九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Ba8AuxSi46-x クラスレートを用いた狭バンドギャッ プ部におけるキャリア熱励起を利用した熱—電力変 換効果
刑部, 有紀
http://hdl.handle.net/2324/2236198
出版情報:Kyushu University, 2018, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
Ba 8 Au x Si 46-x クラスレートを用いた 狭バンドギャップ部におけるキャリア
熱励起を利用した熱―電力変換効果
刑部 有紀
平成 31年 3月
目次
第1章 序論
1.1 エネルギー問題と熱電材料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.2 熱電材料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 1.3 従来効果と新たな熱―電力変換効果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・6 1.4 本研究の位置づけと論文の構成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 参考文献
第2章 組成傾斜単結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートを用いた温度差を必要としない 熱―電力変換効果の実証
2.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 2.2 実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2.2.1 使用材料
2.2.2 チョクラルスキー法を用いた組成傾斜単結晶試料作製 2.2.3 試料作製
2.3 実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 2.3.1 XRDによる結晶構造解析結果
2.3.2 WDXによる組成分析結果 2.3.3 EBSPによる面方位解析結果 2.3.4 ゼーベック係数測定結果 2.3.5 等温起電力測定結果
2.4 等温環境下における熱起電力発生メカニズムの考察 ・・・・・・・・・28 2.5 結言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 参考文献
第3章 SPS法を用いた多結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートの組成傾斜化による温度差を 必要としない熱―電力変換効果試料の作製の試み
3.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 3.2 実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
3.2.1 SPS法を用いた組成傾斜材料作製
3.2.2 熱―電力変換効果素子用の等温起電力測定装置 3.2.3 試料作製
3.2.4 検証実験
3.3 実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 3.3.1 XRDによるn型半導体部およびp型半導体部の結晶構造解析結果 3.3.2 試料全域および界面付近における組成分析結果
3.3.3ゼーベック係数測定による特性同定 3.3.4 二層試料における等温起電力測定
3.4 検証実験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 3.4.1 I-V測定
3.4.2 n型半導体およびp型半導体単体における等温起電力測定 3.4.3 温度差変動実験
3.5 作製された試料の組成傾斜化および等温下での
熱―電力変換現象の考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 3.6 結言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58 参考文献
第4章 多層Ba8AuxSi46-xクラスレート試料を用いた温度差を必要としない 熱―電力変換効果の性能向上方法の模索
4.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60 4.2 実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
4.2.1 Au組成傾斜量と起電力向上の試み 4.2.2 組成を変えた2層試料作製
4.2.3 3層試料化による比抵抗値減少の試み 4.2.4 3層試料作製
4.3 組成の傾斜量が起電力に及ぼす影響の検証 ・・・・・・・・・・・・・70 4.3.1 XRDによるn型半導体部およびp型半導体部の結晶構造解析結果 4.3.2 界面付近における元素分析結果
4.3.3 ゼーベック係数測定による特性同定
4.3.4 等温下での加熱による起電力測定とその比較
4.3.5 温度差を必要としない熱―電力変換効果素子の長さ依存性
4.4 3層試料化による試料性能の向上 ・・・・・・・・・・・・・・・・・78 4.4.1 XRDによる各部位の結晶構造解析
4.4.2 WDXを用いたAu量傾斜の観察 4.4.3 各部位のゼーベック係数測定結果 4.4.4 等温下での熱起電力測定
4.4.5 3層試料におけるI-V測定の温度依存性
4.5 多層試料作製による性能向上に関する考察 ・・・・・・・・・・・・・84 4.6 結言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88 参考文献
第5章 加熱式サーマルプローブ法を用いた温度差を必要としない熱―電力変換効果 メカニズムの検証
5.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90
5.2.2 試料作製
5.3 実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94 5.3.1 XRDによる結晶構造解析結果
5.3.2 試料上端から下端にかけてのWDXによる組成分析結果 5.3.3 加熱式サーマルプローブ法による局所的ゼーベック係数の 温度依存性の観察
5.3.4 等温下における熱起電力測定結果
5.4 加熱による組成傾斜試料のゼーベック係数の推移による温度差を
必要としない熱―電力変換効果メカニズムの考察 ・・・・・・・・・100 5.5 結言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 参考文献
第6章 組成傾斜単結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートを用いたn型半導体のみによる 等温下での熱―電力変換効果の検証
6.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・105 6.2 実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・105
6.2.1 n型半導体のみを用いた等温起電力発生効果の仮説 6.2.2 試料作製
6.3 実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111 6.3.1 XRDによる結晶構造解析結果
6.3.2 WDXによる組成分析結果 6.3.3 ゼーベック係数測定結果
6.3.4 n型半導体部のみによる等温下での起電力測定結果
nnnn6.4 n型半導体のみによる等温下での熱電力発生メカニズムの考察 ・・・117 6.5 結言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120 参考文献
第7章 本研究のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122
謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・127
第1章 序論
1.1 エネルギー問題と熱電材料
近年、エネルギー問題は各国の課題となっている。我が国日本でも1960年代に 火力発電の燃料を石炭から、海外より輸入する石油に変えたことで国内自給率は 大幅に減った。石油による発電は電力を効率的にまかなうことができるようにな り一見大きく恩恵を受けたかに見えたが、70年代の中東情勢の不安化による2度 の石油危機によって、他国に石油の供給を依存している危険性を認識するに至っ た。さらに90年代になると石油による火力発電は化石燃料の枯渇という直接的な 課題に加え、化石燃料の燃焼によって発生するCO2が地球温暖化の原因とみなさ れ、その排出量の削減が京都議定書によって定められた。そこで火力発電に代わ る発電方法として、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーと原子力発電 が注目され始めた。しかし2011年3月11日に発生した東日本大震災と、それに伴 って発生した福島第一原発の事故によって全国の原子力発電所は操業を中止し、
エネルギー政策には「安定供給」「経済効率」「環境」に「エネルギーの安全 性」が追加された。また事故発生直後から操業を中止した原子力発電の代替に選 ばれた発電源は火力発電だった。その結果我が国の化石燃料を原料とするエネル ギーの割合は事故の直前の2010年には8割程度であったが、2016年では9割近く にまで増加している。
世界情勢に逆行する形となった日本であるが、2016年にはパリ協定に同意する など、変わらず温暖化対策を進めている。特にエネルギー分野では(1)省エネルギ ーの強化、(2)再生可能エネルギーの導入増の2本柱で対策を進めている。そして この再生可能エネルギーの分野において熱電材料が注目されている。
現在内燃機関の熱効率はおおよそ30 %程度にとどまっており、発展目覚ましい 自動車分野においてもそのエンジンの熱効率は40 %程度である。そして残りの エネルギーのほとんどは廃熱として捨てられている。この廃熱を有効利用する方 法として注目されている材料が熱電材料である。熱電材料は熱エネルギーから電 気エネルギーを取り出すことのできる材料であるが、その変換プロセスは同様の 熱―電力変換を行う際に複数のエネルギー変換を必要とする火力発電とは異な
使用することが可能である。そのためこの熱電材料をモジュール化し、廃熱部に 設置することによってさらに高効率にエネルギーを得ることができるようになる と期待されている。
また今後発展途上国の経済活動が活発化されることが予想されており、ガソリ ン車の台数増加や産業用動力源として化石燃料の使用は増加すると考えられてい る。現在の試算では石油・天然ガスの埋蔵量は残り半世紀分ともいわれており、
残りの化石燃料をいかにして効率よく使うかが課題となる。前述したように熱電 材料は内燃機関のエネルギー効率を改善する可能性がある。今後世界的に益々増 加するエネルギー需要を満たすためにも熱電材料が実用化されることが望まれて いる。
1.2 熱電材料
「熱電材料」のもつ特性として代表的な効果がゼーベック効果とペルチェ効果 である。ゼーベック効果は材料内に生じた温度差を利用して起電力を発生させる 現象で、熱エネルギーを利用して電気エネルギーを得る方法である。これに対し 熱電材料に電流を与えることで、材料内で加熱、または冷却作用を得る現象がペ ルチェ効果である。これらは共に熱電効果と呼ばれ、ゼーベック効果は小電力を 得る方法として、ペルチェ効果は小規模な冷蔵庫や車載部品として用いられてい る。本論文では特に熱エネルギーより電気エネルギーを得る特性に注目した。
熱電効果の現象はおよそ200年前に観測されており、1822年にはSeebeckはゼ ーベック効果による挙動を報告している1。さらにその後フランスの時計技師であ ったPeltierによってペルチェ効果が報告された2。そしてこれらのデータから1851 年にThomsonによってゼーベック効果とペルチェ効果の関係性が確立された3。 また20世紀に入ると1909年にAltenkichにより熱電発電の基礎的理論から無次元 性能指数ZTの関係式が示された4,5。ZT値とも呼ばれるこの値は、材料が受け取 った熱エネルギーより得られた電気エネルギーの割合から導出されており、変換 効率としても見ることができる。またこのZT値は材料の温度差(ΔT)によって生じ た起電力(V)より算出されるゼーベック係数(S)と、試料の内部比抵抗(ρ)、試料の 熱伝導度 (κ)によって以下のように定義される。
(1.1)
さらにこのZT値より最大効率(ηmax)が以下の式より算出できる。
ここでTHは高温部の温度を示し、反対にTCは低温側の温度を示す。またMは
であり、ZT値に依存する値である。また図 1.1に1.3 式によって計算されるZT値 と最大効率の関係を示す。ここでηcはカルノー効率を示している。
(1.2)
(1.3)
(1.4)
図 1.1 ZT値と最大効率の関係
するゼーベック係数を上昇させ、比抵抗値・熱伝導度を減少させることが求めら れる。特にカルノー効率ηcを0.5とした場合、最大効率で10 %を得ることができ るZT=1が一つの指標として扱われている6。
ゼーベック効果が発見された際、そのゼーベック係数は非常に低く、著しい効 果は得られていなかった。これは当時の研究では金属材料を中心として熱電効果 について調査がなされていたためであるが7、20世紀中頃に半導体材料が積極的に 研究されはじめたことで改善された8。そして1949年にはBi2Te3が高い熱電効果を 持つことがGoldsmidらによって報告された9。この材料はBiとTeによる層状構造 を持ち、200 μV/Kを越える高いゼーベック係数を有しており、実際に現在でも ペルチェ素子として車の革張りのシートの冷却装置として使用されている。一方 で欠点としては高温域で使用できないという点が挙げられる。Bi2Te3系材料はゼ ーベック係数の温度依存性のピークが300 Kから450 Kに存在し10、またBi2Te3の 融点は586 ℃と、高温域で使用するには低すぎることが原因である。そのため廃 熱の回収や、たき火等の熱源を利用した発電は不可能だった。そこで高温域で使 用できる材料としてPbTe系が開発された。PbTeはBi2Te3系に似た熱電特性を持つ うえ、融点が高く11ゼーベック係数のピーク温度が約700 Kと高い12。そのため軍 事用途や宇宙開発に使用されているが、材料系に有毒元素であるPbを含むために 民間利用が不可能であった。そのため現在では有毒元素を含まず高温域で使用で きる材料で、かつZT値が1を越える材料系の探索が行われており、注目されてい る材料系の代表として、Co酸化物系化合物・ホイッスラー系化合物・充填スクッ テルダイト化合物・クラスレート系化合物などが挙げられる13-18。
特にクラスレート化合物は1995年Slackによって提唱されたPGEC(Phonon Glass & Electric Crystal) concept19 に沿った構造を持つ。これは熱電材料に適 した材料とはガラスのように低い熱伝導度を持ち、一方で電子が結晶中のような 挙動をすることで低い比抵抗を持つ材料であるとした考え方であり、そのため熱 電材料では特に格子熱伝導度の低い材料が注目された。その中でもクラスレート 化合物はrattring効果を持つ材料として知られている。rattringとは赤ん坊をあや すためのガラガラ玩具を意味しており、その玩具のようにホスト原子が構成する カゴ状構造にゲスト原子が内包されるような構造を持つ。そしてこれらのカゴ状 構造とゲスト原子が異なる振動をすることによってフォノンの伝達を阻害し、低 い熱伝導度となると考えられている。
クラスレート材料は「格子で閉じる」という意味のラテン語のclathratusを由来 に持ち、結晶構造のパターンがⅠ型からⅨ型の9種類存在する。特にType-Ⅰクラ スレートと呼ばれる結晶構造をもつ材料は熱電材料の一つとして研究されてお り、本論文においてもこの材料を用いている。この構造の模式図を図 1.2に示 す。Type-ⅠクラスレートはSi, GeなどのⅣ族元素からなるホスト原子が形成する カゴ状構造とBa, SrなどのⅠ, Ⅱ族元素によるゲスト原子から構成される。熱電材 料においてはSr8Ge46クラスレート材料やBa8Ge46クラスレートなどが用いられて おり、本論文ではその一種であるBa8Si46クラスレートを使用している。
熱電材料としてBa8Si46を使用する際には遷移金属元素(TM)を添加する。 この 遷移金属元素を添加する利点としては、本来製造にGPa雰囲気が必要となる Ba8Si46が大気圧以下で製造可能となる点に加え、キャリア濃度のコントロールが 可能となる点が挙げられる。 遷移金属元素はカゴ状構造を形成するSiを置換し、
その組成式はBa8TMxSi46-xとなる。このTMにはAl, Ga, Cu, Ag, Au20-27などが用 いられてきた。前述したようにゼーベック係数はキャリア濃度に反比例し、キャ リア濃度の低下による比抵抗の上昇との兼ね合いを考慮すると、理想的なキャリ ア濃度は約1019 cm-3程度であると計算される。加えてキャリア濃度は熱伝導度に おいても電気熱伝導度に関係するため、熱電材料におけるキャリア濃度のコント ロールは特に重要な点である。Ba8Si46ではBaは2価のドナーとして働くことが報 告されており、遷移金属元素の添加前では縮退したn型半導体となり、非常にキャ リアが多い状態となっている。ここにアクセプターとして働く遷移金属元素を加 えることによってキャリア濃度を調整するほか、遷移金属元素の割合を増やすこ とでキャリアを電子から正孔へと変化させp型半導体として使用することも可能で ある(Zintle-Klemm concept)28。本実験ではこの遷移金属元素にAuを使用した Ba8AuxSi46-xを使用している。この材料においてAuは3価のアクセプターとして働 くため27、Zintle conceptによればAu濃度Xが5.33となる場合真性半導体とな り、またAu濃度がこれよりも多くなる場合p型半導体へと性質が変化すると考え られる。
1.3 従来効果と新たな熱―電力変換効果
これまで一般的な、温度差を利用して熱起電力を得るゼーベック効果について 記述したが、本研究ではこれとは異なる温度差を必要とせず、加熱のみによって 起電力を得る熱―電力変換効果に関する実験を行った。本項ではその発電メカニ ズムの違いと温度差を必要としない熱―電力変換効果の利点について説明する。
前述したように現在研究されている熱電材料はほとんどが半導体であるが、そ の熱―電力変換メカニズムはn型、p型で異なる。下記にn型、p型半導体における 変換メカニズムの模式図を示す。図 1.3に示されるように、n型半導体では(Ⅰ)の ように材料に温度差をつけると高温側でドナー準位から伝導帯への電子励起が優 勢となる(Ⅱ)。同時に低温側でも同様に電子励起が発生しているが、励起確率の差 を考慮し図 1.3では簡単に高温側のみの励起で表している。ここで伝導帯に存在 する電子は安定となるように低温側へと拡散する。そのため材料内では高温側で 電子を手放したドナーにより正電荷に帯電し、反対に低温側では拡散した電子に より負電荷に帯電するため、高温側を正極、低温側を負極とする起電力が発生す る(Ⅲ)。
図 1.2 Type-Ⅰクラスレート構造
ゲスト原子 ホスト原子
また同様にp型半導体における熱―電力変換メカニズムを図 1.4に示す。p型半 導体では(Ⅰ)のように温度差を材料内につけると、高温側で価電子帯に存在する 電子がアクセプターへと励起し、これによって価電子帯内にホール(正孔)が発生す る(Ⅱ)。図 1.4においても低温側のアクセプターの励起は簡単のために省略してい る。この価電子帯内のホールは伝導帯における電子のようにより安定になるよう に価電子帯で均一になるように拡散する。これにより低温側では正電荷としてと らえられるホールが拡散してきたことにより正極となり、また高温側ではアクセ プターが負電荷である電子をトラップしたため負極となる起電力が発生する(Ⅲ)。
高温 低温
高温 低温 高温 低温
+
伝導帯 ドナー準位
価電子帯
図 1.3 n型半導体のゼーベック効果の原理
(Ⅱ)
(Ⅰ) (Ⅲ)
高温 低温 高温 低温 高温 低温
+
伝導帯
アクセプター準位 価電子帯
(Ⅱ)
(Ⅰ) (Ⅲ)
図 1.4 p型半導体のゼーベック効果の原理
前述のようにゼーベック効果では温度差によるキャリアの励起確率の差を利用 して起電力を発生させている。またゼーベック効果による起電力の電極は高温 側、あるいは低温側であるかによって決まるが、n型半導体とp型半導体の差異と してこの電極の方向が変わることが挙げられる。この特性を利用しゼーベック効 果素子を実用的に使用するためのデバイスモデルとしてπ型モジュール6が考案さ れた。
ゼーベック効果による熱起電力は温度差に依存し、かつゼーベック係数は数十 から200μV/K程度であり素子単体での発電量には限界がある。そのため使用する 際は複数の素子を直列に配置することが望ましい。しかし前記したようにゼーベ ック効果による熱起電力の電極は熱流方向に依存する。そのためn型、あるいはp 型半導体単体でモジュールを構成しようとした場合、高温部と低温部を交互につ なぎ合わせるという複雑な配置が必要となる。これに対しより簡易に製造が可能 となることを目指して考案されたモデルがπ型モジュールである。図 1.5にその模 式図を示す。π型モジュールはn型、p型半導体がそれぞれ電極の符号が逆である ことを利用し、この図のようにn型、p型半導体素子を交互に配置し、高温側同 士、あるいは低温側同士を電極で結ぶことで製造プロセスをより簡略化したデバ イスモデルである。このπ型モジュールの考え方は現在熱電材料の基本となって おり、最終的にこのπ型モジュールとして使用するために熱電材料はn型とp型を 同組成系で作り分けられることが求められている。これは加熱下という状況にお いてn型半導体の素子とp型半導体素子との熱膨張係数の差から絶縁するといった モジュールの破損が懸念されるためである。そのため熱膨張係数が大きく変わら ないと想定される同組成系で両特性を作り分けることにより加熱後も問題なく使 用できる素子とすることが必要である。
これらの特性を利用して廃熱回収への利用が期待されるゼーベック効果素子で あるが、その実用化にはいくつかの大きな課題がある。まず上記したようにπ型 モジュールとして使用するためには同組成系での作り分けが必要となるが、材料 によっては一方の特性しか作製できない場合が存在する。その一例としては Ba8Si46クラスレートに遷移金属元素としてCuを添加したBa8CuxSi46-xクラスレー トが挙げられる。この材料系においてCuは3価のアクセプターとして機能すること が知られており、Cu組成Xが5.33を越えた際にp型半導体となると想定されてい る。しかし実際はCu濃度が増加せず、未だp型半導体Ba8CuxSi46-xクラスレート生 成の報告は挙げられていない。
また加えてゼーベック効果素子の使用には材料に生じる温度差が重要となる点 が挙げられる。その特性上ゼーベック効果を使用する際には低温部を維持するた めの冷却プロセスが必要となる。図 1.1が示すように素子の性能が等しければ変 換効率はカルノー効率、つまり材料に生じた温度差が大きいほど向上する。一方 で、使用方法で温度差を確保するためには素子の粗大化、あるいは冷却能の向上 といった方法が想定されるが、その場合全体としてのモジュールは肥大化せざる をえず、使用領域は非常に限られてくる。ゼーベック効果の持つこれらの課題がこ れまで熱電材料が実用化に至らない原因であった。これに対し本研究で考案され た効果が、変換に際し材料に温度差を必要としない熱―電力変換効果である。
この温度差を必要としない熱―電力変換メカニズムの仮説では材料に2つの条件 が求められる。1つ目は材料がn型、真性、p型半導体の順に接合されていること であり、2つ目はそのうち真性半導体は他のn型、p型半導体よりもバンドギャッ プが小さいということである。このような条件を満たした材料のバンド構造と熱
―電力変換メカニズムを図 1.6に示す。半導体の接合ではフェルミ準位がそろうた め、条件を満たした材料ではバンド構造が一方向に傾いた形になると考えられ
図 1.5 π型モジュールの模式図
+
(Ⅰ)
(Ⅲ) (Ⅱ)
図 1.6 温度差を必要としない熱―電力変換効果メカニズムの仮説
材料中ではバンドギャップの大きさに差があるため、電子励起はバンドギャップ の最も小さい真性半導体部分で優先的に行われると予想される。そして励起した 電子と、電子励起によって価電子帯に生じた正孔はエネルギーのより安定な方向 へ拡散するため、電子はn型半導体側へ、正孔はp型半導体側へとそれぞれ拡散す ると考えられる(Ⅱ)。この電荷分離によってp型半導体側を正極、n型半導体側を 負極とする起電力が発生すると予想した(Ⅲ)。この仮説の実証については第2章で 行っており、400 ℃近傍において約0.6 mVという起電力が得られている。
この等温での熱―電力変換効果の最大の利点は熱エネルギーと電力エネルギー の変換に温度差を必要としない点にある。従来効果のゼーベック効果では材料内 に温度差が生じている必要があり、また発電量もこの温度差に依存していた。さ らに与えた熱エネルギーの一部は熱流として捨てなければならなかった。しかし この温度差を必要としない変換効果では積極的なエネルギーの排出は必要なく、
電子の再結合によって発生する幅射によるエネルギーロスは予想されるが、より 高い変換効率が期待される。また使用に際して温度差が必要ないということはよ り簡易な使用が可能となることを示している。冷却プロセスが必要ないため温度 差のつきにくい閉所であっても使用できるほか、温度差をつけるためにモジュー ルサイズを粗大化させる必要がなく、反対に薄膜化といった素子サイズを縮小し た高集積化が期待される。加えてゼーベック効果とは異なり電極が素子の部位に 依存するため、配列面でもより自由度が高くなっている。これらの利点から、こ の温度差を必要としない熱―電力変換効果は今後の実用的な使用可能であると考 えられている。
1.4 本研究の位置づけと論文の構成
本研究では温度差を必要としない熱―電力変換効果の仮説に基づき、
Ba8AuxSi46-xクラスレートによる試料作製及び測定結果をもってそのメカニズムや 性能について検証を行うことを目的とした。そこで条件を満たす試料による変換 効果の実証、多結晶試料作製、性能向上方法の模索、メカニズムの検証、さらに 材料条件の簡略化について実験を行っている。
第2章では、前述した温度差を必要としない熱―電力変換効果の仮説をもとに条 件を満たすことのできる材料を選定し、必要なバンド構造を構築するためにチョ クラルスキー法を用いて試料を作製することで、この効果の実証を行った結果を 報告する。
第3章では、2章の報告結果をもとにより簡易かつ多量に試料を作製する方法と して、粉末焼結法の1種である放電プラズマ焼結法による2層試料作製を行った。
これにより温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件を満たす多結晶試料の 作製を試み、その結果を報告する。
第4章では、3章で行った多結晶試料作製法を利用し、温度差を必要としない熱
―電力変換効果において性能を向上させる方法について模索した結果を報告す る。前半では組成傾斜単結晶試料を用いて組成量、すなわちバンド構造の傾きが 起電力へ及ぼす影響を検証した結果を、後半ではキャリア生成層を導入すること で、試料の比抵抗値の温度依存性の改善を試みた結果について報告する。
第5章では、従来用いられてきたサーマルプローブ法を参考に、試料温度を変化 させることのできる機器を作製し、等温での熱―電力変換効果試料において加熱 前後での試料内の局所的ゼーベック係数の変化を観察し、本メカニズムの挙動の 実験的な観察を試みた結果について検証する。
第6章では、等温下での熱―電力変換効果のメカニズムを再検証し、材料に求め られる条件を最考察する。そしてその条件から考えられるn型半導体のみを用いた 温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件を満たす試料を作製することで、n 型半導体のみを用いた発電が可能であるか実証を行った結果を報告する。
第7章は本論文の結果の総括である。
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[26] I. Zeiringer, MingXing Chen, A. Grytsiv, E. Bauer, R. Podloucky, H.
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[27] S. Munetoh, M. Saisho, T. Oka, T. Osada, H. Miura and O. Furukimi, J.
Electron. Mater 43, 2430, (2014)
[28] R. Nesper, Z. Anorg. Allg. Chem. 640, 2639, (2014)
第2章 組成傾斜単結晶Ba
8Au
xSi
46-xクラスレートを 用いた温度差を必要としない熱―電力変換効果の実証
2.1 緒言
我々は材料内に生じた温度差を利用して熱―電力変換を行うゼーベック効果と は異なる、温度差を必要としない熱―電力変換効果の仮説を提案した。本章では 仮説に基づいて材料に求められる条件を満たす試料の作製を行い、実際に温度差 を与えることなく加熱することによって等温下で熱起電力が発生するかを検証し た。
この効果が材料に求める条件はn型、真性、p型半導体の順に接合された材料で あり、真性半導体部はn型、p型半導体よりもバンドギャップが小さいことであ る。この二つの条件を満たすために使用する材料を選定し、シリコンウェハーの 作製にも使用されるチョクラルスキー法によってBa8AuxSi46-xクラスレートの組成 傾斜単結晶試料を作製することを選択した。
2.2 実験方法
2.2.1 使用材料
我々の考案したメカニズムではn型、真性、p型半導体の接合、および真性半導 体のバンドギャップの狭小化が求められている。しかし実際には半導体を接合 し、かつ励起した電子および発生した正孔がそれぞれ拡散することを考慮する必 要がある。そのため電荷分離を効率よく行うために、3種の半導体を同元素系で作 ることが望ましいと判断した。そこで本実験で使用する材料としてBa8AuxSi46-xク ラスレート1-5に注目した。これはBa8Si46のSiサイトがAuによって置換された材料 であり、1章で紹介したクラスレート材料の1つである。
Ba8AuxSi46-xクラスレート内ではBaは2価のドナーとして、Auは3価のアクセプ ターとして働くことがこれまでの研究で報告されている。したがって各元素が生
ため真性半導体になり、それ以上となるとアクセプターが優勢となりp型半導体と なることがドナー・アクセプター比の観点から考えられる2,4,5。つまりこの材料は Au濃度を制御することによって同元素で3種の半導体特性を作り分けることが可 能な材料となっている。
また過去の研究からBa8AuxSi46-xクラスレートにおいて、Au濃度が真性半導体 となるX=5.33に近いほどバンドギャップが小さくなるという報告がなされている
4,5。これはゼーベック係数の温度依存性の変化から見積もられているものである が、その変化のメカニズムから少なくともバンドギャップの大小関係を論じるに 足るデータであると考えられる。
これらの特性からBa8AuxSi46-xクラスレートを使用することで温度差を必要とし ない熱―電力変換効果が求める条件を満たした試料を作製することが可能である と考えた。そこで本実験で使用する材料としてBa8AuxSi46-xクラスレートを選択し た。
2.2.2 チョクラルスキー法を用いた組成傾斜単結晶試料作製
温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件から試料はn型、真性、p型半導 体の順で接合されている必要があるが、2.2.1で前述したようにその接合では極力 エネルギー障壁を発生させない整合性のよいものが適していると考えられる。そ こで材料のBa8AuxSi46-xクラスレートの特性をふまえた上で注目したのがチョクラ ルスキー法である。
チョクラルスキー法は単結晶試料作製法の一つであり、主にシリコンウェハー の製造に用いられている手法である6。図 2.1にチョクラルスキー法の模式図を示 す。この手法では、あらかじめチャンバー内のるつぼで試料を溶融させておき、
そこに先端に種結晶をつけたシャフトを回転させながら触れさせ、温度の調整を 行った後にシャフトを回転させながら一定速度で引き上げることによって、種結 晶の先端に単結晶試料を成長させていく方法で試料を作製する。そしてこれまで にこの手法によるType-Ⅰクラスレート材料の作製報告が挙げられている7-9。 本実験ではこのチョクラルスキー法を用いて、組成傾斜単結晶試料の作製を試 みた。これまでの研究からBa8AuxSi46-xクラスレートは融液から凝固させると本来 のAu組成よりも低いAu濃度のクラスレート相といくつかの不純物相をもった試料 が得られることが知られている4。またこのAu濃度は融液のAu濃度が高いほど高
くなる傾向も報告されている2-4。これらのことから液体よりBa8AuxSi46-xクラスレ ートを母相として凝固させる際は共晶合金の挙動をもつと想定される。そこでチ ョクラルスキー法において溶融させる融液量を制限することで単結晶試料の組成 傾斜化を試みた。その模式図を図 2.2に示すが、チョクラルスキー法によって最 初に凝固する部分は従来通り液相濃度よりも低いAu組成(S1)になると考えられ、
状態図より結晶の成長にともない液相は固相との濃度の差分濃度が上昇し、濃度 が上昇した液相からはS1よりも高いAu濃度S2の結晶が成長すると考えられる。こ れらを繰り返すことで単結晶内部で成長方向に濃度が上昇する試料が作製できる と考えた。
前述したようにBa8AuxSi46-xクラスレートはAu濃度によって半導体特性を変化 させることのできる材料となっている。そのため初期組成のS1をn型半導体とな る組成とし、最終部の組成S3をp型半導体となる組成で作製することができれば 図 2.2に示すように成長方向上部ではn型半導体だが、やがて下部にかけて組成が 上昇すると真性半導体となり、さらに濃度が上昇することで最端部ではp型半導 体となる単結晶試料が得られると考えられる。そこで本実験ではn型、真性、p型
図 2.1 チョクラルスキー法模式図
2.2.3 試料作製
試料は高純度のBa(99%)、Au(99.9%)、Si(99.999%)をBa8Au6Si40となるように 秤量し、アーク溶融法によってクラスレート合金化した後、インゴットを粉砕し チョクラルスキー法によって単結晶試料化した。チョクラルスキー法は気圧1.5 MPaを維持した、0.5 L/minでのアルゴンフロー状態で行った。作製開始時の温 度は1112 ℃とし、シャフトの引き上げ速度は5 mm/h、回転速度は30 rpmで行 い、種結晶には単結晶Siを加工したものを使用した。 図 2.3に本実験で作製され た試料の外観を示す。
図 2.2 組成傾斜単結晶の模式図
図 2.3 作製された単結晶試料
また、作製された試料から図 2.4に示すように測定用試料を切り出した。はじ めに成長方向と垂直な層状の試料を厚さ1.5 mmに厚さ0.5 mmの刃を用いて切断 した。これらは成長初期の上部をNo.1とし、No.7の試料まで切り出された。また 条件を満たす可能性がある試料として、等温環境下での熱起電力測定を行うため の試料を成長方向に切り出した。この試料は上端をNo. 1の表面と同じ位置に し、また下端をNo.7の底面と同じ位置にしており、それぞれの特性が一致するよ うにした。
作製された試料の一部を切り出し、粉砕して粉末状にしたものにリガク製
RINT-2100を用いてPowder X-ray Diffraction analysis (PXRD)を行った。さらに Crystal Maker Software社製 Crystal Diffract 4.1.2を用いて、クラスレート構造 の理論的ピーク位置を算出し、測定結果と比較を行った。
またNo.1からNo.7の各試料の上面に対し、島津製作所製EPMA-1600を用いて Wavelength-Dispersive X-ray spectrometry(WDX)による組成分析を行った。加 速電圧は15 kV、フィラメント電流は10 nAに設定し測定を行った。
加えて作製された試料が単結晶であることを確認するために、熱起電力測定用 試料に対し Electron Backscatter Pattern(EBSP)による面方位解析を行い、菊池 パターンを観察した。
図 2.4 試料切断図
にヒーターを設置し、温度差を20 ℃差に保ちつつ加熱し測定を行った。そして上 下端の起電力よりゼーベック係数を算出した。その際の温度は両端の温度の平均 とした。
そして等温での熱―電力変換を検証するために、熱起電力測定用試料に対し 図 2.6に示す模式図のように試料両端が等温となるように加熱を行い起電力測定 を行った。
図 2.5 ゼーベック係数測定模式図
図 2.6 等温下での熱起電力測定の模式図
2.3 実験結果
2.3.1 XRDによる結晶構造解析結果
PXRDによる測定結果およびCrystal Diffractによって算出された理論ピーク位 置を図 2.7に示す。過去の研究よりBa8AuxSi46-xクラスレートにおいてAuはカゴ上 構造を構成する6c、16i、24kサイトのうち6cサイトを優先に置換することが報告 されている1,2。そこで結晶モデルとしてBa8Si46の6cサイトすべてをAuで置換した Ba8Au6Si40を用い、さらに格子定数には測定結果より求められた10.41 Åを用い て理論ピーク位置を算出した。これらを比較すると、作製された試料のピーク位 置はシミュレーションされたクラスレート構造のピーク位置と一致していること が確認された。このことから作製された試料はType-Ⅰクラスレート構造を持つ ことが示された。
図 2.7 結晶構造解析結果 2θ
simulation pattern
Ba8Au6.0Si40.0 clathrate(a=10.41Å)
intensity (arb. unit)
experimental result
2.3.2 WDXによる組成分析結果
WDXによって測定された組成分析結果を表 2.1に示した。また各層状試料のAu 濃度を抜粋したものを図 2.8に示す。これらはWDXより得られたモル分率から、
クラスレートのカゴ状構造を形成するAuおよびSiが46個のサイトすべてを占有し ていると仮定し、組成比にしたものである。この結果では最も上部にあたるNo.1 ではAu組成が4.46であり、成長がすすむにつれてAu組成は徐々に増加し、下部 のNo.7では4.78となっている。このことから本実験で作製された試料は成長方向 上部から下部にかけてAu濃度が増加していることがわかる。
No.1ではAuの組成比は4.46を示したが、これは溶液の濃度である6未満である ことから、結晶が成長するにつれて融液のAu濃度は上昇したと考えられる。そし てそれにともない結晶中の濃度が上昇していることから、液相中のAu濃度上昇 が、生成中の単結晶に組成偏析を形成したと考えられる。
表 2.1 組成分析結果
試料 Ba : Au : Si
No.1 7.62 : 4.46 : 41.54 No.2 7.64 : 4.50 : 41.50 No.3 7.76 : 4.57 : 41.43 No.4 7.60 : 4.53 : 41.47 No.5 7.82 : 4.76 : 41.24 No.6 7.66 : 4.71 : 41.29 No.7 7.56 : 4.78 : 41.22
図 2.8 各層状試料におけるAu量
2.3.3 EBSPによる面方位解析結果
作製された試料が単結晶であるかを確認するため、試料表面において面方位を 示す菊池パターンを観察した。測定は層状サンプルと同時に切り出した熱起電力 測定用試料において行った。図 2.9は試料表面のSEM像であり、その像内に記さ れている5カ所のポイントにおいて菊池パターンの観察を行った。その結果を 図 2.9に示す。これらの結果において各点で観察された菊池パターンはすべて同一 のパターンを示しており、観察を行った広範囲において同一面を示していること がわかった。またこの他の点においても同様のパターンが観察されており、これ らのことから今回作製された試料は単結晶であることが考えられる。この結果か らチョクラルスキー法によってBa8AuxSi46-xクラスレートの単結晶試料が作製可能 であることが示された。
(b) ポイント①
(d) ポイント③
(f) ポイント⑤ (c) ポイント②
(e) ポイント④ (a)SEM像
2.3.4 ゼーベック係数測定結果
ゼーベック係数の測定結果を図 2.10に示す。ゼーベック係数において負の値は n型半導体の特性であり、正の値はp型半導体であることを示す。このことから本 実験において作製された試料の半導体特性はNo.1からNo.6がn型半導体、No.7は p型半導体であることがわかった。またゼーベック係数の絶対値は400 ℃から500
℃にかけて約100 μV/Kを示しているが、これは一般的なBa8AuxSi46-xクラスレー ト試料の値と同程度である。
またゼーベック係数の絶対値は温度の上昇とともに増加しているが、No.3から No.6の試料においてはある温度から減少へと転じている。ゼーベック係数は本来 昇温とともに上昇するが、一方で材料が価電子帯から伝導帯への電子励起が発生 する真性領域へと達すると伝導帯および価電子帯中のキャリア濃度が過剰に増加 し、ゼーベック係数は昇温とともに減少する。No.3からNo.6の試料の挙動はこの ためであると考えられる。図 2.11にNo.2、No.3、No.6のゼーベック係数を抜粋 したものを示す。この図よりNo.2からNo.6のゼーベック係数が増加から減少へ転 じる、すなわち真性領域に達する温度はより下部に位置する試料ほど低いことが わかる。この温度の差は価電子帯から伝導帯への電子励起に必要な熱エネルギー が異なることを示しており、すなわちバンドギャップの大きさが異なることを示 している。加えてNo.1およびNo.7のゼーベック係数の温度依存性がピークを迎え ることなく上昇し続けていることを考慮すると、Ba8AuxSi46-xクラスレートはn型 半導体部においてAuが増加するほどバンドギャップが減少し、反対にp型半導体 となるとバンドギャップが増加すると考えられる。このようにAu組成の異なる Ba8AuxSi46-xクラスレート試料のゼーベック係数の温度依存性において、試料の Au組成が真性半導体に近いほどピーク温度が減少する挙動はCandolfiらによって 同様の結果が報告されている5。
図 2.10 ゼーベック係数の温度依存性結果
ゼーベック係数 (μV/K)
温度 (℃)
図 2.11 ゼーベック係数のピーク温度の変遷
ゼーベック係数 (μV/K)
温度 (℃)
2.3.5 等温起電力測定結果
これまでの測定結果より今回作製された単結晶試料は成長するにつれ試料内に おいてAu濃度が上昇していく試料となっていることがわかった。またそれによっ て試料はn型半導体から真性半導体を経てp型半導体へと特性を変化させている。
またBa8AuxSi46-xクラスレートの特性によりn型半導体部ではバンドギャップが減 少し、p型半導体部では増加している。これらの結果から本実験で作製された試料 は温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件である、n型、真性、p型半導体 の順に接合された材料であること、真性半導体部がn型、p型半導体部よりもバン ドギャップが狭くなっていることの両方を満たしていると言える。
そこで図 2.4で示した成長方向に切り出した熱起電力測定用試料に対し、試料 が等温となるように加熱し起電力の測定を行った。この測定の結果を図 2.12に示 す。この測定において両端の温度差は0.1 ℃以下で行われている。この結果から均 一温度環境下における約378 ℃において約0.63 mVの電圧が示された。これは Ba8AuxSi46-xクラスレートのゼーベック係数約 100μV/Kでは約6.3 ℃の温度差を 与えた際の起電力に等しく、仮に0.1 ℃差におけるゼーベック効果であったとし ても6.3 mV/Kという通常では考えにくい値である。
さらにこの起電力がゼーベック効果によるものではないことを示すために、試 料の方向を反対にして測定を行った。これは温度差を必要としない熱―電力変換 効果の電極が試料の部位に依存することを利用した検証であり、仮にゼーベック 効果による発電であれば試料の方向によらず同様の起電力が測定されると考えら れる。この測定結果を図 2.13に示す。この結果では等温化において同様の挙動を 負の値で示している。これはゼーベック効果では起こり得ない挙動であり、同時 に我々の考案したメカニズムに合致する結果である。仮説では、温度差を必要と しない熱―電力変換効果では電子およびホールがそれぞれn型、p型半導体の部位 へと拡散するためn型半導体部が負極に、p型半導体部が正極になると考えられ る。本測定での符号はその電極と合致しており、試料の方向を反対にしたことで 挙動はそのままに符号が反転することは仮説通りであると言える。
これらの結果から今回作製された試料は等温下で熱エネルギーを得ることによ って熱起電力を発生することに成功し、またその発電メカニズムは我々の考案し た仮説に基づくものである可能性が示された。
図 2.12 等温下での熱起電力測定結果
図 2.13 試料を反転させた際の起電力測定結果
2.4 等温環境下における熱起電力発生メカニズムの考察
本実験で得られた結果より等温化において発生した起電力について考察する。
PXRDによる測定では切り出された試料による結晶構造解析結果とシミュレー ションによって算出されたピーク位置が合致することより試料がType-Ⅰクラスレ ート構造を持つことが確認された。またEBSPによって試料の広範囲にわたって同 一の菊池パターンを持つことが観測され、これにより試料が広範囲にわたって同 一面を示していることが確認されたことから作製された試料は単結晶試料である と考えられる。これらの結果より特定の濃度比をもつ液相よりチョクラルスキー 法によって試料を作製した場合Ba8AuxSi46-xクラスレートの単結晶試料を得ること ができることが示された。
また層状試料に対して行ったWDXの組成分析結果より、作製された試料はその 内部において成長方向上部から下部にかけてAu濃度が上昇することが観測され た。これは組成分析で得られた組成がいずれも初期組成より低いことから、結晶 が成長するにつれて液相のAu濃度が上昇し、それにともない成長する結晶側もま たAu濃度が上昇したと考えられる。
加えて層状試料において測定されたゼーベック係数の結果では同一結晶内にお いてその内部でn型半導体からp型半導体へと特性が変化していることが示され た。これはWDXによる組成分析の結果を考慮すると結晶内部でAu組成が増加す ることで上部のAu濃度が低い部分ではn型半導体であったが、やがてドナー・ア クセプター比が釣り合い真性半導体となり、さらにAu濃度が濃くなったことでp 型半導体へと特性が変化したものと考えられる。またゼーベック係数の絶対値は 昇温とともに増加するが、No.3からNo.6はある温度においてゼーベック係数の絶 対値が減少に転じていた。これは試料が真性領域に達したため、価電子帯から伝 導帯への励起が発生しキャリア濃度が増加したために発生したものと考えられ る。さらにn型半導体において真性領域に転じる温度はより下部の試料、つまり Au組成が増加するほど低くなっていた。そしてp型半導体では真性領域に至らず、
昇温とともに増加し続ける挙動を示した。真性領域に達する温度の差は、電子が 励起するのに必要な熱エネルギーの多さを示しており、バンドギャップの大きさ を示す。この結果から本実験の試料ではAu組成が真性半導体に近づくほどバンド ギャップが小さくなり、p型半導体で再び拡大したと考えられる。
これらの結果からチョクラルスキー法によるBa8AuxSi46-xクラスレート試料の作 製は内部でAu組成の傾斜を生じる単結晶試料の作製に有効であることが示され
た。そして組成傾斜単結晶Ba8AuxSi46-xクラスレートのこれらの特性は我々の考案 した温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件である、n型、真性、p型半導 体の順で接合された材料であること、真性半導体部がn型、p型半導体部よりバン ドギャップが狭くなっていることの2つの条件を満たしていると考えられる。図 2.14に予想される本実験で作製された試料のバンド構造の模式図を示す。
本実験では試料は複数の結晶によって構成された多結晶体ではなく、単一の結 晶で構成される単結晶体である。そのため結晶粒界において発生するエネルギー 障壁は生じていないと考えられる。また組成分析結果より単結晶内においてAu濃 度は徐々に増加しており、そのフェルミ準位も徐々にバンドギャップの中心側へ 変化すると考えられる。そしてゼーベック効果の測定結果よりAu組成が真性半導 体に近づくほどバンドギャップが狭まるという特性を考慮すると、本実験で作製 された試料のバンド構造は図 2.14に示すように緩やかに坂を描くバンド構造とな っていると予想される。
上記のように作製された試料が温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件 を満たしていると考えられることから、成長方向に切り出した試料を両端が等温 となるよに加熱し、その起電力を観測したところ、確かな起電力を観測すること ができた。この結果が示す等温下で熱起電力が発生したメカニズムを図 2.15に示
図 2.14 バンド構造予想図
(Ⅰ)
(Ⅱ)
(Ⅲ)
図 2.15 本実験における温度差を必要としない熱―電力 変換メカニズムの模式図
本実験で作製された試料を試料内に温度差をつけることなく加熱した場合、バ ンドギャップが最も狭い真性半導体部で価電子帯の電子が伝導帯へ励起する (Ⅰ)。また同時に電子の励起によって価電子帯にホールが生じると考えられる。こ の励起した電子と発生したホールはそれぞれエネルギーの安定な部位へ滑らかな バンドに沿って拡散する(Ⅱ)。これらのそれぞれに拡散したキャリアによる電荷分 離によって両端が帯電し、起電力が生じる(Ⅲ)。2.3.6において生じた起電力はこ のようなメカニズムによるものと考えられる。また試料方向を反転して測定され た結果では挙動はそのままに、起電力の符号のみが変化した。これはこの温度差 を必要としない熱―電力変換効果では電極は部位に依存するためである。この結 果は仮にこの起電力が微少温度差によるゼーベック効果によるものと仮定した場 合、決して説明することのできない現象である。
これらの実験結果より、チョクラルスキー法による試料作製法が温度差を必要 としない熱―電力変換効果の条件を満たす試料の作製に有効であることが示され た。またこの条件を満たす試料が等温状況下において加熱することによって起電 力を発生させることが可能であると示された。
2.5 結言
本章では温度差を必要としない熱―電力変換効果の条件を満たす試料の作製を 行い、等温下で起電力を発生させることが可能であるか検証することを目的とし た。そして使用する材料としてBa8AuxSi46-xクラスレートを選択し、チョクラルス キー法によって内部でAu組成の傾斜した試料を作製し、この試料を分析したこと で以下の結果を得た。
(1)本実験においてチョクラルスキー法によって作製された試料はType-Ⅰクラス レート構造を持ち、かつ単結晶試料であった。
(2)層状サンプルに行った組成分析結果から結晶の成長方向に対し、上部から下部 にかけてAu濃度が上昇するという性質が確認された。
(3)各層状サンプルにおいて測定されたゼーベック係数の符号からAu濃度の低い No.1からNo.6までの試料はn型半導体であり、No.7はp型半導体であった。さら にゼーベック係数の温度依存性は各試料ごとで異なり、特にその絶対値が昇温と ともに増加する一方で一部の試料は減少挙動を示し、かつその挙動の変化する温 度はAu濃度が真性半導体に近いほど低かった。
(4)成長方向に層状サンプルと対応するように切り出した試料に対し、その両端が 等温となるように試料を加熱し、その起電力を測定したところ確かな起電力が観 測された。またその起電力の符号は試料の方向に依存した。
参考文献
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第3章 SPS法を用いた多結晶Ba
8Au
xSi
46-xクラス レートの組成傾斜化による温度差を必要としない
熱―電力変換効果試料の作製の試み
3.1 緒言
2章ではBa8AuxSi46-xクラスレートの特性をいかしチョクラルスキー法による組 成傾斜材料を作ることによって温度差を必要としない熱―電力変換効果の実証を 行った。しかしチョクラルスキー法による試料作製は試料の作製に非常に時間が かかるほか、試料の大きさに限界があるため一回の試料作製において得られる素 子の数が限られる。この熱―電力変換素子では1つの素子から得られる起電力量が 少ないため、実際に使用することを想定した場合、従来材料であるゼーベック効 果素子のように複数の素子を直列につなぎ起電力を増加させる必要がある。その ため実用性を考慮した場合、より簡易かつ多量に試料の作製が行えることが必要 であると考える1,2。
そこで本実験では試料の作製方法として放電プラズマ焼結(Spark Plasma Sintering : SPS)に注目した。これは粉末焼結法の一つであり3、従来効果である ゼーベック効果の試料を作製する方法としても使用されてきた方法である4-8。こ のSPS法では比較的短い時間で一定の大きさの試料を作製することができ、また 過去の報告ではアーク溶融法による合金化ではn型半導体組成となるBa8AuxSi46-x
クラスレートがSPS法による焼結を行うことでp型半導体となる結果が報告されて いる4。これはSPS法における焼結中の高温保持が試料内の元素の拡散を促すアニ ーリング効果をもつためであると考えられる。そこで本実験ではこのSPS法のアニ ーリング効果を利用して組成傾斜Ba8AuxSi46-xクラスレートの作製を試み、より短 時間で多量の試料を作製することを目的として実験を行った。
3.2 実験方法
3.2.1 SPS法を用いた組成傾斜材料作製
SPS法は粉末焼結法の一種であり、カーボン製の焼結型に粉末を充填し、加圧 しつつパルス電流を流すことによって焼結を行う方法である3。図 3.1に本実験で
使用した装置の模式図を示す。この図が示すように本実験では焼結型に上下から 機械的な圧力を印加つつ直流パルス電流・電圧を焼結型および試料に直接印加 し、自己発熱を起こすことによって焼結を行っている。
この手法による試料作製では比較的短時間で試料作製が行えるほか、得られる 試料の大きさは焼結型の大きさ、および充填した粉末の量で調節することができ る。さらにクラスレート材料の作製においては、過去の研究例より焼結中の高温 保持により試料内で固相拡散を促すことができることが報告されている4。これは 遷移元素を添加したクラスレートと遷移元素を多く含む不純物を混合させた状態 で焼結を行った際に、不純物側からより遷移元素の少ないクラスレート側へ遷移 元素が拡散したもので、クラスレート中の遷移元素濃度が上昇し不純物が減少し ていた。本実験ではこの固相拡散を促すアニーリング効果を利用して温度差を必 要としない熱―電力変換効果の条件を満たす組成傾斜Ba8AuxSi46-xクラスレート試 料の作製を試みた。
チャンバー
グラファイトパンチ
加圧+ON-OFFパルス直流電圧・電流
グラファイトダイ
図 3.1 SPS装置模式図
グラファイトスペーサー
試料粉末 通電・加圧軸