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宗族研究に関する問題の所在

ドキュメント内 京都女子大学大学院 (ページ 40-43)

「宗法社会(周代)が崩壊したとされた漢代以後,いろいろな変化の過程を経て今日に いたるまで存在し続けてきた」(常1999:140-162)と,常建華が語ったように,宗族は中 国の長い歴史の中で連綿と受け継がれており,過去から現在までの中国社会を理解する上 できわめて重要な意義があることから,これまで国内外の多くの研究者が宗族を分析対象 として研究し,数多くの成果を残している。宗族問題の複雑さから,かれらはそれぞれ独 自の方法論や分析視点で宗族にアプローチし,さまざまな議論を積み重ねてきたが,昨今 の研究状況について,なお多くの課題が残されている。一部の研究者はすでにその問題点 を指摘しているが 1),筆者は,先行研究の宗族に対する見方の多様性と対立を検証した結 果,現在なお未解決のままに残っている問題がいくつもあるとの結論にいたったが,それ をまとめると次の五つになると考える。

①宗族の存在については,南強北弱の傾向があると一般的にいわれている。フリードマ ンも,中国南方の宗族が顕著で発達していたと語る。その理由は,「生態的・経済的要因と 社会的・政治的要因がある」とし,前者として四つの理由を挙げている。そのうち二つは,

①生産性の高い稲作経済の中で蓄積した余剰が父系親の共同体の発展を促したこと,③商 業の発達による経済的先進性との結び付きで,リニージ組織が発達したこと(フリードマン

1988:210-214)にあると述べていた。つまり,中国北方に比べて,中国南方に宗族が発達

したのは,経済の発展により余剰が生まれたからである。

しかし,経済が発展すると市場原理が働き,血縁関係が緩む方向へ傾くのという理解が 一般的である。そうすると,中国南方の宗族が顕著に発達し,結合も強固であったという 主張はこの一般論と矛盾する。この矛盾を説明できる理由を見つけなければならない。

②中国南方の宗族が顕著で,発達していると主張する研究者は,族譜(家譜),祠堂(宗 祠),族産(族田)を宗族の三つの物的証拠として看取し,この物的証拠の有無を中心に宗 族結合が顕著であるかどうかを判断し,特に経済的基盤である族産(族田)などの共有財 産の有無,規模の大きさを重視するとの立場をとっている。従って,族田などの財産の共 有が宗族を存在させた根拠であると主張する。1949年に新中国が成立した後,土地改革を 経て,宗族が所有権を有する土地を農民に分配し,「族権」が剥奪され,宗族結合の経済的 基盤が消滅した。また,文化大革命時には,祖先崇拝・祭祀等何千年にわたって伝わって きた慣行が「封建迷信」と「四旧」だとされ,全面的に否定されたため,家譜,族譜は焼 却され,祠堂は取り壊され,学校や倉庫に転用し,伝統的な祭祀行事を行うことができな くなり,宗族自体も中国社会から消えたともいわれていた。

しかし,1978年の改革・開放以降,中国農村社会では宗族の復興を思わせる動きがみら れるようになる。特に人民公社が解体され,生産請負責任制への移行後の1980年代以降,

長年にわたり中止されていた宗族の祖先祭祀などの行事が再開された。また文化大革命中

に焼却された族譜の再編など宗族の慣行への回帰現象が目立つようになってきた。改革開 放後のこのような動きを見ると,宗族関係は中国人にとって現在もなお重要な社会関係の 一つである。経済的基盤が剥奪されたにもかかわらず,なぜ宗族が消滅しなかったのか,

これが第二番目の問題である。

③宗族とは一般的に父系血縁集団のことを指すが,明清以後,中国南方に「通譜」ある いは「連譜」のような手段で「連宗」をした宗族が増え続けていた。「連宗」した宗族は立 派な合族祠を建てることで,「一族の力と団結とを他族へ誇示し,自族の利益を軽々しく侵 害する念を起こさしめず,自族の利益を尊重させるという実質的利益を含んだ思いがあり,

…合同したいために,真の血縁でないことを意識しつつ通譜する場合が」(牧野 1980:

129-130)少なからず出現し,実は宗族の中に父系血縁関係で結ばれた本来のものとは異な る結合形態が見られるようになる。例えば,第4章で見てきた鄭振満のいう合同式宗族が それである。人々はなぜこのような擬制的宗族集団を形成するのか,このような擬制的宗 族集団が果たして,真の血縁関係にある宗族集団と同じ性質のものであるか否か,それを 再検討し,明確にする必要がある。

④フリードマンを代表とする一部の研究者は,宗族を政治的集団と経済的集団とみなし,

その機能性を重視する。これも例えば第4章でふれた鄭振満の主張がそれである。鄭は,

宗族内部に貧富の差が生まれたことによって階層が分化し,さらに族産が分割され,売買 されるなどによって継承式宗族が分化し,解体すると主張するが,これは明らかに血縁関 係があるという自然性を無視し,しかも宗族に土地などの共有財産があることを前提にし ている。結局,フリードマンなどの主張と同じである。これに対し,他の一部の研究者は

「中国人にとって宗族は西洋学者が構築した機能モデルと違って,系譜モデルが基本で,

機能的要素が少なく,一種の観念としての存在で,非功利的で,財産の有無と関係がない」

(陳 1990:79-99)と主張し,宗族は,家族の自然拡大の結果であると強調している。両

者の主張にそれぞれ理由があり,支持者もいる。先行研究をみると,これらのタイプのい ずれも確かに存在する。宗族が機能的な側面だけでなく系譜的な側面も持っているなら,

宗族を新たな分析枠組で分析しなければならないことになる。

⑤近年,宗族について「中国社会において,「宗族」が血縁,系譜から由来し,生まれた ものではなく,すでに血縁,系譜の意義を越えている。宗族が秩序を守るための手段と道 具として,文化価値を伝承していく担い手として,権力文化のネットワークの一部として,

創造された文化として,すべて秩序を守るための文化から創り出されたものである」2)(張 2011:68)という見解を示す研究者もいる。もし,そうであれば,従来の血縁集団としての 宗族と創作された文化としての宗族は社会学における集団の理論からすると,明らかに性 質の異なるものになる。この二つの集団をどのように類型化するべきかという問題がでて くる。

以上,これらの問題点はそれぞれ独立している問題ではなく,関連性があり,問題を解

決するには,従来の方法に限界があると感じる。特に残念ながら,社会学における集団類 型を援用した分析は皆無に等しいといわなければならない。

筆者は,多様な宗族の成立事情(成立の根拠と動機)を検証し,宗族が発展する過程,

世代が深化する過程で性質が変化したかどうか,を見極める必要があると考える。もし,

変化したならば,どのように変化したのか,より簡潔に言うと,宗族を集団として考える 場合,その本質の違いがどこにあるのかについて考察する必要があると考える。第7章で,

宗族の成立の根拠と動機からその性質を考え,新たな枠組で宗族を分析することを試みる。

注:

1)瀬川昌久は「従来の宗族研究には主に歴史学と人類学という二つの分野が関わってきた。

前者は主に文献記録から過去の宗族の発生形態や時代的変遷過程などを解明することを 目的とし,特に郷紳地主層の経済装置,あるいは科挙エリートの生産装置としての大規 模宗族の分析に主眼が置かれた研究が多くなされてきた。…他方,人類学者は,現存す る宗族の組織や活動を調査することから出発し,直接,間接に他社会の親族集団との比 較の視点の中で,その特性を明らかにしょうと努めていた。…主たる関心は組織として の安定性や機能性にあり,その発生や形態変化の問題を中国の制度史や経済史との関連 から読み解いていく姿勢は薄かった」(瀬川2000:48)と指摘している。また,唐軍も,

従来の宗族研究は,南方の宗族,宗族の構造と機能を中心に研究してきた(唐軍2001:

1)との指摘をして,従来の研究に偏りがあり,特に南方へ傾いていたという問題点のあ ることが分かる。

2)張小軍,2011,「宗族と家族」『中国社会』p.68.中国語原文は次の通りである。在中国

社会,宗族早已超出了血缘系谱的含义,它也不是完全来自血缘系谱或为其而生。它作为 造秩序的文化手段和工具,作为文化价值承传的载体,作为权利文化网络的部分,作为文 化的创造,都是应文化造序而生。

ドキュメント内 京都女子大学大学院 (ページ 40-43)