第 2 章 データ及び研究方法
2.3 分析の観点及び方法
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を表すものである。それらの名詞は,「言語活動」名詞及び「思考・心理」名詞のような共 通する意味を見出しにくい名詞群であり,「その他」の名詞としてまとめて扱うことが相応 しいと考えられるが,このような名詞に見られる何らかの共通の意味を強いて引き出そう とすれば,「ことがら」もしくは「ことがらに関係する要素を表すこと」になるだろう。本 論文では,上述した 2 タイプのいずれとも異なるこのような名詞を「ことがら」名詞と総 称することにする。
以上,本論文の分類に適用する基準や主名詞によって「意味が付加される」という概念 について説明した。次に,分析の観点及び方法について述べる。
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られる品詞は名詞である。というのも,一つの範疇を形成することが一つの概念<モノ>
を形成することであり,名詞はその指示対象が「モノ」であるという印象を与えるからで ある。名詞の内容補充表現の場合,0.1で述べたように,主名詞が何等かの意味的な空所を 有すると考えられ,そこに補充部による内容が埋め込まれることによって,主名詞と一体 となる。そして,その一体が文中で一つのまとまった概念<モノ>を示す名詞として働く。
このように,補充部が主名詞と結合することである種の「名詞化」を経たと考えられてい る26。名詞化は本来名詞以外の品詞に属する単語を名詞にすることを指すが,広い意味での 名詞化では,文の名詞化のことを言うことがある。すなわち,名詞の内容補充表現では,
主名詞がそれに従属する補充部を名詞化すると言える。本論文では,この「名詞化」を経 て,補充部を何らかの範疇に分類するという主名詞によるこの働きかけを「特徴付け」と 呼び,「意味の付加」と区別する。
以上のように,本論文では,先行研究で指摘される「ラベリング」などという主名詞に よる機能をより詳しく捉え,主名詞による単なる「意味の付加」と,補充部の内容を何等 かの範疇に分類する,本論文でいう「特徴付け」という二通りの操作に分けて捉える。
なお,上の(4)a~fで見たように,主名詞「話」,「逸話」,「諺」,「通報」,「質問」,「命 令」によって,同じ内容「臭いものに蓋をする」に対してさまざまな意味が付加されてい ると言える。そして,それぞれの意味によって内容の捉え方やそれに対する理解が異なる。
筆者は,主名詞と内容が融合したからには,主名詞による意味の付加があると考えている が,本論文で言う「特徴付け」が認められるかどうかは,上の(4)a~f のようなものを 見るだけでは判断できないと考えられる。というのは,内容を何らかの範疇に分類するか 否かは主体及び送り手に帰することであり,やはり主名詞とその内容だけでは判断材料と して不十分だからである。
したがって本論文では,以下の観点に着目し,主名詞が内容に対してどのような働きを するかを検討することによって,1)の研究課題を検証して行く。
(ア) 主名詞と補充部の意味関係
補充部が主名詞に対してどういう補充の仕方をするかに着目する。
例えば,高橋(1979)のいう「特殊化のかかわり」にあたる「喜ぶ気持ち」や「逃 げる理由」のような寺村(1993b)のいう「相対的内容補充」の場合,果たして主名 詞が「特徴付け」をしているのか。
(イ) 主名詞と共起する述語や文中の働き
主名詞が文中で独立した構成要素として機能するかに着目する。
例えば,「発進しろという命令をする」のように機能動詞結合に用いられ,全体とし
26 Vendler(1968:27)「… the incorporation of a sentence into another almost exclusively proceeds via a noun phrase consequently, in abroad sense, all such operations could be called nominalization」,その他Stockwell et al.
(1973:505),Lehmann(1982:68)
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て文中で動詞として働く場合,果たして主名詞が「特徴付け」をしているのか。
(ウ) 主名詞の意味
主名詞が表す意味の濃度に着目する。
理屈上では,主名詞の意味が具体的かつ濃ければ,特徴付けができると考えられる が,「話」,「形」などの主名詞の場合は,意味が一般的かつ稀薄であると言えるが,
果たして「特徴付け」をしているのか。
上の(ア)~(ウ)に着目し,特徴付けの有無を検討して行くが,前述したように,特 徴付けの有無が送り手に帰すると考えられるため,本論文では,あくまでも特徴付けの可 能性を論じる。
主名詞による効果という2)の研究課題の検証は,個別の言語による用例を元に,特徴付 けの可能性を検討した後,手元の対訳用例に基づいて,名詞の内容補充表現が訳出される か訳出されないかを考察の出発点とし,一つの言語を超えて,対照比較により主名詞によ る特徴付けの可能性を再考すると共に,「モノ的」表現への志向性と「コト的」表現への志 向性の区別から見た名詞の内容補充表現が用いられる効果を検討する。
池上(1982:80f.)は,学校で子供たちの合唱が始まったとき,「全員の合唱が始まった」
と言うことができれば,「全員が合唱を始めた」ということもできると述べている。前者は,
「合唱という出来事」に関心が向けられているのに対して,後者は,「合唱し始めた人」に 関心が向けられている。つまり,前者は,<全体的状況への注目>の「コト的」表現で,
後者は,<個体への注目>の「モノ的」表現と言うことができる。
名詞の内容補充表現は,「モノ的」か「コト的」という観点から見ると,どちらになるだ ろう。この観点からの考察は,筆者が調べた限り,先行研究に見られない。ここでは,池 上(1981)が挙げている名詞の修飾表現を含む例を挙げ,この点について考察する。
(5) 泣イテイル子供に出会ッタヨ。
(6) 子供ガ泣イテイルノニ出会ッタヨ。
(池上(1981:260,カタカナ表記は原文通り。)
(5)は,<個体>である「子供」に関心が向けられる「モノ的」表現で,(6)では,<
全体的状況>である「子供が泣いているの」に関心が向けられる「コト的」表現である。
次に,名詞の内容補充表現の対訳用例を挙げ,名詞の内容補充表現の場合はどちらの表現 になるか考える。
(7) 昨年から,すべての家は隣家との間に塀や垣根を作ってはならぬという布告が出まし た。「沈黙」
Im vorigen Jahr kam ein Erlaß heraus, daß es verboten sei, zwischen
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Nachbarhäusern einen Zaun oder eine Hecke zu errichten. Schweigen
(7)は,「モノ的」か「コト的」という観点から見ると,どちらかと言えば「モノ的」
になると考えられる。というのは,主名詞「布告」及び Erlaß が補充部によって内容補充 を受け,全体として「布告」及びErlaßという「モノ」として捉えられ,「コト」として捉 えにくいと言えるからである。このように,本節で前述した主名詞による「名詞化」,言い 換えると「モノ化」が働き,補充部と主名詞という全体が「モノ」として認識され,名詞 の内容補充表現が「モノ的」表現ではないかと考えられる。先行研究で既に見たように,
名詞の内容補充表現は,多様な意味の主名詞があり,また主名詞と補充部との間の関係が 少なくとも二つ以上あるため,上の(7)のように,名詞の内容補充表現は,みな「モノ的」
表現なのか検討する必要がある。そこで,本論文では「モノ的」表現への志向性と「コト 的」表現への志向性の区別という別の視点から名詞の内容補充表現の用法を更に探って行 くことを第二の研究課題とする。
以上,本論文のデータ収集及び研究方法について述べてきた。次の第 3 章では,主名詞 の一つ目のグループである「言語活動」名詞を取り上げる。
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