まずはブラジル移動後に大学進学した子どもたちの事例をみてみよう。渡日前,ブラジル の公立学校に通っていたアドリアナ53は,両親のデカセギに付き添い日本へと渡った。家族 は数年のうちにブラジルへ移動する予定だったので,日本ではブラジル人学校に進学した。
ブラジルの学校での勉強よりも「日本のブラジル人学校の勉強のほうが難しかった」ため, 勉強についていくことには苦労した。中学校卒業時に家族とブラジルへ移動した。親は将 来を見据えてアドリアナを私立高校へ進学させた。
*:ブラジルの学校にはすぐに慣れたんだ?
ア:家でもポルトガル語習っていたし。ブラジル人学校にも通っていたので。勉強は楽し いです(中略)いまは教育学部で勉強しています。日本でいろいろ経験したし,これを いかすには先生になるのがいいと思うんです。
アドリアナのように,医学部54,薬学部55,工学部56へ進学した子どもたちは,高い教育達成を 目指すだけでなく経済的な安定についても語る。
それは医学部に進学したヴァニア57も同様である。ブラジル人学校出身のヴァニアは,両 親のようには働きたくはないから,安定した職業につきたいと考えたという。いまでは安定 した生活をしているヴァニアだが,もともとはブラジルに帰りたくなかったという。
ヴ:実はブラジルに帰りたくなった。日本ですべての勉強をしていたので,戻っても勉強 で きないので帰ることになった。お母さんが妊娠したので。日本では自然に出産するの で,ブラジルのほうがいいだろうと戻ることになった。お父さんは戻ったが,母親がブラ ジルに残った。(出産後)日本に行くと,日本語になるので子供たちのことを考え母は残
53 アドリアナ、女性、25歳、ブラジル生まれ、ブラジル人学校を経て、ブラジルの私立高 校へ、日本語でインタビュー
54 事例番号No.11,No.14,No.34
55 事例番号No.39
56 事例番号No.28
57 ヴァニア、女性、18歳、ブラジル生まれ、日本のブラジル人学校を経て、ブラジルの私 立高校へ、ポルトガル語でインタビュー(通訳)
110 った。
そんなヴァニアを家族も応援し,ブラジルでは貯金を切り崩して私立高校へと通わせた。
ヴァニアは「いま困ることはなにもありません。サンパウロでいい仕事に就きたい」「日本 での経験は役に立ったが,いまでは昔の話。また観光に行きたい」という。日本での経験は ヴァニアにとって思い出でとなっていった。
ヴ:友達たちは成績に関しては次の学年にあがれれば十分と考えているが,私それでは満足 できない。友達の言うことは気にしないことにしている。賢い生徒もいるが,その人た ちとはあまり親しくないので。友達ともあまり知りあいに居ない。
それでは,日本の公立学校出身者はどうだろうか。日本の公立学校出身者は一様にブラジ ルの学校と日本の学校の違いを語っている。ファビオのようにブラジルの学校に慣れ,ポル トガル語での勉強に自信をつけたとしても,苦手な科目があるという。
*:得意な教科は?
フ:得意なのは算数と数学ですね。あと理科ならできますね。
*:ならできる?他の地理とかは難しい?
フ:はい。日本では勉強しなかったことなので。先生たちが本を読むようにというので,本 を読むようにしています。
以上のように,しばしば子どもたちが強調するブラジルでの困難に,ナショナルカリキュ ラムの違いがある。ファビオは地元の大学へと進学したが,いまでもブラジルの地名を聞か れるとわからないことがあるという。
フ:ブラジルと自分は心理的にも勉強的にも距離がありました
ファビオと同じく日本の公立学校に通っていたルアナ58の場合は,親の助けを受けてポル トガル語を習熟し,現在は医学部に通っているが,歴史や地理の勉強については「馴染みがな くて理解が大変だった」という。ファビオとルアナも,インタビュー当時は日本への思いを 語ることがあった。
ル:(日本の学校の方が)でも勉強についてはとてもいい。ブラジルの学校に比べてとても すごい。私はブラジルで学校に行かなかった。もどって行き始めたけど,くらべものに
58 ルアナ、女性、19歳、ブラジル生まれ、日本の公立学校を経て、ブラジルの私立高校へ、
日本語でインタビュー
111 ならない。
しかし,ブラジルでの生活が長くなるとともに,進学先が明確になるにつれ「生きる場所は ブラジル(ファビオ)」「日本にはデカセギとして帰らない(アドリアナ)」など日本での経 験との「切断」を語るようになった。ファビオはブラジルとの距離を語っていたが,いまで は日本との距離を語る。ルアナは大学進学が明確化すると,過去の語りとは一転してブラジ ルでの将来展望を語るようになった。
*:生きる場所はブラジル
フ:そうですね。大学まで行くことになるわけですからね
*:昔はブラジルとの距離を話してたよね
フ:そうでしたっけ?ああ,でもそうかも。いまじゃ日本との距離を感じますよね。こうし て日本語で話していても。将来とか考えるとやっぱり。
*:以前は日本に帰りたいと話していたよね?
ル:そうだね。でもブラジルでの生活も長くなったし,大学があるからね
*:そうなんだ。それはどうして?
ル:ブラジルに慣れてきたことが一番だと思うね。
*:慣れてきたから。日本はひとまずってこと ル:そうだね。ブラジルで頑張るしかないよね
こうした日本との「切断」の語りは,ブラジルで就職した4事例にもみられる。ブラジル 人学校に通っていたタカシ59,ヘジナルド60,日本の公立学校に通っていたホーザ61,チカ62は
「日本へ帰らない」という点において大学進学者と類似している。ブラジルへ移動した年 齢に違いがあるが,アケミとチカはブラジルで公立学校に通い卒業後すぐに就職した。タカ シとヘジナルドは,ブラジル移動後すぐに就職している。日本でも親と同じように工場で働 く予定であった。帰国後に進学するよりも,親と一緒に働けばいいと考えたという。現在,タ カシは水道局の下請け会社で仕事をしている。
59 タカシ、男性、17歳、ブラジル生まれ、日本のブラジル人学校を経て、ブラジルで就職、
日本語でインタビュー
60 ヘジナルド、男性、22歳、ブラジル生まれ、日本の公立学校を経て、ブラジルで就職、
ポルトガル語でインタビュー(通訳)
61 アケミ、女性、24歳、ブラジル生まれ、日本の公立学校を経て、ブラジルの公立高校へ、
日本語でインタビュー
62 チカ、女性、20歳、ブラジル生まれ、日本の公立学校を経て、ブラジルの公立高校へ、
日本語でインタビュー
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*:日本に帰ることは考えてないの?
タ:もうこっちに帰ってきたわけだし
*:日本語もできるんだからもったいない タ:いや,こっちにきてピリオドがついたんだよ
タカシが語る「ピリオド」とは,大学進学者と同様に日本を「断ち切る」ことであり,ブラ ジルでの永住を決意することとつながっている。チカも「ブラジルで働くことに決めた。
日本は戻る場所ではない」という。チカのように日本の公立学校に通い,当時の経験も良い 思い出ばかりであっても。一度日本と「切断」することで,子どもたちは進路選択の「納得」
を語る。
*:戻る場所はないか
チ:はい。私は親みたいにはなりたくないです
*:親みたいにってデカセギってこと?
チ:そうです。そのためにブラジルで生きていくことを決めなければならないんです。
*:決めたら楽になった?
チ:そうですね。みんなそうじゃないですか?よし,ここで生きていこうと思えば,そ うするしかないし,納得するしかないですよね。
以上のように,ブラジルで就職した子どもたちの語りにも,大学進学者と同様の「納得」が 見え隠れする。それは「切断」の物語がゆえに進路が選択されたというよりも,相互的なも のである。日本に行けないという事実から,子どもたちに「切断」の物語を語らせる。そし て「切断」の物語は,子どもたちの進路選択や将来展望を正当化するのである。