ケース 45
自分にとっての転機
短大のスクーリング いろいろな境遇の同級生が全国からあつまっており、私は親元 にいるのだからまじめにやらなければならない、と刺激を受ける。「目覚めた」。
26歳のとき、恋人と父が相次いで亡くなった。忘れるために仕事に打ち込んだ。そし て3年後に結婚する。
幼稚園か保育園か
幼稚園の教育実習の機会を探しているときに、自分が卒園した幼稚園に、ピアノの先 生の縁で手伝いに出かける。お泊り保育、日曜学校のボランティアなど。オルガン、ゲ ーム、お話を牧師さんに気に入られ、幼稚園で働かないかと誘われ迷う。しかし実習の 経験から、保育園のほうが親・生活により密着していることに魅力を感じて、断る。保 育園のほうが「言葉かけに深みがある」。
この時点でまだ公立保育園の職員採用試験の結果は出ていなかった。父は自分で決め ろと言う。
その後 10年ほどで、幼稚園は閉められた。
アルバイト保育士をしながら採用を待つ。4月の採用通知を受け、早く(12月)来て くれと言われたが、12月はスキーなどやりたいことがあったので、結局1月に就任する。
影響を受けた人
・最初の赴任先の園長先生
仕事の厳しさを教わった。例えば、保育士が不足して充当しようとする場合、保育士 がラクをするためではなく、よりよい保育のために人をとるのだ、と強調した。当時は 厳しいと思ったが、今ようやくわかる。働くということはこういうことだ。
恋人と父が同じ時期に倒れ、同じ時期に死去した。このときは、仕事することで紛ら わせていた。この際も何があっても仕事には集中するように指導された。
免許をとって、母とドライブし気を紛らわせていると、いつまでもそんなことしてい ないで、結婚しろ、と見合いを勧めた。結局同僚の兄弟を紹介され結婚。
・短大のスクーリングに参加した同級生
他の参加者には、保母で幼稚園教諭を、また幼稚園で保育士の資格をとろうとする者 がいた。いろいろな境遇の同級生が全国からあつまっており、私は親元にいるのだから まじめにやらなければならない、と刺激を受ける。
結婚・家族の援助
夫は、同僚の兄弟。よい人である。団体職員。
遅番、早番のときは助けが必要だが、そのような時保育園の送り迎えを手伝ってくれ
た。夫もできないときは、母が手伝ってくれた。
教育・訓練経験、自己啓発など重要な活動
高校卒業後 短大通信教育部保育科。ピアノ教室で初歩から5年間学ぶ。ピアノは保 育科の単位に必須。自宅でも電気ピアノを買って、毎晩練習した。楽しかった。
保育の仕事には、細かな配慮が必要。経験の積み重ね。若い人からも学ぶことが多い。
行政が研修会を催す。それぞれ年5−6回。NPOなど民間の講座もある。保育技術、心 理などを学ぶ。年間3回ぐらい出席している。食事の支度、職員会議などあり、参加回 数は限られる。
もっとも効果的なのは、経験の積み重ねであるので、若い人にはアドバイスする。そ の一方で若い保育士から学ぶことも少なくない。また街を歩いていても、保育のことを 考えていることが多い。ウィンドウディスプレイでも、学べる。
現時点での興味の対象は、子供の心を捉えること、独りよがりを修正すること。
仕事上の達成
何か具体的にあるというよりは、父兄に喜んでもらえることが達成である。そしてや ろう、という気持ちになる。
これまでの職業経歴を振り返っての評価
満足度は8割ぐらい。やればやっただけのことが、子供たちから返ってくる。「私が這 ってでもいかないと」保育園は進まない。一方足りない部分もあるので8割。
将来・今後の展望
体力・心の健康、健康が必要。一人担任も増える。副園長になることを考えなければ ならないかもしれない。よって気の進まない主査試験も受けなければならないかもしれ ない。一人担任は昨年からの新しいチャレンジである。
健康について
問題ない。ただし、保育士は体力の増強が課題である。
その他の特記事項
声がかすれていた。平日は声をからして子供を見ている。肩肘張るわけでもないが、
保育士としての誇りを感じさせる。インタビュアーとの対話の中でも、常に保育で使え るアイデアをさがしている。また、高校卒業時にあきらめたデザインへの興味が、現在 保育園の仕事に役立っているのも印象的だ。
若いころと比べて体力が落ちていると繰り返した。子どもを相手にする仕事はきつい。
望んでいるわけではないが、副園長になることを考えなければならない。
ケース 46