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ミュージアム都市形成論

ドキュメント内 実践的博物館学の研究 (ページ 66-86)

近年、国家レベルで世界遺産登録に向けた取り組みが盛んにおこなわれている。世界遺 産は「顕著な普遍的価値を有する文化遺産及び自然遺産の保護を目的」とするものであっ て、国際社会全体の責務として、その重要性に鑑みた“保護”を標榜している。国際連合 教育科学文化機関(UNESCO)で 1972 年 11 月 16 日に採択された国際条約で、アメリカの条 約批准にはじまり、2013 年時点で 130 ヶ国が締結している。国際的な基準のもとで明確な 保護を図り、国家政策および国際的観点から重要遺産を次世代に伝えるために、整備活用 の措置がとられている。博物館とは異なり、区域の広い世界遺産は、まさに“ミュージア ム都市”の構成要素ともいえよう。そこで本章では、世界遺産の現状から、今日的課題を 明らかにするとともに、地方行政単位で取り組むことができるミュージアム都市の形成に ついて取り上げていく。なお、本論で対象とした、高知市、富山市、境港市、郡山市につ いては、フィールドワークを基にして論じていることを付記しておく。

世界遺産と地域保護

文化遺産の保護は、1972 年に「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」

(Convention Concerning the Protection of World Cultural and Natural)によって規 定されており(「世界遺産条約」)、これには規律対象と規律態様の双方について相異なる性 質の規定が含まれている58。このなかから、保護について明記されている条文を抜き出す と次のものになる。

Ⅱ文化遺産及び自然遺産の国内的及び国際的保護

4条 各締約国は、第1条及び第2条に規定する文化及び自然の遺産で自国の領域内に 存在するものを認定し、保護し、保存し、整備活用し及びきたるべき世代へ伝承 することを確保することが本来自国に課された義務であることを認識する。この ため、締約国は、自国の有するすべての能力を用いて、また、適当な場合には、

取得しうる限りの国際的な援助及び協力、特に、財政上、美術上、科学上及び技 術上の援助及び協力を得て、最善を尽すものとする。

5条 各締約国は、自国の領域内に存在する文化及び自然の遺産の保護、保存及び整備 活用のための効果的かつ積極的な措置がとられることを確保するため、できる限 り、自国に適した条件に従って、次のとおり努力する。

文化及び自然の遺産に対し社会生活における役割を与えること並びにこの遺産の

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保護を総合計画の中に組み入れることを目的とする一般的方針を採択する。

文化及び自然の遺産の保護、保存及び整備活用のための機関が設置されていない 場合には、妥当な職員体制を備え、かつ、任務の遂行に必要な手段を有する機関 を1又は2以上自国の領域内に設置する。

科学的及び技術的な研究及び調査を発展させ、かつ、自国の文化又は自然の遺産 を脅かす危険に対処するための実施方法を作成する。

文化及び自然の遺産の認定、保護、保存、整備活用及び機能回復に必要な法的、

科学的、技術的、行政的及び財政的措置をとる。

文化及び自然の遺産の保護、保存及び整備活用の分野における全国的又は地域的 な研修センターの設置又は拡充を促進し、及びこれらの分野における科学的研究 を奨励する。

これをみると、世界遺産条約では、あくまでも次世代に伝承することを第一に求めてい ることがわかる。そのために必要な保護、保存、整備活用を行政主導のもとで組織的に行 うことが義務付けられている。そして、登録にあたっては“整備活用”することが大切で あって、次世代への伝承として教育普及を同時に担うことになる。頑なに保護、保存する のではなく、担当職員を配置し、行政的かつ財政的な枠組みも求めているのである。学術 的価値の高さを維持しつつ、さらなる研究を奨励していることは、現状保存ばかりでなく、

次世代への活用が意識されているといえよう。

世界遺産条約に基づき、UNESCO により認定されている世界遺産は、981 件にも及ぶ。日 本国内に関してみれば、北海道から沖縄に至るまで、自然遺産、無形遺産を含めると 18 の世界遺産が存在している(2014 年1月時点)。

日本の世界遺産一覧

世界遺産 自治体・省庁 世界遺産 自治体・省庁 知床【自然】 北海道(2005 年) 紀伊山地の霊場と参

詣道

和歌山・奈良・三重

(2004 年)

白神山地【自然】 青森・秋田(1993 年) 姫路城 兵庫(1993 年)

平泉 仏国土を表す 建築・庭園及び考古 学的遺跡群

岩手(2011 年) 石見銀山遺跡とその 文化的景観

島根(2007 年)

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日光の社寺 栃木(1999 年) 広 島 の 平 和 記 念 碑

(原爆ドーム)

広島(1996 年)

富士山 信仰の対象 と芸術の源泉

静岡・山梨(2013 年) 厳島神社 広島(1996 年)

白川郷・五箇山の合 掌造り集落

岐阜・富山(1995 年) 屋久島【自然】 鹿児島(1993 年)

古都京都の文化財 京都(1994 年) 小笠原諸島【自然】 東京(2011 年)

法隆寺地域の仏教建 造物

奈良(1993 年) 琉球王国のグスク及 び関連遺跡群

沖縄(2000 年)

古都奈良の文化財 奈良(1998 年) 和食:日本人の伝統 的な食文化【無形】

農林水産省(2013 年)

国土の狭い日本に 18 も世界遺産があることに対して、色々な意見が出されているのも事 実であるが、世界遺産条約により UNESCO が認定したことに従ってそれぞれ登録を受けてい る。推薦にあたっては、一国一件という原則にたち国内での選定がある。

2015 年度推薦にあたっては、文化庁が「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県・

熊本県)を推薦候補としたのに対して、政府有識者会議で「明治日本の産業革命遺産―九 州・山口と関連地域」(九州・山口八県)を候補とし、後者の世界遺産への推薦が決定した。

現在稼働している構成資産をどうするのかなど、“保護”に関する問題点、自治体の意向、

そして文化庁推薦が反故にされたなかでの決定とあって、今後の推薦のあり方や世界遺産 の登録過多の問題も含めて再検討が必要という声もある。

そんななか 2014 年 1 月、政府は世界文化遺産・自然遺産登録に向けた推薦案件の決定は、

閣議了解事項とすることを閣議決定した。これは選考過程に政治意向が介入されることで、

文化財価値の客観性が失われる恐れがあるとともに、各省庁の審議会の役割低下も危惧さ れている。

世界遺産登録は、その地域の知名度向上にともなう来県者数の増加、これに対する地域 住民を含めた保護対策を講じる必要性など課題も多い。先に挙げた、「長崎の教会群とキリ スト教関連遺産」も観光商品なのか宗教的実践としての新たな巡礼の創出なのかという疑 問も呈されている59。また、自然環境についても、持続可能な環境保全と適正利用のガイ ドラインが必要との指摘が出されている60

あわせて、学術的、文化的価値の国際的認容を維持するために、公費負担、住民負担は

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免れない。また、景観を含めた大規模なものであるため、その管理は、決して容易ではな いだろう。有形資産の保護と活用を図ることは、ある種、博物館運営と通じるところであ り、博物館の抱える問題点が、いずれ世界遺産の面でも表出してくるだろう。その時の対 策を事前に考えておく必要があり、比較的新しい世界遺産登録制度は、博物館と同じ文化 行政の観点から考えると学ぶことが大きい。

文化財の活用と都市整備

世界遺産は地域の現状保護と次世代への伝承、整備活用という視点にたった国家的・世 界的な施策である。他方で、国内における文化財や史跡保護、県民・市民、観光客への教 育普及の取り組みとして、博物館や美術館が建設されている。これらミュージアムの設置 は、地域にあった史跡や自然環境の保護と相反する都市成長の姿でもあれば、ミュージア ムを核とした街づくりをすることで、新しい文化都市の景観をそなえ、さらにはここを拠 点とした人の流通をともなう新たな経済圏・市場が生まれる。

マックス・ウェーバーは都市の概念として、社会学的には巨大な一体的定住を示す集落 であるとしながら、集落の大きさだけでははかれない古来の村落の存在を指摘する。経済 的な観点からみれば、住民の圧倒的多数が農業的ではなく、工業的または商業的な営利か らの収入によって生活しているような定住形態を都市としている。つまり、その土地に定 住している住民たちが、彼らの日常的需要の中で経済的に見て重要な部分を、その地で充 足しており、市場で販売することを目的に生産しているという、都市内での“市場”の存 在が不可欠としている。定住社会に設立されたミュージアムを中心とする街づくり、“ミュ ージアム都市”を形成するうえでもこの概念は生じてくる。

登録文化財制度も創設されたことから、文化財を活用した街づくりが可能となっている。

その活用法も各自治体でさまざまで、営利活用型に対して非営利活用型、そして保存型と に分類することができるという指摘もみる61。そこで、都市論の前提となる博物館・美術 館が建設されている立地場所から考えてみると、いわゆる“ミュージアム都市”と筆者が とらえている地域には、文化との共存が図られるなか、一種の市場が形成されていること がわかる。また、立地場所にもなんらかの理由が存在しており、仮に国・地方自治体であ れば公有地、民間であれば私有地に突発的に建設されたとすれば、都市景観も含めてミュ ージアム都市とはいえない。以上のことを踏まえて、ミュージアム都市の成立要件を満た している博物館・美術館の類型を示していくと、下記を挙げることができる。

1.史跡活用型

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