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主名詞と補充部の意味関係

ドキュメント内 名詞の内容補充表現 (ページ 112-115)

第 4 章 「思考・心理」名詞

4.1 主名詞と補充部の意味関係

ここでは,主名詞と補充内容との間の意味関係に着目し,補充内容の種類及び内容補充 の仕方について考察する。日本語の先行研究では,本論文でいう「思考・心理活動」名詞 に見られる補充の仕方に関しては,基本的に「統合補充」とされており,本論文でも手元 のデータの限り,下記の(3)の「印象」の一つの用例と(4)の「気力」とその類の名詞 を除き,「関わり補充」の用法が確認できなかった。

(3) 荻江を知っている人々は荻江を無愛想な男勝りな女だと言っていたが,実際に会って 話してみると,外から見る印象とは随分違っていた。「花埋み」

(4) …,だが文子は食べる気力もないのか,チュウチュウと吸いつくだけ。

「死児を育てる」

(3)は,補充部「外から見る」では,どういう「印象」か,つまり「印象」の内容が述べ られておらず,どういうときの「印象」なのか,つまり「外から見る」ときに起きる「印 象」が述べられている。(4)では,補充部「食べる」が「気力」の内容でなく,「気力」が あることによって行われ得る行為を表している。(3)と(4)に見られる関係は「統合補充」

でなく,「関わり補充」だと考えられ,(3)の「印象」と(4)の「気力」による「特徴付 け」の可能性はほとんどないと考えられる。「印象」に関しては,上記の(3)の例しかな いが,「気力」は,(1)に見られるように,45例があり,皆(4)に見られるような「関わ

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り補充」である。「気力」の他に,「勇気」,「覚悟」,「度胸」などが挙げられる。

1.4で述べたように,高橋(1979)の「特殊化のかかわり」は,ここで「統合補充」に含 めて考える。また,以下に再掲する 1.1.1.2 の(18),(19)で見たように,高橋(1979)

は,「気持ち」などのような本論で言う「思考・心理」名詞の場合,「特殊化のかかわり」

と「具体化のかかわり」が認められるとしている。

(5) むすめは心から同情する気もちをかおにあらわした。

(6) モスクワの生活感情そのもののなかで,故国からのてがみをよむ気もちをおもいあわ せると

((5),(6)は高橋(1979:131)より。1.1.1.2の(18),(19)の再掲。)

1.1.1.2でも述べたように,(5)では,述語動詞「同情する」が気持ちの一種であり,主

名詞「気持ち」の下位概念であるため,(5)におけるかかわりは,「特殊化のかかわり」に なる。それに対して,(6)における「気持ち」は,「故国からのてがみをよむ」によって具 体的に表され,「具体化のかかわり」になる。上の(6)に類似するような内容補充表現を 収集したデータで調べると,次の(7)のような例があった。

(7) 烈風に打たれながら,雪の急斜面を登攀する気持は,彼の初めての冬山訪問にふさわ しい,緊迫さがあった。「孤高の人」

(7)は,ある行為を行う際に生じる気持ちという点において(6)と共通していると考 えられる。(6)では,「故国からのてがみをよむ」際の「気持ち」であり,(7)では,「烈 風に打たれながら,雪の急斜面を登攀する」際の「気持ち」であると言えるのではないか と考えられる。収集したデータにおいては,上の(6)と(7)に類似する例は(7)を含め て3例しかなく,1.1.1.2でも述べたように,高橋(1979)では,かかわりの違いが明記さ れていないため,ここでは,「具体化のかかわり」を扱わないことにする。

本論文では,「統合補充」に関して,高橋(1979)の「特殊化のかかわり」を除いて主名 詞による「特徴付け」の可能性が高いと考えている。「特殊化のかかわり」に関しては,次 の上の(5)の「同情する気持ち」などのように,主名詞が補充部の上位概念を表しており,

下位概念を表す補充部の方が主名詞より具体的な内容を表すため,主名詞による「特徴付 け」の可能性がほとんどないと考えられる。ここでは,主に「気持ち」の対訳用例をもっ て高橋(1979)のいう「特殊化のかかわり」について考察する。

まず,ドイツ語の方では,「気持ち」などに見られる「特殊化のかかわり」がどのように 表されているかについては,次に対訳用例をもとに見て行きたい。

(8) 自分には,もともと所有慾というものは薄く,また,たまに幽かに惜しむ気持はあっ

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ても,その所有権を敢然と主張し,人と争うほどの気力が無いのでした。

「人間失格」

Mein Verlangen nach Besitz war nie besonders ausgeprägt, und wenn sich doch einmal ein Hauch bitteren Bedauerns rührte, hatte ich nicht die Kraft, mein Besitzrecht tapfer zu behaupten, nicht die Kraft, mit jemandem um diesen Besitz zu streiten. Gezeichnet

(9) この通辞があの日,自分に投げつけた言葉はまだはっきりと憶えてはいたが,憎んだ り怒る気持にはふしぎになれなかった。「沈黙」

Obwohl jede einzelne der Beschimpfungen, die ihm der Dolmetscher an jenem Tag nachgeworfen hatte, noch deutlich in seiner Erinnerung haftete, konnte er

seltsamerweise weder Haß noch Zorn empfinden. Schweigen (10)男は,はやる心をおさえて,…「砂の女」

Deshalb zügelte der Mann seine Ungeduld und… Die Frau in den Dünen (11)彼を憎んだり恨んだりする気持はふしぎになかった。「沈黙」

Seltsamerweise empfand er gegenüber diesem Mann weder Haß noch Groll.

Schweigen (12)部落の連中には,彼をいたわる気持など,毛頭もちあわせていないらしい。

「砂の女」

Die Dorfleute wollten offenbar kein Mitgefühl für ihn aufbringen - soviel stand fest. Die Frau in den Dünen (13)得るが早いか喪失を怖れる心が,この少年の性格の特徴をなしていた。「春の雪」

Und die Furcht, etwas zu verlieren, kaum daß er es gewonnen hatte, wurde zu einem wesentlichen Charakterzug dieses jungen Mannes. Schnee im Frühling (14)妻を殺したことを悔いる気持は一切なく,妻と望月に対する憤りだけがあった。

「仮釈放」

Nicht, daß er sein Verbrechen jemals bereut hätte, es war immer nur blanke Wut auf seine Frau und seinen Nebenbuhler gewesen. Unauslöschlich

(8)~(14)におけるドイツ語の訳を見てみると,(13)を除いて,みな,日本語におけ る主名詞「気持ち」に対応する名詞が用いられておらず,補充部に述べられている具体的 な気持ち「惜しむ気もち」に対してBedauern,「憎む気もち」に対してHaß,「怒る気持ち」

に対してZorn,「はやる心」に対してUngeduld,「恨む」に対して Groll,「いたわる」に 対してMitgefühl,恐れるに対してFurchtのように名詞で訳出されている。(13)では,「喪 失を怖れる」における「喪失」は,ドイツ語の方では,名詞 Furcht の内容補充をする zu

不定詞句etwas zu verlierenで訳出され,「何かを失う恐れ」という内容補充表現になって

いる。(14)では,ドイツ語の訳文において,「かつての罪を後悔していない」というよう

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に,「気持ち」に相当する名詞を含む名詞的な表現は用いられておらず,動詞的な表現が用 いられている。このように,手元の対訳用例では,上記のような対応表現が見られるが,

日本語の「気持ち」に相当すると考えられるGefühlなどの名詞を主名詞とした内容補充表 現が用いられる例がない。次に更に例を一つ挙げる。ドイツ語の日本語訳文を見てみると,

次の(15)のように,動詞に対して「気持ち」の内容補充表現が用いられる例がある。

(15) Er wunderte sich darüber nicht, … Die Verwandlung それを格別不思議だとも思わなかった。「変身/高橋訳」

いまさら驚く気持ちもしない。「変身/中井訳」

(15)に見られるように,動詞sich wundernに対して,中井訳の文には,内容補充表現

「驚く気持ち」が用いられている。

このように,「気持ち」は,高橋(1979)の「特殊化のかかわり」が認められる場合にお いては,興味深い用法を持っているが,本論文では,上記の「気持ち」に見られる用いら れ方は,「気持ち」という意味が稀薄であることに起因すると考えられる。原文・対訳間に このような不対応が見られることなどからも,それらの名詞は,補充部に対して「特徴付 け」という作用をするのに用いられておらず,「特徴付け」とは明らかに異なる表現効果を 有していると考えられる。この点については,4.3で考察する。

次に,主名詞と共起する述語や文中の働きについて述べる。

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