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「くもの糸 (芥川龍之介作、1年生対象)の分析と考察 」

ドキュメント内 中学校国語科における実践個体史研究 (ページ 90-105)

第3章 佐藤きむ実践の分析と考察 第1節 とりあげる実践の特徴と分析の方法

第3節 「くもの糸 (芥川龍之介作、1年生対象)の分析と考察 」

1 実施時期と実践の特徴

一問一答式の読解の授業は、生徒の反応が画一化され、生徒の豊かな発想が作品の解釈に生か されにくいという点に問題がある。加えて、佐藤は、ひと息に終わりまで読んでしまいたいとい う生徒の自発的な読みが寸断され、読もうとする意欲がそがれてしまうところに大きな問題があ ると考えていた。日常生活において読書するときは、話の続きが知りたくて先へ先へと読み進め ることが多いのに対し、国語科の授業では、指導者の発問によって途中で何度も読みを中断せざ るを得ない。

そこで、佐藤は、教材を読み通さなければ解決できないような学習課題を設定することで、日 常生活の読書により近いかたちで授業を行うことができないか試みた。その代表的なものが、昭 和52年(1977)年度 「国語科経営確立期」初期の「くもの糸」の実践である。、

この実践では、生徒が知りたいと思うことをもとに学習課題をつくることによって 〈教えた、 いこと〉を〈学びたいこと〉へと転化している。具体的には、一次感想を求めるための発問を、

生徒が答えやすい具体的なものにして 〈学びたいこと〉を吸い上げるのである。、

「くもの糸」は、中学校に入学して最初に学習する小説教材である。よって、一つの教材で指 導すべき事項〈教えたいこと〉がかなり多くなるのだが、この実践では、たった一つの学習課題 が複数の〈教えたいこと〉を包括している。

また、学習のまとめの段階では、補充教材として芥川の他の作品にも触れさせて感想文を書か せており、読書指導と同時に 「書くこと」の指導も含む。一つの教材の指導の中に各領域の言、 語活動が関連し合うかたちで盛り込まれているという点でも、佐藤が目指した授業のあり方が見 えやすい実践である。

2 指導事項と指導計画

この実践を扱った論考には、指導目標および指導計画等が明記されていないため、論考(注1

・2)から読み取れる範囲で復元し、インタビューによって補足した。

(1)指導事項

1 文章表現に即して話の筋を読みとり、主題について考える。

2 構成のたくみさに気づかせる。

・ 極楽-地獄-極楽」という構成をとっていること。「

・極楽を描くことで地獄のむごたらしさが引き立ち、地獄を描くことで極楽の美しさが 引き立つといった、お互いに引き立て合う効果があること。

3 優れた描写を味わわせる。

・話の筋だけでなく、どう表現されているかという点にも注意することで、作品の味わ いが増すこと。

4 「語り手」の存在と役割に気づかせる。

・小説には必ず「語り手」がいること。

・ 語り手」は登場人物である場合もあるし、全くの第三者(陰の語り手)である場合「 もあること。

5 相手や目的に応じた敬語の使い方を考えさせる。

・ ~でございます」という文末の丁寧語は、読者に対する語り手の敬意の表れである「 こと。

6 小説の「初出」および「典拠」ということについて知識をもたせる。

7 読書の世界を広げる一つの方法を示す。

・同じ作者の他の作品と比較しながら読むこと。

8 読書感想文の書き方の一つの形式を示す。

・登場人物から登場人物に宛てた手紙の形式で書くこと。

前述したとおり、中学校に入学して初めての小説教材の学習であるため 「くもの糸」で扱い、 たい指導事項はかなりの数に及ぶ。これらの指導事項をたった一つの学習課題で包括しようする のが、この実践のもつ提案性である。

(2)指導計画

次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)

1 ○通読し、感想をもた 個人 ●〔学習課題1〕

せる。 あなたたちが、もしも「くもの糸」の作者や登 場人物に会って、一つだけ質問できるとしたら、

どういうことを尋ねてみますか。

2 ○相手や目的に応じた 一斉 ●〔学習課題2〕

敬語の使い方を考え 尋ねてみたいこととしてあげた事項は、妥当な

させる。 質問だろうか。

○文章表現の特徴に関 ・お釈迦様と犍陀多に対する言葉遣いが同じでいいか 心をもたせる。 どうか意見と理由を述べる。

3 ○文章表現に即して話 個人 ●〔学習課題3〕

、 。

の筋を読み取らせ、 くもの糸はなぜ切れたのか だれが切ったのか 主題について考えさ ・自分の考えをつ。

せる。 ・そう考える根拠を文章中から探す。

一斉 ・お互いの意見を発表し合う。

4 一斉 ●作者への質問(20 ~ 27 の質問)に関して、指導者 の説明を聞きながら答をまとめる。

○「主題 「語り手」」 ・ くもの糸」というタイトルをつけた作者の意図を「

「構成 「描写」と」 想像する。

いうことについて知 ・ ~でございます」という丁寧な言い方は、誰の誰「 識をもたせる。 に対する敬意の表れか考える。

・地獄と極楽、それぞれの場面の描写を比較する。

○「くもの糸」が書か ・ くもの糸」の初出である文芸雑誌「赤い鳥」につ「 れた経緯について、 いての説明を聞く。

知識をもたせる。

○小説の「典拠」とい ・ロシアの民話「1本のねぎ (ドストエフスキー作」 うことについて知識 『カラマーゾフの兄弟』第7編)に関する資料を読

をもたせる。 む。

5 ○芥川の他の作品と比 一斉 ・ 杜子春 「魔術」を読む。「 」 べて読ませる。 ●〔学習課題4〕

○小説における「語り 「犍陀多」、「杜子春」、「わたし」のうちのだれ 手」の種類を確認す かになって 「お釈迦様、 」、「鉄冠子」、「ミスラ君」

る。 へあてて手紙を書きなさい。

○読書感想文を書簡の 個人 書き出しは、

形式で書かせる。 「○○様、あれからもう○○日(週間、か月、

年)たちました」

。 、

という文にします その次からあとは自由ですが 次の例文を参考にして書きなさい。

・私は今、あの当時のことをいろいろと思い起 こしています。

・私の現在の心境を聞いていただきたいと思っ て、この手紙を書き始めました。

、 ( 。)

・今 私は です しています

・もしも、今一度○○様に前と同じことをして いただいたとしたら、私はやっぱり前と同じ ようにすると思います (私は前と違って、。 きっと するでしょう )。

一斉 ・完成した手紙を読み合う。

3 各指導段階の考察

(1)第1次の指導

次 指導内容 形態 主な学習活動

1 ○通読し、感想をもた 個人 ●〔学習課題1〕

せる。 あなたたちが、もしも「くもの糸」の作者や登 場人物に会って、一つだけ質問できるとしたら、

どういうことを尋ねてみますか。

佐藤は 「どんな」で始まる発問は、どの教材の学習にも使うことができて便利なように見え、 るが、何にでも通用するようなものは、結局はたいして役に立たないと説く。例えば 「どんな、 感じがしましたか 」という発問に対しては 「おもしろかった 「おもしろくなかった」程度の。 、 」 ことしか答えようがない。つまり 〈学びたいこと〉を吸い上げるには不十分なのである。、

そこで、この実践では、最初の発問を「あなたたちが、もしも『くもの糸』の作者や登場人物 に会って、一つだけ質問できるとしたら、どういうことをたずねてみますか 」とした。佐藤が。 担当する4クラス分の生徒の考えを内容によって整理したところ、以下の 27 通りの考えが出さ れた(注3 。発問を具体的なものにすることによって、一つの発問で複数の〈学びたいこと〉) を引き出すことに成功しているのである。

たずねる相手

作者 お釈 犍陀 たずねてみたいこと

迦様 多

○ ① くもの糸がなぜ切れたのか自分でわかりましたか。

○ ② くもの糸がどうして犍陀多の上で切れたのか。

○ ③ なぜあの時糸を切ったのか。

○ ④ 糸が切れたのはどうして切れたんですか。お釈迦様が切ったのです か。

○ ⑤ 犍陀多の下で糸を切ることはできなかったのか。

○ ⑥ 「このくもの糸はおれのものだぞ」とどなったけれど、だれがどう して糸をたらしてくれたのか考えてから言ったのですか。

○ ⑦ ふたたび地獄へ落ちたあとで、どんな気持ちでしたか。

○ ⑧ 犍陀多を生かしてやる方法はなかったか。

○ ⑨ 犍陀多は人を殺しているのに、なぜくも一匹助けただけで助けよう としたのか。

○ ⑩ 犍陀多という人はどういう人でしたか。

○ ⑪ なぜそんな心の貧しい人になったのですか。

○ ⑫ なぜ「おりろ、おりろ」とあの時言ったのか。

○ ⑬ くもを助けてやった時と同じく、どうして罪人を助けてやろうとし なかったのか。

○ ⑭ なぜ犍陀多だけを助けようとしたのでしょう。他の罪人にもそうい うことはあったのではないですか。

○ ⑮ あなたはもう一度犍陀多を助けたいと思いますか。

○ ⑯ 犍陀多がくもを殺さなかったのは特別に助けたというのではなく、

殺そうとしたのをやめたということだけであたりまえのことだと思い ます。それなのに、なぜ地獄から救い出そうと思ったのですか。

○ ⑰ なぜ終わりまで助けなかったのか。どうせ助けるなら初めから極楽

に行かせてやれなかったのか。

○ ⑱ なぜくもの糸で救いだそうと考えたのですか。

○ ⑲ あのあと犍陀多のことが気になりませんでしたか。

○ ⑳ なぜ「くもの糸」という題にしたか。

○ 21 どのようなことを伝えたくてこの小説を書いたのですか。

○ 22 なぜ「~でございます」などとていねいな言い方にしたか。

○ 23 なぜざんこくな物語にしたのですか。

○ 24 なぜこの「くもの糸」を書いたのですか。書こうとした動機はなん ですか。

○ 25 なにかヒントがあってこの物語ができたのならそのヒントを教えて ほしい。

○ 26 どうして極楽と地獄という二つの場面を対比して書いたのですか。

○ 27 あなたが犍陀多だったら、下の方からくる罪人をどうしますか。

また、この発問は 「一つだけ」と限定を加えたところにもポイントがある。作品を一読した、 生徒の頭の中には、尋ねたいことが複数思い浮かぶはずである。そこに「一つだけ」という限定 が加わると、尋ねる価値のありそうなものを選択しようという意識が働く。すると、例えば「な ぜ犍陀多という名前にしたのですか」といった、作品を読み深めるのに適さない質問は、自然と 淘汰されることになる。

生徒の考えを分類しながら 佐藤は これらの 学びたいこと を 自身が教材研究で得た 教、 、 〈 〉 、 〈 えたいこと〉とどう結びつけられるかを考える。

、「 」 、 、 、

①~⑤は くもの糸が切れた ことに関するもの ⑥~⑬は 犍陀多の人物像に関するもの

⑭~⑲はお釈迦様の行動の意図を問うものである。⑳~ 27 はすべて作者に対する質問で、指導

、 。 、

者の説明を中心にすえて理解させていくのにふさわしいと 佐藤が判断したものである 対して

①~⑲は、指導者がうまく舵取りさえできれば、生徒に考えを述べ合わせることで解答に辿り着 けると判断したものである。

生徒を活動させることによって理解を促すだけでなく、教授によって知識を増やしたり理解を 深めたりする指導も大切にしていることがわかる 〈主体的な学習活動〉と〈教授〉との調和が。 図られているのである。

(2)第2次の指導

次 指導内容 形態 主な学習活動

2 ○相手や目的に応じた 一斉 ●〔学習課題2〕

敬語の使い方を考え 尋ねてみたいこととしてあげた事項は、妥当な

させる。 質問だろうか。

○文章表現の特徴に関 ・お釈迦様と犍陀多に対する言葉遣いが同じでいいか 心をもたせる。 どうか意見と理由を述べる。

ドキュメント内 中学校国語科における実践個体史研究 (ページ 90-105)