第 7 章 考察
7.1 通訳特有のストラテジーと作業
平塚(2013) に よ る と 、 通 訳 者 が 通 訳 す る状 況に応 じて自 分 自身の立ち 位置 を決め る自 主的 な判 断 基 準が 通 訳 規範で あ り 、 規範が あ る か ら こ そ 通 訳 者 は そ
の場で の役 割を 果 た す こ と が可 能に な る(平塚 2013a:47)。本 研 究 で は 、イ ン タ ビュー・デー タ お よびシミ ュ レー ション・デー タ を分 析し た 結 果 、Chesterman
(1997) に よ る G1お よび Pr1~Pr10を含む 30種 類の 翻 訳 ス ト ラ テ ジ ー に挙げ ら れ て い な い も の の 、 通 訳 者 が自 分の役 割を 果 た す た め に 行 う 作 業 が計 7 つ見 ら れ た 。具体的 に は 、 イ ン タ ビュー ・デー タ の分 析結 果 か ら 、発言内 容に つ い て の説 明の 要求、提案、 ファシ リ テ イ ト 、 事前 準備 、 事 後 の 振 り返り 、 お よび ノー ト ・ テ イ キ ン グ の 6つ 、 シミ ュ レー ション ・デー タ の分 析結 果 か ら 新 た に 会話当 事 者 の代弁が顕 著に 現 れ た 。
通 訳 研 究 の 中 に 通 訳 者役 割 論と い う分 野が あ る 。 通 訳 者役 割 論と は 、 通 訳 者 の社会 的役 割に着 目す る こ と に よ っ て 、通 訳 と い う社会 制 度 や法制 度 の あ り方、 倫 理 規 定 の 定立の仕方、 資 格 認 定 制 度 の あ り方(マ ク ロ水準) か ら 、 通 訳 者 の 職業 倫 理 、 業務上 の義 務・責務、職 能団 体、エー ジェン ト な ど の あ り方(メゾ 水準) 、 通 訳 者個人 の 行動 性 向や ア イデン ティティー な ど (ミ ク ロ水準) の 実 態を 解明し よ う と い う 通 訳 学 の 一分 野で あ る (水野ら 2011:155) 。
通 訳 者役 割 論の観点 か ら 通 訳 を相互行 為 と捉え 、対 面式通 訳 に お け る 通 訳 者 を参与者 と し て み な し 、 通 訳 者 の社会 的役 割を分 析し て い る 研 究 の 中 で Wadensjö(1998) は 先駆的 な 研 究 と 位置 付け ら れ て い る 。Wadensjö(1998) に よ る と 、対 面式通 訳 に は「 訳 出(translating)」お よび「 調 整(coordinating)」
と い う 2 つ の相互依存性が 高 い側 面が あ る 。 訳 出 は 調 整 の 機能も持っ て い る場 合が あ る が 、基本 的 に は元の発言 の別の 言 語 に よ るバー ジョン で あ る 。 調 整 は 前の談 話に対 応す る も の が なく、 訳 出 の時間 に 関 す る 要求や意味を明 確 化す る た め のコメン ト な ど と い っ た 通 訳 者 の仲介で あ る(Wadensjö 1998:105-106)。
溝口(2009)は Wadensjö(1998)に近い主張を し て い る 。通 訳 者 の役 割に は「 訳 し方」と「 関わり方」と い う 2 つ の 機能が あ り 、前者 は 通 訳 者 の「 言 語 的 」機 能で あ り 、 後 者 は 「社会 的 」 機能で あ る (溝口 2009:81) 。
Seleskovitch(1968/1998:2) に よ れば、 通 訳 と 翻 訳 の決定 的 違 い は 、 翻 訳 者 は す で に完結 し た固定 的 で静的 な も の を 、 原 作 者 お よび読 者 と離れ た場所 や時 間 で 訳 す の に対し て 、 通 訳 者 は 会話当 事 者 と同 じ 場で対話に参加し 、聞き手の 反 応を確認 し な が ら 訳 す こ と で あ る 。 通 訳 者 は 訳 出 の他に 、Wadensjö(1998) に よ る 「 調 整 」 と溝口(2009) に よ る 「 関わり方」 と い う役 割も 果 た し て い る
こ と は 、Seleskovitch(1968/1998)で述 べら れ た 通 訳 の特徴に起因し て い る と考 え ら れ て い る 。
そ し て 、Wadensjö(1998) に よ る 「 訳 出 」 と 「 調 整 」 、溝口(2009) に よ る
「 訳 し方」 と 「 関わり方」 に照ら し合 わせる と 、発言内 容に つ い て の説 明の 要 求、提案、 ファシ リ テ イ ト お よび会話当 事 者 の代弁は 「 調 整 」 と 「 関わり方」 に属す る と 言 え よ う 。
Seleskovitch(1968/1998)、Wadensjö(1998)お よび溝口(2009)を参考に 、 イ ン タ ビュー ・デー タ お よびシミ ュ レー ション ・デー タ か ら見ら れ た 、発言内 容に つ い て の説 明の 要求、提案、 ファシ リ テ イ ト お よび会話当 事 者 の代弁を対 話 式通 訳特有 の ス ト ラ テ ジ ー と し て捉え 、 「 通 訳 者役 割 論的 ス ト ラ テ ジ ー 」 と い う グルー プ に分類す る 。 「 通 訳 者役 割 論的 ス ト ラ テ ジ ー 」 の 構 成 ス ト ラ テ ジ ー を下表の よ う に 整 理 す る 。
表 17. 通 訳 者役 割 論的 ス ト ラ テ ジ ー
(Strategies in terms of Interpreters’ Roles Theory, IR)
記号 ス ト ラ テ ジ ー 名 定義
IR1 発言内 容に つ い て の説 明の 要求
通 訳 者 が 通 訳 中 に発言内 容を 正確に把 握す る た め に話し手に説 明を 要求す る こ と を 指 す 。
IR2 提案 聞き手の気分を害し た り 、悪印象を与え た り す る 、あ る い は誤解 を招く言動、又は聞き手の 理 解 を妨げる 、明ら か に 事 実 に反す る発言 が あ る時 に 、 通 訳 者 が修正 ・ 補足・撤回 を勧め る場 合と 、 聞き手に好 印象を与え る効果 の あ る 言動を話し 手に勧め る場 合の 両方を 指 す 。
IR3 ファシ リ テ イ ト 会話当 事 者 が相手、あ る い は 通 訳 者 が しゃべっ て い る途中 に割り込む 、一方的 に しゃべり続け る な ど話者交替が順調 に 進 ま な い場 合と 、話の流れ に 沿 わな い発言 を す る 、同 じこ と を繰り返し て話
す 、話が ま と ま ら な い場 合、コ ミ ュ ニ ケー ション が捗る よ う に 通 訳 者 が促進 す る こ と を 指 す 。 IR4 会話当 事 者 の代弁 会話の流れ の 中 に す で に 出 て き た情 報に つ い て
話し手か ら の質問 や確認 の 要求な ど に対し て 通 訳 者 が聞き手に代わり 回 答 す る場 合と 、訳 出 の 文 中 に組み込ま れ る 補足説 明と は別に 、通 訳 者 が聞 き手に対し て 解説す る場 合の 両方を 指 す 。
通 訳 と 翻 訳 の 違 い に つ い て 、 ベルジュ ロ伊藤ら (2009) は 次 の よ う に論 じて い る 。 翻 訳 で は 、 翻 訳 者 は自 分のペー ス で 原 作 を 読 み 、分か ら な い と ころを 調 べ、 訳 文 を推敲す る こ と が で き る 。 こ れ に対し て 、 通 訳 で は 、 通 訳 者 は 、 一 度 し か聞け な い話し手の発言 を 理 解 し て即座に別の 言 語 で そ の場に居合 わせる聞 き手に伝え る 。 そ の た め に は 、 通 訳 者 は 言 語知識を含め 、 理 解 に必要 な知識を 十分 持ち合 わせて い な け ればな ら な い ( ベルジュ ロ伊藤ら 2009:20) 。 ま た 、 作 業記憶に限 界が あ る た め 、 理 解 し た こ と を すべて記憶し よ う と す れば、 作 業 記憶の負 担が過大 に な っ て し ま う 。 理 解 し た こ と や聞い た こ と の 一部を紙に書 く、 つ ま りノー ト ・ テ イ キ ン グ す る こ と に よ っ て 作 業記憶に追 加スペー ス を提 供で き る と い う( ベルジュ ロ伊藤ら 2009:80)。5.2.1 項で分 析し た よ う に 、日 越 間 ビ ジ ネ ス 通 訳 者 は 、訳 出 中 に講じる様々な ス ト ラ テ ジ ー 以 外 に 、事前 準備 、 事 後 の 振 り返り お よびノー ト ・ テ イ キ ン グ と い う 3 つ の 作 業 も 行 っ て い る 。 こ の 3つ の 作 業 が 行われ て い る こ と は 、 認知的 制約と時間 的 制約が同 時に課せら れ る と い う 通 訳特有 の環 境に起因し て い る と十分 考え ら れ る 。 一方で 、 事前 準 備 、 事 後 の 振 り返り お よびノー ト ・ テ イ キ ン グ は 通 訳 者 が 最善の 訳 出 に す る た め の 作 業 で あ る が 、 会話当 事 者 と の相互作用を伴わず 、 訳 出 に あ らわれ る こ と も な い 。 そ の た め 、 本 研 究 で は 、 こ の 3 つ を ス ト ラ テ ジ ー と し て取り扱 わず 、
「 通 訳特有 の 作 業 」 と い う グルー プ に分け る 。 「 通 訳特有 の 作 業 」 の 構 成 作 業 を下表に ま と め る 。
表 18. 通 訳特有 の 作 業 (Works specific to interpreting, W)
記号 作 業 名 定義
W1 事前 準備 通 訳 者 が 業務を遂行 す る際に十分な 通 訳パフォーマン ス を発揮で き る よ う に 事前に情 報の収集 、関連 用語 の確 認 を し て おくこ と を 指 す 。
W2 事 後 の 振 り 返り
通 訳 者 が 業務終 了後 に 通 訳 中 に 出 て き た 新 し い単語 や 分か ら な か っ た用語 な ど を 整 理 し 、用語 集 の 作 成・追 記 を す る こ と を 指 す 。
W3 ノー ト・テ イ キ ン グ
通 訳 者 が発言内 容を覚え る よ う努力 し 、そ の記憶が あ い ま い に な ら な い よ う に記憶の「道し るべ」と し て 要 所 要 所 でメモを と る こ と を 指 す (板谷 2018:185) 。