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補遺 4. 2.3 生活満足度に関する調査研究

6. GDP に代わる代替的なマクロ指標と政策への適用可能性-環境経済統合勘定 (SEEA) と

6.2 マクロ指標としての環境勘定

6.2.1 国連の環境経済統合勘定( SEEA )

188 6.2.1.1 SEEAとマクロ環境勘定

マクロ環境勘定とは,国家や地域の環境状態を定量化した数値を体系的に整理する手法 でマクロ環境会計とも呼ばれる。マクロ環境勘定のうち国連が提唱したものが環境経済統 合勘定であり,System of integrated Environmental and Economic Accountingの頭文字 を取ってSEEA(シーア)と呼ばれる。SEEAは1993年に発表され(SEEA93),2003 年に一部改訂が行われ(SEEA2003),2012 年にも再度改訂が予定されて い る

(SEEA2012)。

Smith(2007)によると,SEEAの開発の経緯について,1993年に行われた国民経済計算

体系(System of National Accounts; SNA)の改訂の際,自然資源の取り扱いについても 真剣な議論が行われたものの,現行のSNAとの整合的な取り扱いおよびSNAという重要 な経済統計の基準を定める SNAハンドブックの性格が障害となり,結局は自然資源を含 めたSNAについては,正規のSNAハンドブックからは独立した準拠義務を伴わない提案 として別のレポートに取りまとめられることになった。これが 1993 年に公表された SEEA93である(United Nations(1993))。このハンドブックはマクロ環境会計の国際的 ハンドブックとして世界初のものであり,これが国連から刊行されたことは国際社会が SNAへの自然資源の導入に大きな関心を持っていることの証左でもあった。

SEEA93の最大の特徴としては, SNAが自然資源の使用(減耗)をコストとして考慮

していないという欠点を克服すべく,自然資源の減耗をコストとして評価した経済勘定と なっている点である。さらに,SEEA93はSNAの付属的(サテライト)勘定として位置 づけられ,SNAからの拡張段階に応じ版(バージョン)が設定されている(図6.2.1)。

○バージョンI

SNAの概念に全面的に基づいた貨幣データのみに対応したもの。SEEAの出発点とし てのSNAそのもの。

○バージョンII

バージョンIと同じくSNAの概念に基づく貨幣データのみを計上。SNAの計数全体 から環境関連の計数を分離することで自然資源の評価。すなわち,従来のSNAの中か ら自然資源の状態を維持する予防費用,悪化した自然資源の状態をもとに戻すために 支出される復元費用を通常の生産に関わる費用と別個に記述。環境関連の計数を分離 することで,SNAの中で測られる環境保全への支出がどのくらい行われているのかを 把握。

○バージョンIII

貨幣勘定では得られない情報を補完するため,自然資源の評価に物量単位による評価 を導入,貨幣単位の評価と結合して自然資源を評価。物的勘定として物質/エネルギ ー勘定と環境資源勘定の2つを導入。物質/エネルギー勘定とは,熱力学の概念に基 づいて自然環境から経済に引き渡される物質の動きを把握するもの,環境資源勘定は 先に説明した物量評価と貨幣評価による勘定体系のこと。これら2つの勘定を SEEA に導入することにより,経済活動から離れた部分の物質の変化を把握。

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図6.2.1 SEEAの各バージョン

SNA基本行列 I版

SNAの環境関連の内訳 II版 結合された物的・貨幣的勘定 III版 帰属環境費用

IV.1版 市場評価

IV.2版 市場評価と IV.3版

維持費用評価 仮想的市場評価 生産境界の拡張

V.1版 市場評価

V.2版 市場評価と V.3版

維持費用評価 仮想的市場評価 環境サービス

処分サービスおよび

V.4版 土地の生産的サービス消費者サービス V.5版

V.6版 環境保護サービスの外部化

拡大投入産出表 投入産出分析への適用 出所:United Nations(1993)

○バージョンIV

従来の SNA の概念には入らない経済活動による自然資源の投入もしくは消費による 質の悪化を貨幣単位で評価し記述。従来のSNAでは自由財として扱われてきた自然資 源を価値ある投入財として評価する環境経済統合勘定の最大の特徴。つまり,実際に 費用として支出していないが,自然資源の投入として認められる投入に対する仮想的 な費用を計上。ただし,バージョンIVでは,自然資源の価値については,従来のSNA の生産境界を保持した上で評価。そのため,経済活動にプラスの効果をもたらす自然 資源の公益的機能など,外部経済効果を取り入れることはできない。バージョンⅣは 帰属環境費用の評価手法により3つに分かれており,詳細は以下で解説する。

○バージョンV

生産境界を拡張し,家計における自家生産,環境サービスなどを取り入れた評価を実 施。バージョンVにおける生産境界を拡大により,自然資源供給サービスという新た なサービス部門を導入でき,条件次第では自然資源の外部経済効果を導入することも 可能となる。バージョンVは生産境界の拡張段階と評価手法により5つに分かれてお り,バージョンV.1からバージョンV.3までは,家計部門における生産活動すなわち

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自家消費のための生産などを生産活動として捉え評価するもので,その評価法により バージョンV.1の市場評価法,バージョンV.2の維持費用評価,バージョンV.3の市場 評価+仮想市場評価に分けられる。さらに,自然資源の公益的機能などの外部経済効 果すなわち環境サービスを導入したのが,バージョン V.5 である。そして,最終的に 環境保護サービスを自己の環境保護ではなく,周辺の経済主体などに対する外部への サービスと捉え,外部化したものがバージョンV.6である。

6.2.1.2帰属環境費用

帰属環境費用とは,自然資源の減耗をコストとして評価した費用のことである。前述の とおり,SNAでは自然資源を生産活動に投入してもそのコストは計算されず,フリーライ ドに伴う過剰消費からくる自然資源の劣化が問題となってきた。SEEA93では,このよう なSNA の問題点を克服すべく,自然資源の投入をコストとして認識させるために仮想的 な費用を計上した。これが帰属環境費用である。

帰属環境費用の評価方法にはいくつか提案されており,先のSEEAバージョンIVは帰 属環境費用の推計方法によりさらに3つに分けられる。バージョンIV.1では市場評価,バ ージョンIV.2では維持費用評価,すなわち自然資源の状態の修復・維持にかかる費用(維 持費用)により貨幣単位で評価する方法を採用している。バージョンIV.3では市場評価と 仮想市場評価の両方を用いて帰属環境費用を推計する。

6.2.1.3 環境調整済み国内純生産(EDP,eaNDP)

帰属環境費用は自然資源の投入を費用として認識した場合,その投入に関わる追加的費 用と考えることができる。これまで SNAに計上されていなかった自然資源の投入コスト を新たに加えるためには,帰属環境費用を中間財投入費用として付加価値から控除するこ とが求められる。そのため,SNA で測られる国内純生産(NDP)から帰属環境費用を控 除したものが環境調整済み国内純生産(EDP,eaNDP)であり,環境面に配慮したGDP という意味でグリーンGDPとも呼ばれる(図6.2.2)(1)

eaNDP 帰属環境費用 資本減耗

GDP

図6.2.2 環境調整済み国内純生産(eaNDP)

6.2.1.4 SEEA93の特徴と限界点

SEEA93の特徴としては,以下の4点を挙げることができる。第1に,SNAの生産境

界外にあった自然資源の投入を導入した点である。これは,非市場財であった自然資源の 投入をコストとしてとらえ,SNAのコストをより持続可能なもの,豊かさ指標に近いもの にするという試みである。第 2 に,SNA を持続可能性指標に近づけたという点である。

GDP が真の豊かさ指標でないという限界点を環境面において改善し,持続可能な発展の 指標に一歩近づけている。第 3 に,SNA と整合的な形でのマクロ環境評価手法である点 である。これまで,環境の価値評価は,個別の環境財に対して仮想市場評価法(CVM),

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コンジョイント分析など手法による評価が行われてきたが,これらはミクロ的な評価であ り,マクロ経済指標であるSNAとの関係は明確に現れてはいなかった。SEEA93はこの ような個別の環境評価などと異なり,SNAと整合的な形でマクロ的な環境評価が可能であ る点において,他の環境経済評価手法とは異なる特徴を有する。第4に,環境ストックの 評価を導入した点である。環境が様々な自然資源の集合体であり,環境と経済の関係を論 じる上で環境ストックの評価が重要であることはSmith(2007)などでも指摘されている。

SEEA93は土地など環境ストックの概念を導入し,ストックから得られる環境便益をフロ

ーとして計上しており,環境ストックと環境フローを整合的な形で体系化している。この ように,環境ストックの評価を導入したという点においても,他の評価手法にはない

SEEA93の大きな特徴となっている。

一方,SEEA93に残された課題や限界点としては,以下の4点を指摘しておく。第1に,

経済学の理論的バックグラウンドが脆弱という点である。SNAは国民所得理論というマク ロ経済学理論が背後にあるが,SEEAはそのような強固な理論的バックグラウンドを持っ ていない。そのため,NDP から帰属環境費用を控除する根拠も経済学的には説明できて いない。この点を解決しなければ,何をどうすればeaNDPが上昇するのかを説明するこ とができず,有効な環境経済指標・豊かさ指標とはなり得ないのである。第2に,政策ツ ールとして利用するには至っていない点である。上記の点とも関連するが,政策として何 をどうすれば,eaNDPが増加するのかが不明であり,政策としてeaNDPの増加のために どのような政策手段があるのかが明らかにされていない。そのため,政策による影響を分 析するツールとしてはきわめて脆弱である。第3 に,eaNDP の成長が何を意味するのか が不明確だという点である。eaNDPの成長は経済の成長と環境負荷発生量(の貨幣価値)

の減少でもたらされる。そのため,環境負荷の増加量以上に経済を成長させればEDP は 増加する。これが果たして本当に環境にやさしいことなのかという点は議論の余地がある。

最後に,帰属環境費用の推計方法における恣意性が挙げられる。SEEA93では,各バージ ョンで推計方法は定められているが,推計にどのようなデータを使用するかは推計する者 に任されている。これらの推計方法について,明確に根拠を示さなければ,恣意性の問題 が発生し,指標としての信頼性が損なわれる可能性がある。