正行為はあなたの得ですか?
− 就職試験,就職後も頼りになるのはあなたの実力です.それでも,楽をしますか?
● 悩みがあったり,被害を受けたら相談しましょう4
悩みがあったり,何か気が付いたことがあれば,早めに友人や身近な信頼できる人にまず 相談してください.程度や場合によって学科の学生委員,クラス担任などの教員,あるいは 保健管理・総合相談センター総合相談部門5に相談するといいでしょう.
4第8章8.2.3も参照.
5電話:088-656-7637で相談申込みできます.
60 第6章 人権とハラスメント
第6章
第7章
61
工学倫理について
近代工学が発祥して300年を経過しました,現代の工学の専門家の胸にズッシリと響く言葉が二つ あります.その一つが,かのガリレオ・ガリレイが宗教裁判でつぶやいたと伝承される「それでも地 球は回っている」という言葉,もう一つは,近代科学の意味に関するフランシス・ベーコンの「工学 は自然の原理を応用して人類の福利に貢献するものである(意訳)」という定義付けです.
この二つの言葉は300年の間の近代工学の進歩の過程で,ある時は進歩を加速し,ある時は抑制し てきました.そして現代の私たちこそが,この二つの言葉の意味をきわめて真摯に深く考えなければ ならないところに立っているのです.
工学を学ぶ入り口に立ったみなさんは,歴史を振り返ることによってこれらの巨人達の肩の上に乗 り,そして遙か彼方の行く末を見ることができるのです.特に21世紀の日本は環境や資源,そして 人生そのものまで激動の時期を迎えようとしています.そこで求められるのは単なる工学の知識だけ ではなく,広く深い関連知識が自分の人生を支えることになるでしょう.
7.1 倫理からみた近代工学の進歩
7.1.1 人間の精神の崩壊
近代科学が最初に遭遇した社会との間の大きな衝突はキリスト教世界観の破壊でした.すでに15 世紀にはデカルトの還元論にもとづく自然の観察の成果として,ガリレオやコペルニクスの地動説が 唱えられ,それまでのキリスト教の世界観に大きな打撃を与えました.事実は事実なのだ,われわれ は自然をありのままに観測するのだ,それがなにが悪いのだ,という近代科学の強い意志が当時の書 物からは感じられます[1].
19世紀に入って,キリスト教世界観はダーウィンの進化論で再び打撃を受けます[2].ガリレオ の地動説はこの地球が宇宙のごく一部であり,それ故に人間や特定の民族が神に選ばれたものではな いかも知れないと言う疑問を生みだし,さらにダーウィンの進化論は人間がサルから進化したもので あることを明らかにして,動物と人間の連続性を示したのです.聖書の具体的記述に触れるこの進化 論がヨーロッパを中心とした精神界に大きな影響を与えたのは当然でしょう.
20世紀に入ってもダーウィンの進化論教育に対するキリスト教の側からの疑問は提示され続けら れました.一例として,特にキリスト教の信仰の篤いアメリカ中部で起きた教育裁判があげられます.
中学校で生徒に進化論を教えた罪で裁判に掛けられたスコーブスは,裁判で有罪判決を受けました.
この事件の一般的な評価は,キリスト教側の学問に対する無理な攻撃とされていますが,むしろ科学 がもたらした精神界への打撃について,科学側および教育側の充分な研究と配慮が不足していたと考 えるのが妥当でしょう.科学はベーコンの言ったようにあくまでも人類の福祉に貢献するものですの で,それは物質社会のみならず,精神的影響においても同様であるからです.
さらに,生命の尊厳に対する影響という意味では,ワトソンとクリックのDNA構造の解明のほう が進化論より大きいでしょう.DNA構造の発見というものを科学的に解釈すると,「生命と無生物 の境界はない」もしくは「命の尊厳というものはない」ということを明確に示しているからです[3].
したがって,DNA構造の発見が,遺伝子工学などの工学分野に発展し,それがクローン人間などの
62 第7章 工学倫理について
第7章
倫理問題を招くのはある意味で当然の帰結でもあります.近代科学は意図していたかどうかは別にし て,ガリレオ,ダーウィン,そしてワトソンとクリック(図7.1を参照)と続く発見によって人間の 精神を破壊しつつあるといえます.
7.1.2 人間機能の崩壊
産業革命直後に起こった人口の都市への集中,労働者階級の誕生はマルクスの理論を経てやがて共 産国家を産むに至りました.ある意味では社会的進歩ともいえるこの動きも,産業革命と蒸気機関の 発明による自動機械と新しい力の誕生による工学の帰結でした.それまで人間の筋肉の力,またはせ いぜい家畜や水車の力しか利用することができなかった人類に巨大な力を与え,その力で自動的に動 く機械が動くことにより,産業は飛躍的にその生産力を高めたのです.その結果として農村が囲い込 まれ,工場群が誕生し,資本家と労働者など新しい社会階級が生み出されました.
大規模生産工場の出現は悲惨な炭鉱労働者や都市のスラム化などの社会問題も同時に引き起こし ましたが,生産量は増大し,生活程度や衛生状態は飛躍的に向上し,人々は文化的生活を享受できる ようにもなったのです.しかし,産業革命が大きく人間の生活に影響を与えたのは「人間から筋肉と いう機能を追放した」といえます[4].筋肉機能の崩壊は,その後,機械工学,制御工学などの高度 化により徐々に進み,最近の産業ではすでに若い男性の筋肉を必要としないまでに至っています.
人間機能の崩壊の最終段階として現在進行中なのが,コンピューター,インターネットなどの発展 に伴う情報工学の発展と,それによる頭脳労働の追放でしょう.電車の駅の切符きり,銀行の窓口の 支払いなどの単純な頭脳の機能を発揮する職業はすでに追放されつつあり,情報革命の進行は徐々に インテリ層の仕事を奪っていくでしょう.現在でもワープロの発達で漢字が覚えられなくなり,電卓 が便利になって2桁のかけ算も思うようになりません.より複雑な頭脳の活動は徐々に崩壊し,感受 性も乏しくなる可能性があります.
このように,工学は,最初に屈強な男から筋肉という機能を,次に人間が人間たるゆえんといって もよい頭脳の機能を奪いつつあります.すなわち,現在進めている工学はまさにまっしぐらに人類か らほとんどの機能を奪わんことに熱中しているように見えるのです.人間が体に備わっている本来の 機能を発揮することは,人間にとって苦痛であり除かなければならないのでしょうか,額に汗をかい て働く生き甲斐を感じることは奪わなければならないほどの苦痛を伴うことでしょうか?
7.1.3 地球環境の崩壊
近代工学がもたらしたものの第3はすでに数多く指摘されているように工学による生活環境への
図7.1. ワトソンとクリックによるDNA構造の解明.
第7章