債を乱発するようなもので,想像をはるか に上回る莫大
ばくだい
な負債を,子供や孫に負わ せることになりかねないのです。
この教会には,これまで非常に多くの啓 示を受けており,また今後与えられる啓示 も待っています。それらを研究し,学び,
比較し,考慮し,話し合うことは聖文に基 づく戒めです。わたしたち皆の目標は,神 を信じることで,真にキリストのように生き るとはどのような意味かを知ることです。
その目標を目ざして,「教えに教え,訓戒に 訓戒」3を受けて学んでいきます。そこに は強制や心理操作,威嚇
い か く
や偽善の入る余
子供たちのための祈り
十二使徒定員会 ジェフリー・R・ホランド
親として,わたしたちは生活を常に首尾一貫させなければなりません。しかも,
愛と信仰を世代から世代へ,子供一人ずつに受け継いでいかなければならないの
です。
地はまったくありません。しかし,この教会 の中で疑いを抱いている子供たちを,一 人たりとも放っておいてはなりません。両 親が主に献身していることについて確信 のない子供,主の教会が回復されたこと について確信のない子供,生ける預言者 と使徒がいて,今も昔と同じように「主の 心……主の思い……主の言葉……救いを 得させる神の力」4に従って教会を導いて いるということについて確信のない子供た ちを,そのままにしておくわけにはいかな いのです。どの預言者も,信仰に関するこ のような基本的な事柄について,一つとな ることつまり一致することを求めています。
彼らはこの点で弁解などしていません。ま さに預言者ジョセフ・スミスが用いた言葉 が文字どおり意味する完全な一致を求め ているのです。5ニール・A・マックスウェル 長老が何げない会話の中で語ったことで すが,とにかく「紅海が分かたれたまさに その日には,付いて行くことに文句を言う 人は一人もいなかったことでしょう。」
親は,まるで恋をもてあそぶように福音 に対する疑いや疑念をもてあそび,やが て子供たちと疑いとのロマンスが満開に なってから驚愕
きょうがく
するようであってはなりま せん。子供たちの信仰や信念が,人間の 哲学やはやりの文化という急流に押し流 される危険があるならば,親であるわたし たちは以前にも増して,安全な場所に 錨
いかり
を下ろし,しっかりした岸に係留している ことを家族にはっきり認識させなくてはな りません。崖
がけ
っぷちまで来て,激しく流れ 落ちる滝の轟音
ごうおん
の中で弁解したところで 何の役にも立たないのです。この教会が 真実であり,この教会に神権の鍵
かぎ
が与えら れていることを自分はほんとうに知ってい た,ただ子供たちが別の考え方をする自 由を制限したくなかっただけだと。そうで す,親は自分のボートをどこに係留させる か知らないで,子供たちが無事に川岸に たどり着くよう期待することなどできない のです。イザヤもかつて不信者について,
船の様子を思い描きながら次のように語 りました。「あなたの船綱
ふなづな
は解けて,帆柱
ほばしら
のもとを結びかためることができず,帆を 張ることもできない。」6
自分には証があると心の中で確信して いたとしても,子供の目にはその信仰が見 えにくい場合もあることに気づいていな い親がいると思います。そこそこに活発 で,集会に出席している末日聖徒であっ ても,福音に誠実に従って生活していな ければ,また回復が真実であり,最初の 示現から今この瞬間に至るまで神が教会 を導いておられるということについて,心 からの強い確信を子供たちに伝えていな ければ,残念ではありますが,子供たち が集会に出席し活発に見える末日聖徒あ るいはそれに類する者になってくれない ことがあったとしても,驚くに値しません。
それほど以前のことではありませんが,
わたしとホランド姉妹は,信仰を見いだ そうと努力していた若者と話す機会があ りました。彼はそれまでオカルト信仰を 試してみたり,いろいろな東洋の宗教を 研究したりしていました。自分の父親は何 の信仰も持ち合わせていなかったと言い ました。しかし,実のところ,祖父は末日 聖徒イエス・キリスト教会の会員だったの です。若者はこう言いました。「祖父はあ まり福音を実践していませんでした。教 会についてかなり批判的なことばかり言 っていました。」教会に疑いを抱いていた 祖父がいて,その息子は神の存在を知ら ずに過ごし,そしてその孫が現在,神が かつてすでに自分の家族にお与えになっ ていたものを必死になって探し求めてい るのです! この物語は,リチャード・L・
エバンズ長老が与えた次の警告が当ては まるきわめて典型的な例だと言えます。
エバンズ長老は次のように語っていま す。「時として,誤った考えを持つ親がい ます。教会の教えに従うことに多少厳密さ を欠いてもよいだろう,根本的な事柄であ ってもいわゆるリベラルな見方をしてもま あよいだろう,つまり少しぐらい甘く寛大に なっても大丈夫だろう,教会のことを教え たり集会に出席したりしないときがたまに あってもよいだろう,教会や指導者への批 判を家族の前で口に出してもよいだろう,
と。親の中には,基本的なことを教える責 任を少しおろそかにしても家族の現在や 将来に何も影響はないだろうと考えてい
る人がいます。しかし,親が少し道から それると,子供はその親よりもはるかに それる傾向があるのです。」7
たとえ悪気はなくても,賢く自由でいた いというだけの理由で,子供を(あるいは ほかのだれであっても!)信仰や忠実さ,
また根本的な信念からそらせることは,ど の親にも,またほかのだれにも許されてい ません。宗教にかかわる事柄において,
疑いの精神の方が信じる心よりも高い徳 のしるしであるということはありません。ま た,例えば信仰を求める家族の前で,まる で小説でも扱うように信仰を解体して批評 すれば,まさしく単なる解体行為となる可 能性があります。そして真の道から逸脱し たそのような行為は,ゆっくりとしか影響を 及ぼしていかないため,一見何の問題も なさそうなのです。ある専門家が言ったよ うに,「風呂の水の温度を10分に1度ずつ 上げていったら,いつ熱いと叫べばいい のか分からなくなってしまう」8のです。
シナイの荒れ野で神聖な幕屋を建てた とき,古代イスラエルの子らは幕屋を支え るひもを固く縛り,そのひもをつなぎ止め る杭
くい
を強くするよう命じられました。9なぜ でしょう。人生には嵐
あらし
が付き物だからです。
ですから幕屋を修理し,堅固にし,さらに 修理し,より堅固にしなければならないの です。それでも親の心を引き裂くような選 択をする子供もいます。母親と父親が正 しいことをすべて行っても,子供が迷い出 るということはあり得ます。選択の自由は それでも守られています。しかし,そのよ うな苦痛に耐えている中にあっても,親に とって慰めとなることがあります。それは,
親の皆さんがキリストに対して,キリストの 真の教会に対して,また神権の鍵とその 鍵を持つ人々に対して,変わらぬ信仰を 抱いていたということを,子供たちが知っ ていたという事実です。そしてもう一つの 事実が皆さんに慰めを与えてくれることで しょう。それは,たとえ子供たちがまっす ぐで細い道から離れることを選んだとして も,自分の親はその道に堅く立っていたこ とをよく知っているという事実です。さらに,
やがて子供たちが本心に立ち返ったとき に,10両親の示した愛に満ちた模範と穏
やかな教えを思い出したときに,まっすぐ で細い道に戻って来る可能性ははるかに 高いことでしょう。
できるかぎりはっきり目に見える形で福 音に従った生活を送ってください。聖約を 守って,親が聖約を交わしていることが子 供たちに分かるようにしてください。神権 の祝福をしてください。そして証をしてくだ さい。11子供たちが何となく自然に自分た ちの信仰を理解するようになるだろうなど と思い込まないでください。預言者ニーフ ァイは人生を終えようとするときに,彼らが キリストの記録を書き,キリストの福音へ の確信を記録したのは,「子孫に……説き 勧め」,そして「正しい道」を「子孫に知ら せ〔そして信じさせ〕るため」であると語っ ています。12
ニーファイのように,子供たち一人一人 がわたしたちを見て何を知るようになった だろうかと自問してはいかがでしょうか。
子供たちはわたしたちが聖文を愛してい ることを知っているでしょうか。わたしたち が聖文を読み,印を付け,日々聖文に親し んでいることを知っているでしょうか。たま たまドアを開けたときにわたしたちがひざ まずいて祈っているのを見たことがあるで しょうか。ただ子供たちとともに祈るだけ でなく,親の純粋な愛情から子供たちの ために祈るのを聞いたことがあるでしょう か。わたしたちが断食を第一安息日の義 務的な困苦以上の重要なものと信じてい ることを知っているでしょうか。子供たち の今と未来のために,子供たちには分か らないように何度も断食をしたことがある のを知っているでしょうか。わたしたちが 神殿の中で幸せを感じるのは,ほかでも なく,死も地獄も絶つことのできないきず なが家族の間に結ばれるからだというこ とを,子供たちは知っているでしょうか。
地元の指導者や中央幹部を,彼らが不完 全であるにもかかわらず愛し支持している ということを知っているでしょうか。指導者 が自分で作ったわけではない正義の標準 を守るために自ら求めたわけでもない召 しを喜んで引き受けているがゆえに,指 導者たちを愛し支持しているということを,
子供たちは知っているでしょうか。わたし
たちが心の底から神を愛していることを 知っているでしょうか。神の独り子の御顔
み か お
を拝し,その足もとに伏したいと切望して いることを知っているでしょうか。子供た ちがこれらのことを知っているように,わ たしは祈っています。
兄弟姉妹の皆さん,子供たちは矢と同 じように,わたしたちの与える力を使い,
わたしたちの指し示す目標に向かって未 来に飛んで行きます。わたしたちはその 矢が空中に飛んで行くのを不安な思いで 見守ります。その矢が手を放れた瞬間か ら的を外すように働きかける悪について すべて承知しています。それにもかかわ らず,勇気を奮い,このように思い出すの です。矢の行く先を決める最も大切な要 因は,弓を持つ者が安定していて,力が あり,揺るぎない確信を持っていることで あると。13
カール・サンドバーグはかつてこう語り ました。「赤子の誕生は,この世が続くべき との,神の意見の表れである。」14その赤 子の未来のために,そして皆さんの未来 のためにも,強くあってください。信じ続け てください。愛し続け,証をし続けてくだ さい。祈り続けてください。その祈りは聞 かれ,まったく期待できないと思えるときに こたえられます。神は子供に,そして子供 の親に,ほかのだれに与えるよりもいちば ん惜しみない援助を与えてくださることで しょう。
「また,イエスは群衆に語って,『あなた がたの幼い子供たちを見なさい』と言わ れた。
そこで彼らは,……天に目を向けたとき,
天が開くのを見た。そして,天使がまるで
火の中にいるかのような有様
ありさま
で……降
くだ
っ て来るのを見た。天使は降って来ると,幼 い子供たちを取り囲み,幼い子供たちも 火に包まれた。そして,天使は幼い子供 たちに恵みを施した。」15
いつもそのようになりますように,子供た ちの た めに 心 から,イエス・キリストの 御名
み な
によりお祈りします。アーメン。
注
1. 3 ニーファイ17:11,14−16,18,
21−23 2. ヨハネ14:6参照 3. 2 ニーファイ28:30 4. 教義と聖約68:4 5. 教義と聖約128:13参照 6. イザヤ33:23
7. Conference Report, 1964年10月,
135−136,強調付加
8. マーシャル・マクルーハン。ジョン・レオ,
The Proper Place for Commercial-s, U.S. News and World Report, 1989年10月30日付,71で引用 9. イザヤ54:2;3ニーファイ22:2参照 10.ルカ15:17参照
11.ジョセ フ・ス ミ ス 編 ,L e c t u r e s o n Faith(1985年),56参照。人間の証に 対する親の影響力について,明白な声明 が記されている。
12.2ニーファイ25:23,26,28,強調付 加
13.わたしは,カーリール・ギブランのThe Prophetから,この隠喩
い ん ゆ
を思いついた。
14.The Columbia World of Quotations
(1996年),48047番 15.3 ニーファイ17:23−24