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大村はまとの共通性

ドキュメント内 中学校国語科における実践個体史研究 (ページ 37-44)

第2章 個体史研究的視点からみた実践家佐藤きむ 第1節 略歴と主な業績

第3節 大村はまとの共通性

大村の単元学習の成熟期といわれる昭和30年代当時、また深化期といわれる昭和40年代後半 当時、大村と共通する理念をもった実践家は全国に多く存在したはずである。特に、昭和 40 年 5月からは、倉沢栄吉と東京教育大学の内地留学生を招いての月例研究授業(石川台中月例研究

) 、 。

会 がスタートしたので 中央では大村に直接教えを受けた実践家も多く輩出されたと思われる 佐藤は、大村はまから約 10 年遅れて、昭和 31年に中学校の現場に立ち始める(注2 。大村)

とは直接面識を持たない地方の実践家ではあるが、大村と共通する理念を持つという点で青森県 では特筆すべき人物である。

しかし、佐藤の授業づくりの理念は、大村から直接影響を受けたものではなく、佐藤自身の実 践経験から徐々に生み出されたものである 佐藤が大村のまとまった著述に触れるのは。 、1982(昭 和57)年11月に『大村はま国語教室 (以下 「全集」と呼ぶ)の配本がスタートしてからのこ』 、 とである。

全集以前に大村の著作で佐藤が所有していたのは、1970(昭和 45)年12月出版の『国語教室 の実際』、1973(昭和48)年12月出版の 教えるということ『 』、1982(昭和57)年3月出版の 国『 語教室通信』の三冊のみであった。

注目実践 その1

佐藤が大村の著作にほとんど触れていないと思われるころの実践論文に 「サーカスの馬 (安、 」 岡章太郎作)を扱ったものがある(注3 。これは、昭和) 49年度版の学習指導要領の第2学年の 指導事項「語句を豊かにし、文脈にふさわしい語句を選んで文章を書くこと (」 C書くこと-( )1 作文指導-オ)に沿った作文指導である。

「文脈にふさわしい語句を選んで文章を書く」ためには、やはり語句そのものを増やすことが 先決である。使用語句を豊かにするためには、理解語句を豊かにする必要があり、理解語句を豊 かにするためには 「書くこと」よりも「読むこと」や「聞くこと」が大きな影響力をもつと佐、 藤は考える。

また、第2学年の生徒の実態として、どのような語句を用いて文章を仕上げるかということに までは考えが及ばないが、書こうとする意欲はあるので、その意欲を損なわないよう配慮しなが ら技術を指導する工夫が求められる。

そこで、生徒が書きたくて書く自由作文の場合には、語彙・文法・表記など技術的なことにあ まりこだわらず、存分に筆を走らせてやる。そして 「文脈にふさわしい語句を選んで書く」こ、 とに関する指導は、主として読解指導の過程で文章を書かせる際に行うようにする。

5時間扱いの実践であるが、論考では、一次感想で出された疑問点をもとに学習課題を決定す る第3時と、主人公の性格や心情を想像し、文脈にふさわしい語句を使って表現する第4時が、

詳しく述べられている。

一次感想で出された疑問点は、佐藤が、事前に整理して、作品の時系列に沿ってプリントにま とめておく。実際の授業では、そのプリントを見ながら生徒に話し合わせ、小説の主題に迫るの に役立ちそうな疑問点を選び、学習課題とする。一方、佐藤自身は教材研究の段階で、たびたび

「 まあいいや、どうだって( 。)」とつぶやいていた「ぼく」が、最後には「いっしょうけんめい 手をたたいて」いたのはなぜかを解明することが、作品の主題を読み取ることにつながるとにら んでいる。そこで、生徒が挙げた疑問点の中から 「 ぼく』がどんな気持ちで(まあいいや、、『

どうだって )とつぶやいていたのか」と 「その『ぼく』が最後に『いっしょうけんめい手を。 、 たたいていた』のはなぜか」という二つが学習課題になるよう、発問を練る。

第3時における具体的な発問は 「a 『ぼく』の気持ちが大きく変わってきたのはどのあた、 . りだろうか。」「b.前半の暗い気持ちに関係のある疑問点はどれだろうか。おしまいの明るい 気持ちに関係のあるものはどれだろうか。」「c.前半の『ぼく』の気持ちを調べるのにはどの 問題が最もいいだろうか。おしまいの部分の気持ちを調べるにはどの問題が適当だろうか 」の。

三つである。

これらの発問には、それぞれねらいがある。aはプリントされた疑問点すべてに目を通させる こと、bは前半の「ぼく」に関係するものとおしまいの部分の「ぼく」に関係するものとに疑問 点を分類させること、cは「ぼく」の心情を調べるに最もふさわしい疑問点を吟味させることで ある。

こうして、佐藤がとりあげたいと考えていた疑問点が、生徒同士の話し合いによって学習課題 に決まる。指導者から押しつけられた学習課題ではなく、自分たちで決めた学習課題であると学 習者に思わせることは、課題解決意欲の喚起につながる 〈教えたいこと〉と〈学びたいこと〉。 を統合させるため、指導者の舵取りによって、生徒に〈学びたいこと〉を精選させるのである。

第4時は、一つめの学習課題「 ぼく』はどんな気持ちで(まあいいや、どうだって )とつ『 。 ぶやいたり思ったりしていたのだろうか 」を解決することが、学習者の目標である。一次感想。 の中から、前半の「ぼく」の性格や心情について書かれたものを抜粋したプリントを手がかりに して学習が進む。この時間の発問は「a.プリントに書かれてあるもので、賛成できるもの、疑 問に思うものはそれぞれどれだろうか。」「b.プリントに書かれてあるもので、こういう言い 方はあまりふさわしくないと思うものはあるか 」の二つである。生徒の主な発言を見ると、な。 ぜ賛成するのか、なぜ疑問に思うのか、なぜふさわしくないと思うのかを説明する際に、本文の 表現に立ち返って理由を述べたり、自分の経験と照らし合わせながら意見を述べたりしている様 子がうかがえる。

一次感想では 「自分自身に甘えている 「無責任 「ひきょう者 「無気力 「自信を失ってい、 」 」 」 」 る 「無理にすてばちな気持ちを起こさせている 「何についてもあきらめてしまっている」な」 」 どが、前半の「ぼく」を表す語句として用いられている。第5時では、これらの語句が適当かど うか、本文の表現をもとに検討していくわけである。この学習を通して、作品の読みが深まると 同時に、一次感想の時に用いた語句が吟味され 「ぼく」の性格や心情を言い表すのにふさわし、 い語句が新たに挙げられていく。

「書くこと の指導事項を」 、「書くこと ではなく他領域の 読むこと で指導しているのが」 「 」 、 この実践の大きな特徴である。中学2年生に「語句を選ぶこと」を抵抗なく行わせるには、実際 に作文を書く場面ではなく、文学作品を読み深める場面が適していると佐藤は考えた。3領域1 事項を有機的に関連させて指導する特徴が、昭和 40 年代後半にすでに見られる。これは、各言 語活動がつながり合ってひとまりまりを成すような学習を目指した大村と共通する考え方であ る。

昭和 50 年代、単元学習が全盛期を迎えても、教科書教材を中心に据えて授業を行う佐藤のス タイルに大きな変化は見られない。

単元学習を積極的には取り入れず、教科書教材中心の授業にこだわったのには理由がある。各 学年5クラスであった附属中学校では、持ち時数の関係で、一つの学年の国語を二人の教師で担 当する。担当教師によって教材や授業内容に大きなばらつきがあっては、定期テストを行う際に 不都合が生じるからだ。かといって、常に二人で相談し合いながら単元学習を計画するのは、物 理的に困難である。よって、教科書教材を用いていかに楽しく学習させるかということが、佐藤 の授業づくりの基本スタイルとなるのである。

注目実践 その2

(昭和 )年の実践論文に、小説「くもの糸 (芥川龍之介作)を扱ったものがある(注

1981 56 」

)。 、 。 、

4 このころになると 発問に対する佐藤の理念はかなり具体的なものになる この論考では 小説の学習における一次感想を求めるための発問は、生徒が答えやすいよう具体的なものである こと、以降の学習展開の基盤となる答を得られるものであること、教材の学習全体を包括できる ものであることが望ましいと主張されている。

佐藤は 「どんな感じがしましたか、 。」「どんなことが書いてありましたか。」「どんな人が出て

。」 「 」 、 、

きましたか など どんな で発する問いかけは どの教材にも使えて便利なように見えるが 結局はたいして役に立たないと指摘する。たとえば、小説の学習で一次感想を求める際に「どん なことを感じましたか 」と問いかけても、生徒は「おもしろかった 「あまりおもしろくなか。 」 った」という程度のことしか答えようがない。

そこで 「くもの糸」の実践では、最初の発問を「あなたたちが、もしも『くもの糸』の作者、

、 、 。」 。

や登場人物に会って 一つだけ質問できるとしたら どういうことを尋ねてみますか にした 担当していた4クラス分の生徒の答をまとめて内容によって整理した結果、27 通りの質問が出 された。1種類の発問で 27 通りの答(=質問)を引き出したのである。そのクラスで出てきた ものだけでなく、他のクラスのものも一緒に扱うというのも、佐藤の工夫の一つである。こうす ると、各クラスのよい意見を全クラスで共有できる。

「作者」に対しては 「くもの糸」を書こうと思った理由、丁寧な文末表現にした理由、極楽、 と地獄を対比して書いた構成の意図などを尋ねる質問 「お釈迦様」に対しては、極悪人の「揵、 陀多」を助けようと思った理由、くもの糸を切った理由などを尋ねる質問 「揵陀多」に対して、 は、主にくもの糸を独り占めしようとした理由を尋ねる質問がそれぞれ挙げられた。

以降の学習は、まず 27 通りの質問をプリントして配布し、佐藤が読み上げながら「それぞれ の質問が妥当であるか」を考えさせることからスタートする。

このとき、佐藤は、文末の違いに気づくように語調を強調して読み上げる。すると 「お釈迦、

」 、 。

様 に対する質問は 敬意を表して丁寧な言葉遣いにするべきではないかという意見が出された それを受けて、罪人である「揵陀多」に対する質問の仕方はどうあるべきかが話題になる。お釈 迦様と同じではもちろんまずいが、こちらから質問させてもらうのだから見下すような言葉遣い でもいけない。そこで、お釈迦様に対してはもう少し敬語を用いたらどうかというところまで話 し合いが進む。ここで、文章表現の特徴について学習するための布石が打たれるのである。

小説「くもの糸」は 「~でございます」といった丁寧な文体で統一されている。特にお釈迦、 様については 「お歩きになっていらっしゃいました 「池のふちにおたたずみになって」など、 」 尊敬語が用いられている。これは「語り手」の「お釈迦様」に対する敬意の表れであり、敬語の 学習に役立てることができる。さらに、登場人物と「語り手」が同一人物でないことが中学生に も理解しやすく、小説における「語り手」の役割を学習させるのにも適した教材である。

次に、くもの糸を切ったのは「お釈迦様」であると考えて質問しているものが多いが、本当に

。 、「 、 」

そうなのかということが話題になる そこで くもの糸はなぜ切れたのか だれが切ったのか について話し合わせる。すると 「お釈迦様」が切ったと考える者 「揵陀多」のせいで切れた、 、 のだと考える者、それぞれがそう考える根拠を文章中から探して意見を述べ合ううちに、自然と 読みが深まり、作品の主題に迫っていく。

つまり 最初の発問を工夫し、 、「どんな感想をもちましたか から あなたたちが もしも く」 「 、 『

ドキュメント内 中学校国語科における実践個体史研究 (ページ 37-44)