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すべてのことについて感謝をささげるなら,苦難や逆境を人生の目的に照らして とらえることができます。

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家族の人生は大きく変わりました。さらに 多くのことを学んで生活に応用すべきだ と感じています。この教会は確かに不思 議な驚くべき業です。」

このような証を見聞きするのに,必ずし もフィリピンまで行く必要はありません。

福音のメッセージを受け入れて従う人が いるなら,どこででもはっきりとそのような 証を目にすることができるのです。それで も,オークス姉妹とわたしは,フィリピンに 住み,そこで働く機会に心から感謝して います。この新しい環境で,何千人もの すばらしい会員と出会い,異なった視点 から福音を理解するようになりました。

教会が発展段階にある国々において,

わたしたちは教会を確立することの重要 性を学んでいます。すなわち,教えてバプ テスマを施すだけでなく,愛し,召しある いは聖任し,また神の善い言葉で養って 新会員が定着できるようにするのです。ま た,福音の戒めや聖約に反するような伝統 的な考え方を放棄するよう会員にチャレン ジすることの重要性を学んできました。そ れは会員とその子孫が「もはや異国人で も宿り人でもなく,聖徒たちと同じ国籍の 者であり,神の家族〔となり〕……使徒たち や預言者たちという土台の上に建てられ

……キリスト・イエスご自身〔を〕隅のかし ら石」とするためです(エペソ2:19−20)。 以上を行う人々は,世界中で同じ戒め,

聖約,儀式,祝福を共有する福音の文化 に加わるのです。そのような人々は心に

「大きな変化」を経験し,「悪を行う性癖を もう二度と持つことなく,絶えず善を行う 望みを持つように」なります(モーサヤ5:

2)。神の面影が「顔に……刻まれ」るの です(アルマ5:19)。キリストに従うこの ような人々は,福音と教会が確立されて いるあらゆる地にいます。フィリピンには このような人々が大勢おり,わたしたちは,

さらに多くの人に呼びかけるために働い ています。そのために,すでに力強い基 盤のある地域から広げていくようにして います。つまり献身的な会員が十分にい る所に焦点を当てて教えているのです。

この熱心な会員たちは,新会員が福音の 要求することや与えてくれるものを懸命に

学ぶ中で,友達付き合いや指導,模範,お よび必要な援助の手を差し伸べています。

IV.

わたしたちは啓示に感謝しています。

啓示は,苦難にさえも感謝すべきである と教えています。苦難を通して,人は神 に心を向け,神の望まれるような者にな る備えをする機会が与えられるのです。

主 は 預 言 者 モロナイに「 わ たし は 人 を 謙遜

けんそん

にするために,人に弱さを与える」と 教えられました。そしてこのように約束し ておられます。「もし彼らが……へりくだ り,わたしを信じるならば,そのとき,わ たしは彼らの弱さを強さに変えよう。」(エ テル12:27)。末日聖徒がミズーリ州で迫 害を受けていたさなかに,主は同様に教 え,約束をお与えになりました。「まことに,

わたしは友であるあなたがたに言う。恐 れてはならない。心に慰めを得なさい。

まことに,いつも喜び,すべてのことにつ いて感謝しなさい。……また,あなたが たを苦しめたすべてのことは,あなたが たの益のために……働く〔であろう。〕」

(教義と聖約98:1,3)そしてリバティーの 監獄において,主は苦難の中にあるジョ セフ・スミスにこう言われました。「息子よ,

あなたはこのことを知りなさい。すなわ ち,これらのことはすべて,あなたに経験 を与え,あなたの益となるであろう。」(教 義と聖約122:7)ブリガム・ヤングはこれ を理解していました。このように語ってい ます。「人生のいかなる境遇,いかなる体 験も,それを学習の機会とし,それを基 に成長しようとするすべての人にとって,

役に立たないものは何一つありません。」

(『歴代大管長の教え――ブリガム・ヤン グ』〔1997年〕197参照)

だれかが言ったように,20年の経験で 円熟するのと,1年の短い経験を20回繰り 返すことには大きな違いがあります。もし 主の教えと約束を理解するなら,逆境か ら学び成長するでしょう。

メルキゼデク神権と扶助協会の教科課 程である『歴代大管長の教え』には,現代 の預言者の霊感による教えが数多く収録 されています。ここに収められている永

遠の教義と原則は,神の知恵と導きの泉 です。ワードや支部の賢明な教師は,自 分自身のテーマと知恵ではなく,この霊 感による教えに焦点を当て,現状や問題 に応用させるのです。

例えば,現在使用しているジョン・テー ラー大管長のテキストには,苦難に感謝 することについての大管長の言葉が記さ れています。「わたしたちは苦難によって 多くの事柄を学んできました。わたしたち はそれを苦難と呼びますが,わたしは経 験という学校と呼びます。……わたしは これらを,聖文にあるように,火によって7度 清められた金のようになることができるよ う,神の聖徒を清めるための試練である という以外の見方をしたことがありませ ん。」(『歴代大管長の教え――ジョン・テ ーラー』〔2001年〕202−203)ジョン・テー ラー大管長のような開拓者は,預言者が 殺害されるのを目撃し,信仰のゆえに長 期にわたる迫害と想像を絶する苦難を経 験しました。しかし,神をほめたたえて感 謝したのです。試練と,試練に立ち向か う勇敢で霊感あふれる行動によって,信 仰と霊性が強められました。苦難を通し て,神の望まれるような者となり,今日

こんにち

わ たしたちの生活に祝福をもたらしている 大いなる業の土台を据えたのです。

わたしたちは開拓者のように,逆境があ ることを神に感謝し,逆境に立ち向かうた めの導きを祈り求めなければなりません。

そのような態度と信仰,従順によって,神 から与えられている約束を実現していくの です。すべてが計画の一部なのです。

わたしは演劇や映画の『屋根の上のバ イオリン弾き』が大好きです。その中で,

ユダヤ人の父親が「もし金持ちであったな ら」という歌を歌います。その印象的な祈 りは,次の訴えるような問いで結ばれます。

獅子

と小羊をお造りになった主よ,

あなたはわたしに,

今の自分を受け入れるよう お命じになった。

広大な永遠の計画が 台なしになるのでしょうか,

もし金持ちであったなら。

(シェルドン・ハーニック作詞〔1964年〕)

そうです,テビエ,台なしになるでしょう。

今の自分と,死すべき世の旅のために神 が与えてくださった環境に感謝しましょう。

かつて預言者リーハイは,この真理を 息子ヤコブに教えました。

「あなたは,幼いとき,あなたの兄たち が乱暴なためにひどい苦難を味わい,つ らい思いをした。

しかしながら,荒れ野で最初に生まれ たわたしの子ヤコブよ,あなたは神の偉 大さを知っている。神はあなたの苦難を 聖別して,あなたの益としてくださる。」(2 ニーファイ2:1−2)

わたしの母はこの聖句を愛し,その原 則に従って生活しました。母は,結婚後 わずか11年で人生最大の苦難を迎えまし た。わたしたち子供の父親である,夫を

亡くしたのです。それは母の人生を変え,

一人で生計を立てて3人の幼い子供を養 うという,大きな苦難となりました。それ でも,母はよく,主がその苦難を聖別して 益としてくださると言っていました。夫の 死によって,母は才能を伸ばし,働く以外 にありませんでした。そして,一見悲劇に 思えるこの苦難がなければ決して到達し 得なかった人物になりました。母は霊の 巨人であって,強く,3人の子供がその墓 石に刻んだ,愛を込めた賛辞にまったく ふさわしい人でした。「彼女の信仰はすべ てを力づけた。」

逆境の祝福は周りの人々にも及びます。

夫を亡くした母親に育てられ,若いうちか ら熱心に働くことを学ばなければならな かったことは,わたしたちにとって祝福で した。相対的な貧しさやきつい仕事は,

富と時間を持て余すほどの災難ではあり

ません。また逆境の中で力は鍛えられ,

先の見えない状況の中で信仰ははぐくま れます。

V.

すべてのことについて感謝をささげる なら,苦難や逆境を人生の目的に照らし てとらえることができます。この世に送ら れてきたのは試しを受けるためです。す べての事物には反対のものがなければな りません。反対のものや困難に立ち向か うことで,また人にもそうするよう教える ことで学び成長するのが目的なのです。

愛する同僚ニール・A・マックスウェル長 老は,高潔な模範を示しています。マッ クスウェル長老の勇気,癌

がん

という苦難を受 け入れる従順な態度,そして忠実で休む ことのないその奉仕は,何千もの人々を 慰め,何百万もの人々に永遠の原則を教

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