第3章 佐藤きむ実践の分析と考察 第1節 とりあげる実践の特徴と分析の方法
第8節 「蠅 (横光利一作、3年生対象)の分析と考察 」
1 実施時期と実践の特徴
平成4(1992)年度の実践である。
佐藤の実践上の課題に 「表現させた結果をそのあとの学習にどういかすか」ということがあ、 る。学習課題を工夫して表現させるところまではいいのだが、表現させたものを使ってあとの学 習を組み立てるのは難しい。表現し終えた時点で満足してしまう生徒が多く、他の意見や考えに 本気で興味を持たせることは至難の業である。が、表現したものを使って理解が深まる場面を設 定できなければ、真の意味で「理解よりもまず表現」が有効な指導方法だと主張することはでき ない。したがって、表現させたものに全員が目を通したり耳を傾けたりする必然性を生み出すこ とが 「理解よりもまず表現」という指導方法には不可欠である。、
このことは、中学校を退職するまで佐藤の課題であった。生徒が喜びそうな学習課題を設定す ることで、楽しく学習させることはできた。班ごとに各文段を担当させることで、どの班の学習 成果にもかけがえのない価値を与えた。複数の解答が生まれる学習課題にすることで、発表の段 階で生徒を飽きさせないようにした。しかし、表現したものをもとにお互いに学び合ったことで 個々の読みが深まっている、とは必ずしも断定できない。
例えば、全員分の解答を印刷して配布し、一斉学習で発表させたとする。生徒全員に発表する 機会があるという点で、一応は全員参加の授業である。が、1時間の大半は、発表を聞くことが 学習の中心となる。この場合、さしたる目的もなく聞くのでは、他の意見から学ぼうとする真剣 さに欠け、真の意味での全員参加とは言えない。
そこで、佐藤は、学習の最終段階に、それまでの学習成果に本気で目を通さなければ解決でき ない課題を設定した。具体的には、まとめの感想文に代わる学習課題を工夫するのである。
この試みは、比較的早い段階から佐藤が手がけていたものだが、どちらかというと、まとめの 課題はそれまでの学習と直接的には関連しないことが多かった。そのため、集団で学習したこと が役に立った、話し合ったことで自分の学習が深まったという実感を生徒に持たせるには、やや 物足りなかったと言えるだろう。
昭和 60 年度の「故郷」の実践では、グループで取り組んだのとほぼ同じ課題に個人学習で取 り組ませる方法をとっている。しかし、厳密に考えれば、お互いの意見を取り入れなければ書け ない課題であったとは言いきれない。
その点、この「蠅」の実践では 「ドラマ化するとしたら」という仮定のもとに、あらゆる学、 習がひと続きになるという特徴をもつ。まとめの段階における個人学習の課題が、それまでの学 習成果に本気で目を通したり耳を傾けたりしなければ達成できないものになっているのである。
また 「何が書かれているか」だけでなく 「どのように書かれているか」表現の特徴にも目を、 、 向けさせる学習がより自然なかたちで組み込まれており、佐藤の文学的文章の指導の一つの完成 型を見ることができる。
この実践は 1992 年の実践記録(注1)を中心に考察するが、これは、佐藤が中学校教諭とし て発表した最後の実践記録である。
2 教材について
平成2年度版教育出版社発行『新版中学国語3』所収の文学的文章である。構成と主題につい ては、佐藤の実践記録から抜粋する。
教師用指導書の「教材の研究 3構成」の箇所から抜き書きすると、各場面の内容は次の ようになっている。
一 真夏の宿場 二 馭者の登場
三 息子の危篤の電報を受け取って町へ行こうとする農婦の登場 四 かけ落ちの若者と娘の登場
五 母親と男の子の登場 六 田舎紳士の登場
七 「まんじゅう」の物語上での位置づけ 八 馬車の出発の準備
九 馬車の出発 十 馬車の転落
主題を短い言葉に凝縮して表すとすれば 「人間の運命の不安定さ、人間の生命のはかな、
“ さ」と言えるだろう。そのことを、一匹の蠅と対象させて描いているのだが、その蠅を「
目の大きな”蠅」として最初に登場させている。地球上で一番の高等動物であると自認して いる人間が、自らの運命を予知できないのに対して、蠅は、その“大きな目”で全てを見通 しているというところに、作者の人間批評がうかがえると思う。
(注2)
人生というのは自分の意志のみで歩むものではない。自分の意志とは無関係に、運命の糸 に縛られている部分が必ずある。自分の力だけではどうにもならない部分があるということ に、私は人生の安らぎを感じる。何故ならば、自分以外の力の存在を知ることで、順境の時 も傲慢になることを避けられるし、逆境の時もやたらに劣等感にさいなまれずにすむ。この 作品を通して、そうした運命ということについて考えさせたい。
この作品では、人間の生命が、馭者の居眠りという全くの偶然によって奪われている。一 方、死の危険からようやく逃れた蠅は、悠々と「生」の世界を飛んでいく。人間の運命の不 安定さ、生命のはかなさということが、蠅という何ら存在価値のない小さな生き物の登場に よって、より鮮明に浮かび上がっていることに目を向けさせたい。
横光利一は、新感覚派の代表的作家である。その象徴性の高い独特の表現や巧みな構成に ついても読み味わわせるようにしたい。
(注3)
ちっぽけな1匹の蠅だけが生き残り、7人もの人間の尊い命が一瞬にして奪われる。7人と1 匹が同じ馬車に乗り合わせたのは全くの偶然である。乗客の中には不測の事態で馬車に乗らざる を得なかった者もいる。蠅にしてみても、たまたま羽を休めたのが馬車用の馬の上であったのに 違いない。しかも、馬車が転落する原因となった馭者の居眠りも、おそらく一瞬の出来事であっ
ただろう。様々な偶然が重なり合った結果、7人の命は一瞬にして失われる。個人の境遇も思い も考慮されることはなく、7人全員が真っ逆さまに落ちていくのである。原因をつくった馭者で さえこの運命を免れることはできなかった。それとは対照的に、誰一人としてその存在に気づか なかったであろう一匹の蠅だけが 馬の背中から飛び立って助かるのである 日常であれば、 。 、「邪 魔だから」という人間の勝手な都合でたたきつぶされる運命にある蠅が、人間ですら察知できな かった運命のいたずらを回避する。この対照こそが、佐藤の考える作品の魅力である。
3 指導目標と指導計画
(1)指導目標
1 文章を読んで、人間についての考え方を理解し、自分の見方や考え方を深める。
2 意図が相手に伝わるように、根拠を明らかにし、効果的に工夫して表現する。
3 文章の展開に即して的確に内容をとらえる。
4 表現の仕方や文章の特徴に注意して読み味わう。
(注4)
(2)指導計画
実践記録から必要事項を抜粋し、再構成して示した。
次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)
1 ○通読し、感想をもた 班 ・1行空きで分けられた10の文段を、各班で一つずつ せる。 一斉 担当して音読する ( 故郷」の実践と同様)。「
班 ●〔学習課題1〕
この小説をドラマ化したいと思います。上映時間の関 係から十の文段のうち一つだけカットするとすれば、ど の文段をカットしますか。自分たちに割り当てられた文 段以外から選びなさい。また、自分たちの文段がカット できない重要性がどういう点にあるか、理由を考えなさ い。
・班で意見をまとめる。
一斉 ・班ごとにカットしたい文段を発表し合う。
・各文段の重要性を発表し合う。
2 一斉 ・ドラマを作るためには、どんなことを考慮に入れな ければならないか意見を出し合う。
班 ・班ごとに以下の課題から三~四つ選んで取り組む。
個人 ●〔学習課題2〕
某テレビ局のプロデューサー姿よし子さんから、附属
○各文段の役割を読み
中学校三年A組の皆さんに 『蠅』のドラマを制作するに
深めさせる。 、
あたって協力してほしいという依頼がありました。皆さ
○文章の展開に即して
んの意見を聞かせてあげてください。以下は、姿さんの 内容を把握させる。
手紙の要点です。
○表現の仕方や文章の
①限られた時間内に収めるために、二つの文段をカット 特徴に注意して読ま
したいと思います。どこをカットすべきか考えてくだ せる。
さい。また、最後の決定の際の資料にしたいと思いま
○人間の生き方につい
すので 自分たちの担当の文段が果たしている役割 重
ての考え方を理解さ 、 (
要性)についても教えてください。
せる。
②観客に特に印象づけたいものを、アップで画面に映し 出したいと思うのですが、人、動物、物、どれでもか まいませんので、三つ選んでください。
③ナレーターを蠅にしたいと思っているのですが、どう でしょうか。最初と最後のナレーションを考えてくだ さい。もしも、蠅がふさわしくないと思うのならば、
別のナレーターにしてもかまいません。
④名作のドラマ化で一番悩むのは、文章表現の特徴を画 面に表しにくいことですが、できれば何らかの方法で 観客に伝えたいと思いますので 『蠅』の作者独特の表、 現と思われる箇所を抜き出して、あなたの感想も付け 加えてください。
⑤作者横光利一氏へも手紙を書きかけているのですが、
うまくまとめられなくて困っています。空欄のところ をどう書いたらよいでしょうか。教えてください。
先生の『蠅』をドラマ化するにあたって何回も読 ませていただきました。この小説のテーマは、次の ようなことでないかと思いますが、いかがでしょう か。
このテーマをドラマの観客にわかってもらうため に、私は次のような点に留意したいと思っておりま す (……点を工夫したいと思っております )。 。
※①は必ず取り上げ、②~⑤については、4人の班は三
、 、 。
つ 3人の班は二つ選んで 1人1問ずつ解答を書く