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男性  50 歳

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家族形態  父、母、妻、子ども2人、

現在  自宅に構えた事務所にて社会保険労務士

インタビューの場所  対象者が自宅に構える社労士事務所

現状と今の仕事

  現在は自宅に構えた事務所にて社会保険労務士(以下、社労士)として約 30 社の労働・

社会保険に関する手続業務を、加えて、そのうちの 10 社の人事・労務に関するコンサルテ ィング業務を請負っている。

これまでの主な経歴

  氏は地元の高校、大学を経て昭和52年に卒業後、すぐにA株式会社(以下A社と記す)

に就職した。同氏は同社を昭和 56 年に退職したが、在職中の4年間において、電車関係、

ビル工事関係の電気工事業務、そして同社退職直前に内勤の製図業務を担当した。

約1年後、同氏は地元の商工会に再就職し、主に中小企業経営者を対象とする税務、労働・

社会保険、融資等に関する経営指導員の業務を約15年間担当して退職した。

平成9年に同商工会を退職した同氏は、同商工会在職中に資格取得した社労士としての仕 事を開始。同氏の社労士としての仕事は、当初、税理士事務所の仕事との兼業であったが、

社労士の業務が増えてきた平成 12 年8月に自宅に事務所を構えて独立開業した。現在4年 目である。

職業生活への移行

○高校卒業時から大学進学時まで

  氏は、地元の公立高校普通科を卒業後、四年制大学工学部電気工学科へ学校推薦により進 学した。この選択は、同氏が高校時に文科系科目(特に古文・漢文)を苦手としていたこと も一因であるが、架線電気工事のアルバイト体験をきっかけとして将来電気工事の仕事(デ スクワークのような事務職でなく現場で働ける仕事)に就きたいと志望するようになったこ とも大きく影響している。なお、同アルバイトは同氏の父親が勤務するA社における体験で あった。

○学生生活

  氏は大学3年の1年間大学近くに下宿して通学したが、それ以外は実家から通学を続けた。

大学入学後、授業に出席するようになると、同氏には大学内でも友人ができたが、むしろ通 学で利用する電車で一緒になる他大学に通う地元の学生と遊ぶことの方が多かった。しかし、

彼らは文科系であったため試験期間が異なる等の理由から理工系の同氏とは自然と疎遠にな

っていった。また、学生時代における同氏の遊びや趣味は、サークル等グループによるもの ではなく、ギターやスキーといった個人で楽しむものであった。なお、大学3年時に同氏が 1年間下宿したのは、それまでの成績が芳しくなく留年の可能性すらあったので、勉強に集 中するためであった。

  4年に進学すると同氏は研究室に入り、卒業研究に取組んだ。卒業研究のテーマは電車の 動力制御をスムーズに行うための交流チョッパーの研究。研究室や卒業研究テーマの選択は 同氏のそれまで一貫した興味や志望を反映している。

学生時代において同氏のアルバイト経験はどれも長期休暇中である。同氏の印象に残って いるアルバイトは、下宿していた3年生の冬休みに実家に帰らないために行ったガソリンス タンドでの店員の仕事、夏休みに行った鉄工所での鉄板切断の仕事である。特にガソリンス タンドでの店員の仕事について、同氏はそれまでに経験したことのない対人業務を行う客商 売であったという点でつらかった印象を記憶している。

○就職活動

氏の大学時代はやや就職難であったが、果たして同氏が高校時代にアルバイトをしたA社 から大学宛てに募集があることを知るや同氏は早速応募し、大学進学の頃からの志望どおり

「電気工事関係の仕事」を担う同社に就職することが決定した。なお、同社は旧国鉄の下請 会社を生い立ちとしており、電車を走らせるための電気関連機具・工事を総合的に請負う上 場企業である。

就職後の職務と生活履歴

○初職

A社における氏の同期入社は高卒30人、大卒10人の大よそ合計40人であった。大卒は 全国からの採用で、卒業した大学からは毎年1人は採用があった。

同社において大卒社員は幹部候補生として位置付けられており、処遇も高卒社員と区分さ れていた。すなわち、大卒社員は入社後ごく短期間にいろいろな現場経験をした後、スタッ フとなって勤続年数順に部長−課長−係長の役職に就くといった具合である。

同氏は入社後、2週間の研修期間を経て現場に配属された。現場勤務の3年間に、同氏は 電車に関連する電気工事業務、新幹線トンネル関連電気工事、そして、ビル関連の電気工事 を担当した。この間、同氏は先輩によるOJTを通じて現場におけるいろいろな種類の仕事に 関する技術や知識を学んだ。このようにして現場経験を終えた同氏は図面作成担当のスタッ フに異動となったが、現場に戻りたいと思っていた。その後暫くして会社から「次はアルゼ ンチンへの海外赴任」と言われたことが引き金となって同社を退職した。約4年間の勤務で あった。

○2職への移行

  氏は、A社において内勤に配転となった頃から休日等の空いた時間があれば三味線の練習

に没頭するようになり、同社退職時には三味線を弾いて収入を得られる程になっていた。こ のような状況と将来設計を描かないままに退職したことと相まって、退職後約 10 ヶ月、同 氏は三味線を弾いて収入を得ながら就職活動を行った。民謡ブームで三味線で生活すること はできたが、蓄えはできないと感じていたという。結果的に、退職から1年後、県庁に勤務 する親戚の紹介により地元の商工会に就職した。商工会に就職するにあたって同氏はそこで の仕事内容を理解していた訳でなく、勤務を一生続けるつもりでもなかったという。

○2職

  商工会の仕事は前職と全く異なる内容のため、就職した当初、氏は大変苦労したという。

しかし、例えば商業簿記など同氏が知らない実務知識や技術については、商工会自身が主催 する勉強会や研修会に参加させてもらいながら自身でも勉強して身に付けていった。そのよ うにして、同氏が商工会の仕事を一人でできるようになるまでには3年ほどの期間を要した。

なお、同氏が見合いで結婚したのもちょうどこの頃であった。

  同氏が就職した商工会は局長1名、経営指導員2名、そして、補助員等2名の5人からな る職場であった。同氏は勤務2年目に経営指導員となった後、小企業経営者を対象とする税 務、労働・社会保険に関する相談業務、そして、融資等金融公庫への融資申込受付業務を平 成9年に退職するまでの 15 年間担当した。また、平成2年頃から7年間、役場の職員と2 人でミニ工業団地開発業務にも取組んだ。退職直前の3年間、同氏はこの業務にほとんど傾 注し、商工会の会員会社が4百数十社あるにもかかわらずこのミニ工業団地にかかわる4社 にかかりきりであった。このことも商工会退職の要因となった。

  また、同氏は商工会において以上のような仕事を行う一方で、就職した5年目頃から士業 資格をもとにした自営を志向するようになり、幾つかの士業資格の取得のための勉強を始め ている。その中で社労士が一番あっていると感じ、2年間かけて通信教育や通学コースを受 講し、在職中の平成6年に同氏は社労士資格試験に合格した。

○3職

平成9年に同商工会を退職した氏は社労士業務を手がけるようになった。当初、同氏は税 理士事務所に場所を借りて同事務所の仕事を手伝いつつ自身で受けた社労士の仕事を行って いたが、社労士の業務が増えてきた平成 12 年8月に社労士業務に専念するため自宅に事務 所を構えて独立開業した。

  開業して4年目、同氏は約 30 社の労働・社会保険に関する手続業務を、加えて、そのう ちの 10 社の人事・労務に関するコンサルティング業務を請負っている。同氏の就業は月か ら土曜日までであり、始業は午前8時から9時の間、終業は午後9時ごろというのが普段の 日課である。また、他人に任せられないとの思いもあって、同氏は開業のために人を雇って いない。年収は1,500万円程度。同氏の固定的な収入の柱は手続業務のための毎月の顧問料 であるが、やりたい仕事はコンサルティング業務である。顧問料は月3万円程度で単価を上 げたいが、30社しかなくお客さんを失いたくないので上げられない。同氏は社労士業務将来

の安定のためには退職金関係コンサルティングを請負うことが不可欠とみており、現在、同 業務を柱にすべく努力中である。

なお、仕事上必要な知識について、同氏は本で勉強した自分なりの解釈を勉強会で議論す ることによって習得している。社労士会の勉強会が年間最大 15 回程度開催されるが、同氏 は自分にとって価値があると思うものに出ている。

職業に対する想い

・仕事の嗜好

氏は、A社に勤務していたときに担当した仕事について想いを次のように語った。「電気 工事においては、電車関連のそれは仕事を始めたら自分のペースで最後までやれる。しかし、

ビル工事関連のそれは仕事に追いまくられるばかりで自分のペースで一つずつ片付いていか ない。そこでストレスがたまってしまった。そして、内勤。図面書きは非常に嫌なんです」。 また、商工会に勤務しながら自営を志向するようになった同氏が取得した資格が社労士であ ったことについて、同氏は次のように語った。「社労士は自分に合っている。その仕事は一つ ずつその場その場で片付いていく。人に携わる問題を扱うからマルかバツの世界ではない。

自分で働いて、苦労してそれなりの結果が得られる」。

・これまでの経験と社労士の仕事の関係

  過去の経験は現在の社労士の仕事に全部役立っていると氏は考えている。理工系で学んだ ので数字に対する違和感がなく、社労士において数字を相当に用いる給料シミュレーション に役立っている。A社での経験によって現場を分かっており、顧客が工事屋の場合、現場や 職人の話ができる。また、商工会での経験によって経営者について自分なりに理解し、彼ら が抱える問題もある程度関与できたことは社労士の仕事に役立っている。さらに、法律の現 場への適用という観点から、同氏は自身について職業経験のない社労士にないものを有する と自覚している。

  一方、一人で行う社労士とサラリーマンの違いについて同氏は次のように語った。「独立し て仕事をするというのは、仕事を見つけて、受注して、納品して、請求して、集金して初め てお金になるんです。それが大きな違いです」「開業した始めの頃は請求する金額の妥当性が 分からず、30 分で書ける1枚の手続書類を作るのに3万円請求することを悩んだ。しかし、

これを一般の人が法的根拠も含めて納得して書くには調べたりする時間を含めて1日必要だ という違いに気づき、自信をもって行えるようになった」。

・職業において求められる能力

職業において求められる能力について氏は次のように語った。「A社においては、体力、

技術力、そして、学力・電気の知識。商工会においては、人と上手に付き合える能力、ブレ ーンとなる人脈を多く持っていること。現在の社労士においては、特に判例に関する法律知 識、そして、やはりブレーン」。同氏は税理士、弁護士、行政書士らと遊び等の交流機会を多

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