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博物館資料の形成―企業博物館の誕生

ドキュメント内 実践的博物館学の研究 (ページ 105-113)

博物館の種類が増えると、そこで収集される資料も多様化する。博物館の種類は、運営 主体によってさまざまであり、例えば、企業メセナの一環によって運営されている民間博 物館であれば、自社製品ならびに周辺産業機器も博物館資料となる31。また、宗教法人が 運営する博物館であれば、旧来からの信仰の対象や喜捨された文物なども含まれる。つま り、館種の多様化に比例して、博物館資料も広がりをみせるのである。まさに資料と博物 館は古来から表裏一体的に併存してきたといえよう。

また、文化財的価値のある建造物を博物館とする動きもあるなど、博物館そのものが資 料ということもある。博物館の多様性のなかで形成される資料も多岐にわたり、これが結 果的に博物館にバリエーションを与えている。そこで本章では、新しい博物館の動きをみ るなかで、企業博物館の視点から、資料の形成過程をみていきたい。

企業博物館の館種と役割

博物館には国立や地方自治体ばかりではなく、近年では産業文化博物館ともいえる“企 業博物館”が数多く設置されている32。企業博物館という言葉は 1980 年代に使われ出し たといわれているが、自社の設立理念を知る機会として新入社員研修で利用されていたり、

会社訪問でもしばしば見学されている。また、企業の広報活動にも一役を買っており、一 般の見学者も多い33

企業博物館でおこなわれている展示は、決して看過することができないものとなってい る。最新ディスプレーを駆使して、資料を活かした充実した展示内容となっていたり、体 験型を全面に押し出して、教育機能を重視した取り組みをおこなっているところもある。

企業博物館は、特に都市圏やその企業博物館の発祥地など、ゆかりのある地に設置される ことが多いようで、現在では約 500 もの企業博物館があるとされる。

日本での産業文化博物館の最初期は、1891(明治 24)年に起源をみる神苑会による神宮 農業館である。伊勢神宮の神饌や、お供えもの、そして皇室御下賜品を展示し、さらに内 国勧業博覧会で出品された産業資料なども所蔵する博物館である。また、企業博物館につ いてみると、その最初期は、1902(明治 35)年に万国郵便連合(UPU)加盟 25 周年を記念 して設置された「郵便博物館」である。郵便博物館は、その後、「逓信総合博物館」(1964 年)、そして「郵政博物館」(2014 年)となり、現在まで続いている企業博物館のひとつで ある。これと同時期の 1917(大正 6)年に大倉喜八郎のコレクションをメインとする「大

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倉集古館」、1922(大正 11)年に「鉄道博物館」などがつくられている。

日本の殖産興業が進むなかで、新たな産業が誕生する。ここで生まれた利益をもとに、

実業家による美術品収集がおこなわれ、同時に社史編纂による自社の歩みを見つめ直す動 きが生じた。こうしたなかでつくられた企業博物館は、次の局面を迎えることになる。自 動車産業の博物館は、自社製品を時系列で展示し考察することで、博物館としての機能を 有するようになっていった。近年ではさらに充実した展示がおこなわれるようになってき たが、トヨタ博物館やトヨタテクノミュージアム産業技術記念館(愛知県)などはその代 表例といえよう。

飲食業であれば、食とくらしの小さな博物館(味の素、東京都)、タカノフーズ納豆博物 館(茨城県)などが挙げられる。博物館の種類も産業種別の多角化によって増えてきた。

「博物館法」第二条で定められる「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を 収集」という枠組みで考えると、産業資料となり、博物館法にも該当する資料を有してい る。

以上を踏まえて、企業博物館の館種を分類すると、下記のようにすることができる34

① 運輸・交通

自動車や造船、そしてその部品など周辺機器を製造する企業が運営する博物館。また、

公共交通機関による体験型博物館もある。

スズキ歴史館(静岡)/マツダミュージアム(広島)/地下鉄博物館(東京)/船の科学 館(東京)/鉄道博物館(埼玉)

② 金融

金融業が運営する博物館で、前近代および海外の紙幣や銭貨などを収集している。中央 銀行に限らず、地方銀行、信用金庫などでも設置する。

三菱東京 UFJ 銀行貨幣資料館(愛知)/山梨中銀金融資料館(山梨)/ちばきん金融資料 室(千葉)

③ 電力・エネルギー

産業や一般家庭を支えている電力会社による博物館。どのように電力が生まれているの か、日本の主要電力の解説などがされている。

電気の史料館(神奈川)/GAS MUSEUM がす資料館(東京)

④ 情報・広告

市場や企業などの調査を主とし、さらに広告事業を展開している企業による博物館。リ

106 サーチ力を活かした博物館活動をおこなう。

帝国データバンク史料館(東京)/アド・ミュージアム(東京)/ゼンリン地図の資料館

(福岡)

⑤ メディア・報道

テレビ局や新聞社など、マス・メディアに従事する企業の博物館。地方新聞社による博 物館も多くみられる。

NHK 放送博物館(東京)/熊本日日新聞・新聞博物館(熊本)/琉球新報新聞博物館(沖 縄)

⑥ 伝統技術

陶業や家具をはじめとする、伝統技術を今日に継承する企業による博物館。建設技術な ど、形に残せないものを記録化し、公開している。

ノリタケの森(愛知)/川島織物セルコン織物文化館(京都)/竹中大工道具館(兵庫)

⑦ 娯楽・競技

遊戯道具やスポーツ関係用品を扱う企業やスポーツ団体が運営する博物館。有名な選手 を取り上げた顕彰の性格もある。

JRA 競馬博物館(東京)/ミズノスポートロジーギャラリー(大阪)/馬の資料館(北海 道)

⑧ 医療・薬品

日本の医学を支える製薬を主とする企業による博物館。漢方、西洋医学などについて取 り上げた特色のある博物館がある。

ツムラ漢方記念館(茨城)/内藤記念くすり博物館(岐阜)/中冨記念くすり博物館(佐 賀)

⑨ 食料品

食品会社や原材料を供給する企業により運営されている博物館。なかには工場見学もあ り、大人から子供まで楽しめる内容となっている。

北海道昆布館(北海道)/タカノフーズ納豆記念館(茨城)/日本食研食文化博物館(愛 媛)

⑩ 醸造・塩業

発酵作用を利用してつくるアルコール類や調味料、その原料を取り扱う企業の博物館。

大人を対象としていることが多く地域性もある。

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キッコーマンもの知りしょうゆ館(千葉)/八丁味噌の郷史料館(愛知)/白鶴酒蔵資料 館(兵庫)

⑪ 生活・衛生

日常生活で必要なものを生産している企業が運営する博物館。ライフスタイルの変化と ともに進歩してきた日用品などを資料ととらえている。

つまようじ記念館(大阪)/容器文化ミュージアム(東京)/資生堂企業資料館(静岡)

このように地方自治体などの博物館にはみられないような、個性溢れる博物館がつくら れている。これら企業博物館で多種多様な資料が収集され、これが展示されてきており、

なかには時期によって特別展を開催しているところもあるなど、地域博物館と比肩する活 動をしている。博物館としての資料収集と展覧会事業の展開によって、資料に新たな価値 を創出しているといえる。ただし、企業博物館はその企業の業績等の影響を受けやすいこ とはいうまでもない35。しかし、自社のアーカイブズ機能を有し、資料を後世に残してい くという点で、地域博物館と区別されるべきものではなく、そこで収集されている資料に もしかるべき価値が与えられているのである。まさに“博物館の数だけ資料が存在する”

ことを象徴しているのが、企業博物館の所蔵する資料ともいえよう。

企業博物館の収集資料

前記のような企業博物館や特定公務員を取り上げた博物館が、全国各地につくられてい る。博物館の種類の多様化に比例して、収集される資料も増えてきている。つまり、博物 館資料というのは、博物館種別と収集方針によってその素地を作るものであって、文化財 的、芸術的価値などが高いものだけが資料になるのではない。博物館に配属された社員(学 芸員)が、資料に価値を与え、後世に伝えていくということは、自治体の博物館学芸員と なんらかわらない。

博物館がおこなう展示活動は、資料収集に裏付けられるものであり、各館がおこなって いる展示活動をみれば、学芸員がどのような調査研究をしているのかが一目瞭然である。

先に企業の業種に基づく博物館の館種を示したが、さらに企業博物館の展示内容から、収 集資料の分類をおこなっていくと次のようになる36

① 美術・芸術作品

日本の作家に限らず、海外作家の作品を所蔵している。なかには国宝や重要文化財指定 を受けたものも所蔵している。具体的にはサントリー美術館では、絵画や漆工、陶磁、ガ ラス、染色に至る美術作品を中心に所蔵し、国宝「浮線綾螺鈿蒔絵手箱」、国指定重要文化

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