で堪え忍ぶ精神が求められるものです。
「したがって,あなたがたはこれからも キリストを確固として信じ,完全な希望の 輝きを持ち,神とすべての人を愛して力 強く進まなければならない。そして,キリ ストの言葉をよく味わいながら力強く進 み,最後まで堪え忍ぶならば,見よ,御父 は,『あなたがたは永遠の命を受ける』と 言われる。」(2ニーファイ31:20)
「さらにまた,わたしはあなたがたに言 う。あなたがたがわたしの命じることを 何であろうと努めて行うならば,主なるわ たしは,あなたがたからすべての怒りと 憤りを解こう。そして,地獄の門もあなた がたに打ち勝つことはない。」(教義と聖 約98:22)
「備えていれば恐れることはない。」(教 義と聖約38:30)
わたしたちはこれまで,主の生ける預 言者から指示を受けてきました。わたし はゴードン・B・ヒンクレー大管長が今日
こんにち
の 主の預言者であることを証
あかし
します。大管 長はこの時代に必要な霊感に満ちた勧告 を授けてくれています。
2001年10月の総大会で大管長はこう言 いました。
「さて,今日
こんにち
,わたしたちは特別な問題 に直面しています。深刻で,痛切かつ困 難な問題であり,わたしたちにとって大き な関心事となっています。確かにわたし たちは主を必要としています。……
わたしたちの安全は生活の徳高さにか かっています。わたしたちの強さは義の 中に存在しています。神は次のことを明 確にされました。すなわち,わたしたち が神を捨てなければ,神はわたしたちを 見捨てられないということです。」(「また 逢
あ
うまで 」『 リア ホ ナ 』2 0 0 2 年 1 月号 , 104−105参照)
指示を受けたわたしたちはその指示に 従順に聞き従わなければなりません。召 された指導者に聞き従わなければなりま せん。
あるとき救い主は群衆を羊飼いのいな い羊の群れにたとえられました(マタイ9:
36参照)。この教会のすべての会員には 羊飼いがいます。定員会の指導者,監督,
ステーク会長です。
また主はわたしたちに,聖文を調べて 戒めに従うように求めておられます。
主は「わたし自身の声によろうと,わた しの僕
しもべ
たちの声によろうと,それは同じで あ」り(教義と聖約1:37−38),すべて成 就すると約束しておられます。
主はこう宣言されました。「何であろう
と聖霊に感じて語ることは,聖文となり,
主の心となり,主の思いとなり,主の言葉 となり,主の声となり,救いを得させる神 の力となる。」(教義と聖約68:4)
「何をしてもうまくいかないときは,どう か指示に従ってください。」
このことを実行できますように。イエ ス・キリストの御名
み な
によって,アーメン。
何
年も前のことです。妻とともに ある神殿結婚に参列してから,披露宴でガーデンパーティーに 出席しました。知り合いの若い二人が,
この世から永遠にわたって結ばれたので す。二人は深く愛し合っており,その出会 いは奇跡としか言いようのないものでし た。人々の目には,喜びの涙があふれて いました。そのすばらしい日の夕暮れ,わ たしたちはお祝いを言いに行く人々の列 に加わっていました。列の前方には,こ の家族の親しい友人が並んでいました。
この友人は新郎新婦に近づくと,美しく澄 み切ったテノールの声で歌を披露したの です。ルツ記の感動的な言葉を歌にした ものでした。「わたしはあなたの行かれる 所へ行き,またあなたの宿られる所に宿 ります。あなたの民はわたしの民 ,あな たの神はわたしの神です。あなたの死な れる所でわたしも死〔に〕ます。」(ルツ1:
16−17)
わたしたちは深く感動し,二人がこれ から幸福な人生を歩むことを再び確信し ました。この同じ言葉がわたしたちの家 の壁に何年もかけられていたことも,そう 確信した理由の一つだったのでしょう。
悲しいことに,この美しい言葉の重要 性は薄れてきています。今日
こんにち
あまりにも多 くの結婚生活が破綻
は た ん
しています。利己主 義や罪,また自己中心的な考え方が,聖 約や献身よりも重視されているのです。
永遠の結婚は創世以前に定められた原 則で,死がこの世に入り込む前に設けら れました。アダムはエバに,エバはアダム に,堕落
だ ら く
の前にエデンの園で神から与え られました。聖典にはこう記されていま す。「神が人を創造された時,神にかたど って造り,彼らを男と女とに創造された。
彼らが創造された時,神は彼らを祝 福
〔された。〕」(創世5:1−2,強調付加)
神の偉大な計画は,神の子供たちを祝 福するために立てられました。歴代の預 言者は,その計画の完璧
かんぺき
で最高の要素に ついて一様に語っています。それは永遠 の結婚です。
エズラ・タフト・ベンソン大管長はこう述 べました。「結婚の聖約への忠誠は,この 世では最上の喜びを,来世では栄光に満 ちた報いをもたらします。」(The Teach-ings of Ezra Taft Benson〔1988年〕533−
534)ハワード・W・ハンター大管長は,日の 栄えの結婚を「この上ない福音の儀式」で あると述べ,「日の栄えの結婚に至るまで
〔ある人にとっては〕幾らか時間を要し,こ の世の生涯を終えるまでかかることもあ
る。」しかし,ふさわしい人が退けられるこ とはないと説明しています(Teachings of Howard W. Hunter, クライド・J・ウィリア ムズ編〔1997年〕132, 140)。ゴードン・
B・ヒンクレー大管長は,永遠の結婚を
「すばらしいもの」と呼び(「神が合わせら れたもの」『聖徒の道』1991年7月号,72参 照),「すべてにまさる貴い賜物
たまもの
」であると 述べています(「永遠に続く結婚」『聖徒の 道』1974年11月号,523参照)。
その賜物は壮大で栄光に輝くものです が,何の代価もなしに与えられるわけで はありません。それは条件を伴っており,
付随する聖約の条件を満たさなければ,
取り上げられてしまうこともあるのです。
教義と聖約第131章ではこう教えていま す。「日の栄えの栄光には,3つの天,すな わち3つの階級がある。その最高の階級 を得るためには,人はこの神権の位(す なわち,結婚の新しくかつ永遠の聖約)に 入らなけ れ ば ならな い 。」( 教 義と聖 約 131:1−2)
聖約は,神聖な約束です。わたしたち が何かを行うと約束するのに対し,神は 義務を負われます。結婚の聖約を守る 人々に,神は完全な栄光と永遠の命をお 与えになります。また,子孫を永遠に増 し加えてくださり,日の栄えにおける昇栄 と完全な喜びを約束しておられるので す。それについてよく理解していても,祝 福を受けるためにわたしたちに課せられ ている義務について,あまりよく考えない ことがあります。少なくとも3つの義務が この聖約の一部となっていることを,聖典 は明らかに述べているように思われます。
第1に,永遠の結婚は永続します。永遠 とは,絶えず成長し,向上することです。
夫婦は誠実に自分自身の完成に努め,夫 婦関係は,意見が分かれたり困難な状況 に陥ったりしたからといって,軽率に放棄 すべきものではありません。愛は時がたつ につれていっそう強くなり,死後も続きま す。そして伴侶
はんりょ
と永遠に寄り添うという祝 福を受けるのです。問題や相違は消えて なくなるわけではないのですから,解決す るよう努めた方がよいのです。永遠とは,
悔い改め,赦
ゆる
し,寛容,忍耐,希望,慈愛,
永遠の結婚
七十人
F・バートン・ハワード
何かを永続させたいと願うなら,ほかのものとは異なる扱いをしなければならないの
です。……それが特別なものとなるのは,特別な扱いをしたから〔です〕 。
愛,謙遜
けんそん
を意味します。これらはすべて,
永遠の事柄にかかわっています。永遠の 結婚を遂げたいと望むなら,こうした徳を 身に付け,実行しなくてはなりません。
第2に,永遠の結婚は神により定められ たものです。つまり,結婚の聖約を交わ す当事者は,神に従って結婚生活を送り,
ともに祈り,戒めを守り,欲求や情熱を預 言者が教える一定の限度内に抑えるので す。伴侶と対等な関係を保ち,家の中で も外でも誠実で貞潔であることを意味し ます。神によって定められたということ は,一つにはこういうことなのです。
第3に,永遠の結婚は神との協力関係 のような状態にあります。神は,神殿で結 び固められた人々に命の存続を約束して おられます。産めよ,増えよ,地に満ちよ というアダムとエバに与えられた戒めに は,創造主と一つになるという意味が込 められています。子供たちに福音を教え る義務があるのは,彼らも神の子供たち だからです。そのために,家庭の夕べや 聖文研究,福音に関する話,奉仕などを 行うのです。各人が召しや役割を果たす
うえで,互いに助け合い,支え合う義務 があるように思われます。妻が初等協会 へ召されたり,夫が監督会へ召されたり したときに,互いに支え合うことができな いなら,神と一つであるとどうして言える でしょうか。
結婚の聖約には少なくともこれら3つと,
恐らくそれ以上の事柄が含まれるでしょ う。妻や夫に暴言を吐いたり,身体的な 虐待を加えたりする人,また伴侶を侮辱 したり,名誉を傷つけたりする人,不正に 支配する人は聖約を守っているとは言え ません。それは戒めを守ることを怠る人 や,指導者を支持しない人にも同じこと が言えます。この考えは間違っていない ことでしょう。理由なしに召しを断る人 や,隣人を軽んじる人,また,この世的な 生き方をほどほどに取り入れている人 も,危険を冒しているのです。聖約の中 で自分の義務を守らないならば,神の約 束は果たされません。
何よりも,永遠の結婚は,結婚生活がう まくいくよう全力を尽くして初めて達成で きるものだと思います。これについてわ
たしが知っていることの大部分は,妻か ら学びました。結婚してもうすぐ47年に なりますが,妻は最初からどのような結婚 がしたいか知っていました。
結婚当初,わたしたちは貧しい大学生 でした。しかし,妻が結婚に抱いていた 思いは,銀食器に表れていました。欧米 の習慣に見られるように,妻は結婚した とき,近くのデパートへ行ってお祝いに欲 しい物を書き出しました。鍋やフライパン,
台所用品などの生活必需品を書く代わり に,妻は別の物を選びました。銀食器で す。デザインや数を決め,ナイフ,フォーク,
スプーンだけをリストに載せ,ほかには何 も選ばなかったのです。タオルやトースタ ー,テレビもなく,ただナイフとフォークと スプーンだけが挙げられていました。
結婚式が済むと,友達や両親の友人か ら贈り物を頂きました。そして短い新婚 旅行に出かけ,帰って来てから贈り物を 開けることにしたのです。開けてみて驚 きました。ナイフやフォークは1本もなか ったのです。それは笑い話となり,わたし たちは結婚生活を始めました。