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真の蒋介石像を求めるのにどのくらいの道のりがあるのか?

ドキュメント内 untitled (ページ 195-200)

 

20世紀の中国大陸における蒋介石研究の軌跡を簡潔にまとめるならばおおよそ以下 ののようないくつかの印象を指摘できる。

(一)蒋介石研究は多方面からの様々な要因によって制約を受けており、その要因は 主に包括すれば以下の点である:中国大陸自体の社会発展、政権政党のイデオロギー の史学研究に対する影響、史学界の研究に対する考え方の変化、中台関係の変化、学 術交流と史料の開放度合。

(二)改革開放前の30年間の蒋介石研究は、基本的に学術研究の範疇に属して いなかった。それ以後、蒋介石研究は曲折を経たけれども、徐々に“政治のために服務す る”という常套的な手法から脱し、(純粋な)学術研究へと向かい、大きな進歩を遂げ た。蒋介石の評価の面では、“一撃でたたきのめす”という全面否定から、実事求是―具 体的問題、具体的分析―の方向に向かった:研究の範囲は徐々に縮小し、蒋介石は古 今東西における一切の悪の代表であるというものから、中国大地主階級の代表であるとす るものへ、そして国民党反動派の代表であるとするものへ、そして“四大家族”の代表 へ、さらに彼自身への研究へと回帰していった。このような何重もの“タマネギの皮をむく”

ような進歩の過程は研究の深まりと共に完成していったものである:研究によれば、蒋介石 は別に国民党を代表していたとは言えず、党内には少なからぬ反対勢力があり、彼は完全 に国民党を掌握しておらず、何度か下野させられた経歴があった。彼はまた“四大家族”

(“四大家族”の概念についてもすでに疑義が提示されている)を代表していたとは言え ず、蒋と宋子文との政治に対する見解は異なっており、両者は時折衝突し、感情的にも しっくりいっておらず、蒋が大陸で敗れた後、孔氏、宋氏はいずれも台湾に行かなかっ た。蒋介石の具体的な研究の方面では、彼の階級属性を強調するものから徐々にその個 人的特質、つまりその特殊な生活経歴・心理的特性や性格などに目を向けるようになっ た。資料研究の方面では、単一の革命資料(例えば『毛沢東選集』など)から、国内 外の保存資料、報刊資料(台湾史政機構が収蔵し、出版した国民党と蒋介石の資料も 含む)、回想録、映像資料などへと拡大した。

21世紀に入って、蒋介石研究を制約する諸要因は大きく変化した:大陸における改 革開放は経済面で非常に大きな効果を上げ、総体的な国力は高まり、社会は徐々に多元 化の方向へと発展し、史学研究の考え方においても多元化の方向を呈してきた。大陸で は民国時期の保存資料の公開についてはいささか制限があるものの、台湾では逆に蒋介 石の全ての保存資料を公開し、併せて選択された資料も次々と出版され、蒋介石の日記

も家族の同意を経て公開され、大陸の学者は海外を訪問した際に利用することができる。

二〇〇〇年、国民党は台湾の選挙で大敗し、民進党は“台湾独立”をわめき立て、“中 国離れ”を推し進め、それに連動して“蒋介石離れ”も進めたが、それはかえって大陸での 蒋介石研究をより重視することへとつながったのである。このような大きな背景のもとで、こ こ十年ほど蒋介石研究は質的に大きな飛躍を遂げ、新たなハードルを越えて新しい段階 へと入った。

過去を鑑みて今を知る。1949-2000年、中国大陸地区の蒋介石学術研究 の苦難に満ちた道のりを回顧することは、経験や教訓、規律性のあるものを総括しようとす ることであり、それは今後の研究の手本となるものである。蒋介石研究の前途に対し、筆 者は楽観もし、悲観もしている。

当面の学術環境と学者の努力から考えると、筆者は短期的な前途に対しては比較的楽 観している。まず、中国経済はますます発展し、社会もさらに多元化しており、蒋介石と当 面の政治との関わりも浅くなってきており、政治家も過度な注意を払うはずもなく、一人の単 純な“歴史人物”と見なされるかもしれない。現政権の安定により、政治家と一般民衆は十 分な自信と寛容さを持って前代の敵を評価し、また“苦しかった過去を思い出し、現在の幸 せをかみしめる”ことによる政治的な働きかけも必要ないのである。次に、国共の関係、つ まり海峡両岸のつながりも日増しに緊密になっており、たとえ再び争いが起こったとしても、

完全に“歴史的な貸し借り(かつての国共内戦)”を清算することに固執することはないだ ろう。さらに、国際交流と協力の発展により、学術界は“国際化”“現代化”の視点に立っ て、中国近現代史及び中華民国史の研究を深め、新しい認識を形成してきており、この ことは蒋介石研究につての考え方(当然、蒋介石研究の成果もまた民国史研究を推し進 め、二者は相補い合うものである)の幅を必ずや広げるであろう。新資料の公開と出版と が一つの新しい“蒋介石研究ブーム”を促すであろうと筆者は確信する。資料は史学研究 の基礎である。学術史上、新資料の発見によって“人気のない分野”が“人気の分野”へ と変わった例は常にあった。しかし、蒋介石の資料と日記は台北とスタンフォード大学とが 別々に対外向けに公開しており、これらの資料を利用して書かれた論著はすでに学界の 注目を集めているが、しかし結局のところ様々な条件的制約により直接利用できる大陸の 学者は依然として少数である。蒋介石の資料の一部分(《事略稿本》)はすでに続々 と出版され、蒋介石日記の出版も進行中であり、このことは必ずやより多くの学者をこの研 究へと引き入れ、より多くの研究成果が世に現れることになるであろう。

 

ただ、長い目で見ると、筆者は蒋介石研究(ひいては民国史研究)の前途に対して

現実の政治と歴史研究 中国大陸地区の蒋介石研究(1949-2000)

いささか悲観的である。国民党政府、蒋介石は結局のところ中共と現政権の最大の敵で あり、中国革命の“合法性”、“正当性”は“反動統治”を打ち倒したという土台の上に成り 立っているからだ。少なくとも相当な長期間、蒋介石と民国政府の“根本的性質”は学者の 研究ではなく、党が確定する。民国史研究と蒋介石研究はなお“政治”と“学術”のはざま で進歩し(またはあがい)ているが、その進歩とは、政権が許す範囲内で行われるもの である。①どの時代にもそれぞれ自分なりの“蒋介石研究”があり、いずれも“真実の蒋介 石”を求めている。真に“政治は政治に帰し、学術は学術に帰す”とならなければ、おそらく

“真実の”蒋介石を捜し求めることは不可能であろう。②

私たちは、現在の比較的開放的な環境と新たに公開された史料を用いて、先達の足 跡に沿って懸命に研究し、“真実に近い”蒋介石を探す努力することしかできないのであ る。

芝崎厚士(駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部)

国際文化と世界共和国

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