第3章 佐藤きむ実践の分析と考察 第1節 とりあげる実践の特徴と分析の方法
第5節 「故郷 (魯迅作、竹内好訳、3年生対象)の分析と考察 」
1 実施時期と実践の特徴
昭和57(1982)年度と昭和60(1985)年度の実践である。
佐藤の国語科経営の特徴の一つに「理解よりもまず表現」がある。十分に理解させてから表現 させるのではなく、荒削りな理解であってもまず表現させ、表現させたものを二次教材として有 効に活用しながら理解を深めていく指導方法である。
ここでとりあげる実践は、荒削りな理解を表現させる手段として「ことば」以外のものを用い たところに特徴がある 「文章を読み取る」のと「読み取ったことをことばで表現する」のとで。 はハードルが異なり、なんとなく感じていることや考えていることはあるものの、ことばでうま く表現できないという状態は、教室でよく見られる生徒の実態である。
そこで、まずは「ことば」以外の手段を用いて目に見えるかたちに表現させ、次になぜそのよ うに表現したのかを考えさせ、最終的には「ことば」で表現する段階へと引き上げる指導方法を とる 「故郷」の実践では、各文段の“明るさ “暗さ“を記号を用いて視覚的に表現させるこ。 ” とがそれにあたる。次に、どうしてその明るさ(暗さ)にしたのか理由を「ことば」で説明させ ることで、自分の考えに対するメタ認知が促される。さらに、他の意見を聞くことで、考えが深 まったり広がったり、自分の力だけは言い表せなかった思いを他の人に言い当ててもらったりす る。そして、最終的には、自分の考えを「ことば」で表現できるようにするのである。
この実践の提案性は、生徒相互の学び合いを成立させるために、個々の生徒が感じ取っている ことや読み取っていることを目に見えるかたちで表現させ、学び合う土台をつくったところにあ る。
2 指導目標と指導計画
昭和57年度の実践は『国語授業のいろは』に収められた記録(注1)から、昭和60年度の実 践は 1986 年の論考(注2)から、ぞれぞれ指導目標と指導計画を再現し、足りない箇所は佐藤 へのインタビューによって補足した。
(1)指導目標および指導事項
昭和57年度も昭和60年度も、ねらいとするところはほぼ同じである。
1 叙述に即して話の展開を読み取り、主題について考える。
2 語句や表現の仕方に注意して読む。
(2)指導計画
“明るさ “暗さ”で「故郷」を読む方法は、昭和” 57 年度と昭和 60 年度に二度試みられてい る。指導目標は同じであるが、第2次の指導にいくつか違いが見られるため、両方の指導計画を 記す。
①昭和57年度
次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)
1 ○通読し、感想をもた 一斉 ・指導者の指示に従い、文章を11の文段に区切る。
せる。 班 ・各班(4人1組)で1文段ずつ担当し、1文段をグ 個人 ループ内でさらに4人で分けて、各自の担当部分の 音読を練習する (1班が第1文段、2班が第2文。 段を担当する)
一斉 ・一斉の場で通して音読する。
・自分たちの班が担当した文段が、明るいと思うか、
暗いと思うか、挙手し、その理由を発表し合う。
2 ○叙述に即して話の展 班 ・班で〔学習課題1〕に取り組む。
開を読み取らせる。 ●〔学習課題1〕
○語句や表現の仕方に それぞれの文段について、書かれている内容が 注意させる。 明るいと考えたら 、暗いと考えたら 、中
○主題について考させ 間ぐらいと考えたら の記号を記入しなさい。
る。
一斉 ・一覧表を見ながら、なぜそう考えたのか理由を説明 し合う。
《手順》
1 第1文段を1班が音読し、その明暗にした理 由を説明する。
2 つけ加えることや反対意見があれば、他の班 が発言する。
※以下も同様に、各文段について、通読の際に音 読を担当した班が読み、明暗の理由を発表し、
そのあとで他の班が意見を述べる。
②昭和60年度
次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)
1 ○通読し、感想をもた 一斉 昭和57年度に同じ
せる。 班
個人 一斉
2 ○叙述に即して話の展 班 ・各班ごとに以下の三つの学習課題に取り組む。
開を読み取らせる。 ●〔学習課題1〕
○語句や表現の仕方に 『故郷』を読んで感じられる“明るさ”や“暗 注意させる。 さ”が、どこからくるものか考えなさい。
○主題について考えさ 文段ごとに明暗を考えて のよう
せる。 に記入すること。 のような形になることろ
があってもよい。理由の説明は、自分たちのグ ループが担当した文段についてだけ説明しなさ い。
●〔学習課題2〕
担当の文段の中のむずかしい語句を辞書で調べ なさい。調べた語句の中で、特にこの作品の中で 重要な役割を果たしていると思われるものについ
、 、 。
て その意味と 重要だと思う理由を書きなさい
●〔学習課題3〕
担当の文段と、他の文段との関連について、特 に結びつきが強いと思われる箇所を見つけて説明 しなさい。
一斉 ・ 学習課題1〕について、一斉の場で、1班から順〔 にその明るさ(暗さ)にした理由を説明し、お互い に正否を検討し合う。
個人 ・ 学習課題1~3〕について、担当した文段につい〔 て個人学習で自分の意見をまとめる。
・文段と文段との関係を線で結んで示す。
昭和 57 年度の実践では “明るさ “暗さ”を考えることのみが学習課題となり、理由は書か、 ” せずに話し合いへと突入する。話し合いを支える資料となるのは、各班から提出された各文段の
“明るさ “暗さ”を1枚のプリントにまとめた一覧表のみである。”
昭和 60 年度の実践では、学習課題の数を増やし、その答をプリントに書かせる方法をとって いる。すべての文段の“明るさ “暗さ”を記号で表させるのに加えて、自分の班が音読を担当” した文段については、明暗の理由、文段で重要な働きを担う語句、他の文段との関係性を「こと ば」で説明させる。各班から提出された学習プリントは印刷して全員に配り、それを資料にして 話し合いを行う。昭和 57 年度とは違い “明るさ “暗さ”の一覧表は用いない。また、学習の、 ” まとめの段階では、グループ学習から個人学習へ戻して再度同じ学習課題に取り組ませ、学習す る前と後とでは読みが深まっていることを生徒に実感させる。
佐藤自身は “明るさ “暗さ”の一覧表を資料に使った昭和、 ” 57 年度のやり方のほうが、話し 合いは活発であったと振り返る 「ことば」で記された資料があると、資料を読み上げるのを聞。 き合うことが一斉学習の中心になりがちで、自発的な発言がでにくくなる。そのため、みんなで 話し合ったことで読みが深まった、という実感はもたせにくくなってしまうようである。
3 各指導段階の考察
(1)第1次の指導
第1次の指導については、昭和57年度も昭和60年度も同じである。
次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)
1 ○通読し、感想をもた 一斉 ・指導者の指示に従い、文章を11の文段に区切る。
せる。 班 ・各班(4人1組)で1文段ずつ担当し、1文段をグ 個人 ループ内でさらに4人で分けて、各自の担当部分の 音読を練習する (1班が第1文段、2班が第2文。 段を担当する)
一斉 ・一斉の場で通して音読する。
・自分たちの班が担当した文段が、明るいと思うか、
暗いと思うか、挙手し、その理由を発表し合う。
4人1組の班が11できるため、各班に一つずつ分担させたいという理由で、便宜上の11の文 段に区切ったものである。以下に示す区分のページ数・行数は、昭和 59 年度版「改訂中学国語 3 (教育出版)によっている。」
① 〈わたし〉が二十年ぶりに故郷に帰ってきた (。 133頁1行~134頁7行)
② 久しぶりに母に会い、閏土のことを聞く (。 134頁8行~135頁10行)
③④⑤ 閏土と遊んだ少年時代を思い出す。
(③ 135頁11行~136頁14行)
(④ 136頁15行~138頁7行)
(⑤ 138頁8行~140頁6行)
⑥⑦ 楊おばさんの変わり果てた姿に驚く。
(⑥ 140頁7行~141頁16行)
(⑦ 142頁1行~143頁10行)
⑧⑨ 三十年ぶりに閏土と再会して、悲しむべき厚い壁が二人の間を隔ててしまっている ことを感じた。
(⑧ 143頁11行~145頁14行)
(⑨ 145頁15行~147頁13行)
⑩⑪ 故郷を離れていく〈わたし〉の心うちには、社会の仕組みに対する絶望と若い世代 に託す未来への希望が交錯していた。
(⑩ 147頁14行~149頁9行)
(⑪ 149頁10行~151頁3行)
(注3)
班で分担して音読させる方法について、佐藤は以下のように述べている。
学級の生徒数は 43 名、それを4人ずつのグループ(1班だけが3名)に分けて通常さま ざまの学習に利用しているが、通読の場合も全文を十一に区切ってぞれぞれのグループに一 文段ずつ読みを割り当てた(一文段をグループ内で更に4人で分けて読む 。こうすると、) 割り当てられた箇所について十分個人練習できるので、ほとんど全員が一応すらすら読める 形で一斉学習の音読に入れることと、音読の途中で指導者の「はい、そこまで。」「次を○
○さん 」といった指示を一切抜きにして作品を読み通すことができるという利点がある。。
(注4)
この方法は、長編の文章を通読させる際に、佐藤がよく用いる方法である。佐藤が指摘した以 外にも、全員参加の音読になる、一人一人が担当するのはごくわずかなので短時間でも繰り返し 練習でき、力の弱い生徒もすらすら読めるようになるなどのメリットがある。指導者は、個人練 習の際に机間指導で個々の生徒を支援することができる。学習者にそうとは気づかれずに、個に 応じた指導を行えるのである。
また、一般に、読む練習をしていない生徒たちにその場で指名して音読させると、つかえたり 読み間違えたりすることが多く、そのたびに聞き手の集中力は寸断されるのだが、事前に十分練 習させておくことで、この状況を回避することができる。市販の朗読CDに頼らなくても、初読 の際の音読を生徒の手によって行わせることが可能になるのである。
初発の感想は、書かせるのではなく、発表させるかたちをとっている。
通読したあとの感想を生徒たちに問うと、ほとんどの生徒が『故郷』に対してあまりいい 印象を抱いていない。好きだという生徒はせいぜい学級に一人か二人である。嫌いな理由は 全体の感じが暗すぎるからだという。それも中学生としては当然のことであろう (中略)。
「初めから終わりまで全部暗いわけではないでしょう。明るい部分もあったのではないか しら? 自分たちのグループの担当のところを明るかったと思う人は手を挙げてごらんなさ い。」と言うと、〈わたし が閏土との少年時代を回想する場面を担当した3 4 5班が〉 、 、 、12 人そろってさっと挙手をする。
、 、 「 、 、
最後の文段を担当した11班は 一人が手を挙げたのに対して 他の一人が 違う 違う ここは暗いんだよ 」と意義を唱えている 「だって “希望”だから明るいじゃない。 。 、 。」「道 ができてしまってからでないと明るくないんだ。」「そうかしら、全体の雰囲気が明るいじ ゃないの 」と、ガヤガヤ意見が分かれている。。
そのうちに 「少しだったらわたしたちのところも明るいところがあるみたいだ 」と言、 。 い出すグループもあって、教室全体が賑やかになってくる。
そこで、この作品に表れている“明るさ “暗さ”ということを学習の中心に据えて授業” を進めることとし、問題を次のように定めた (後略)。
(注5)
教材に対する第一印象から学習課題を生み出す方法である 「故郷」はどの出版社の教科書に。 おいても定番教材である。よって、それまで複数回「故郷」の授業を経験していた佐藤は、この