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多くの親は日本において「家庭内でのしつけ」「私塾に通わせる」「家庭教師をつける」

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といった教育を行ったという。ただしこれらは並列的に扱えるものではない。とりわけ児 島(2010)が指摘するように,ブラジル移動後の教育接続を考えれば日本の公立学校を選択 するより,ブラジル人学校を選択するほうが有利だからである。日本で子どもをブラジル人 学校に通わせようと思うと,居住地が限定されることや学費といったコストが生じる。それ は「デカセギ」という本来の渡日目的とは相反するものであるが,ノエミのように具体的な 将来展望をもつ親は,ブラジル人学校に子どもを通わせることを「必要経費」と語っている。

さて,ここまでの語りを整理すると,ブラジルに帰国した親の教育戦略は大きく4つ語られて いる。それは「帰国のための環境整備戦略」「私的な教育投資戦略」「言語の戦略」「親族ネ ットワークの活用戦略」である。それらの細目を図示(図4-1)した。

図4-2 帰国のため・帰国後の親の教育戦略

この図 4-2 を枠組みとして,調査対象の「親が帰国を見据えてどのような教育をおこなっ たか」「子どもに対して帰国を見据えた教育をおこなったか」という質問に対する答えを一 覧にしたものである(表4-1)。親データが少ないことから,子どもデータをふまえて全ての 事例から析出できたものを一覧にした。一見してわかることだが,ほぼすべての事例におい

帰国した親の教育戦略

帰国のための環境整備 戦略

帰国時期を決める/知らせておく 子ども(と母親)を帰国させ、

送金する

学校種・学年の変わり目にあわせて 帰国

私的な教育投資戦略

日本でブラジル人学校に通わせる 帰国前にブラジル人学校へ

転校させる

ブラジルで私立学校に通わせる ポルトガル語の家庭教師/私塾

言語の戦略

意図的に家庭内で使用する 言語を決める ポルトガル語を集中的に教える 日本に行く前に日本語学校に通わせ

英会話 親族ネットワークの活用

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てなんらかの「帰国を見据えた教育」がおこなわれていたことがわかる。

表4-1帰国のための教育戦略

これまでの日系ブラジル人研究では,「不就学」や「親の不明確な将来展望」ばかりに注 目が集まってきたが,「デカセギ型」をふまえて議論されるべきなのは,日本に滞在する日系 ブラジル人の「将来ブラジルに帰るかもしれないという希望的な観測」の質的な違いであ り,「将来展望の具体性」や「計画性」であろう。

分析対象者のうちブラジル人学校に子どもを通わせた家族は12家族である。ブラジル人

帰国時期 を決める /知らせ ておく

子ども

(と母 親)を帰 国させ、

送金

学校種・

学年の変 わり目に そって帰

ブラジル 人学校

(日本)

帰国前に ブラジル 人学校へ 転校

私立学校

(ブラジ ル)

ポルトガ ル語の家 庭教師/

意図的な家 庭言語

ポルトガル 語の家庭教

ポルトガル 語を親が教 える

日本語学校 に通わせる 英会話

サムエル

ジルベルト

ラリーサ

ミサキ

アヤ

サチ

ミナミ

ヴァニア

ホジェーリオ

マイラ

ルアナ

アケミ

ユカ

レアンドル

アキコ

ミシェル

ラケル

ソニア

セルージオ

リカ

ユウキ

カロリネ

フェリペ

アドリアナ

ツバサ

リラ

マルセロ

ファビオ

アケミ

ヘジナルド

タカシ

チカ

ルーカス

レイナ

リカルド

チエミ

ヨシキ

ユウヤ

テレジア

帰国のための環境整備戦略 私的な教育投資戦略 言語の戦略

親族ネッ トワーク の活用戦

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学校を選択した理由として語られたのが「将来ブラジルに移動するから」である。ある意 味でわかりきった理由かもしれないが,多くの親は当たり前を語っている。学費を負担した としても,子どもたちの将来を考えブラジル人学校に進学させる親は少なくない。また「周 囲の話」とあるように,移動後の子どもたちの教育問題はすでに広く日系ブラジル人家族に 知られている。マルセラのように移動後のリスクを予見したうえでブラジル人学校を選択 している場合もある。マルセラはブラジル移動後の子どもの教育について,すでにブラジル へ移動した家族と連絡を取り,情報を集めたうえでブラジル人学校へ子どもを通わせた。「私 たちは一生日本で働くことはできない(マルセラ)」「仕事がなくなれば子どもたちが勉強 できない。それが一番怖かった。できるうちに(学校へ)やらないと(マルシア)」という ように,日本社会での就労が不安定だからこそ,移動を見越して子どもたちにより良い教育 を与えようと考えたのである。

上述したサツキの事例は,子どものブラジルでの大学進学資金を見据え,日本に長期滞在 できるよう計画を立てている。マルセラと同様に「日本の滞在が長期化すると帰国後の問 題が大きくなる」ことを「友人に聞いて知っていた」ため,子どもをブラジル人学校に通わ せていた。そして,子どもが中学校へ進学するタイミングで移動している。こうした綿密な 配慮は「自分たちと同じようになってほしくない。ブラジルで生きてほしい」との思いか らである。

では日本の公立学校を選択した 7 家族はどうだろうか。ブラジル移動を念頭に日本での 生活を組み立てるならば,日本の公立学校に通わせることはブラジル移動後の教育接続のリ スクを高めることになる。それでも日本の公立学校に通わせた理由を 7 家族の親は「家族 関係の維持」「授業料」「日本文化の習得」によるという。

ユウキのように,調査対象者の多くは3交替,あるいは残業を含めた2交替の製造工場で働 くケースが多い。ユウキの場合は,子どもたちと関わる時間を持つために,なるべく「近く」

の公立学校に通わせた。日本の治安がブラジルほど悪くないと知っているが,子どもになに かあればすぐに対応できるようにした。アケミの事例では,ブラジル移動後の教育接続より も「バイリンガル」「マルチカルチュラル」な子どもを育てることを重視して日本の公立学 校を選択した場合もある。子どもを公立学校に進学させた事例では,移動後の教育接続を心 配しポルトガル語の家庭教師をつけることや,移動の1年前にブラジル人学校へ転校させる などのフォローが行われている。

ユウキやアケミは,日本での生活を語る際,将来展望とともに不安も語っている。ユウキは

「私たちはいつクビになるかわからない」だけに,仕事を優先することが結果的に家族の「安 定」につながると考えていた。アケミの場合は「日本の学校が良い(教育をする)ことは 知っていた」というが「仕事がいつなくなるかわからない」という不安から日本の公立学 校に通わせた。そして,ブラジル移動後,「私に仕事があるかわからない」からこそ「日本で も生活できるようになって欲しい」とも考えていたという。日本での生活上の不安を感じ るからこそ,将来の計画を立てる必要があったのである。デカセギ型の親の多くが「日本で

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の生活は一時的である」と考え, 日本滞在時からブラジル移動後の教育を見据えている。と りわけ本節で強調した学校選択において,親の計画性は明確に理由付けられて語られる。

以上が,子どもの教育に関する親の教育戦略の析出理由である。親の多くが日本滞在時か ら,子どもの教育上のリスクを予見し,なんらかの形での改善策を講じようとしていること がわかる。そして,これらの教育戦略が日本とブラジルいずれにおいても社会的地位が安定 しないこともその必要性を後押ししていることも浮かび上がる。

日系ブラジル人の親は,日本においては雇用の調節弁的な立場に位置づけられており,安 定的な社会的地位にはなかった。そしてブラジル帰国後も,望むような仕事が得られるわけ ではない。「日本でも仕事がなかったが,ブラジルに戻ってきても仕事がみつかるわけじゃな い(マルセラ)」や「ブラジルを見てください。日本のように工場がたくさんあるわけでは ありません(ユウキ)」というように,ブラジルでより良い仕事を見つけることは実のところ 難しい。ユリによれば,ブラジルで経済的な支えがある人はそもそもデカセギを行わなかっ たという。デカセギの貯蓄を元手とし起業を目指すな人もいるが,多くは経済的な困窮がデ カセギ理由であるという。

ユ:ブラジルで生活が安定するわけではありません。多くは,ブラジルで仕事を探すのに苦 労しています。もちろん日本とは違って言葉ができるので,自分でお店を持つ人もいます。

でも実際は,経営のノウハウを知っているわけではない。

*:経営は難しいと

ユ:そうです。日本での生活のように誰かが仕事を見つけてくるというのに慣れてしまう と,自分で仕事を見つけるというのも大変で。夫は特に苦労しています。

本調査は 2008年~12年のデータを使用しているため,ブラジル帰国後数年の方々を対象 としている。それでも仕事をみつけていなかったのは,ヘナトとマルセラ夫婦だけである。

サンパウロで活動する就労支援組織でのインタビューでは,以下の様な語もある29

少なくともサンパウロで仕事がみつからないという人はほとんどいません。それは日本と は違ってブラジルでの就労がそもそも不安定であるということもあるかもしれません。そ れにいわゆる最低賃金的な仕事の担い手は数多くいます。そうした仕事につくわけでもあ りません。ただサンパウロで事務作業をするといった仕事に就くことは難しいですね。大 学出身じゃなくてはならないとか,空白期間があるとか。(中略)ええ。そうです。日本にい る間に手に職をつけた人も多いんですよ。例えば溶接とか。ですが,こうした仕事も最近の ブラジルでは資格が必要なんです。そうした資格をとるために学校に通う方も多いです。

29 サンパウロには帰国後の就労支援グループがある。ここで引用するグループはブラジル 日本文化協会で活動している大手のグループで,数百人規模の就労支援,仕事の斡旋をして いる。