第 3 章 フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援手法
3.8 既存の学習理論や学習モデルとの比較
本章で提案したフレームワークは, Kolb(1984)の経験学習モデル(図 2-11)にゲーム フローを付加した,Kiili&Lainema(2008)が提案しているゲームによる経験学習モデル(図 2-12)を参考にして,教授者・教材設計者が利用することを想定して,オンライン学習に 適した形に拡張したものである.従来のフロー経験の教育分野での応用研究では,フロー 経験を生み出す要因の分析に関する研究が多く,本論文で提案している,再設計のための フレームワークの提案などの学習教材のデザイン,教育環境のデザイン等への応用研究は 少ないのが現状である.
62 第3章 フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援手法
また,本章で提案したフロー理論に基づくチェックリストは,フロー経験を生み出す要 因を中心に構成し,オンライン環境でのチェック項目を追加し,オンライン環境に適用で きるチェックリストとして,拡張したものである.そのような背景の中で,既存の学習理 論や学習モデルと比較したのが表 3-3 である.各ID理論やIDモデルの項目と各チェッ クリストの項目との関連が深いと考えられる項目を表として掲載している.但し,この表 においてはフロー理論適合度チェックリストの各項目が既存のID理論やIDモデルの各要 素と比較するとすれば,最も合致するであろうと考えられる項目を記載しており,各項目 の要因を詳細に分析して作成したものではない.
まず,Keller(2009)はARCSモデルの中でフロー理論をR(関連性)の一要素として
著書に記述している.ARCSモデルは動機づけの多様な理論・概念・アプローチを統合し たモデルであるので,いずれかに含めるとすると,Rに最も近いと推測される.しかし,
フロー理論適合度チェックリストの各チェック項目の内容を詳細に見ると,A,R,C,S さら
にV(意志)に分類されうると考える項目を含んでいると思われ,表 3-3のように関連を
示した.
また,ガニェの9教授事象(ガニェほか, 2009)を考えると,①学習者の注意を獲得す る,②学習の目的を知らせる,⑤学習の指針を与える,⑦フィードバックを与える,が該 当する項目に近い内容だと考えられる.また,eラーニングの質保証レイヤモデル(鈴木,
2006)を考えると,レベル-1のいらつきのなさ(精神衛生上の要件),レベル0のうそ
のなさ(SME 的要件),レベル2の学びやすさ(学習効果の要件),レベル3の学びたさ
(魅力の要件)までが,表 3-3 で示したチェック項目に該当すると考えられる.最後に Skinner(1958)が提唱したいわゆるプログラム学習においては,自己コントロール,即時 確認,スモールステップ,が表3-3のチェック項目に該当すると考えられる.
第3章 フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援手法 63
表 3-3 フロー理論適合度チェックリストの各チェック項目との関連
ARCS+V 9 教授 事象
5 レイヤ モデル
プログラム 学習 1.フローを経験するための先行条件
1 遊び・楽しさ,満足感 R3 3
2 明確な目標 R2 2 2
3 制御感 C3 3 自己コントロール
4 フィードバック C1 7 2 即時確認
5 注目 A1,A2 1 3
6 スキルと挑戦のバランス C1,C2 5 2 スモールステップ
7 ユーザビリティ -1,1
2.フロー経験時の特徴 8 時間感覚のゆらぎ 9 意識と行動の融合
10 集中 3
11 テレプレゼンス 0
3.フロー経験後の態度及び行動の変化
12 学習の増加 3
13 態度の変化 S2 3
14 探索的行動 A2 3
15 行動制御の知覚 C3,V 3
上記で述べたID理論やIDモデルとフロー理論適合度チェックリストの各チェック項目 との関連を示した表 3-3より,フローを経験するための先行条件の7項目については,各 理論・モデルとの関連が深い項目が多いが,フロー経験時の特徴である4項目とフロー経 験後の態度及び行動の変化である4項目については,関連が少ないと考えられる.特にフ ロー経験時の特徴である4項目については,フローを経験しているときの状態を後に振り 返った時に認識できる項目であり,あまり,他のID理論やIDモデルでは議論に上ること が少ない項目であると思われる.つまり,このようなチェック項目を活用することで,既 存の学習理論や学習モデルとは異なる視点からの改善を実施することができる可能性があ るといえる.但し,フロー経験時に特徴的な4項目だけを満たしているだけではフロー経
64 第3章 フロー理論に基づく学習教材・学習環境再設計支援手法
験とは言えない場合があるため,他の項目との組み合わせで,なるべく多くのチェック項 目を満たすような改善を加えた際に,学習者がフロー状態を経験する可能性が増すと考え られるため,フロー経験時の4項目だけでなく,フロー理論適合度チェックリスト全体を 総合的に満たすような改善の方向が期待される.