本研究では従来熱―電力変換に用いられてきたゼーベック効果とは異なる、温 度差を必要としない熱―電力変換効果について仮説を立て、Ba8AuxSi46-xクラスレ ートを用いた試料作製によってこの効果の検証を行った。
1章では世界的エネルギー問題から熱電材料の期待度の高さを認識するととも に、熱電材料の現状を再確認した。また従来の材料中に生じた温度差を利用して 起電力を発生させるゼーベック効果の特徴と、我々の考案する温度差を必要とし ない熱―電力変換効果の仮説を比較し、その違いと有用性を示すとともに本研究 の位置づけと論文の構成を記述した。
2章では1章で記述された仮説より温度差を必要としない熱―電力変換効果が材 料に求める条件を確認し、チョクラルスキー法を用いることによって組成傾斜単 結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートを作製し実際に条件を満たす試料を作製した。また この試料を用いて試料温度が均一となる状況で起電力を測定し、温度差を必要と しない熱―電力変換効果の実証を行った。得られた主な結果は以下の通りであ る。
(1)チョクラルスキー法によって作製されたBa8AuxSi46-xクラスレート試料は Type-Ⅰクラスレート構造を持ち、かつ単結晶試料であると考えられる。
(2)作製された試料は結晶成長方向に上部から下部にかけてAu濃度が上昇するとい う性質が確認された。またそのAu濃度はいずれも当初の液相のAu濃度よりも低 かった。
(3)作製された試料から切り出された各層状サンプルにおいて測定されたゼーベッ ク係数の符号から、比較的Au濃度の低い試料上部はn型半導体であり、下部はp型 半導体であった。さらにゼーベック係数の温度依存性は各試料ごとで異なり、特 にその絶対値が昇温とともに増加する一方で一部の試料は減少挙動を示し、かつ その挙動の変化する温度はAu濃度が真性半導体に近いほど低かった。
(4)成長方向に層状サンプルと対応するように切り出した試料に対し、その両端が 等温となるように試料を加熱し、その起電力を測定したところ確かな起電力を観 測することに成功した。またその起電力の符号は試料の方向に依存した。
3章では試料の作製時間の短縮と安定した量を確保するため、SPS法を利用した Ba8AuxSi46-xクラスレートの2層試料作製により温度差を必要としない熱―電力変 換効果の条件を満たす多結晶試料の作製を試みた。また作製された試料を用い、
いくつかの検証実験を行い等温下での熱―電力変換効果の検証を行った。得られ た主な結果は以下の通りである。
(1)SPS法による試料作製により、2層状に充填した試料においてもType-Ⅰクラス レート構造を維持したまま焼結することが可能であった。
(2)組成分析結果からSPS法による焼結中のアニーリング効果によってn型/p型界面 付近でAuの固相拡散が発生し、n型およびp型半導体部の平均組成の中間となる値 でn型側からp型側にかけてAu濃度が上昇することが確認された。
(3)n型半導体部およびp型半導体部のみを切り出し、ゼーベック係数を測定したと ころ、それぞれが想定した半導体特性を有していることが確認された。
(4)上記の結果から作製された2層試料が温度差を必要としない熱―電力変換効果 の条件を満たしていると考えられるため、等温下で加熱し起電力を測定したとこ ろ、確かな起電力の値が得られた。
(5)作製された試料に対しI-V測定を行ったところ直線的な電流―電圧特性が観測 され、また500 ℃において約84 mVという確かな短絡電流が確認された。
(6)本実験で作製された試料よりn型半導体部およびp型半導体部のみを切り出し、
その試料をそれぞれ温度差を必要としない熱―電力変換効果をもつ試料と同じよ うに試料温度が一定となるように加熱し、その起電力を測定したところ、起電力
(7)温度差を必要としない熱―電力変換効果を持つ試料に対し意図的に温度差を生 じさせ、その起電力を測定したところ温度差の向きを逆転させても起電力の符号 は変化しなかった。
4章では3章で行ったSPS法による多層試料作製を利用し、温度差を必要としな い熱―電力変換効果を持つ材料の性能向上法の模索を行った。2層試料の両端の Au組成差を調整し、バンド構造の傾きの大きさが起電力に及ぼす影響を調査し、
かつキャリア発生層を含んだ3層試料によって比抵抗値の温度依存性の改善を試み た。得られた主な結果は以下の通りである。
(1)本章において作製された試料はいずれもType-Ⅰクラスレート構造を持つ Ba8AuxSi46-xクラスレートであり、このことから3章と同様に組成を変化させた多 層試料においてもSPS法による試料作製は有効であることが示された。
(2)WDXによる組成分析結果から、n型半導体部およびp型半導体部の平均組成は 秤量した仕込み組成に応じた組成となり、その組成差の大小関係や特性は想定通 りとなっていることから、SPS法による多層試料作製によりAu濃度のコントロー ルが可能であることが示された。
(3)上記の結果から作製された2層試料はいずれも3章で作製された試料と同様に 温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件を満たしていると考えられるた め、等温下で加熱し起電力を測定したところ、確かな起電力の値が得られた。ま た3章で作製された試料も含めその起電力の大小関係は試料のn型半導体部とp型 半導体部の組成差の大きさに対応していた。
(4)3章と同様に作製された試料に対し、試料長さを変えながら等温下での熱起電 力を測定したところ、その起電力量に差は見られなかった。
(5)WDXによる組成分析結果から、n型半導体部、真性半導体部およびp型半導体 部の平均組成は秤量した仕込み組成に応じた組成となり、また試料全体を測定し た線分析結果から3層試料においても界面においてAu組成の傾斜が生じているこ とが確認された。
(6)作製された3層試料は等温下において起電力を発生させ、また200 ℃から 500 ℃まで100 ℃ごとにI-V測定を行い、電流―電圧特性から比抵抗値を算出し たところ、温度の上昇にともない比抵抗の値が減少するという結果が得られた。
5章では温度差を必要としない熱―電力変換効果のメカニズムの挙動の実験的な 観察を行うため、2章のようにチョクラルスキー法によって作製された組成傾斜単 結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートに対し、加熱式サーマルプローブ装置を用いた測定 を行い、試料内の局所的ゼーベック係数の加熱による温度変化の観察を行った。
得られた主な結果は以下の通りである。
(1)本章で作製された試料から仕込み組成を変化させた場合でもチョクラルスキー 法による組成傾斜Ba8AuxSi46-xクラスレートが作製可能であることが示された。
(2)加熱式サーマルプローブ法による測定から、作製された組成傾斜単結晶試料は 上部でn型半導体特性をとり、下部でp型半導体へと変化していることが確認され た。またそのゼーベック係数の値はn型/p型界面に近づくほど高くなる傾向となっ ていた。さらに試料温度が300 ℃となるように加熱した測定では、試料の大部分 ではゼーベック係数の値が上昇していたが、n型/p型界面付近では0近傍の値を取 る領域が増加し、ゼーベック係数の値が減少する挙動が観察された。
6章では温度差を必要としない熱―電力変換効果に使用できる材料の幅を広げ るため、変換メカニズムを再検証し、材料に求められる条件について再考察し た。そしてその条件からn型半導体のみによる熱―電力変換の可能性について仮説 を立てた。そしてこの仮説の条件を満たす試料を作製するため、チョクラルスキ ー法によって作製された組成傾斜単結晶Ba8AuxSi46-xクラスレート材料の測定を行 い、その中からAu組成の傾斜したn型半導体部のみを切り出し、等温下で起電力 が発生するかを測定した。 得られた主な結果は以下の通りである。
(1)層状サンプルにおいてそれぞれのゼーベック係数を測定したところ、p型半導 体においてもAu組成が真性半導体組成に近いほど真性領域に達する温度が低くな
(2)ゼーベック係数の測定結果を踏まえ、等温測定用試料からn型組成傾斜試料を 切り出し、等温となるように加熱し起電力を測定したところ、500 ℃において約 1.0 mVという確かな起電力が観測された。
本研究より従来の熱―電力変換効果であるゼーベック効果とは異なる、温度差 を必要としない熱―電力変換効果による発電が可能であることが示された。1章に おいて述べたように従来のゼーベック効果は熱―電力変換に材料内の温度差が必 要であるために、実用化には大きな障害があった。しかし本研究で示された熱―
電力変換効果ではエネルギー変換の際に温度差が必要なく、より実用的に使用す ることができると考えられる。現在エネルギー問題は世界的に解決策が模索され ている課題であり、人類の生活とエネルギーが切り離せない以上大きく力を入れ て解決すべき問題である。その解決策の一つとして熱電材料は廃熱回収の方法と して大きく注目されている。その実用化のためにも本研究で検証された温度差を 必要としない熱―電力変換効果が今後さらに発展し、実際に使用されエネルギー 問題の解決に貢献することを期待したい。