家族形態 妻、子ども1人
インタビューの場所 駅最寄の喫茶店
現状と今の仕事
現在、ベアリング製造会社勤務。包装工場で製品化されたベアリングの最終工程、出荷で きるように製品の箱詰め作業に従事。
これまでの主な経歴
実業高校の機械科を卒業後、ベアリング製造会社に入社。ベアリング製造機械担当、20年 間ベアリング選別機械の運転に従事。次にミニチュアベアリング製造部門に異動し5年間勤 務。さらに梱包部門に異動し5年勤務。現在の包装工場の仕事は3年前に異動。
初職への移行
実業高校の機械科を卒業。就職は学校任せで、毎年卒業生が就職しているつながりのある ベアリング製造会社に学校推薦で就職。製造業は地味だが、歴史のある会社なので堅実さと、
安定性を評価して入社。
仕事内容
○初職 ベアリング製造会社で製造機械の運転を担当
最初の配属は、機械科を卒業したということで、製造機械の運転を任命された。ベアリン グは大小さまざまで、直径 0.3 ミリのものから 13 センチと大きいものまである。油を使う ので、大変汚い仕事という印象だった。機械操作にマニュアルはなく、見て学ぶことからは じめた。その後ベアリングの機械選別の仕事を任され、選別機械の運転に 20 年従事した。
後半、若い同僚との関係に苦労した。体力の違いや、スキルの差(新しい機械について行け ない)で生産性において劣るようになってきていた。
○2職 ミニチュアベアリング製造担当
製造部門では生産性を上げるために、24時間稼動を可能にする変則勤務体制を取っていた。
勤務の交代制で、1直、2直、3直、とあり、夜間勤務が多く、収入は増えるが体力的にもき つく、かねがね普通勤務である製造部門への異動を希望していた。その後、ミニチュアベア リング製造部門に異動でき、20年ぶりに普通勤務となった。収入は減ったが結婚し、子供に も恵まれ健全な家庭生活を持つことができた。
○3職 製品の出荷業務
製品倉庫において搬入、搬出を行う業務で、30人ぐらいの体制で行っていた。大変重いも
のを運ぶ重労働だったが、普通勤務なので、支障なく働くことができた。その後、製品倉庫 の改築に伴い、製品出荷体制が自動化になり、半分のメンバーで業務が可能となった。余剰 グループは異動を余儀なくされ、包装工場勤務となった。
○4職 製品の箱詰め包装を担当
出来上がった製品はロット管に入れられ、包装工場に流れてくる。包装工場ではそのロッ ト管から製品を取り出し、一個一個を紙の箱の小さな独立した部屋に詰め替える。この作業 を包装機械の操作で行う。原則的には普通勤務だが、一部残業も復活し、収入も増えた。
自分にとっての転機とは何か
一つは、クリスチャンの妻と結婚し、クリスチャンになったこと。一冊の本、聖書と出合 え、聖書を読むことによって、心が落ち着く場所、帰る場所が見つかった。仕事に対する姿 勢や人生の生き方が変わった。
転機に対する家族・周囲の反応
家族は息子も含め、毎週教会に通っている。家族で聖書をよんで話し合うことも多い。
教育・訓練経験・自己啓発など重要な活動
初職のとき、25歳ごろ、職場で必要な各種の技術の研修や講習を受けた。高圧ガスを取り 扱う丙種化学免許、基本的なボイラー取り扱いの技術、クラックインディケーター取り扱い 資格等を取得。
影響を受けた人・本など
聖書に出会えたこと。聖書を読むことにより人生観が変わった。世の中の欲しいもの、魅 力的なものを努力して得たとしても、本物の喜びは得られないことに気づいた。自分は昇進 にも昇格にも無縁な万年平社員のため、年下の上司に仕えたり、後輩との人間関係の難しさ もあるが、聖書を読むことによって克服できた。
自分にとっての仕事の位置づけ
結婚前まで(39歳)は、仕事が全てだった。自分の人生、生きがいを仕事の中で見つけよ うと努力してきた。今は、その考えが無くなったわけではないが、仕事するためだけに自分 は生きているのではないと思うようになった。若いときから背負ってきた重荷、仕事で、人 に笑われないようにとか、人に認められるようとか思い続けてきたが、自分のために一生懸 命仕事をしなければならないと変わってきた。
これまでの職業経歴を振り返っての評価
会社への貢献が少なく、月給泥棒かもしれない。しかし点数はつけられないが、個人的に は満足できる人生を遅らせもらっている。
将来・今後の展望
30年お世話になったこの会社で、与えられた仕事を力いっぱいやってゆくこと。
健康について
搬入、搬出で重い荷物を運ぶ仕事から、腰を痛めている(椎間板ヘルニア)。時々起きるが 休みながら仕事を続けている。
ケース15