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4. 全体を見る

4.1. 対話

○○:たしかに14世紀の作者の言葉は現代でも通用する。実際、

『ルカノール伯爵』の説話はどれも読んでいて面白いし、原 作のそれぞれの説話の終わりには、イラストがあったのでは ないかと想像できるような言葉が書かれている。イラストが 現代まで伝わらなかったのが、とても残念だけれど。

□□:うん、中世のミニアチュアの挿絵は、多色で描かれていて 見事なものがあるね。

○○:美術館などで見られるし、今ではインターネットでも鑑賞 することができる。

□□:それから、このプリントに は図もあるね。自分で描くの は大変なんじゃないかな…。

○○:いや、パソコンを使えば簡 単だし、けっこう楽しい作業 だよ。

□□:なんだ、自分が楽しんでい るのか。

○○:そうそう、僕自身が楽しん でいる。それに、教師本人が 楽しくなければ、その相手の 学生が楽しくなることはほ とんどない、と思う。

□□:うん、でも、教師が楽しくても学生が楽しくないこともあ るけどね。

○○:うん、それは教師が一人でノッテいるときかな。

□□:学生は「なんだ、あいつ」という感じでシラケて見てる…。

○○:うん、プリントもそのことに気をつけてないと…。

主題としての図版

□□:たしかに写真、イラスト、図など図版は文書に心地よさを 添えるのに効果があると思うけど、情報を使えるだけの文書 ならば必要がないのかもしれない。文学作品ではとくにさし 絵がなくてもいいし、むしろさし絵がないほうが自由な想像 ができる。

○○:さし絵があるとそのイメージに縛られてしまう。文学では 感性を大切にするし、言語研究では論理が重要だ。

□□:論理的な文章には図が必要になる、ということ?

○○:必ずしもそうだとは限らないけれど、図は論理的な思考を 導いてくれるね。

□□:さし絵はどうかな?

○○:さし絵だって、議論の主題や背景を示すのに役に立つよ。

前のページに『ルカノール伯爵』の表紙を載せたけれど、こ れがあると本の存在が具体的に証明できるし、今、その本の ことを話していることが間違いなく伝わる。

□□:僕も、授業で本を紹介するときは、教室に現物を持って行 くけれど、プリントの中でも同じことができるわけだ。

○○:現物を示したり写真を見せたりすることは、単につけ足し としての情報というより、まさに主題そのものである、とい う重要な役割を果たしていると思う。

□□:このプリントでは囲みや矢印や箇条書きのマークが多いね。

○○:囲みはグループ化するのに便利だし、矢印は関係を示し、

箇条書きにすればリストの構造がわかりやすくなると思う んだ。その意味で図は写真やさし絵とは違って、主題という よりも議論の展開を要約している。

サイコロと動詞体系

□□:なるほど…。何コレ?サイコロみたいだけれど。まさか、

授業中にサイコロを持ち出すのではないだろうね。

○○:1年生向けの「情報基礎:データ分析」ならばサイコロを 使って確率を実感することもできるけどね。でも、これは「ス ペイン語学習・教育法」の授業だから、もちろんスペイン語 についてのサイコロだ。

□□:「現在」、「過去」、「未来」…うーん。なんだコレ?

○○:スペイン語の動詞体系を図式化してみたんだ。学生に聞い てみると、スペイン語文法で一番難しいことは動詞の活用だ そうだ。

□□:僕ら教師もそう思っている。1つの動詞が1つの法・時制 で6つの形があり、それの変化の仕方が規則形だけでも3種 類ある、なんて最初に言ったら誰だって怖じ気づいてしまう よ。

○○:うん、だから、実際の教育現場では、少しずつ出して、少 しずつ慣れていってもらうようにしている。

□□:実際に、動詞の活用変化が完璧になるのはむずかしいけれ どね。僕らでもいきなり、convertirの接続法過去形1人称単

数は?、なんて聞かれたらすぐには答えられないかも知れな い。

○○:君は文学が専門だから、動詞の活用形を言語記述用語で答 える必要はないし、実際に理解でき、使えればいいんじゃな いかな。

□□:そうだ。むしろ僕はそのような動詞の活用形でどのような 表現が可能になるのか、どのようにして気持ちが伝わるのか、

という実際の側面のほうに興味がある。動詞の活用形をひと つひとつ全部言う場面なんて、現実の世界にも、想像の世界 にもないし…。

○○:唯一あるのは、教室という現場だけかな。パタンプラクテ ィスではさんざんやらされたからなあ。

□□:あれはすごかった。Yo … estoy en casa. Tú … estás en casa, Él

○○:僕は今でもやっているけれど、ちょっとやり方を変えてい る。

□□:どうやっているの。

○○:このプリントの後で「講義」というのがあるから、それを 読んで。

□□:うん。さっきの話題に戻るけれど、このようなサイコロの 形をした図式って、役に立つの?

○○:このままでは、あまり役に立たない。それぞれの法・時制 を学んでいるときに、全体の体系を意識しているかどうかが 重要だと思うんだ。つまり、知らない町を地図を見て歩くの と、地図なしで場当たり的に歩くのとでは、町全体を知る上 で効果がかなり違うはずだ。

□□:うん、でも、僕は地図を持たないで歩くほうが好きだ。街 角で思いがけず出会う人や建物の魅力が楽しみだし…。迷子 になったって、それはそれで面白いし。

○○:僕は、逆に迷子になりたくないから、地図を見て歩くこと が多い。小さな町ならば地図を頭に入れておくこともあるよ。

□□:う~ん。それぞれスタイルが違うね。言語へのアプローチ も違う。僕は、構造とか規則とか言うよりも、個々の言葉の 個性的な表現を楽しむタイプだし、君は、どうも全体の枠組 みを把握しながら規則性などを探っていくタイプだよね。

○○:文学研究と言語研究の違いかな。

□□:うん、このように簡単に違いをきめつけることはできない と思うけど、何か研究や教育のやり方に傾向があるような感 じがする。

○○:うん、だから面白い。ほかの人の個性や学習スタイルの違 いを尊重しなければいけない。自分にとっても、自分のやり 方を絶対化しないで、いろいろな考え方ややり方を知ること は、本当に面白いし有益だ。

興味

□□:僕らの会話も、それぞれの意見の押しつけにならないから、

うまく進行しているんだ。

○○:お互いに相手のやり方に興味があるからね。

□□:その興味というのはとても大事だよ。そもそも興味がなけ れば、会話の意味も失われるし、学習だって効果がなくなる し、…。

○○:教育だって難しくなる。

□□:うん、でも難しくなっても、とにかく訓練…ということで、

パタンプラクティス、本当によくがんばったよね。

○○:うん、がんばった。口は痛くなるし、のどは渇くし、教室 内だから飲み物は厳禁だし…。

□□:たしかに、教室では飲食禁止だけれど、自然な外国語学習 ではむしろ適度の飲み物ぐらいあったほうがいいんじゃな いかあ。

○○:賛成。留学中はカフェテリアでクラスメートと雑談すると きが楽しかったし、それのほうが教室で一方的な講義を聴い ているよりも多くのことを学んだような気がする。

□□:学んだことの種類が違うよ。教室の講義では学問的な体系 や研究史を教授されたけれど、カフェテリアの雑談ではもっ と個人的なことや感覚的なこと、主観的なことを見たり聞い たりした。自分も参加して、お互いにコミュニケーションが できた。

再生不可能

○○:うん、だけどね。教室の講義の内容について試験勉強する とき、僕はかなり苦労したんだ。しっかり聴いていたはずな んだけど、いざ自分で復習してみると何も覚えていなかった。

講義の直後でさえ何も覚えていなかった。まるで録音したカ セットが再生できない、といった感じ。これには愕然とした ね。あの講義は何だったんだろう、と思い出そうとしても全 然覚えていないんだ。

□□:スペインの文学部の授業では、先生はひたすらに自分のノ ートを読み上げて、学生はひたすらに書き写す、という作業 の繰り返しだった。

○○:僕ら留学生は、そんなに速く筆記できないから、授業の後 でノートを借りて写させてもらった。ノートを借りていたク ラスメートは今でも親友だ。

□□:あのBICのボールペンで、ほとんど全部筆写されていたよ ね。

○○:うん、すごかった。でも、情けないことに、そのノートを 全部写すことさえできなくて、コピーをしたこともある。

□□:先月、出張でスペインの大学に行ったんだけれど、図書館 の掲示板に、「君のノートが役に立つ」という張り紙があっ た。ノートをお互いに貸し借りしているんだ。

○○:今ではパソコンを使ってデジタルでコピーができるからね。

□□:うん、僕らのころは試験勉強が大変だった。留学生は言葉 のハンディがあるから、とくに。

○○:僕なんか、コピーしたものを覚えようとしても、だめだっ た。試験問題はいつも1つのテーマについて知っていること を書くことを要求される。2・3行書くと、もう書くことが なくなって困った覚えがある。

□□:同じことをべつな言葉で書き直したりしてね。

○○:うん、そこで考えたんだ。借りたノートを全部図式にして みた。そうすると、それが地図のようになって、後はその地 図のルートに従って書いていけば、全体が整理できているし、

けっこう内容もあるし、いいんじゃないかな、と思ったんだ。

□□:へえー、それで成績はどうだった。

○○:一度Aをもらったことがあるよ。嬉しかったからクラスメ ートに見せて回った。みんなも喜んでくれた。そして、今度 はノートを貸してほしい、と言われた。

□□:それはすごい。スペイン人の学生が日本人の学生にノート を借りるなんて。

○○:でも、それが結局だめだったんだ。「君のノートは単語と 線ばかり書いてあって、何の意味だかわからない」と言われ