第 5 章 「ことがら」名詞
5.1 主名詞と補充部の意味関係
ここでは,主名詞と補充内容との間の意味関係に着目し,補充内容の種類及び内容補充 の仕方について考察する。1.1.1で取り上げた日本語の先行研究でも見たように,本論文で いう「ことがら」名詞に見られる補充の仕方に関しては,「統合補充」と「関わり補充」の 両者が見られるとされている。本論文でも手元のデータの限り,両者の関係が認められる ことが確認できた。3.1及び4.1でも述べたように,「関わり補充」と主名詞による「特徴 付け」については,「関わり補充」が認められる場合には,「特徴付け」の可能性がほと んどないと考えられる。というのも,「関わり補充」では,補充部によって表される内容 は主名詞の指し示す内容,「ことがら」名詞の場合,上の(3)のようにことがらそのもの ではなく,上の(4)のように主名詞の指し示すことがらに関わると考えられる要素もしく は後述するようにことがらと関係する別のことがらになっているからである。以下では,
「関わり補充」が認められる主な名詞を取り上げ,その用法について考察する。
「関わり補充」が認められる主な名詞は,その意味と「統合補充」も認められるかどう かという二つの観点からまとめられる。それらのタイプは次の(8)の通りになる。
136 (8) 「関わり補充」が認められる日本語の主な名詞
主名詞の意味 「統合補充」
の有無
重なり の有無
① モーダルな意味を表す名詞類(「許可」類,「可能(性)」
類,「義務」類に更に分けられる)
○ ○
② 「姿」類(様子,格好,調子など) ○ ○
③ 理由,結果,方法 ○ ×
④ 契機を表す名詞類(力,機会,自由など) × ×
⑤ 「証拠」類(跡,徴候,前轍など) × ×
(9) 「関わり補充」が認められるドイツ語の主な名詞
主名詞の意味 「統合補充」
の有無
重なり の有無
① モーダルな意味を表す名詞類(Erlaubnis(許可)類,
Fähigkeit(能力)類,Pflicht(義務)類に分けられる)
○ ○
② Grund(理由) ○ ×
③ Art(仕方)類及び契機を表す名詞類(Anstrengung(努
力),Kraft(力), Mühe(努力/苦労)など)
× ×
④ Beweis類(Signal(合図),Zeichen(しるし)など) × ×
日本語の①と②は,「統合補充」と「関わり補充」の両者が読み取れるという場合がある 名詞であり,1.1.2.2 で見たように,丹羽(2012)は,「重なり型」と呼んでいる。次に例 を再び引用する。
(10) 指導者に求められるのは,決断して実行に移す能力だ。
(1.1.2.2の(69)を再掲)
(11) 恥ずかしさからハンカチで顔を覆って話す姿が痛々しかった。
(1.1.2.2の(70)を再掲。)
丹羽(2012)によると,(10)は,本論文で言う「統合補充」としては,「決断して実行 に移す」が「能力」の内容を示しているという解釈が可能であるとともに,「相対的補充」
(本論でいう「関わり補充」)としては,「決断して実行に移すための能力」という解釈も 可能である。(11)も同様に,「統合補充」と「関わり補充」の両方が成り立つと考えられ る。「関わり補充」としての解釈では,主名詞「姿」が「ハンカチで顔を覆って話す」とい
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う事柄の一つの側面である事柄の外面として捉えることができ,「統合補充」としての解釈 では,「ハンカチで顔を覆って話す」を「姿」の内容として捉えることができる。
このような丹羽(2012)のいう「重なり型」に関する記述は,ドイツ語の先行研究にも 見られる。第2 章の2.2.2 で見た関口(1960)は,本論で言うモーダルな意味を表す名詞 を例に,話法助動詞を用いその有無による意味の違いを説明している。次に,用例を引用 し,その点について述べる。
(12) die Erlaubnis, ausgehen zu dürfen (関口 1960: 184) 外出していいという許可
関口(1960)は,上の(12)の名詞Erlaubnis(許可)にはdürfen(~してもよい)と いう概念が含まれていると述べ,話法の助動詞dürfenが用いられるのはzu不定詞句がdass 的性格,いわゆる同格としての性格を明示するためであると説明している。言い換えると
「許可」という意味の主名詞Erlaubnisと同格的にするために,zu不定詞句に話法の助動
詞dürfenを用いるのである。「許可」の他に,「義務」,「意志」,「能力」という概念を表す
話法の助動詞 müssen, wollen, könnenも用いられることがある。それぞれの例を以下 に引用する。
(13) die Notwendigkeit, eines Tages zu sterben/sterben zu müssen
(いつか死ぬ/死ななければならない必然性)
(14) die Bereitschaft, gegebenenfalls mit Rat und Tat mitzuwirken/mitwirken zu
wollen (必要ならば,全面的に協力する/したいという用意)
(15) die Fähigkeit, jede Aufgabe zu bewältigen/bewältigen zu können
(各々の問題をかたづける/かたづけられる能力)
((13)~(15)は関口(1960: 184)より。和訳は筆者。)
Bech (198343: 399f.) にも同様の指摘が見られる。
(16) Er hatte eine beneidenswerte Fähigkeit, alle seine Lehrer nachzuahmen.
(彼は先生全員の真似をするための,うらやむべき能力を持っていた。)
(17) Er hatte die beneidenswerte Fähigkeit, alle seine Lehrer nachahmen zu können.
(彼は先生全員を真似できるという,うらやむべき能力を持っていた。)
Bechによれば,(17)では,zu不定詞句に「能力」を表す話法の助動詞könnenが用い
43 初版はBech, G. (1955/57) Studien über das deutsche verbum infinitum. København: Det Kongelige Danske Akademie av Videnskaberne
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られることで,zu不定詞句が同格的に主名詞Fähigkeit(能力)の内容を表している。(16)
と(17)は,構造上このように異なるが,両者の意味的な違いを日本語で表すとすれば,(16)
は「先生の真似をするための能力」,(17)は「先生の真似をできるという能力」とでもな るだろう。つまり,(16)では,主名詞Fähigkeitは「手段」あるいは「前提」としての能 力,zu不定詞句はその能力の「用途」を表している。それに対して,(17)のzu不定詞句 は「どういう能力か」ということ,つまり能力の「内容」を表しているのである。
「関わり補充」に関しては,補充部が主名詞の指し示すことがらの要素もしくはそれに 関連することがらを表すため,「特徴付け」の可能性がほとんどないと考えられるが,上の
(10)~(17)に見られる「関わり補充」だけでなく「統合補充」も認められる場合,い わゆる丹羽(2012)のいう「重なり型」には,主名詞による「特徴付け」がないとは言え ないため,半々の「特徴付け」の可能性があると考えられる。それに対して,(8)の④,
⑤と(9)の③,④のArt(仕方)類及び契機を表す名詞類と「証拠」類及びBeweis(証拠)
類の場合,すなわち「関わり補充」が一義的に決まるような場合には,「特徴付け」の可能 性がほとんどないと考えられる。例えば,
(18) 彼は私に教えて,(中略),幅の広い薄片のような風をそこへ送るコツなどを,念入り
に習得させた。「金閣寺」
Er lehrte mich, (…), und den Kunstgriff, die Luft wie in breitem Stoße hineinzublasen. Der Tempelbrand
(19)見ることが私の生きている証拠だったから。「金閣寺」
Denn das Sehen war mein Beweis, daß ich lebte. Der Tempelbrand (20) »… Andernfalls haben wir unsere Mittel, ihn zu zwingen.
«
Momo「…そうでない場合には,むりにもわからせる方法がちゃんとあるんだ。」「モモ」
(18)の「コツ」およびKunstgriffは,④契機の名詞に分類される名詞である。補充部は,
「コツ」およびKunstgriffの具体的な内容ではなく,何のための「コツ」およびKunstgriff なのかを表しているので,「関わり補充」になる。(19)も同様である。(19)の「証拠」お
よびBeweisは,⑤「証拠」類の名詞で,補充部は,「証拠」および Beweisの具体的な内
容ではなく,何のための「証拠」およびBeweisなのかを表しているので,「関わり補充」
になる。(19)では,「証拠」およびBeweisの内容を表しているのが先行する下線点線部の
「見ること」及びdas Sehenである。(20)でも,補充部がMittel(方法)そのものではな く,何の方法や手段なのか,すなわち実施されることがら「むりにもわからせる」が表さ れている。(18)~(20)のような場合は,主名詞による「特徴付け」が考えられないため,
「特徴付け」の可能性がほとんどないと考えられる。よって,以降考察対象から外すこと にする。なお,手元のデータでは,日本語における契機を表すと考えられる名詞は,計139 名詞(28%),計1121例(20.1%),「証拠」類に数えられる名詞は,計14 名詞(2.8%),
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計127 例(2.3%)であり,ドイツ語における契機を表すと考えられる名詞は,計 39 名詞
(13.4%),計671例(32.2%,Beweis類に数えられる名詞は,計18名詞(6.2%),計134 例(6.4%)
(8)の③「理由」,「結果」,「方法」及び(7)の②Grund(理由)の場合,「関わり補充」
の例の他に,「統合補充」も認められる。次に,それぞれの名詞を取り上げ,補充部との関 係について説明する。まず,「理由」から見て行く。
(21) 打算ではあるが,他人に被害を与えるような行為ではない。むしろ母を喜ばせ伯父を
喜ばせ,そして自分にも利益をもたらす,一石三鳥の策だ。非難される理由はなくて,
むしろ賞讃に価するものではないだろうか。「青春の蹉跌」
(22)信夫は,自分でも理由のわからないままに,母にうちとけることができなかった。そ れは,長い間別れて暮らしていたという理由もあったかもしれない。「塩狩峠」
補充部が表すのは,(21)では「理由」の内容ではなく,「非難される理由」というよう に,何の理由なのかということであるのに対して,(22)では,「理由」の内容「長い間別 れて暮らしていた」である。このように,(21)では,「関わり補充」の関係,(22)では,
「統合補充」の関係が認められる。(21)と(22)を見ると,補充の仕方と「トイウ」の有 無に関係しているように思われる。すなわち,「トイウ」が介在する場合,「統合補充」で,
「トイウ」が介在しない場合,「関わり補充」である。しかし,データを見てみると,次の
(23)に見られるように,「ふつうの内容補充」でなくても,「相対的内容補充」の場合に も「トイウ」が介在することがある。
(23) 船と船長は決まっているのだから,船着場につながれたガレー船のそばに船長の名を
書いた立札を立てでもしたら,船長自らそこにいなければならないという理由はなく なる。「コンスタンティノープルの陥落」
(23)では,「理由」の具体的な内容ではなく,何の理由なのかが述べられているため,
ここでの内容補充は「関わり補充」である。(23)では,補充部にモーダルな形式「~しな ければならない」があるため,「トイウ」の介在が必須であると考えられる。このように,
補充関係にとって「トイウ」の介在が決定的な要素にならないと言える。一方,「理由」と 共起する述語や「理由」の文中の働きと補充の仕方とは関係があると考えられる。次に,
補充の仕方や「トイウ」の有無に着目し,「理由」と共起する述語やその文中の働き別に用 例を表にまとめる。