第 2 章 フロー理論に関する研究の動向
2.8 フロー理論の教育分野・学習分野への応用
2.8.2 主に教授者の視点でのフローに関する研究の動向
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(1997)が示した感情表出に対する感受性を測定する情動伝染尺度(Emotional Contagion Scale)の日本語版の改訂を行った木村ほか (2007)の研究では,大学生を対象とする質問 紙調査により,「喜び伝染」,「悲しみ伝染」,「怒り伝染」,「愛情伝染」の4つの因子が抽出 された.フロー状態が心的状態の1つであると見なすと,フロー状態が伝染するというこ とは上記の「喜び伝染(Happiness Contagion)」の一形態であることが予想される.また,
木村ほか(2007)の調査では,「喜び伝染」のようなポジティブ感情の感受性が高い人は,精 神的健康が増進される可能性が示されている.Mottet&Beebe (2000)は,大学の教室におけ る感情伝染の研究を行い,教師と学生の非言語行動に関係があること,教師の非言語行動 が増せば,学生の感情反応が増すこと,教師と学生の間の感情に関係があることなどを示 した.また,Bakker (2005)は,感情伝染とクロスオーバー理論(Bakker, et. al., 2009) に 基づいた分析から,音楽教師のフローと生徒のフローとの間に正の相関があることを示し た.
木村 (2008)は,教師の授業に対する様々な感情的評価がどのような要因によって規定さ れているかを調べるために,フロー理論を分析の枠組みとして用いた.ある教師の教授活 動において,質的分析により,教科内容に対する生徒の深い理解を達成する,という課題 と,生徒の緊張を解し,積極的な授業参加を促進する,という2つの課題をもって授業に 取り組んでいることを示し,授業という活動全体に渡ってフローを経験することは難しい が,各課題が生徒との相互作用で達成された時に,教師は楽しさや手応えを経験している ことから,瞬間的にはその時の教師の経験がフロー状態に近づいていることを示唆した.
また,授業中の快感情経験やフロー体験は教師の実践を支え,維持し,洗練する上で重要 な役割を果たしていると考えられ,木村は,質問紙法や面接法等による量的分析と質的分 析により,授業中の教師自身の快感情経験と認知・行動動機づけの関係及び教師が快感情 を強く経験する授業の特徴を考察した(木村, 2009).その結果,教師が授業中に喜びや楽 しさを強く経験するほど,教師の活動は活発になり,集中力も高まることを示し,生徒が 授業に積極的に参加し,教師と生徒の対話,あるいは生徒間の対話が頻繁になされると,
教師が喜びや楽しさを感じていることを示した.このことは,フロー理論の観点からは,
教師が生徒の行為から「心的報酬」という明確なフィードバックを即時的に獲得している と考えられる.また,教師が授業を楽しみ,没頭するための方略として,以下の 2 点を明 らかにしている.
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教師と生徒,生徒間で協同探求可能な高い水準の課題を授業に設定する.
綿密な授業計画をたてず,生徒の発言から即興的に授業を構成し,そのための教 材研究を充実させる.
上記の 2 点目が示唆しているのは,綿密な授業計画は立てないが,授業中においてはど のような生徒の発言・行動に対しても即興的に対応する必要があり,教授活動に関しては 豊富な知識と経験が必要とされ,どのような状況においても,即興的に対応可能なスキル と知識が要求される.そのため,教師は日頃から,生徒の反応に応じて対応できる多種多 様な知識や対応経験をあらかじめ準備しておく必要があると言える.しかし,綿密な授業 計画を立てず,ただやみくもに授業を構成することはできないので,実際の授業において は,両者のバランスをとりながら,綿密な授業計画をたてたうえで,どのような状況の変 化にも対応できるような知識と経験を身に付けておく必要がある.また,教師の授業にお ける快感情経験あるいはフロー経験が教師の職務への内発的動機づけや自己効力感を高め るだけではなく,即興性や創造性などの専門性の発揮を促す重要な役割を果たしているこ とが示されている(木村, 2010).
Csikszentmihalyi (1982)はフロー理論の観点から,教育活動・教師のあるべき姿を以下 のように述べている.
高等教育は,学生が知識追求の態度を身につければ成功だが,学位取得のために 学ぶのでは失敗である.
学校での学習は仕事と同様に,生徒にも教師にも一般的には否定的な経験と見な されている.学ぶことと,働くことはもし可能であるなら避けるべき不快な活動 と信じられている.そのような認識を覆す必要がある.
ティーチングの成果とは内発的動機づけを持つ学習者を生み出すことである.
学ぶことに対して内発的動機づけをもつ教師は,学生に対して,学ぶことに対す る内発的報酬を追求させる機会を持たせる.
ティーチングの役割は知識の伝達ではなく,意味の伝達である.
学ぶと言うこと自体は教えられない.自己発見でしか獲得できない.
少なくとも教師側が上記の態度・意識を持っていなければ,生徒にフロー体験が伝搬す る可能性は少ないと考えられる.
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