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第 6 章 結論

6.2 日本語教育と異文化理解教育への示唆

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と接触のない外国語環境と教室外の日常生活でも日本語を使用している第二言語環 境を比較した場合、日本語母語話者と接触する機会が多い第二言語環境の方が語用 論的能力の習得にとってより有益であるという指摘もある(清水 2009:228)。第 二言語環境の学習者は、目標言語共同体での日常のインターアクションを通して、

適切なレベルのポライトネスを伝達するやり方や間接的に意味を伝える言語的手段 の選び方などについての日本語母語話者の本物の言語使用の例を頻繁に観察できる と清水(2009)は指摘している。

そして、学習者にみられる負の語用論的転移は、必ずしも目標言語の語用論的知 識の欠落や語用論的特徴の普遍性の認識を反映するわけではない。目標言語の文化 への社会文化的な順応の程度も語用論的スタイルの選択に関わっている(Kasper &

Blum-Kulka 1993)。学習者は、自分たちの民族的アイデンティティを維持し、第 二言語学習者または第二言語使用者としての独自性を確立したいと希望しているか もしれず(Ellis 1994)、そうした場合には学習者はそもそも目標言語母語話者の基 準を目標にしていないと考えられる。

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ける言語使用の違いや学習者の中間言語における語用論的転移の証拠を示すだけで は不十分であり、こうした研究結果や成果をいかに授業に活用できるかということ が大切になってくると考える。

日本語能力が高ければ、母語との文法の相違によるコミュニケーション上の問題 は解消され、日本人とのコミュニケーションを円滑に進められるのだろうか。生ま れつき優れたコミュニケーション能力やセンスを備えている者は、相手の様子を注 意深く観察し、様々なコミュニケーション方略を有効に用いることによって、異文 化の壁を乗り越えることはできるかもしれない。しかし、日本の社会や文化、コミ ュニケーションの習慣に慣れないため、日本社会に適応できずに問題を抱えている 学習者は少なくない。本研究の調査後に各被験者の数人を対象にフォローアップ・

インタビューを行った。韓国人日本語学習者のフォローアップ・インタビューでは、

日本語で会話することの難しさや母語で話す時との違いに悩むなどの回答があった。

韓国人日本語学習者2名のフォローアップ・インタビューの内容とその日本語訳を 次に示す。

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<フォローアップ・インタビュー【JSL18】>

솔직히 상대방이 주저하는 권유에 대해 어떻게 대화를 이끌어 가야 할지 모르겠어요. 일본어로 말해야한다는게 좀 중압감을 느껴요. 한국에서는 상대방이 친한 친구든 지도 교수님이든 친근하게 성의있게 권유하면 제 의도가 잘 전달될거라 생각하지만 일본어로 표현한다는게 좀 어려웠어요.

日本語訳

正直に、相手に躊躇された勧誘をどうやって続けていいのか分かりません。日本語で話 すという事に少し重圧感を感じます。韓国では相手が親しい友達であろうが指導教員で あろうが親しみのある誠意のこもった表現で誘ったら自分の意図が上手く伝わると思 いますが、それを日本語で表現するのが少し難しかったです。

<フォローアップ・インタビュー【JSL22】>

일본 생활하면서 이 설문과 비슷한 경험이 많이 있었어요. 한국사람들끼리 한국어로 말할땐 대충 말하면 되지만, 똑같은 상황에서 그게 일본어가 되면 여러가지로 생각하게 되는 거 같아요. 설문과 같이 주저하는 대답을 듣고서 다시 어떻게 재권유를 해야하는가도 좀 고민스러워요. 특히 일본어로 표현하는건 더 그렇죠.

일본 사람들은 남을 먼저 생각하고 말하니까…. 상대방을 배려해서 말해야 하니까요. 실례되게 말해서 완전 거절당하거나, 이상한 사람 취급 받을 수도 있으니까요.

日本語訳

日本で生活していて、この設問と似たような経験がたくさんありました。韓国人同士が 韓国語で話す時は大まかでいいですが、同じ状況において日本語で話すことになるとい ろいろ考えてしまいます。設問のように、躊躇する回答を聞いてどうやって再勧誘を行 うべきか悩むと思います。特に、日本語で表現するのは尚更です。日本人は他人のこと を先に考えて話すから…。相手に配慮して話さなければならないからです。失礼なこと を言って、完全に断られることも、変な人に思われることもあり得るからです。

上記の韓国人日本語学習者2名は、日本での滞在年数が4年以上になるが、フォ

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ローアップ・インタビューの内容からも分かるように未だに日本人との会話におい ては緊張したり、構えてしまったりするような印象を受けた。このように、日本で の生活にも慣れており、十分な日本語能力を備えている日本語学習者であっても、

日本人の相手と母語ではない言語で話すというのはプレッシャーであり、不安に思 うものであろう。Olshtain & Cohen(1989)は、言語使用における文化的違いを 第二言語学習者に意識化させることの重要性を指摘している。つまり、なぜ日本人 にはこのような表現が好んで用いられるのか、その原因となる社会的背景や習慣、

価値観などを考える機会を与える必要性があると考えている。実際、日本語学習者 は文法、語彙、表現といった項目を中心に学習しており、日本語の勧誘形は「~し ましょう / ~しませんか」といったフレーズを使うということは学習している。し かし、本調査の設定のように勧誘の返事を躊躇されたり、断られたりした際に「ど のように再勧誘を行うのか」、または「その会話をどのように締めくくるべきか」と いう項目は日本語教科書の中に載っておらず、今まで学習項目として取り上げられ てこなかったため、学習者にとって容易なものではない。勧誘を続けるにせよ、勧 誘をやめて会話を終わらせるにせよ、誘う側は相手の気持ちや場面状況などに配慮 しながら会話を進めるべきであり、その場面状況に適したコミュニケーションを行 うためには日本語能力だけではなく、日本語の社会文化的、語用論的な側面への理 解も必要となってくる。

本研究の結果は、日本語教育や異文化理解教育に活用されるべきだと考えている。

日本語と韓国語においてより適切な「勧誘」と「再勧誘」を理解し、また、言語そ のものだけではなく、言語使用に反映されているお互いの社会背景や文化における 人々の価値観の類似点と相違点の理解にも役立つものと考えられる。即ち、日本語 教育の現場で日本語学習者に、より適切な日本語の誘い方や日本人とのコミュニケ ーションにおいて誤解やトラブルを生じさせないための違和感のない表現、及びそ のようなコミュニケーション・スタイルの根底にあるものや背景知識などを指導す る必要がある。そして、このような語用論的知識を生徒に意識化させ習得させるた めには、様々な言語行動研究によって明らかになった事実を日本語教師が知識とし

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て使用可能になっていることが大前提であると考える。