第 2 章 フロー理論に関する研究の動向
2.8 フロー理論の教育分野・学習分野への応用
2.8.1 主に学習者の視点でのフローに関する研究の動向
はじめに学習者の視点でのフローに関する研究の動向について述べる.
初等教育である小学校の算数の授業において,教師が指示命令的・評価的に外的制御を 与えるより,足場掛けを与え,自立性を促進し,内的動機づけを喚起する方が,挑戦意欲 がわくことが示されている (Turner, et al., 1998).また,中等教育である,公立の高等 学校において,広く ESM を用いて,学生の関与による影響と成果についてのフローの研究 が行われた (Csikszentmihalyi & Schneider, 2001).フロー理論に基づいて生徒の関与 について概念化し,測定を実施した結果,生徒の関与は学習活動における高度の集中,楽 しみ,興味と同時に発生することが判明した(Shernoff, et al., 2003).生徒の関与は,
集中,喜び,関心が同時に高かった場合に,高くなり,最大になるのは,挑戦とスキルの 平均より高いときであった.また,最終的に高校生は他のどこの場所にいるときよりも,
教室にいるときが最も関与が小さい,という結果となった(Shernoff, et al., 2003).ま た,生徒の関与が高い教室の教師は,内発的動機づけを促進し,より,足場掛け的な教授 を利用しており,低い関与のクラスの教師は手続き的活動を強調し,外発的なインセンテ ィブを多用していることが示された(Turner & Meyer, 2004). つまり,学びそのもの対
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する挑戦と生徒の感情的な側面の両方を支援することが生徒の肯定的な動機づけを促進す るには必要であるといえる.
また,高校生活に対する没入の程度と学業成績の高さはフロー経験と関連していること も報告されている(Carli, et. al., 1988).高校生活において個人の才能を生かせる得意 分野で活動を継続してきた高校生はフロー体験をより多く経験することが示された
(Csikszentmihalyi, et al., 1996).
一方,高等教育においては,大学生の日常生活におけるフロー体験に関する研究が行わ れた(Asakawa, 2004).フロー状態にいる時間数が多い自己目的的な大学生を抽出し,自 己目的的ではない大学生と比べて,挑戦レベルと能力レベルの差が有意に小さく,高い挑 戦レベルで能力を高めていくことができることを実証した.自己目的的な大学生は,挑戦 レベルがスキルよりも高いと認識しているが,そうでない学生は逆の結果となった.ここ で,自己目的的(autotelic)とは,それ自身の中に目的を内包していることを指し,ギリシ ャ語の auto(自己)+目的(telos)を語源とする.フロー理論では,内発的動機付けの活動 を自己目的的活動と呼び,そのような活動傾向の性格を自己目的的パーソナリティと呼ぶ
(Csikszentmihalyi, 1975).
また,体育やダンスの教育においては,様々な研究が行われている.大学生・専門学校 生を対象とした体育授業におけるフロー経験の研究では,体育授業中のフロー経験がどの ような要素で構成されているかの調査を 325 名の学生(大学生,短大生,専門学校生)に 実施し,FSS の 9 因子(Jackson & Marsh, 1996)について分析した結果,統制の感覚(Sense of Control)以外の因子についてはフロー経験と相関があることを示した(川端・張本, 1999).また,大学でのスキーやスノーボードの集中授業におけるフロー経験の研究では,
スキーやスノーボードの本質的な楽しさについて FSS を利用して 160 名の学生に対する調 査を実施し,上級者は指導が難しく FSS 得点が上昇しにくいことや外的要因(天候)の影 響も関係する可能性があることを示した(千足ほか, 2001).また,ダンスの授業における フロー経験の研究においては,72 名の学生の 1 年間の授業を通しての FSS を利用したダン スの楽しさについての調査を実施し,技能テストより発表会での FSS 得点が高いこと,挑 戦と技能のバランス(Challenge-Skill Balance)の因子が最も重要であることを示した(内 山・小島, 2006).
外国語学習においては,フロー経験は,教室内でも確認でき,フロー理論を,言語学習
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活動を評価するための概念化のフレームワークとして提案する研究が報告されている (Egbert, 2003).数学の分野では,数学の学習での長期的な研究により,科目の最初の部 分でフローを経験するとより成績が増すことを示した(Heine, 1996).また,コンピュー タ上の数学学習のアプリケーションがフローの構成要素を制御することができ,生徒のフ ロー経験を増加させることが報告されている(Sedig, 2007).
また,経営学に関するオンラインコースでは,生徒のフロー経験と学習成果についての 研究が行われた(Rossin et al., 2009).オンラインの学習環境において,学習者のフロー 経験と学習への関与の度合い及びモチベーションとの間に相関があることが報告されてい る(Rha et al., 2005; Pearce, 2005).
コンピュータゲームとフローとの関連も研究が行われている.数多くの余暇の活動の中 でイタリアの若者が一番ビデオゲームにのめり込んでいて,フローとの関連も深いことが 示されている(Bassi & Delle Fave, 2004).コンピュータゲームのプレーヤーの喜びを「ゲ ームフロー」と定義し8因子モデルを提案する研究や(Sweetser & Wyeth, 2005),上記をe ラーニングに適用し,「eゲームフロー」の評価指標の検証を行う研究も行われている(Fu et al., 2009).また,eラーニングに対してフロー理論を適用するための指針も示されて おり,今後応用研究も加速していくものと思われる(浅川・チクセントミハイ, 2009).
Montessori教育を実施している中学校でのESMでの調査によると,伝統的な学校より,多 くのフローを経験していることが示されている(Rathunde & Csikszentmihalyi, 2005).ま た,フロー状態を「学びひたる」と定義し,日本の中学校での学習の全ての科目において 様々な工夫を取り入れた実践的な取り組みも報告されている(浅川ほか 2011).これは,「学 びは楽しむことのできるものである」という認識を生徒自身に気づかせ,生徒が自信を持 ち学習を継続することを目指す挑戦的な取り組みであると考えられる.
高等学校や大学において,講義型の学習よりも協調型のグループ学習の方がよりフロー を経験することが示されている(Shernoff, et. al., 2003; Peterson & Miller, 2004).
Csikszentmihalyi (1997a)はフロー経験を,学習のための磁石と述べている.なぜなら,
継続的なフロー経験は新しいチャレンジとスキルのレベルを常に必要とするからである.
そのため,フロー経験は,学習者だけでなく,教授者も同時に継続的な動機づけのために 役立つ可能性があると考えられている.
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