第二章 過渡期における現代的株式会社形態と国有企業の齟齬
第二節 現代株式会社制度における国有企業財産権不明確問題
株式会社制度の導入後、いうまでもなく主要な目的は証券市場における資金調達である。
1993 年会社法は 152 条において、その上場条件について詳しく定めていた。152 条による と、「①株式は国務院証券管理部門の認可を得て社会に公開発行できる。②会社の総資本が 5000 万元以上であること③企業は設立日より 3 年以上を徒過し、直近の 3 年において連続 利益を達している。元の国有企業が法により株式制度化する場合、また国有法人が改めて 株式会社を設立する場合、遡って連続計算することができる。④人民元 1000 万元以上を所 有しており且つ株主数が 1000 人以上であることかつ発行株式数が発行済み株式数の 25%以 上であること資本が4億元以上に達する会社は 15%以上発行すれば足りること、⑤会社は 直近 3 年において重大な違法行為がなく、虚偽記載の財務会計報告がないこと、⑥国務院 が決めたその他の条件」と規定されている。しかし、当初これらの条件に適合するのは、
大型国有企業しかなく、民間企業や一般の国有企業は上場の機会も与えてもらえなかった。
そこで、一部の民営企業は上場するために国有企業の名義をかり、財産権不明確な例が複 数存在し、株式制度の確立において課題を与えた。これらの企業を「紅帽子企業」と称し ているが、下記において検討する。
◎
国有企業の名義を借りる上場ケース(紅帽子企業問題
49)
紅帽子企業50というのは、国有企業の名義を借りて企業活動に従事している私営(民営)
企業のことをいう。民営企業が企業経営の便宜を図って国有企業の名義を借りることが中 国では一時普通に思われていた。民営企業51としては、国有企業という紅帽子を被ると、資 金調達―銀行融資、税金、国の政策等の面からスムーズに優遇を受けることができた。
紅帽子企業問題が生じた原因は、1970 年代に遡ることになる。当時国有企業が主な企業 形態となっている中国では、政策上(当初中国にはまだ会社法がなかったので、政策をも って企業を規制していた)私営企業を厳格に制限52していた。そこで私営企業の事業主は、
企業を発展させるために、国有企業の名義(虚偽の出資証明または証明書類を提供する等 の形)を借りて登記し、国有企業に一定の管理費を納めることにしていた。そして企業は 名目上国有企業となっているが、実際は個人企業であった。
こうして中国には、紅帽子企業の形式が普通に存在し、1993 年に中国の会社法が公布さ
49 拙稿、早稲田大学大学院、法研論集
109
号参照。50 新華社
2003
年10
月10
日報道参照。51 李亜『民営企業の資本運営』(中国方正出版社 2003 年 1 月)。
52 当時中国ではまだ社会主義公有制を維持し、私営企業は資本主義であるからよくないような 方針により政策を策定していたし、国は普通の市民は私営企業に対し軽視の態度だった。私営企 業は税金も高く、国有企業の担保がないと銀行での融資もできなかった。
れ、株式制度が本格的に導入されるようになって、民営企業の上場時に再び利用されるよ うになった。前述したように、旧会社法 152 条では企業の上場条件について規定している が、その条件を満たせる企業は当初大手国有企業しかなかった。そこで、国有企業の名義 を借りて上場する民営企業のケースも多く現われ、華辰中国自動車株式会社の事例はその 典型例であった。
―資料 紅帽子企業「華辰中国」の事例
華辰中国の紅帽子企業化過程華辰中国は、中国の東北遼寧省で乗用車を生産する会社53であり、1992 年 10 月に香港と アメリカで上場した中国の初の民営企業である。
華辰中国の株式構成54を見ると、中国教育発展基金会が、名目上華辰中国の 39.46%の株 式を、一般株主が 56.9%を所有しており、仰融、呉小安、蘇強等の取締役が 3.7%を所有 している。そして本事例では中国教育発展基金会が紅帽子となっている。
ここでまず会社の設立から紅帽子企業化に至るまでの経緯55をみることにする。1991 年 2 月に、仰融という実業家は香港で登録資本が 1000 万香港ドルに達する香港華博財務有限公 司を設立し、1991 年 7 月に遼寧省沈陽金杯自動車有限公司および海南華銀信託有限公司と 遼寧省沈陽で合弁企業―沈陽金杯バス製造有限公司56を設立した。その後、またアメリカで 上場するために、1992 年 5 月に中国教育発展基金会(発起人は中国人民銀行教育部(10 万 元投資)、華辰中国(200 万元投資)、中国金融大学、華銀信託公司となっており、中国教育 発展基金会の登録資金は 210 万元となる。)という国有性格を有する「社団法人」を設立し、
1992 年6月に、アメリカのバミューダ(Bermuda)で 1 米ドル会社―華辰中国自動車持株有 限公司を設立57(以下「アメリカ華辰中国」と称す)した。そして中国教育発展基金会にア メリカ華辰中国の 55.7%の株式を所有させ、中国教育発展基金会はアメリカ華辰中国の大 株主となった。更に、またアメリカ華辰中国が沈陽金杯バス製造有限公司の 51%の株式を 所有する等の株式移転を行った。
このような調整を経て、華辰中国は中国教育発展基金会という紅帽子を堂々と利用する こととなった。事実上中国教育発展基金会は華辰中国に 1 元も投資しなかった。実際香港 華博財務有限公司と中国教育発展基金会の間には株式譲渡に関する如何なる法手続きも行
53 孔傑、韓建軍『2001 年中国資本運営事例』(中国経済出版社、2002 年)。
54 「華辰グループ概要」中国自動車新聞
2002
年5
月30
日報道参照。55 「競争力雑誌」2002年
2
月4
日記事参照。56 当合弁企業の登記資本は
2998
万ドルであり、華辰が現金1200
万ドルを投資して40%の持
分を持ち、沈陽金杯は評価されて資産1800
万ドルをもって投資した。そして、当合弁企業は豊 田からライセンスを導入して豊田ライオンワーコン車を生産した。沈陽金杯は生産管理の責任を 負い、華辰は融資運営を担当したのである。当時1992
年に中国企業の海外での融資方式は、合 弁企業の設立および債権借入があった。この時に、仰融氏は海外における株式融資に気を配り、合弁企業における持分をアメリカ市場で上場しようとする発想をし、それが政府の支持を得たの でアメリカでの上場を試みたのである。前掲注(7)
57 当時中国は会社法を有していないため、中国の企業はアメリカで保護されなかった。そこで、
アメリカで企業を設立したという。
っていないのである。
上述の経緯を踏まえた華辰中国は 1992 年 10 月に、国有企業の名義58でアメリカに上場し、
その後上海華辰実業公司、香港華辰自動車持株公司、珠海華辰持株有限責任公司を設立し て、これらの企業の持分も中国教育発展基金会の名義にしたが、中国教育発展基金会は出 資していない。
中国教育発展基金会は実際会社に投資していないし、経営管理もしていないため、中国 会社法第 4 条の規定59によると華辰中国の投資者権益を享受できないはずであった。華辰中 国は中国教育発展基金会の名義を借りて、投資運営を行ったことに対しては認めていた。
中国教育発展基金会は確かに会社の発展と成長において積極的な役割を果たしたといえる。
中国教育発展基金会の名義で華辰中国は国の優遇政策を享受し、銀行から順調に融資を得 た。中国教育発展基金会が華辰中国の発展に決定的な役割をしたのは事実であった。仰融 氏が日々表向けに華辰中国は国のものだと強調したのも、そこに原因があると考えられる60。
―紅帽子企業華辰中国の国有化
前述したように、華辰中国は車を生産する会社であった。現在の中国では車産業の市場 性と需要が高まり、もし一つの地方に車を生産する企業があると、その地方の経済を支え る主な収益となっていた。華辰中国も例外ではなかった。しかし、代表取締役仰融氏は企 業の規模を拡大するため、また他の地方浙江省に投資しようとした。しかし企業の経営判 断等の方針を無視して、地方経済の保護主義から出発した遼寧省政府はこれに干渉し始め た。
遼寧省政府は華辰中国を完全コントロールするために、強制的に株式を譲渡する方式を 通して紅帽子企業―華辰中国を国有化する措置をとった。
2002 年 3 月、遼寧省政府61は、地方政府の省令により華辰中国の全ては国有資産だと認
58 株式交換を通して中国教育中国教育発展基金会は華辰中国の
39.46%の株式を所有している
ことになり、華辰中国は国有企業になった。中国の国有支配会社に関する規定により国有株が30%以上である場合、その企業は国有企業だと性格をつけることが可能であった。
59 中国旧会社法第 4 条の規定によると「会社の株主は出資者としてその投資資本により利益配 当、重大な決議および管理者選任等の所有者の権利を有する。」ただ、アメリカで上場するには、
中国の民営企業の名義だと規制が厳しく(華辰中国がアメリカで上場した
1992
年に中国にはま だ会社法が制定されていないため、中国の民営企業はアメリカでまったく信用されていなかった のでアメリカ証券監督委員会の信用評価を得ることができなかった)、国有企業だと手続きをス ムーズに進めることができるという理由により中国教育発展基金会を設立し株式移転の方式で その名義を借りた訳であった。60 龍龍、「政府と仰融氏の矛盾」http://www.cat898.com。
61中国教育発展基金会について政府は以下のように主張した。「中国教育発展基金会は非営利団 体組織であり、営利会社ではない。そこで、こういう経済組織には発起人はあるが、投資者はい ない。尚かつ、株主は存在しないのである。仰融氏は中国教育発展基金会が登記する時に華辰中 国の名義で出資したが、それは寄付の性格をもっている。中国教育発展基金会は多くの寄付を受 けているが、寄付行為が成立するとその資産は公共財産になり、寄付者と関係ないのである。遼 寧省政府は仰融氏を国有資産の経営者だと公布し、また華辰中国が国有資産であることを十分証 明できると述べた。華辰中国の始めと発展において国有資本が主となっている中国教育発展基金 会は決定的な役割をした。中国教育発展基金会の活躍で、会社は優遇政策をもらい、国からも融 資してもらい、多くの問題とトラブルを解決した。中国教育発展基金会がなければ、華辰中国の