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本章では,ブラジル帰国後の子どもたちの生活と教育について概観した。帰国した人びと の語りから,現在の暮し向きに満足していると語る事例と,そうでないと語る事例を見いだ すことができる。そしてその理由は様々である。日本の学校に馴染めず,帰国後の学校にも 馴染めないといった不適応の連鎖は,学習についていけないことに加えて,友人関係がつく れないこと,言語能力の低さなど,コミュニケーションの困難さとともに語られている。

日本ではうまくいっていたが,ブラジルではうまくいかないという事例について,2 つのパ ターンをみた。まず日本でブラジル教育をうけることができるブラジル人学校出身者であ る。ブラジル人学校出身者は,ブラジルの教育をうけていることもあり,ブラジルの学校に適 応しやすいと考えられがちである。しかし,ブラジルの学校の学習進度や学校生活の違いか ら,ブラジルでの生活上の困難を語るケースもみられる。結果的にブラジルでの学習意欲が 冷却され,その後日本へ再渡日するケースもみられる。わかりやすい事例としては,日本の公 立学校で勉強していた子どもが,ブラジルの学校についていけず再渡日し,日本の学校に進 学すると語る子どももみられた。「なにかあったときは日本に渡れば良い」と考えているケ ースも少なくない。

日本での生活の苦しさを語り,ブラジルでの生活のほうがよいと語る事例の特徴の一つが,

「日本では進学出来なかったが,ブラジルに帰国後進学できた」というパターンもある。日 本において家族と同じように派遣労働者になると考えていた子どもたちが,帰国後に高校進 学できたのは,ブラジルの高校が無料であることや,いつでも高校進学をやり直せる補習校 制度を活用したからに他ならない。ブラジル教育の「敷居の低さ」を利用することで,子ど もたちの適応が促される場合がみられた。

最後に,日本での生活や帰国後の生活に満足を語るケースが,今回扱った事例では最も多 かった。子どもたちの語りはポジティブで,国際移動が障壁となるというよりも,移動経験が

「資源」のように語られている。ブラジルでの生活上の満足を語る子どもたちが,当面の目 標として語るのが「大学進学」である。

国家間の移動が,子どもたちの適応の障害になるとするならば,移動を「資源」のように語 る子どもたちの事例が少なくなると仮定される。しかし,本研究では4事例しか見いだすこ とができなかった。なぜ,こうした結果となったのだろうか。第1の理由として,自身の生活 を話しやすい子どもたちを調査対象に選択してしまったことで,帰国後の生活が厳しい状況 にある子どもたちの話を捉えられていないことが予想される49

49ブラジルの教育委員会を経由して調査対象者を求めることや,公立学校在学者を対象に捉 えるなど,サンプリングの偏りを取り除くよう工夫したが、充分ではなかったかもしれない。

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第 2に,本研究では子どもたちの語りやフィールド調査から作成した生活史を扱っている。

子どもたちは現在から過去や未来を語る。こうした「人生の語り」とは,折々の生活状況に よって変化する(やまだ 2000)。そして過去の語りは,現在の状況や未来の展望から「意味 づけられる」性質をもつ(Gargen 訳書 2004)。したがってブラジルでの生活に満足でき ない子どもたちは,日本での生活についてもネガティブに語りやすく,ブラジルでの生活に 一定程度満足している子どもたちは,日本での生活をポジティブに語りやすい。場合によっ ては,日本で客観的に厳しい状況にあっても,ブラジルでの生活に満足していれば,日本での 生活をポジティブに語る可能性もある(図5-1)。

図5-1 「移動の物語」の形成

改めて子どもたちの語りを整理すると「個人の移動経緯」「ブラジルでの生活状況・就学 状況」「言語能力・文化資本」「家族の物語」を要素とした「移動の物語」が浮かび上がる50。 例えば,「日本では親が忙しく働いていたので,孤立していた。突然,親に連れられてブラジル に帰国し,ポルトガル語をブラジル人学校で勉強したので,ブラジルでの学校生活は楽しい。

親も日本に帰国するつもりはないので,ブラジルで大学に進学したい。日本での経験は素晴 らしい思い出である」といった事例では,移動経験を「個人の移動経緯」「生活状況・修学状 況」「家族の物語」などを要素にこれまでの経験を語っている。他方,「日本での経験」「ブ ラジルでの経験」を語る際,本来は「日本で孤立していた」であるとか「日本のブラジル人 学校に通っていたこともあり,日本での経験はほとんどない」といったネガティブに語られ ることも,「ブラジルでの生活に満足」している子どもたちは「良い経験」として語ること がある。おそらく日本でインタビューすれば,「日本で孤立していた」としてネガティブに 語られるだろう事例であることである。

50 子どもたちの語りをカテゴリー化し、KJ法によって整理した。

2 つの物語は「移動の物語」

の構成要素であると共に、「移 動の物語」を背景に語られる

ブラジル経験の物語化 日本経験の物語化

2 つの物語は相互に 意味づけあう関係

移動の物語  個人の移動経緯 

ブラジルでの生 活・就学状況 

言語能力  文化資本  家族の物語 

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子どもたちは「客観的事実」のみに基づいて自己を語るのではなく,主観的な経験や「正 当化」によって移動の経験を物語化しているのだから,こうした帰結はやや当然すぎる結果 なのかもしれない。それでも,子どもたちが過去の日本での経験や現在のブラジルでの経験 を「ポジティブに語りがちである」という事実は,子どもたちがブラジルにおいて「ポジテ ィブに過去を振り返り,意味づけるほど」には生活が安定していることを意味する。とりわ け,こうした「過去のポジティブな意味付け」は,高い進学意欲を有する子どもたちにみられ がちである。レアンドルの事例のように「ブラジルで大学に行けそうです。日本での経験 も無駄にしません」といった,優等生的な語りこそがその代表例であろう。

そして,「ポジティブに過去を振り返り,意味づけるほど」の生活の安定は,子どもたちの力 によるものだけでなく,親がそういった環境を作っていることと深く関係している。それは, 第1に,親からの高い教育期待や教育投資である。本研究でも度々触れたことだが,日系ブラ ジル人の親による高い教育期待は,教育投資や家庭内教育にみられる。親の期待や投資は子 どもたちの学習意欲や進学意欲の土台となっている。

第 2に,ブラジルの教育状況が子どもたちの進学意欲を高めることになった。そもそもブ ラジルの教育制度は留年・退学が前提に作られているので,留年・退学者が再チャレンジで きる環境がある。また,相対的な学力の低さによって,日本から帰国した子どもたちが編入し やすい状況にある。その結果,日本で高校に進学できなかった子どもたちが,ブラジルで高校 に進学することや,日本で大学進学できなかった子どもたちがブラジルでは大学で進学でき る場合がある。

要するに,ブラジルには日本に比べれば,夜間学校や補習校が充実していることから進学 しやすい状況がある。ただし「進学しやすい状況がある」だけで,子どもたちがブラジルで の進学を望むかは別問題である。そして「進学しやすい状況」は,ポルトガル語能力を有す る子どもたちである。ポルトガル語を身につけることができなかった子どもたちにとって 大学進学のハードルが高いことに変わりはない。

こうした進学の難度に関連して,第 3に日本での勉強が「無駄にならない」子どもたちの 存在がある。日本でブラジル人学校に通う子どもたちは,ブラジル人学校卒業後にブラジル の学校へと編入するケースが多い。ブラジルへ帰国し,日本のブラジル人学校での勉強を土 台とし,高校や大学へと子どもたちは進学していく。その際の障壁は日本のブラジル人学校 の学習レベルの高さから,ブラジルでの学習に身が入らないというものである。

それでは子どもたちの移動の物語と親の教育戦略の関係はどのような形になっているの だろうか。ブラジルで高校・大学進学した子どもたちにとって日本とは「昔住んでいた国」

「いまでも愛着がある国」としてポジティブに語られる。とりわけ日本への愛着を語る子 どもたちは公立学校出身者であり,多くは日本の友人との遊びや体育祭や文化祭といった日 本での記憶を胸にひめている。それとともに,ブラジルでも日本文化を受容しようとする。

レアンドルの場合は日系人社会に参入することで,日本の太鼓と文字通り格闘している。ア ドリアナは日本のドラマの DVD を購入して,勉強の息抜きにしているという。子どもたち