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異なる政府や団体に対してどのような忠誠心を持っていようと,主の民が困難の ときにあって互いに友好関係を保つことができるよう,わたしは願っています。

ドキュメント内 23985_MAY 2003 LIAHONA_.{.. (ページ 80-84)

とその御使

みつかい

たちとが,龍と戦ったのであ る。龍もその使たちも応戦したが,

勝てなかった。そして,もはや天には 彼らのおる所がなくなった。

この巨大な龍,すなわち,悪魔とか,サ タンとか呼ばれ,全世界を惑わす年を経 たへびは,地に投げ落され,その使たち も,もろともに投げ落された。」(黙示12:

7−9)

イザヤはその大いなる戦いについてさ らに語っています(イザヤ14:12−20参 照)。現代の啓示はさらなる光を与えて おり(教義と聖約76:25−29参照),モー セ書も同様で(4:1−4参照),そこでは人 の選択の自由を滅ぼすサタンの計画が語 られています。

わたしたちは時々,オスマン帝国やロ ーマ帝国,ビザンチン帝国,さらに最近で は巨大な大英帝国など,過去の偉大な帝 国を賛美する傾向があります。しかしそ れらには,どれも暗い側面があります。残 虐な征服,支配,抑圧,そして人命および 金銭面での桁

けた

外れの犠牲という,残忍で 悲劇的な側面です。

イギリスの偉大な随筆家トーマス・カー ライルは,かつて皮肉を込めて次のように 語っています。「神は御自分の驚くべき創 造物がこの地上で行っていることを見て 笑 っておられ るに 違 い な い 。」(S a r t o r Resartus〔1836年〕,  182で引用)御自分の 子供たちが何世紀にもわたって情け容赦 なく滅ぼし合い,自分たちの神聖な生得 権を無駄にする様子を天から御覧になっ て,天の御父は涙を流してこられたとわ たしは思います。

歴史を通じて,時々暴君が現れて自ら の民を虐げ,世界を脅かしてきました。

多くの人々が現在はまさにそのような状 況であると判断しており,その結果,高性 能で恐怖を覚えるような武器を備えた,

大きくて恐るべき軍隊が戦いを行ってい ます。

この戦いにはわたしたちの教会の会員 が大勢参加しています。テレビや新聞で,

わたしたちは戦場へと向かう軍服姿の父 親に涙を浮かべてしがみつく子供たちを 見てきました。

今週,ある母親から,海兵隊にいる自 分の息子について書いた,胸を打つ手紙 を受け取りました。彼が中東での戦争に 行くのは,これで2度目となります。彼女は こう言っています。初めての派遣のとき,

「息子は休暇で帰宅すると,わたしに散歩 に行こうと言いました。……わたしの肩 に腕を回し,戦争に行くことについて話 してくれました。息子は……言いました。

『お母さん,ぼくはお母さんや家族が自由 でいられるように,思いのまま自由に礼拝 できるように,行かなければいけないんで す。……そしてもし自分の命が求められ るなら……それは自分の命をささげる価 値のあることなんです。』」今彼は再びそ の地にいて,最近家族に次のような手紙 を書いています。「ここで自分の国と自分 たちの生き方のために働けることを誇り に思っています。……天父がともにいて くださると知っているおかげで,とても安 らかな気持ちです。」

ほかにも母親がいます。罪のない一般 市民です。恐怖の中で子供たちをしっか りと守り,地が足もとで揺れ,ものすごい 破壊力のロケット弾が鋭い音を立てなが ら暗い空を飛んで来る中,必死に天を見 詰めて嘆願しているのです。

この恐ろしい戦いでは犠牲者が出てお り,これからさらに出るでしょう。一般市 民 の 抗 議 は 続くと思 わ れ ます。ほ か の

国々の指導者たちは,はっきりと連合軍の 戦略を非難しています。

そして質問が出てきます。「この問題に 関して教会はどのような立場を取ってい るのか。」

最初に,わたしたちはイスラム教徒の 人々やほかのいかなる信仰の人々にも非 難の気持ちを抱いていないことを理解し ておいていただきたいと思います。わた したちは,地上のすべての人々は神の家 族の一員であると認識し,そう教えてい ます。そして,神はわたしたちの父です から,人は互いに家族としての義務を持 つ兄弟姉妹なのです。

しかし市民として,わたしたちは全員 それぞれの国の指導者から指示を受けま す。国の指導者は一般の人より多くの政 治的および軍事的な情報を入手すること ができます。軍隊にいる人々は,それぞ れの政府に対して,最高権威の意志を実 行する責務を負っています。兵役に就い たときに結んだ契約によって義務を負っ ており,それに忠実にこたえています。

わたしたちの教義を言い表した信仰箇 条の一節には,次のようにあります。「わ たしたちは,王,大統領,統治者,長官に 従うべきこと,法律を守り,尊び,支える べきことを信じる。」(信仰箇条1:12)

し かし 現 代 の 啓 示 は ,わ たした ちは

「戦争を放棄して,平和を宣言」しなけれ

ばならないと言っています(教義と聖約 98:16)。

民主主義において,わたしたちは戦争 を放棄して平和を宣言することができま す。反 対 する 機 会 が あります。多くの 人々が自由に意見を述べ,力強く述べて きました。それは特権です。合法的に行 われるかぎり,権利なのです。しかし,わ たしたちは皆,さらに重要なもう一つの責 任を心に留めなければなりません。現在 の状況において,このもう一つの責任が わたし個人の感情を支配し,わたし個人 の忠誠心を促しているものである,と付 け加えたいと思います。

ニーファイ人とレーマン人の間で戦争が 激しくなったときのことについて,記録に は次のように書かれています。「ニーファイ 人はもっと良い動機に励まされていた。

彼らは……権力のため〔に戦ったのでは〕

なく,自分たちの家と自由と,妻子と,自 分たちのすべてのもののために,特に礼 拝の儀式と教会のために戦っていた。

彼らは,神に義務を負っていると感じ ていたことを行っていたのである。」(アル マ43:45,46)

主はニーファイ人に次のように勧告さ れました。「血を流してでも自分たちの家 族を守りなさい。」(アルマ43:47)

そしてモロナイは「自分の衣を裂いて,

その一片を取り,それに『我々の神と宗 教,自由,平和,妻子のために』と書いて,

竿

さお

の先にしっかりとくくり付けた。

それから,彼は自分のかぶとと胸当て と盾をしっかりと身に着け,よろいを腰に まとい,先端に裂いた衣を付けた竿を取 って(彼はそれを自由の旗と呼んだ),地 にひれ伏し,そして……自分の同胞

はらから

に自 由の祝福をとどめてくださるようにと,熱 烈に神に祈った。」(アルマ46:12−13)

ほかの文書からも,国家が家族と自由 のために独裁政治や脅威,抑圧に対して 戦うことが正当とされる,あるいはむしろ そうする義務が生じる時や状況があるこ とは明らかです。

最終的には,この教会の会員であるわ たしたちは平和の民です。平和の君であ る贖

あがな

い主,主イエス・キリストに従う者で

す。しかしその主でさえも次のように言わ れました。「地上に平和をもたらすために,

わたしがきたと思うな。平和ではなく,つ るぎを投げ込むためにきたのである。」

(マタイ10:34)

以上のことから,わたしたちは平和を 切に望み,平和について教え,平和のた めに働きますが,同時に,国民でもあり政 府の法律に従うべき立場にあることにな ります。さらに,自由を愛する民であり,

自由が危機にあるときにはいつでもすべ てをささげてそれを守ります。わたしは 軍服姿の男女が自分たちに課せられた合 法的な義務を実行するときに,その政府 の代理人として神が彼らに責任を負わせ るようなことはなさらないと信じていま す。さらに,もしわたしたちが悪と抑圧の 力との戦いに参加する人々の道を妨げた り遮ったりしようとするなら,神はわたし たちに責任を負わせられることでしょう。

さて,これらの危険な時期にあってわた したちにできること,しなければならない ことはたくさんあります。自分たちの理解

するままにこの状況が持つ様々な側面に ついて意見を述べることができますが,決 して両方の側の様々な国にいる兄弟姉妹 に関して,非合法なまたは不適切なことを 言ったり行ったりすることのないようにし ましょう。政治的な違いによって憎しみや 敵意が正当化されることは決してありませ ん。異なる政府や団体に対してどのような 忠誠心を持っていようと,主の民が困難の ときにあって互いに友好関係を保つこと ができるよう,わたしは願っています。

それぞれの政府から兵役に召集されて いる人々のために祈り,天の守りがあっ て,無事に愛する人々のもとへ戻ることが できるように願い求めましょう。

命を危険にさらしている兄弟姉妹,わ たしたちは皆さんのために祈っています。

主が皆さんを見守り,皆さんを負傷から 守ってくださるように,また皆さんが家に 戻ってこれまでの生活を取り戻すことが できるように 祈 って いま す。皆 さん が 砂嵐

すなあらし

と猛暑の中にいるのは,戦争という ゲームが好きだからではないことを知っ ています。皆さんの決意の強さは,信じ るもののために命さえも進んでささげる 姿で分かります。

わたしたちは,この激しい命がけの戦 いの中で命を落とした人々や,これから 命を落とすかもしれない人々がいること を知っています。愛する人を失った人々 に慰めと祝福を与えられるように全力を 尽くす必要があります。嘆き悲しむ人々 が,贖い主キリストからのみもたらされる 慰めによって慰められますように。主は愛 する弟子たちに次のように言われました。

「あなたがたは,心を騒がせないがよ い。神を信じ,またわたしを信じなさい。

わたしの父の家には,すまいがたくさ んある。もしなかったならば,わたしはそ う言っておいたであろう。あなたがたの ために,場所を用意しに行くのだから。

……わたしのおる所にあなたがたもおら せるためである。

わたしは平安をあなたがたに残して行 く。わたしの平安をあなたがたに与える。

わたしが与えるのは,世が与えるようなも のとは異なる。あなたがたは心を騒がせる

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