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10. 方法と理由を考える 1. 対話

10.2. 授業

今日の後半の授業では言語教育・学習において「方法」と「理 由」を意識することの是非について一緒に考えてみたいと思いま す。

分数による割り算

外国語に限らず、いろいろな教科で「理由」を考える場合と、

それを考えないで手続きだけですませてしまう場合があります。

たとえば、小学校で習う分数による割り算の手続きについてはど うでしょうか。次のケースを考えましょう。

2 9 6 3 3

62  

ここで、分子と分母を取り替えて6に2分の3を掛けています が、なぜ分子と分母を取り替えて掛け算をするのでしょうか。

この理由は次のような例で説明できるでしょう。たとえば夏休 みの課題プリントが6枚でたとしましょう。全部仕上げるのに1 日1枚ずつやれば6日で終わります。でもたとえばA子さんは1 日1枚という量はできない、と判断して、3分の2枚ずつ仕上げ る計画を立てたとします。そうすると何日で終わるか、こんなこ と考えるときがあります。そのとき「6 割る 3 分の 2」という計 算をしなくてはなりません。

この問題はすこしややこしいところがありますが、図でイメー ジしましょう。ここにプリントが6枚あります。

そして、A子さんは1日あたり3分の2ずつ仕上げる計画を立 てます。

この図では1枚が3分の1ずつに分かれています。小学生にと って分数が理解しにくいのは分母があることではなくて、分子が 複数になっていることだと思われます。たとえば6枚の宿題を1 日に3分の1ずつやれば何日で終わるか、を考えるときは6×3=18 だから18日…。これならば簡単です。

次に「1 日あたり 3 分の1」ではなく、リスケジュールをして その2倍の「1 日あたり3 分の2」ということにすると何日かか るでしょうか?リスケジュールによって1日2倍の分量をやれば、

全体で半分の日数になるから18÷2=9で、9日になります。これ がさっきの式の答えと同じです。

ここでは一気に分数による割り算をしないで、2 ステップにし たのです。最初のステップで分子が 1 の分数をユニットにして、

そのユニットの数を求めます。その結果を、次のステップで、そ うしたユニットが毎回複数やるとして、全体の回数を求めました。

最初のステップではユニットが分子が1の分数なので、全体の 量×ユニットの分母になります。

18 3 3 6

61  

全体の枚数を3分の1枚ずつに分けるということは全体の枚数 を3倍する、ということです。次のステップでは毎回2ユニット やる、というのですから、

2 9 181 

これは、毎日1ユニットではなく2ユニットやるのだから、全 体にかかる日数は2分の1に短縮される、ということです。つま り「6割る3分の2」ということは、全部で6枚のものを最初に3 分の1ずつに分けて、その分けた結果を、今度は2倍のペースに したから2で割る、ということをしたのです。さっきの式は次の ように書き換えられます。

2 9 6 3 ) 2 3 ( 6 3 2

6 1 3

6 2      

 

 

このように考えると、分数による割り算は分子と分母が取り替 えられることがわかります。なぜ、一気に理解できなかったのか もわかりました。2ステップだったらわかるのに、それを飛び越 して一気に分子と分母をひっくり返したから理解できなかった のです。

aun と aún

算数の現場では問題を解くのに理論的な理解のために2ステッ プなんかやっている時間などありません。そこで分子と分母をひ っくり返すという手順だけを練習をしているわけです。このよう に理論を飛び越えて実践的な手続きだけをしていることは外国 語教育・学習の世界でもあります。そもそも理論なんかなくても、

覚えやすい簡単な記憶法を使ったりしています。たとえば、aun と aún、アクセント記号があったりなかったりしますが、皆さん はどのようにして覚えていますか?私はどちらの意味のときに アクセント記号をつけるのか、自信がなかったので辞書で調べた ら、aun = ‘hasta’, aún = ‘todavía’だということがわかりました。そ

こでhastaにはアクセント記号がないから‘hasta’の意味のaunにも

アクセント記号をつけない、逆に todavía にはアクセント記号が

あるから‘todavía’の意味の aún にはアクセント記号をつける、と

いう方法を勝手に作りました。この「方法」にはぜんぜん言語理 論とか言語史の裏付けがありません。単なる表面的な記憶法です。

TÚ の命令形

スペイン語のTÚ の命令形=直説法現在の ÉLの形、という方 法はどうでしょうか?よく考えてみると、イコールで結ぶ必然性 がありません、たまたま同じ形だからその方法を使っている。そ のような理解でもいいんじゃないでしょうか。

歴史的に見れば、ラテン語の直説法現在のÉLの形には語尾に t があって命令形と区別されていたのですが、スペイン語になっ てから語末のtがなくなりました。でも、そんなことはどうでも いい、という人が多いようです。現代スペイン語で2つの形が結 果的に同じだからhabla, come, viveという形を使えばOKという ことです。

接続法現在形

接続法現在形の作り方はどのように理解しましたか?AR 動詞 の接続法現在形がER動詞の直説法現在形に似ていて、ER動詞と IR動詞の接続法現在形が AR動詞の直説法現在形に似ています。

まるで取りかえっこをしたみたいです。

そのような教え方や覚え方をしている人が多いと思います。そ して、それはとても便利なやり方です。しかし、考えてみるとこ れは変です。変化形を交換するなんて他の言語で聞いたことがあ りません。

ラテン語史の解説書によると接続法の印は基本的にaという母 音だったそうです。ところが、a を接続法現在の印としてラテン 語の ARE 動詞、つまりスペイン語の AR 動詞につけると直説法 現在と区別がつかなくなるので別の形eを使っていた、というこ とです。つまり2ステップの変化です。

活用形を一気に取りかえるのは分数による割り算で分子と分 母を取りかえるのと似ています。理論とか歴史とかあまり気にし ないで、計算の手続きとその結果だけを重視する方法です。でも、

言語史の知見を生かすと、AR動詞の直説法現在にはeをつける、

ER動詞とIR動詞のそれにはaをつける、ということでした。互 いに取り替えたわけではないのです。このような言語的知識は歴 史的な裏付けがあるから、方法を覚えるのに丸暗記にならない、

というメリットがあると思いますが、どうでしょうか。接続法の 印は基本的にaという母音だけれどAR動詞だと直説法現在と区 別がつかないので別の形eを使う、ということです。そのような 方法ならば覚えやすいと思います。

接続法過去形

接続法過去形の作り方はどうでしょうか。これは直説法点過去

ELLOSの ron をとって raをつけます。この方法はとくに不規則

変化で有効です。

不定詞: poner→点過去ELLOS: pusieron→接続法過去YO: pusiera 不定詞: pedir→点過去ELLOS: pidieron→接続法過去YO: pidiera ここで、なぜ点過去の ELLOS の活用形を使うのでしょうか。

点過去のYOの活用形ではだめでしょうか。接続法過去の語尾は

ara / ieraだから、たとえばponerの点過去YO: puseではどうでし

ょうか。これはponerの場合ならそれでもOKですが、pedirの場 合だと点過去YO はpedí なので、そこからは pidieraは出せない からだめなのです。

それなら点過去のÉLの活用形ではどうでしょうか?なぜわざ わざ複数形の ELLOS にするのか、気になります。たしかに、点 過去のÉLの活用形でOKならばそれでもいいのですが、問題は 点過去の強変化でjが出てくるタイプです。たとえば、decir - 点

過去YO: dije. この動詞はELLOSの活用形でdijeronとなります。

これが接続法過去の dijeraと同じです。もし、点過去の ÉLの活 用形を使ってieraを繋げると、dijo - dijieraとなってしまいます。

これが伝統的なスペイン語教育では、ずっと点過去の ELLOS を使ってきた理由です。そのように教えている先生がいますし、

とくにそのような方法を使わないで、いろいろな動詞を使って実 際の文の中で実践的に練習している先生もいます。

ふつう理由については授業で説明しませんが、点過去のELLOS から接続法過去を作る手続きについて教えることはあります。

2 つの「理由」

一口に「理由」といっても実は「理由」には2つの種類があり ます。1つは記述的な説明、つまりさっき見たように、点過去の

ELLOSを使う「理由-1」は、それを使うとすべての接続法過去が 例外なく導き出せる、ということです。これは分数による割り算 で、すべて分子と分母を取り替えてから掛け算をすればできる…、

という手続きと同じです。

それから別の種類の「理由-2」があります。たとえば、そもそ もなぜ分数による割り算では分子と分母を取り替えて掛け算す るのかという理由や、スペイン語の点過去の ELLOS が接続法過 去と同じになる理由です。

スペイン語の点過去の「理由-2」は動詞の形態論と音韻論に関 係します。実は接続法過去(ara, ieraというRA形)はラテン語の直 説法過去完了形の形態に由来します。小説や新聞を読んでいると

llegaraが había llegado の意味で使われていることがありますが、

それは古い用法が残っているためです。この用法はとくにラテン アメリカに多いのですが、このことは古い用法が中心から遠い地 域で残る、という言語地理学の法則に合っています。これは上級 文法の知識です。

そして、スペイン語の点過去はラテン語の完了形に由来します。

つまり、このような図式になります。

ラテン語:完了形→スペイン語:直説法点過去 ラテン語:過去完了形→スペイン語:接続法過去

よって、直説法点過去と接続法過去はどちらもラテン語の完了 時制に由来します。そしてラテン語の完了形と過去完了形は同じ 語根を使います。たとえばAMAREの完了形はAMAVIで、過去

完了は AMAVERAM で語根の部分が共通です。過去完了の語尾

ERAM は、実は動詞 ESSE、つまりスペイン語の ser の過去形だ ったのです。だから、ラテン語の過去完了の語尾 eram とスペイ

ン語のYO eraが2000年の歴史を通じて結びつきます。完了語根

が「…してしまって」を意味して、ESSE の過去が「いた」を示