第2章 数10MeV核子によるフラグメント生成 断面積データの現状と測定法の検討
2.7 本研究で取得するデータと必要な検出器
前節までで、加速器応用、宇宙技術開発や半導体の分野において重要性が認識されてきた数10MeV領域 での核子誘起のフラグメント生成に関する実験データは未だ乏しく、質・量共に不十分であることを示し た。特に、二重微分断面積データに関しては、陽子に対していくつかの報告があるが、工学的に最も重要な 中性子入射に対するデータはこれまでに全く報告されていない。
本節では、以上に述べた現状から必要とされるデータについて整理し、本研究で測定するデータの設定を 行う。また、それの測定に必要な検出器について述べる。
2.7.1期待されるフラグメント実簾デ‑タ 1)様々なターゲット核種に対するデータ
計算コードの検証という観点からは、広範囲な原子番号・質量数のターゲット核種に対するデータ が求められる。これらのデータは、理想的には同位体ごとのデータが詳細な検証という面では好まし いが、実用上は天然同位体に対するデータが求められる。特に線量評価や半導体のSEEの評価などは 生体構成元素や半導体構成元素のデータが求められる。多くの核種に対するデータは新たな計算コー
ドの開発やパラメータの決定においても望まれる。
2)多くの生成フラグメント対する二重微分断面積データ
これまで計算コードでは実験データの存在する軽粒子放出に注目し、開発・検証が行われてきたが、
フラグメント放出にも着目することにより、ほとんどの反応過程を追うことができ、核反応の全体像 を描写できる。実用上の観点からも、生成されるフラグメント(電荷・質量)によって大きくエネル ギー付与が異なるため、すべてのフラグメントに対するデータが望ましい。
3)広い測定角度・エネルギーにわたるデータ
図2.6に示した様に、フラグメントの角分布は強い前方性を示し、スペクトルは角度によって大き く変化する。すべての角度点において実験値を得ることはできないので、通常は角度に関しては実験 値はルジャンドル多項式などの関数でフィットされるが、角度点が少ないとその精度は低くなる。そ のため、実用上のデータとしてもなるべく多くの角度・エネルギーにわたるデータが望まれる。
4)複数の入射エネルギーに対するデータ
入射エネルギーに関しても広い範囲にわたるデータが、計算コードの検証・開発、実用的なデータ の観点から求められる。半導体の評価では、宇宙線の持つ幅広いエネルギースペクトルのため、広い エネルギーに対するデータが必要である。入射エネルギーは使用する実験施設によって、ほぼその領 域が決まってしまうが、数10MeV領域でも最低2点でデータを傾向を見る必要がある。
5)中性子に対するデータ
線量評価や半導体のSEE評価など実用上の観点から、最も重要なデータであるが上述のように、
これまで中性子に対するフラグメント生成二重微分断面積データは全く報告されていない。従って、
SEE評価では陽子のデータをその代わりに用いており、中性子のデータによる検証はなされていな い。特に数10 MeV領域では入射エネルギーに対するクーロンカ・核力の影響がまだ強いので、陽子 と中性子の断面積を同じと見なすことは、検証の必要がある。そのため、データ点は少なくとも中性 子のデータ取得し、陽子のデータ比較・検討する必要がある。
2.7.2 本研究において取得するデータ
以上をふまえて、本研究では、表2.6のように取得すべきデータを設定する。
本研究で対象としている数10MeV粒子の発生装置としてはAVFサイクロトロンが最適であり、実験施 設として、 AVFサイクトロン施設である東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター、原子力 開発研究機構高崎研究所TIARA施設、放射線医学総合研究所のサイクロトロン施設を利用した。入射エネ ルギー点は、過去の実験により、すでに加速器パラメータが決定されており、安定したビームが得られるエ ネルギーを採用した。本実験では、陽子に関して50、 70 MeV、中性子に関して65 MeVである。
測定ターゲット核種としては、実用的な観点から要望の強い炭素、アルミニウム、シリコンを対象とし た。炭素は主な人体構成元素であり、高エネルギー粒子による線量評価にとって最も重要な核種である。ま た、炭素のデータはC. T. Rodheのデータと比較して本測定結果の妥当性のチェックができる点でも有用で ある。シリコンのデータは半導体のSEE評価に不可欠である。シリコンのデータは直接半導体構成元素と してSEEの評価に適用できる。アルミニウムのデータは、 Ⅸ. Kwiatkowskiらの180 MeV陽子によるデー タと共に入射エネルギーの違いによる傾向を知る上でも重要である。また、シ1)コンとアルミニウムのデー タを取得することにより、これまでK. KwiatkowSkiらによるアルミニウムのデータがシリコンの参照値に 用いられてきたことの妥当性のチェックを同じエネルギーによって行うことができる。
測定粒子としてはこれまで実験データがほとんど得られていないフラグメントを対象とするが、測定デー タの検証のために評価値や実験値の存在するα粒子の測定ができるようにする。
測定角度はなるべく前方から後方まで広範囲に取得するのが望ましいが、測定時間、測定体系の関係から 陽子に関して300 、 600 、 900 、 1350の4点、中性子に関してはOoのデータを目標とする。
表2.6:本研究で取得するデータ
入射エネルギー(MeV) 鉄 テs 65
測定ターゲット核種 ト ツナ6 C
測定粒子 鉾& vヨV蹠8 f fra伊ⅠlentS≧α
測定角度 モ 3X イ Oo
2.7.3 必要な検出器、測定法
前節で述べた要求・目標を満たすためには、限られたマシンタイムで種々のターゲット核種、広角度範囲 での系統的な測定ができ、さらに中性子‑の適用ができる検出器が必要である。またフラグメント生成反 応は断面積にして〝bオーダーの反応であり、血bオーダーの軽粒子(a, p, d,七等)放出反応に比べて非常 に′」、さい。さらに、フラグメントはLETが大きいため、測定サンプル自身におけるエネルギー損失(軽粒 子の〜100倍)が大きくサンプルの厚さを軽粒子用のサンプルに比べて1/100以下にする必要がある。よっ て、フラグメント検出器としては高い検出効率が不可欠であるが・その一方で検出系のデッドタイムを小さ
くするため高収量の軽粒子に対しては感度の低いものが求められる。すなわち、
。広範囲な粒子種での粒子弁別(SLi〜琵Si :原子番号3‑14、質量数6‑28) .低い阻止能(陽子などの軽粒子の影響 小)
●高検出効率
.低バックグラウンド(特に中性子、 7線に不感)
●高エネルギーダイナミックレンジ
を満たす検出器が必要である。しかし、これまで、このように高効率で、大きなダイナミックレンジ(測定 可能なエネルギー範囲)を持ち、数10 MeV中性子入射反応に適用できるフラグメント弁別検出器は作成さ れていない。
本研究では、これらの課題を解決できる可能性を持つ検出器として、構造に多様性があり柔軟なガス検出 器に着目し、過去に数‑10数MeV中性子入射反応に適用されたグリッド電離箱(GIC)の手法と重イオン 入射反応でフラグメント弁別測定に広く用いられてきたブラッグカーブカウンタ(BCC)法を適用し・数 10MeV陽子、中性子入射反応に適用できる検出器の開発を目指す.さらに、これまで陽子入射のフラグメ ント測定に実績のあるEnergy‑Time Of Flight (EITOF)法を、手法の検証と補足的な情報の取得に採用 する。
これまでBCCの核子入射‑の応用は少なく、特に中性子に応用された例はないが粒子のプラッグピーク の値の違いから1個の検出器で多くの粒子を弁別測定できるブラッグカープカウンタ(BCC)法【叫にグ
リッド電離箱の高い幾何学的検出効率や良好なS/N比、放出粒子の角度弁別特性などの利点を引き継ぐこ とによって、数10MeV陽子入射反応だけでなく、中性子入射反応におけるフラグメント測定が可能になる と考えられる。ただし、 BCCには、エネルギーダイナミックレンジが′トさいという欠点があるため・本論 文では新たな解析手法や検出器構造を用いた改善法を提案する。
以上から本研究では、数10 MeV核子入射反応のフラグメント生成二重微分断面積の導出と理論計算と の比較を最終目標とし、入射粒子に応じて以下の検出器を作成する。
陽子入射反応
1) BCC (陽子入射反応測定用)
BCCの特徴である広範囲の粒子弁別性能、高い幾何学的検出効率、低い阻止能・バックグラウン ドを持つ検出器を作成する。なるべく流動速度の早い検出ガスを選択することによって計数率特性を 向上させる。また、エネルギーダイナミックレンジを拡張するため、可能な限り検出器以外でのエネ ルギー損失をなるべく減らすような構造とし、さらにカソード信号を用いた新たな粒子弁別手法と高 ェネルギ‑粒子のエネルギー補正法を導入する。
2) EITOF
E̲TOF法では、粒子の飛行時間を測定するため、飛行距離を長く取る必要があり、測定系の立体 角を大きくすることが困難で、測定系の検出効率が悪い。そのため系碇的な測定には向かないが、こ れまで陽子入射のフラグメント測定において実績があり、またエネルギーダイナミックレンジが広く
とれるという特長を活かしてBCCの相補的な測定法として用いる。
中性子入射反応
3) BCC (中性子入射反応測定用)
フラグメントを検出器外部から入射させる従来の手法ではフラックスの′はい中性子入射反応には 適用できないので、グリッド電離箱手法で用いられているフラグメントを検出器内部から発生させる 手法を新たに用いる。その際に、中性子に直接照射される部分にはフラグメントを放出しにくい重核 を採用し、バックグラウンド成分となる検出器構造材自身から放出されるフラグメントの抑制を図る。
また、この手法によって生じる種々の角度成分が混入してプラッグピーク情報が歪むという問題に対 して、新たにセグメント型アノード電極を採用することによって解決する。
他の施設との比較
本研究の位置付けを他の実験施設と比較して表2・7に示す0本研究の対象としているエネルギー領域は他 の研究プロジェクトで対象としているエネルギー領域より、かなり低く、フラグメントの収量やエネルギ‑
の大きさの点で、実験的に難しい。しかし、本研究で対象としている数10 MeV領域は・宇宙空間や加速器 施設における線量評価や半導体SEEの評価などの実用面において、最も重要であると考えられ、実験デー
タが求められている。また中性子杜それらの評価には最も重要な粒子であり・中性子入射反応‑の適用は本 研究の特色の一つである。陽子・中性子の双方のデータによってフラグメント生成反応の電荷による相関関 係について知見を得ることができ、これまで中性子データの代用として用いられてきた陽子によるデータ の妥当性を問うことができる。