●神権部会
と天の御父は,救いの計画を用意するに 当たって,人が神権を持つに十分ふさわ しくなり,その栄誉にあずかれるように してくださいました。そして,主の軍勢 に加われるようにしてくださったので す。それは,御父の永遠の目的,すなわ ち全人類の不死不滅と永遠の命をもたら すうえで必要なことでした。心に描いて みてください。何と興味深いことでしょ うか。そしてどれほど強力な軍勢が求め られたことでしょう!
バプテスマを受けて数年後,教会での 幾つかの義務について理解を深めたわた しは,アロン神権に聖任されました。し かし,バプテスマを施してくれた父は,
その間に心臓発作で亡くなっていまし た。そのため監督がわたしにアロン神権 を授け,執事の職に聖任してくれたので す。監督から神権を授けられているとき,
すばらしい気持ちになったことを覚えて います。これからは幾つかの義務と自ら の行動に対する責任を負い,生涯を通じ て進歩しながら学ぶべき事柄があると実 感したのです。また,今までの自分とは 多少異なり,神権を持たない友人や世の 中で出会う人々とまったく同じではない のだという,特別な気持ちがしました。
今や幾つかの責任があるのです。そして 日曜日には,教会の地下にある石炭スト ーブの周りに座って学ぶ事柄がたくさん あるのでした。
土曜日には教会を清掃し,バケツに石 炭を満たしました。日曜日の集会に向け て集会所を整えたのです。わたしたちに は小神権を持つ者として,ワードの物質 的な諸事においてなすべきことがありま した。断食献金を集め,監督の代わりに 働きました。監督やほかの指導者たちは,
アロン神権と執事の職について教えてく れました。そして神権において昇進する につれて,教師や,もちろん祭司につい ても教えてくれました。わたしには,こ れから行われる業について自分の中で理 解が深まっていくように思えました。そ れは興味深いものでした。小さな田舎町 の少年にすぎませんでしたが,個人的に 幾らかの責任を負っているように思えた
のです。そこには何か非常に重要なもの がありました。
11歳のときに父が亡くなり,その葬儀 の場で,父がどれほど親切な人物であっ たか人々の口から聞きました。わたしは 非常に胸を打たれました。墓地で棺
ひつぎ
が墓 穴に降ろされ,シャベルに盛られた土や 石を棺の上にかけ始めたとき,わたしは 立ったままじっとそれを見詰めながら,
父はわたしの英雄であったと思いまし た。そして父を失った今,自分に一体何 が起ころうとしているのだろうかと不安 になりました。わたしは善良な人々が,
神権を行使して正しいことを行っている のを見ました。彼らは墓を掘り,いろい ろと世話をしてくれました。一人の男性 は,母の手に5ドル紙幣を押し戻してい ました。母は墓を掘ってくれたことに対 して,少しばかりのお金を渡そうとして いたのです。この男性は,お金を母の手 に押し戻して言いました。「いいえ,後 で必要になるでしょうから,取っておい てください。」
そこでわたしは,今晩ここに集うすべ てのアロン神権者とメルキゼデク神権者 の皆さんに宣言したいと思います。これ らすべてのことを考え合わせると,わた したちが小神権の中で物質的な雑務を学 んでいく様子は,天の御父とその御子の 知恵にあって興味深いことではないでし ょうか。わたしたちは物質的な義務を受 け,そのなすべき事柄を,地味で素朴な 方法で学んでいきます。これによって奉 仕と主の戒めに従うことを学び,いつの 日かあらゆる尊厳と永遠の栄光を伴うメ ルキゼデク神権を受けるために備えられ ていくのです。
アロン神権の時期は,人生の中で興味 深い期間でした。絶えず新しいことを学 び,福音とそのメッセージを世界中に伝 えるという責任についての考え方や気持 ちを少しずつ深めていきました。その過 程の中で,人々と交わることを学びまし た。時折,周りの人よりも高い標準を持 っているために受け入れてもらえないと 思うことがあります。行わないことが幾 つかあるのです。知恵の言葉を通して,
より健康的な生活を送ることができま す。それは,わたしたちの成長を助け,
世のほとんどの人が望むような標準と理 想,そして生き方を手にすることができ るよう助けてくれるのです。もし皆さん がそのような生活を送るならば,人々は それに気づき,その信条に感銘を受け,
皆さんは周りの人々の生活に影響を与え るようになります。人々が,この世にこ れほど悪い影響を与えているたばこやア ルコール,マリファナ,そして薬物にふ ける必要がないことに気づくとき,皆さ んがそれを行っていないという事実は,
影響力を持つのです。
標準を維持することによって,皆さん は神殿で結婚する資格を得ることができ ます。ところで,今回は教会の第173回 年次総大会です。ついでながら申し上げ ますと,妻とわたしは結婚して73年にな ります。ですから,結婚した年に教会で は第100回年次大会が開かれていたこと になります。わたしは神殿の聖壇を挟ん でルビーの手を取り,結び固めの儀式の 言葉に耳を傾けていたとき,心に特別な 感情が沸き起こったのを覚えています。
それは儀式の神聖さからだけではなく,
求められている生活を送ることに対する 責任感,また妻と子供たち,孫たち,そ して後に生まれて来る世代に対する責任 感から来るものでした。わたしは,神権 と結婚の聖約を尊ぶことに関して,でき るかぎり人生において模範を示そうと決 意しました。
今宵
こ よ い
,神権者として集い,これからこの 世で起こる事柄について思いをはせると き,わたしたち一人一人に託された責任 について考えていただきたいと思います。
この戦争が終わって物事があるべき状態 に戻ったとき,恐らくそこには,現在のわ たしたちが気づいていない新しい事柄が 待っていることでしょう。なすべきことは 山のようにあります。それを行うには,自 分が持つ神権にふさわしくなければなり ません。そうすれば教会が前進するに当 たって,かつてなかったほど効果的な方 法で導くことができるでしょう。何と大い なる日になることでしょう!
昔,第二次世界大戦中に海軍にいたこ ろ,わたしは真珠湾にあった艦隊の本部 に行くよう命じられました。家族がサンフ ランシスコ湾のトレジャーアイランドまで 連れて行ってくれ,そこでパン−アメリカ ン・クリッパーと呼ばれる古い水上飛行 機に乗りました。数週間のうちに太平洋 のタラワ島で戦闘が始まろうとしていたた め,飛行機には医療支援の準備に向かう 高い階級の軍医が数名同乗していまし た。わたしは自分の階級に伴い,飛行機 の尾部で寝袋に入って寝るよう割り当て られました。戦争による灯火管制下にあ ったサンフランシスコ上空を飛びながら,
飛行機右舷
う げ ん
のエンジンが見えました。太 平洋に向かう空は真っ暗で,わたしはそ の古いパン−アメリカン飛行機の右舷エ ンジンが炎上しているのではないかと思 いました。わたしは眠ることができず,飛 行中ずっとそれを見詰めていました。
あの眠れない夜の間,わたしは自分自 身の人生について考えました。メルキゼ デク神権を持つ者として,与えられた機 会を最大限に生かし,責任を成し遂げた だろうか。また,これから与えられるであ ろう召しを全
まっと
うできるように,模範となり,
求められている生活を送るという責任を 果たしているだろうか。あの眠れない夜,
わたしは自分にできることをすべて行っ てきたか考え,自分自身を,また自分の態 度を評価しました。教会の割り当てはい つも受け入れていました。しかし,それら を心と勢力と思いを尽くし,また心を込 めて果たしていたか思い返しました。そ してメルキゼデク神権を持つ者として受 けている責任と祝福,およびこの祝福を 受けたすべての人に期待されていること を果たすうえでふさわしく生活している だろうかと心に問いかけました。
あの眠れない夜を振り返るとき,わた しは今日
こんにち
の主の祝福と,自分がこれまで に得てきたすべての機会を主に感謝する 気持ちになります。わたしは常に精いっ ぱい福音に従った生活をしようと心がけ ています。求められることはすべて,心 と勢力と思いと力を尽くして行おうと務 めています。そして,どのような召しを 与えられたとしても,それを全うしたい と願っています。いつの日か,どのよう なことを求められても,それを行う資格 があるようにするためです。
今宵
こ よ い
,神権を尊ぶ,神権者である若い
男性の皆さんに申し上げます。求められ ている生活を送る決意をしてください。
世の中で行われている愚かな事柄にかか わり合いを持つことなく,皆さんに与え られているものを覚えていてください。
もう一度繰り返します。神権は天の御父 によって人に委譲された力と権能です。
その権能と尊厳はわたしたちの理解を超 えるものです。
皆さんにわたしの証
あかし
をお伝えします。
この業は真実です。人生を残りわずかと し,立って福音が真実であると証できる ことをうれしく思います。バプテスマを受 けてから現在まで,全生涯を通じて福音 が確かなものであることを目の当たりにし てきたからです。わたしは主を愛してい ます。天の御父とこの業を愛しています。
この業が真実であることを証します。
そしてすべての神権指導者の皆さん,
求められている生活を送ってください。
わたしたちは異なっています。世の人々 に倣
なら
うのはよいことではありません。皆 さんは神の神権と,大いなる約束と祝福,
そして期待を受けているのですから。
この業は真実です。イエス・キリスト の御名
み な
により申し上げます。アーメン。