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博物館産業とその周辺人材育成

ドキュメント内 実践的博物館学の研究 (ページ 163-176)

博物館に関係する授業のなかで、展覧会には色々な業種の人たちが関与しているという

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話を学生にすると驚きの声があがる。展覧会の出来上がった状態しかみることがない一般 の人たちには、作り上げられるまでの過程を知る機会は少ない。展覧会ができるまでにど のような人たちがかかわり、ひとつの展覧会が開催され、さらには閉幕に至るのか。この 一連の流れをみていくと、まさにそこには、“博物館産業”ともいうべき業態の存在が浮か び上がってくる。ここでは、博物館産に携わる人たちと、博物館との関係性から博物館界 全体の育成のあり方について、実践事例を含めて考えていきたい。

展覧会ができるまで

博物館運営に学術的、専門的視点であたるのが学芸員である。博物館運営ひいては学芸 員業務の重要なことは、企画展・特別展の開催である。特別展の企画書を作成して、展覧 会が開催されるに至るまでには、学芸員が中心となって作業が進めるが、会場をつくりこ んでいくことになると、多くの“博物館産業”と協働しながら完成を目指していく。

資料を搬入し、展示作業にもあたる美術作業員。そして、展示資料の配置場所を事前に 考えていくプランナー、展示手法にあわせた演示台、解説パネルやバナーの作成など展示 空間を作り上げていくデザイナー53、特別展の広報展開であるチラシやポスター、看板製 作、そして特別展図録を刊行する業種など多岐にわたる。このように学芸員を補佐する多 くの業種があるなかで、まずは、特別展が開催されるまでの過程を示しておきたい。

特別展は学芸員が博物館の運営方針や使命に従って日々、調査研究した成果を発信する ものである。つまり、常設展示とは延長線上にある企画かつ、テーマ性がある。3~5年 かけて調査したものを、ひとつの展覧会として日の目をみることもあれば、10 年以上かか ることもある。つまり、開催される数年前から調査してきた成果の蓄積に基づき、実施の 見通しがたったら、関係各所への資料借用の打診をしなくてはならない。資料借用の相談 は、1~2年前の早い時期におこなっておく必要がある。それは、自館での展示計画や他 館からの借用依頼が想定されるためである。展覧会に欠かせない重要な資料の場合は、で きるだけ早い段階で相手館の学芸員と下打ち合わせをしておくことが肝要である。

メインとなる資料、さらに関連資料が選定されていくと、歴史系展示の場合は章や節、

美術系であれば時代・国別・作品別など、規則性に従った配置の確定作業を進めていく。

それに合わせて会場内のどこに何を展示していくのか、その構成を考えていくことになる。

これまでの調査によって、資料の法量や状態を確認していることから、会場全体の間取り や展示ケースなどとの兼ね合いをみながら、資料の配置場所を事前に決めておかなければ ならない。それにあたって必要な演示台も検討していくが、学芸員が資料を展示するなか

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で、空間の作り込みを含めて、展示ディレクター・デザイナーと相談していくことになる。

平面的な展示レイアウトとともに、立面でも展示空間を事前に作り上げていくことによっ て、より精度の高い計画を立てることができる。さらに会場の縮小模型を使うことで、展 示空間をビジュアルで把握でき、会場雰囲気を含めた準備が可能となる。なお、この展示 会場の模型は、会期前から博物館内に設置すれば、入館者への次回特別展の告知となり、

そして会期中であれば、どこにどの資料があるのかを見学前に確認するのに役立つものと なる。

資料の借用交渉とともに、その画像を同時に収集していく。展示ディレクターと情報共 有をはかるために必要であることはいうまでもないが、広報活動でもメインとなる資料の 画像は必要となる。会期の 3~6 ヶ月前にはチラシ・ポスターの製作作業に入ることになる が、デザイナーに特別展の趣旨やイメージを伝えることに加え、画像を通じてより共通理 解を深めておく必要がある。担当学芸員とデザイナーとの間で数回の修正作業をおこない、

館内プレゼンにかけてポスター・ビジュアルデザインが決定していくことになる。決定次 第、印刷に入り、納品されたら関係各所に発送していく。また、展覧会告知看板や HP など にも利用されていくことになる。

展覧会ポスターとチラシは同時期につくられることになるが、あわせて展示解説文や図 録解説文を執筆していく。展示解説文は、近年、簡潔にすることが主流となってきている が、これは見学者の負担などを考えたものである。解説パネルの文章を図録にも転載、ま たは、図録用の解説文として新たに執筆することもある。パネルで字数を制限することで、

概要理解と鑑賞教育を促すとともに、図録で詳述することによって、より認識を深めさせ る教育効果が期待でき、来館者サービスの向上にもつながる。展示室内の解説パネルと図 録用解説をかえて執筆することは学芸員にとって大きな負担となるが、博物館教育の充実 と、学術的水準を高める相乗効果が期待できる。

展示作業に入る前に、展示レイアウトにのっとった会場設営をおこなっていく。会場入 口の造作をはじめ、新規のケースの搬入、バナーの取り付けなど、資料を展示するにあた っての事前作業をおこなっていく。また、必要に応じて仮設壁をつくったり、周辺に看板 を設置したり、誘導線を付けたりして、資料が展示される前に展示空間をつくっていく。

それは、展示作業と造作とが交錯しないためであり、これにより資料破損などの事故を防 ぐことになる。

会期の 1~2 週間程前になると、資料借用のために相手先へ集荷に行くことになる。自館

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だけの資料を用いた展覧会であれば必要ないが、他館所蔵の資料を借りる場合、運送業者 を同伴して借用に訪れる。また、指定物件や銃刀法関係にふれる資料を含む時は、各関係 機関へ届出をしなくてはならない。

この運送業者は、美術品を取り扱う研修を受けた作業員である。双方の学芸員立ち会い のもとで、資料調書の作成が終わったら、学芸員の指示にしたがって梱包作業に入ること になる。梱包が終わり、借用書の受理がなされたら、美術専用車両に積み込み、学芸員同 乗のうえで展示会場となる博物館まで輸送する。資料によっては、運送手段や時間も制限 されることがあるため、相手館と事前に打ち合わせしておくことが必要である。また、万 一に備えて、資料の評価額に対する保険に必ず入っておかなくてはならない。

資料の集荷を経て、実際に展示していくことになるが、ここで事前にディレクターと打 ち合わせしていた平面図や立面図をもとに作業を進めていく。実際に展示していくなかで、

配置場所の変更もあるが、概ね平面レイアウトに沿っておこなっていく。展示作業は学芸 員が中心的にあたっていくが、規模の大きい展覧会の場合、美術作業員と一緒に作業する。

学芸員は自身で展示するとともに、作業員にも指示していき、展示室を空間的に把握しな がら、特別展を作り上げていく、いわば“プレイング・マネージャー”のような役割を果 たしている。

展示が進められていくなかで、室内や資料にあてる照明を調整していく。これは、展示 空間を作り上げるなかで一番大切な作業であり、担当学芸員が資料をどのようにみせ、来 館者に何を伝えたいのか、照明によってその意味が大きくかわってくる。これと同時に資 料によっては照度制限があることから、照度計を用いながら資料の保護を考え、展覧会会 場を完成させていく。

以上のような過程を経て、展覧会は作り上げられていくが、調査研究の期間を含めると、

数年前から作業がおこなわれていることになる。その成果を1~2ヶ月の特別展として反 映する以上、質の高い展示を目指さなければならない。展覧会は学芸員を中心とした、関 連業種を含めたチームによって進められていく。パネル一枚のデザインや設置の仕方、照 明のあて方、電気配線によって、展示空間を台無しにすることもある。こうして作られた 展示室は、まさに学芸員が創出した一種の“作品”なのである。

博物館産業との関係

これまで紹介してきたように、博物館にかかわる業種は展示造作するものから、広報物 や図録を作成する業種、さらに美術品を取り扱い、学芸員の補佐的な仕事をおこなうもの

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