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現代における音楽教育の意義

第三章  音楽科の目標

第1節 現代における音楽教育の意義

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 「ヒトは他の動物と異なり、情操(知的感情)を有することで人間である。

情操は、人間としての入格や品性を形成する重要な因子であり、永い問の訓 練や教養によって育まれるものである。」と言われている。

 教育基本法第一条に、「教育は人格の形成をめざし…  」とあるように、

戦後の教育は、人格形成を第一義として出発し、これまで努力してきた。し かしながら、物質面の生活の豊かさをもたらした経済繁巣政策は、経済力を 第一とする考え方や高学歴指向などの世相を生み出し、この政策と世相とが 相まって、知育を重視するあまり、児童生徒の全人的な発達がおろそかにな る傾向をもたらした。

 1973年の石油危機を契機とする低経済成長への転換は、経済至上主義の幸 福感を急冷させるとともに、欧米に芽生えていた「教育における人間性の回 復」を求めるようになった。

 このような潮流の中で、教育審議会は、教育課程の基準の改善のねらいと して、「人間性豊かな児童生徒の育成」を盛り込んだ答申をした。その説明 の中で、自然愛や人間愛を:大切にする、:豊かな情操を養うことが重要である と述べている。 (1)

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 このように、戦後、今日ほど切実に人間性が問い直されたことはないであ

ろう。

 音楽科も、このような現実を直視し、積極的に対応していかなければなら ないであろう。また、音楽科だからこそ、その使命が果たせるのではなかろ

うか。

 そこで、今日における音楽教育の意義をさぐるために、まず、二つのアプ ローチを試みたい。一つは、前章までの、世界及びわが国の歴史的な音楽教 育観を通観しての、音楽教育の目的観の変遷の考察であり、もう一つは、明 治時代以来わが国が歩んできた音楽科の目標観の変遷の考察である。

 まず、音楽の効用や教育的価値を歴史的に振り返ってみると、次のように まとめることができる。 (2)

○ 原始社会の施療にみられる「音楽のリズム的効用」

0・古代ギリシアのエートス論にみられる「音楽の旋律的効用」

0 古代ローマの家庭や社会における「音楽の娯楽的効用」

0 中世キリスト教にみられる「音楽の宗教的価値」

0 実学主義の時代にみられる「音楽の道徳的価値」

0 教育自然主義にみられる「音楽の全人的価値」

○ 芸術運動期にみられる「音楽の生活面価値」

 このような歴史的な音楽教育面の大きな流れの中で、明治時代以後のわが 国の音楽科の教科目標はどう変わってきたかを考えてみよう。教科目標を吟 味するということは、人間形成という目的から音楽の教育的価値をどうとら

       91 えてきたかを知る上で、一番の手がかりになると思うからである。

 わが国の音楽科の目標を、戦前の法令中の要旨や学習指導要領の主目標の 中からひろって、小学校を中心にまとめてみると、次のようになる。

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o

唱歌科時代・一明治・大正・昭和初期

 「徳 性」  (唱歌科要旨)

芸能科音楽時代一昭和16年〜(国民学校時代)

 「情操、国民生活の充実」  (芸能科要旨)

 「国民的情操」  (芸能科音楽要旨)

音楽科時代   昭和22年〜   (学習指導要領の目標)

 「美的情操、人間性」  (昭和22年)

 「美的情操、人間性、人格、教養」  (昭和26年)

 「美的情操」  (昭和33年)

 「情操、創造性」  (昭和43年)

 「情 操」  (昭和53年)

 このようにしてみてくると、わが国におけるこれまでの音楽の教育的価値 を、次の五つの面でとらえることができるのではあるまいか。

(/)音楽教育は、道徳的心情を養うためになされる。

 この考えは、明治17年の「音楽取調成績急報要略」の中の「道徳上の関係」

にも見られる、明治時代の音楽教育出発期以来の根強いものである。具体的

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には、「小学校教則大鋼」 (明治24年)の中では「徳性ヲ藤」、「小学校 令」改正(。2)では「徳性ノ豆肉」となっている。

 この立場は、審美感の育成が道徳教育につながるとするものであり、古代 ギリシア時代以来、ある程度定説化しているものである。しかし、明治時代 の唱歌教育では、徳性の捌養という目的を一義的にとらえてしまった結果、

音楽美を通じての教育ではなしに、徳育的内容の歌詞そのものによる、知的 な道徳教育に陥いってしまったという批判も多い。

(2)音楽教育は、情操を養うためになされる。

 この考えは、現在の目標論の中心をなすものである。

 人間は、音楽を聴いて美しいと感じ、これを楽しむ心を持っている。この 感情は、一つの情緒と呼ばれるものであるが、このような美しい音楽に対す る感動が繰り返されることによって、心の中に、その美しさをいつまでも持 ち続け、さらにより美しい音楽を求めようとする強い感情が生まれてくる。

それは、情緒に比較して、より高い価値に対する感情であり、これを「情操」

と呼んでいるのである。

 情操は、その価値の対象により、知的情操、美的情操、宗教的情操、道徳 的情操に分けられるが、これらは相互に関連していることが多い。例えば、

音楽によって養われる情操は、直接には「美しいものを美しいと感ずる心」、

つまり美的情操にその中心をなすが、美しいものを見たり聴いたりしてその 美しさを感ずる心は、素直な心がもとになっているのである。このように、

美しさを感じとることができる心も、美的情操だけに関わるものではなく、

他の情操の価値との関係を無視することはできないと解される。

(3)音楽教育は、人間性を豊かにするためになされる。

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 音楽はもともと人間の心より起こったものである。だから、音楽は本質的 に、人海の心に帰っていく性質を持つものと考えられる。つまり、音楽は、

人間性を原点として存在するがゆえに、その本能的作用力で人間の感情に働 きかけ、人間をめさめさせ、心にゆとりをもたらして、入間をさらに人間ら しく生き生きとさせる効用があるものと考えられる。音楽教育は、現代社会 で最も求められている豊春性をめざめさせるために、重要な役割を果たすこ とができよう。

(4)音楽教育は、生活の充実や向上のためになされる。

 国民学校時代の芸能科の要旨には、「国民生活の充実に資せる…  」と あり、音楽が生活に密着した面を持つことを強調している。そもそも、生活 の中に音楽が全くなかった時代は存在するはずがなく、その意味では、しご く当然のことと言える。この立場からの効用論は、最も範囲が広く、実際の 生活の中に調和を与えるだけでなく、行事・労働・娯楽などの実用目的や、

さらに発展して、国家や集団の目的達成の手段ともなり得るのであるが、音 楽教育の効用を論ずる場合は、まず、個人の生活向上に資することを目的と

すべきであろう。

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(5)音楽教育は、創造性の育成のためになされる。

 創造性は、人間だけが持つ働きであり、想像をもとにしながらも、既存の 何かの要素がもとになって、自分なりの独創的な新しい価値を工夫・発見し、

作り出す能力であり、新しい課題を創意的に解決する働きであると言われて

いる。

 音楽はもともと創造的なものであり、それを媒介として行われる音楽教育 は、創造的な態度で学習されなければ意味をなさないと思われる。

 このような二つのアプローチを経て、再び音楽教育の今日的意義について 考えてみよう。

 今日の学校教育の目標>Ei一一一口で言い表わすならば、「調和のとれた豊かな 人問形成」とすることに異論をはさむ人は少ないであろう。それだけ、人間 性豊かな児童生徒の育成を待望する風潮が強いということである。それとと もに、近年、情操教育の重要性が強調され、教育全体の問題として取り上げ られることが多くなった。人間形成をめざす教育は、知・情・意など、全て にわたって調和のとれた教育でなければならないことが強調されているので、

特に欠けている情操の教育に力を入れる必要があるということであろう。

 音楽教育の現代的意義は、実は、この情操教育につながるものとしてとら えなければならないのである。その意味では、今までの音楽教育も、国民学 校の時代かち、情操の育成を目標にあけてきており、現行の学習指導要領の 中にもはっきりと明記されていることも考えると、正しい方向で歩んできた ように思われる。ただ、ここではっきりと確認しなければならないことは、

      95 音楽教育を情操教育の単なる手段として短絡的にとらえてしまうという過ち を犯してはならないということである。

 過去のわが国の音楽教育を回顧してみると、例えば、音楽教育を徳性の麹 養の手段として考えてしまった結果、音としての音楽そのものが忘れられ、

音楽教育が、徳育的な内容の歌詞そのものによるK知的な道徳教育に曲げら れてしまったという反省もあるのである。

 今日の学校教育の現場における深刻な問題である「校内暴力」や「非行」

のことを考えると、今後、学校教育において、道徳教育の充実が叫ばれるの は必至であろう。その時、音楽科はどのような立場をとればよいのか、この ことをはっきりさせておく必要があるのである。

 もちろん、音楽教育と道徳教育はおおいに関連するものであり、音楽教育 が道徳教育に与える影響を否定するものではない。ただし、それは直接的な 結び付きではなく、音楽教育は、あくまでも音楽を通じての教育であり、音 楽に対する感動によって、美的情操を養うことをねらいとするものである。

大事なことは、 「美しいものを美しいと感ずる心」、つまり美的情操がわき 上がって初めて、道徳的情操との結び付きが生じてくるのである。

 このように、音楽教育と道徳教育との関係は、間接的なものとしてとらえ られなければならない。そして、音楽教育は、芸術教科としての本質をもう

一一一dgi見直すことから出発し、音楽以外のものを取り去り、音そのものの追求 を通しての、より高い価値を指向するものであることを、明確にしなければ ならない。このような活動を通してこそ、音楽教育は真の意味で情操教育に なり得るのであり、それが、「調和のとれた豊かな人間形成」に寄与できる ことにつながるのだと思われる。

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 今日の学校教育は、実に多くの問題をかかえている。知的教科の重視が叫 ばれ、児童生徒の人間性が改めて問われている時代であるからこそ、音楽教 育の必要性は増してくるのではなかろうか。

 音楽教育は、心を育てる教科である。ややもすると、人間が機械化され人 間性が失われていく時代だからこそ、音を素材とした抽象的な構成美を通じ て人間の心情を育てるという、音楽教育の情操教育としての使命が、ますま す期待されなければならない。そして、そのことが、豊かな人問性を養うこ とにつながるものと確信するところである。