第3章 佐藤きむ実践の分析と考察 第1節 とりあげる実践の特徴と分析の方法
第4節 「万葉/古今集・新古今 (3年生対象)の分析と考察 」
1 実施時期と実践の特徴
限られた時間の中でいかに多くの教材を扱うかということは、佐藤にとっても、現在の現場に おいても重要な実践上の課題である。1教材を深く理解することも、それはそれでもちろん大切 なことであるが、教養を身につけさせるという視点で考えると、できるだけ多くの教材に触れさ せることが望ましい。
佐藤は、昭和 54(1979)年度と平成2(1990)年度に二度 「万葉集」の歌と既習の短歌とを、 対にして鑑賞する方法を用いている。この方法には、単元で扱える教材の数が増えると同時に、
既習の内容が二次教材として役立てられるため、結果として復習にもつながるというメリットが ある。
昭和54年度の実践については、1981(昭和 56)年発行の研究集録「自主的態度の育成を目ざ す古典学習―『小倉百人一首』を軸とした古典指導」に収録された実践記録(注1)と 1982 年 の論考(注2)をもとに、平成2年度の実践については 1991(平成3)年の論考(注3)をも とにそれぞれ考察する。
2 教材について
①昭和54年度の実践
昭和 53 年度版の三省堂発行の教科書『中学校現代の国語(3 』掲載の短歌) 24 首である。三 省堂の教科書を教材にした理由について、佐藤は以下のように述べている。
この教材を選んだ理由は、採られている歌の主題を 「自然 「愛 「死」という、現代に、 」 」 生きる私たちにとってきわめて大切な三つに大きくまとめて考えることができるからであ る。
最初に掲載されている解説文も 「あしの葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕べし汝をしのは、 む」という、別れてきた妻のことを思う防人の歌を例に引いて書き起こしている。他のほと んどの教科書が、天皇や有名歌人の景色を詠んだ歌などを冒頭に置いているのに比べて、こ のほうが作者の情感に率直に共感できて、学習に入りやすいように思われる。
(注4)
単に有名な歌が掲載されているだけでなく、テーマごとに歌を集めている点に注目して教材を 選定したことがわかる。佐藤は、これら三つのテーマは日本人にとって不変的な価値をもってお り、生徒にとって共感しやすいだろうと判断したのである。現に、2年生で既に学習した現代短 歌にも「自然 「愛 「死」について詠っているものがある。テーマごとに歌を集めて掲載した」 」 教科書を選択したのは、生徒の興味・関心を刺激し、古典学習に対する抵抗感を取り除くためで あったと言えるだろう。
掲載されている短歌は、以下の通りである。
万葉集
1 あしの葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕べし汝をはしのはむかも ね な 防人歌 2 ちはやぶる神の御坂に幣まつりいはふ命は母父がためみ さ か ぬさ おもちち 防人歌 3 石ばしるたるみの上のさわらびの萌えいづる春になりにけるかもいは も 志貴皇子 4 田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りけるた ご ふ じ た か ね 山部赤人 5 うらうらに照れる春日にひばりあがり心悲しもひとりし思へば 大伴家持 6 吾が面の忘れむ時は国はふり峰に立つ雲を見つつしのはせあ おも しだ ね (東歌)
7 信濃道は今の墾道刈り株に足踏ましなむくつはけわが背し な の ぢ かりばね ばね (東歌)
8 ささの葉はみ山もさやに乱るとも我は妹思ふ別れ来ぬればいも 柿本人麻呂 9 あしひきの山のしづくに妹待つと我立ち濡れぬ山のしづくに 大津皇子
いも ぬ
吾を待つときみが濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを 石川郎女 10
あ
秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道知らずも 柿本人麻呂 11
も み ち まと いも や ま ぢ
いその上に生ふるあしびを手折らめど見すべききみがありと言はなくに 大来皇女 12
お た
人もなきむなしき家は草 枕旅にまさりて苦しかりけり 大伴旅人 13
くさまくら
古今集
1 ひさかたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ 紀友則 2 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪ありあけ よ し の 坂上是則 3 山桜かすみのまよりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ 紀貫之 4 うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき 小野小町 5 墨染のきみがたもとは雲なれや絶えず涙の雨とのみ降るすみぞめ 壬生忠岑 6 このまよりもりくる月のかげみれば心づくしの秋はきにけり よみ人知らず
新古今集
1 春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空うきはし 藤原定家 2 人は来で風のけしきもふけぬるにあはれにかりのおとづれて行く 西行法師 3 村雨の露もまだ干ぬまきの葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ 寂蓮法師 4 難波潟短き葦のふしのまも会はでこの世を過ぐしてよとやな に は が た あし 伊勢 5 命あれば今年の秋も月は見つ別れし人に会ふよなきかな 能因法師
(注5)
②平成2年度の実践
平成2年度版の教科書に掲載された短歌を扱っている 「万葉集」については教育出版と光村。 図書の教科書に掲載された計15首 「古今集」と「新古今集」については教育出版の教科書に掲、 載された8首で、合計23首である。
万葉集
1 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王 2 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのに古思ほゆ 柿本人麻呂 3 わが背子を大和へ遣るとさ夜深けて暁露にわが立ち濡れし 大伯皇女
4 ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ 大津皇子 5 天地の 分かれし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原
振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行 きばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は
反 歌
田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける 山部赤人 6 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 何処より 来たりしものぞ
眼交に もとな懸かりて 安眠し寝さぬ 反 歌
銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも 山上憶良 7 春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ少女 大伴家持 8 信濃道は今の墾道刈り株に足踏ましなむ履はけわが背 (東歌)
9 父母が頭かき撫で幸くあれていひし言葉ぜ忘れかねつる 丈部稲麿
――以上、教育出版「中学国語3」――
石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも 志貴皇子 10
韓衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして 防人歌 11
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 額田王 12
東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きむ 柿本人麻呂 13
憶良らは今は罷らむ子泣くらむそを負ふ母も吾を待つらむそ 山上憶良 14
わが屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも 大伴家持 15
――以上、光村図書「国語 三」――
古今集
1 袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風やとくらむ 紀貫之 2 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平 3 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ 文屋康秀 4 うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき 小野小町
――以上、教育出版「中学国語3」――
新古今集
1 ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく 後鳥羽院 2 山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 式子内親王 3 道の辺に清水流るる柳陰しばしとてこそ立ちどまりつれ 西行法師 4 見渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家
――以上、教育出版「中学国語3」――
(注6)
3 指導目標と指導計画
(1)指導目標と指導事項
下位項目のたて方に若干違いはあるが、ねらいとするところはほぼ同様である 「何が詠われ。
ているか」という内容面と 「どう詠われているか」という表現面、この2点に重点が置かれて、 いる。
①昭和54年度の実践
上代人の情感や思索に触れて、ものの見方・考え方・感じ方の幅を広げる。
・叙情の表し方にどのような工夫がなされているか理解する。
・古典和歌の叙情と現代短歌、そしてさらに自分の体験とを関係づけてみる。
(注7)
②平成2年度の実践
古典和歌の表現の仕方や特徴に注意して読み、古人の人生や自然に対する見方・考え方を 理解する。
・古人の生活やものの見方、考え方、感じ方を知ること――内容面での現代との比較
・日本語の移り変わりを知ること――言葉の面での現代との比較
(注8)
(2)指導計画
実践記録と論考から適宜抜粋し、再構成した。
①昭和54年度の実践
次 指導内容 形態 主な学習活動(学習課題)
(福田清人『日本の古典文学史』―ポプラ社―よ 1 ○日本文学の中で「万 一斉 ・プリント
葉集 「古今集 「新」 」 り抜粋印刷したもの)を読んだり、指導者の解説を聞い 古今集」の占める位 たりする。
置を理解させる。
2 ○万葉の歌 13 首のお 一斉 ・暗唱をめざして繰り返し音読する。
教師用指導書の中から、歌の意味を理解するの およその意味をつか ・プリント(
ませる。 に役立つ部分を抜粋印刷したもの)に目を通す。
○作者の気持ちをおさ 班 ・班ごとに一首ずつ担当して、以下の学習課題に取り えて叙情の性質をつ 組む。
かませる。 ●〔学習課題1〕
○和歌の表現の特徴を ①対になりそうな歌を、二年生のときに学習した とらえさせる。 現代短歌十一首の中から選ぶ。対にした理由に