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9. パタンを適用する 1. 対話

9.2. 授業

今日の授業の後半では先週取りあげた二重子音についてさら に考察したいと思います。いきなりですが、次の動詞の未来時制 1人称単数形をレポート用紙に書いてみましょう。

cantar > cantaré, comer > comeré, vivir > viviré, saber >

sabré, poder > podré, querer > querré, poner > pondré, tener

> tendré, salir > saldré, venir > vendré, decir > diré, hacer >

haré

saber 以下は不規則ですが、次のように語尾は規則変化と同じ

です。

comeré comeremos comerás comeréis comerá comerán

sabré sabemos sabrás sabréis sabrá sabrán

みなさんはこの活用形をどのように覚えましたか?1年生は かなり苦労しているようです。たとえば、tú cantarésとか、nosotros

cantaramosとかいう間違いをよくします。完全にできるようにな

るまで練習を積まなくてはなりません。

練習をするとき丸暗記するだけでなく、一度、未来活用形の仕 組みを理解しておくと効果があるかもしれません。未来形の仕組

みは、cantar + haberの活用形という組み合わせからできました。

haberは古いスペイン語では「持つ」という意味があったので、

「…することを持つ」

「…することになっている」

「…するだろう」

という意味の変化があったと考えられます。

ここでhaberの活用形を復習しましょう。

he hemos has habéis ha han

h は発音しませんから、これをとって、comer の後につけてみ てください。habéis のところは éis の部分だけにしましょう。ハ イ、未来形が出来上がりました!

次は不規則変化です。不規則変化は中世スペイン語の時代に不 定詞の語尾の母音が脱落したためにできた形です。母音が脱落す

るのは強勢がなかったからです。不定詞の語尾には強勢がありま

すが、haber の活用形がつくと、そちらに強勢が移り、不定詞の

部分が弱くなりました。

そして母音aは口を大きく開けて発音するので、エネルギーが あったため脱落しませんでした。この理由から不規則動詞は er 動詞とir動詞に限られます。

中世のスペイン語ではcomerもvivirもeやiを落として、combré

だとか、vivréだとかいろいろな不規則形がありました。現代スペ

イン語では基本的に 10 個の動詞だけになりましたが、これらは 使用頻度が高いので、しっかりと不規則形が残ったのでしょう。

また、componerとか、mantenerなど基本となる動詞が不規則であ

れば、それと同じパタンにします。

saber > sabré, poder > podré, querer > querréは母音を落としてbr,

dr, rrという子音連続ができています。最初の2つは前回の授業で

あつかった二重子音です。rrは二重字です。どちらもスペイン語 のふつうのパタンですね。

poner, tener, venirで母音が脱落すると、ponré, tenré, venréにな ります。おや?この nr はあまり見ないパタンです。思いつく言 葉がありますか?そこで、nと rの間にd を入れてみましょう。

pondré, tendré, vendréになります。このndrというパタンはAndrés,

Sandra, golondrina ..などいろいろな言葉に使われます。

実際にnrという発音をするよりもndrと発音するほうがやさし いのです。次の図を見てください。

N D R

左がNの発音で、肺から上がってくる空気が口腔に行くとき、

歯の位置でストップしていますが、鼻腔への道は空いているから、

「ン…」というふうに息が続くかぎり伸ばせます。

真ん中の図をとばして、右の図を見てください。これはRを発 音を示しています。鼻腔への道を閉じて、息は口腔だけに流れ、

その息を使って舌先をふるわせています。Nの後のRは震え音だ ったと推定されます。つまり、Nでは舌先が歯の位置にあって鼻 腔への道が空いています、Rでは舌先が震えて鼻腔への道が閉じ ています。この口腔と鼻腔でやっている2つの動作を同時にしな ければ、NRという連続が発音できないのです。

もし一瞬でも鼻腔が先に閉じてしまったら、そのときがDの発 音になります。それが真ん中の図です。このように N→D→R の ような経路のほうがN→Rというダイレクトな経路よりスムーズ なのです。

ここで、先週の授業で見た子音の図をもう一度確かめてみまし ょう。n, d, rは同じ位置にありますね。そしてsalir > saldréのケー スで出てくるlの子音もやはり同じ位置(歯音・歯茎音)にある ことを確かめてください。

唇音 歯音・歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音 無声閉鎖音 p t ch c

有声閉鎖音 b d g

摩擦音 f z, s j

鼻音 m n ñ 側面音 l

弾き音 r 震え音 rr

さて、実は中世のカスティーリャ地方では、母音脱落形の

ponré, tenré, venréのnとrを逆転してporné, terné, vernéという形 が使われていました。これも nr という連続を避けたためだと思 われます。そこで疑問が生じるのですが、porné, terné, vernéから 現代スペイン語のpondré, tendré, vendréができるでしょうか。rと nの間にdを入れたらpordné, terdné, verdnéになってしまいます。

こんな連続はスペイン語のパタンになりません。そこで、porné, terné, vernéから、もう一度ponré, tenré, venréに再逆転して、それ

からpondré, tendré, vendréになったのでしょうか。これも考えに

くいと思います。

これが長い間未来形の謎でした。それが最近の研究によって、

pondréのような形が 15 世紀にアラゴンで出現し、それが 16, 17

世紀にカスティーリャに波及したことがわかりました。さっき説

明したpondréというdが入るパタンはカスティーリャの外で起き

たことだったのです。

そこで、また新たな疑問が生じます。なぜpondréという外来形 式がすんなりとカスティーリャに受け入れられたのでしょうか。

皆さんはスペイン史の授業で中世ではカスティーリャとアラゴ ンはそれぞれ独立した王国であったことを習いました。そして、

15 世紀に結婚したカスティーリャのイサベルとアラゴンのフェ ルナンド、つまりカトリック両王の時代に両王国が合併されたこ とを思い出してください。

この政治的・社会的・歴史的背景に加えて、私たちはもう一度 言語内的な要因を考えたいと思います。さきほど述べましたよう に、NR よりも RN のほうがスペイン語の音連続のパタンが(未 来形以外で)多く使われていたので、カスティーリャでは porné という未来形が生まれました。でも、この形は不定詞(poner)の子 音連続と違うので、アラゴンの未来形pondréが採用されたのだと 思います。そしてこの新型未来形はndrという連続を持ちますが、

これはカスティーリャでも使われるパタンなので、問題がなかっ たのでしょう。次の表は資料内の分布を示すものです。

12c 13c 14c 15c 16c 17c

NR 6 88 136 176 76 30

RN 81 1,004 450 466 620 169

NDR 14 342 128 119 128 35

全語数 9,540 195,352 196,710 225,948 196,174 62,424 不規則未来形は不定詞語尾の母音(e, i)を落としたことによっ て生まれましたが、それでできた子音連続はスペイン語の二重子 音(br, dr)や二重字(rr)のパタンに合っています。さらに、decir > diré,

hacer > haréという短縮形の特徴として、語根の子音がcであるこ

とにも注意しましょう。この短縮形は中世のdizré, fazréという母 音脱落形に由来します。語中にあるzは不定詞のcが有声化した ものです。

みなさんはすでに未来形を習得していますので、改めてこのよ うな歴史的変化の仕組みを理解するのは容易だと思います。一方、

1年生はまだ完全に未来形が作れないことがあるので、たくさん の練習が欠かせません。そのとき、次のことを理解してから練習 すると効果があがる可能性があると思います。

(1) 未来形の語尾がhaberの活用とよく似ている。

(2) 不規則変化は母音の脱落によって生じたもので、次の 3 種類 がある。

(a) 母音が脱落して二重子音(br, dr)や二重字(rr)が生まれたケー

ス (saber > sabré, poder > podé, querer > querré)

(b) 母音が脱落し、n , l + rの間にdが入って、二重子音が生まれ たケース (poner > pondré, tener > tendré, venir > vendré, salir >

saldré)

(2c) 母音が脱落し、さらに子音(c)までも脱落したケース (decir >

diré, hacer > haré)

今日の授業はこれで終わりです。レポートを書いて提出してく ださい。